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『再び魔の海へ 』
ガイ=ファング3818


 海とは本来、人が乗り出してはならない領域なのではないか、とガイ・ファングはふと思った。
 己の足で、歩いて行ける。その範囲内が、分相応な生活圏というものではないか。
 無理を押して海を渡ろうとした者たちの、多くが命を落としている。
 命を落とした者たちが、その後どうなるか。
 海の藻屑と化す。鮫に食われ小魚につつかれ、埋葬出来る屍も残らない。
 それは海における死に様としては、むしろ幸福な方であると言うべきであろう。
「幽霊船団……か」
 分厚い胸板の前で、太い両腕を組みながら、ガイは思い返した。
 この大陸へと渡って来る際、大規模な幽霊船の艦隊と遭遇した。
 あの時は【除霊の波動】で切り抜け、難を逃れた。まともに戦って撃退したわけではない。
 まともに戦わなければ、ならなくなりそうであった。
「そう、幽霊船団だ。あいつら、今まで安全だった航路にまで出て来やがってな」
 鎧を着た半魚人が、説明をしている。
 この港町の、海商組合の代表者である。
「船を襲っちゃあ皆殺しにして、幽霊船の仲間に加えちまう……そんなふうにして奴ら、際限なく膨れ上がって、今や俺たちの商売が止まっちまいかねないほど大きくなってやがるのさ」
「だから討伐隊を組むと、そういうわけだな」
 その討伐隊に、ガイも加わる事となった。
 賞金稼ぎ組合からの、推薦である。海商組合とは、助け合う間柄ではあるらしい。
「ガイ・ファング、あんたの活躍は聞いてるよ。ぜひとも先頭の船に乗ってもらいたい」
 鎧を着た半魚人が、言った。
 よく見ると鎧ではなく、全身にびっしりと貼り付いたフジツボである。
「真っ先に、真っ正面から、幽霊船の連中とぶつかってもらう事になるんだが」
「任せな」
「……すまんが、命の保証はしてやれん。あんたが死んじまったら、報酬金は誰に払えばいい? 家族とか、恋人とかは」
「いねえんだなあ、これが」
 少しだけ考えてから、ガイは答えた。
「俺が死んじまったら……まあ、その金で酒でも飲んでくれよ」


 懐かしい旗が見えた。
 凶猛なリバイアサンが描かれた旗。霧の中で、不気味に揺らめいている。
 その霧は、緑色をしていた。
 緑色の霧が、海上を漂い、押し寄せて来る。
 そして、討伐隊の船団を包み込む。
 これもまた懐かしい、とガイは思った。
 眠りをもたらす、緑の霧。この魔法で標的を無抵抗状態に陥らせ、殺戮と略奪を行う。そんな海賊団とも、戦った事がある。
 あの時と同じだ。こちらの討伐隊船団も、ガイの【退魔の波動】によって、すでに対魔法耐性を取得済みである。緑の霧で眠ってしまう船員など、1人もいない。
 今は無害な、緑色の霧。その奥から、無数の船影が近付いて来る。
 海面に波紋の1つも立てず進んで来る、幽霊船の艦隊。
 対するは、波を蹴立てて進む、海商組合の討伐船団。
 その先頭の船の舳先に立ったまま、ガイは右掌を眼前で立てた。
 そして目を閉じ、念ずる。
「挨拶代わりだ、あの世へ行きな……本来もう行ってなきゃならねえ連中はよ」
 除霊の波動。
 水ではなく気の波紋が、海面に生じ、広がり、前方の幽霊船団を包み込む。
 何隻もの幽霊船が、砕け散り、白い霊気の粒子となって、キラキラと消滅してゆく。
 ガイは目を開いた。
「上手い事……かわして、来やがったな」
 振り返らずとも、わかる。
 すでに接舷され、乗り込まれていた。
 甲板上に佇む、生命なき海賊たち。
 生前は眠りの霧を防ぐため髑髏の仮面を着用していた彼らが、今は本物の頭蓋骨を剥き出しにしている。骨だけの手で様々な得物を握り、眼窩の奥でギラギラと怨念の光を燃やしている。
「また俺に、弱い者いじめをさせようってのかい」
 ガイは振り返り、見渡し、睨み据えた。
 白骨化した両手で、リバイアサンの旗を掲げた海賊もいる。
 もちろんガイが1人で壊滅させたわけではないが、ガイ・ファングによって最多人数を討ち取られた海賊団2つが、共に幽霊船団の一部となって復讐に現れたのである。
「あの世へも行かず、俺に会いに来てくれたってぇわけかい」
 ガイは微笑み、牙を剥いた。
 除霊の波動が再び使えるようになるまで、気力の回復を待たねばならない。
 それを待ってくれるはずもなく、死せる海賊たちが襲いかかって来る。
「そんな連中を、気功なんぞでまとめて蹴散らしちゃあ失礼ってもんだ……ちゃんと殴り合ってやらねえとなあ!」
 襲い来る剣を、槍を、斧を、ガイは左右の分厚い掌でことごとく弾き落とした。
 そうしながら、巨体を翻す。
 大木のような両脚が、左右交互に跳ね上がって猛然と弧を描く。暴風のような、回し蹴りと後ろ回し蹴り。
 骸骨海賊たちが、砕け散って霊気の粒子となり、漂い消えてゆく。
 ガイの場合、例えば座禅を組んで瞑想しながらよりも、こうして戦いながらの方が、気力を回復させやすい。身体を動かしていた方が、何かと落ち着くのだ。
 やがてガイは、戦闘行為を実行しながら精神を統一・集中し、気功の力を回復する術を会得した。気功回復術の、改良版である。
 巨大な蛮刀で斬り掛かって来た骸骨海賊を、左拳で殴り砕きながら、ガイは見回した。
 戦っているのは、自分1人ではない。この船でも他の船でも、海商組合の戦士が、幽霊船の乗組員たちに接舷され乗り込まれながらも、果敢に応戦していた。
 フジツボの鎧をまとった半魚人が、動く水死体の群れを、片っ端から三又槍で粉砕している。
 歩く大蛸とも言える姿の巨漢が、吸盤のある太い触手を四方八方に振り回し、骸骨海賊たちをことごとく打ち砕いている。
 海賊ではなく、どこかの国の海軍だったと思われる武装した骸骨たちもいた。軍隊らしい整然とした動きで、討伐隊に襲いかかる。
 その死せる兵士たちを、超高速の居合い抜きで切り刻んでいる剣客がいた。鮫の頭部を有する、剣士である。
 2本足を生やした巨大な巻貝が、全身の貝殻で敵の攻撃を跳ね返しつつ突進し、水死体も骸骨海賊も骸骨兵士も差別なく、体当たりで砕き散らしてゆく。
 戦っているのは、自分1人ではない。これほど心を高揚させる事はなかった。
 槍で突きかかって来た骸骨海賊の1人を、頭突きで粉砕しながらガイは、まるで燃え上がるような勢いで気力が回復してゆくのを感じていた。
 除霊の波動が再び使えるようになるまで、あと少し。
 それまで、海の藻屑になる事も出来なかった者たちを1人でも多く、この手足で直に打ち砕いてやろう、とガイは思った。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年12月12日

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