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『妄執のゴルゴーン 』
セレシュ・ウィーラー8538


 うっかり気合いを入れて部屋の掃除などをすると、何がどこにあったのか、かえってわからなくなってしまう事がある。片付けられない者の言い訳ではなく、確かにあるのだ。
 セレシュ・ウィーラーは、そう思っている。
 とは言え年末である。大掃除の時期であった。
 鍼灸院は、何しろ客が来る所であるから、普段から怠りなく清掃を行っている。
 住居の方は、それに比べると手抜き気味ではあるものの毎日、掃除をしている。
 この2ヵ所の大掃除は、午前中に終わらせる事が出来た。
 問題なのは、地下工房と倉庫である。
「道具の整理くらい、きっちりしとかんとなあ……」
 倉庫の方はとりあえず同居人の少女に任せるとして、セレシュは工房内を見渡した。
 鑿や彫刻刀が、作業台の上に出しっぱなしになっている。
 これらを片付けなければならないのは当然として、住居の本棚に戻さなければならない書物が何冊も、工房内のあちこちに積んだままである。
 作業中に資料が必要となる事もあるので、長らく本棚に戻れずにいる書物たち。
 いっそ資料用の本棚を工房内に作ってしまおうか、とセレシュは思わなくもなかった。
「……めんどいなあ、それ。ま、いろいろ考えるんは年明けてからや」
 明日出来る事を、今日やらない。
 長い年月を生きながらセレシュが身に付けた人生哲学であるが、大掃除くらいは今日じゅうに終わらせなければならない。


 火事か、とセレシュは一瞬思った。
 黒い煙が、倉庫から立ちのぼっている。
 よく見ると煙ではなく、大量の埃であった。同居人の少女が、馬鹿力でハタキを振り回しているのだろう。
「おっお姉様! こんな連中、いつまで置いておくおつもりですの!?」
 少女が、咳き込みながら倉庫から飛び出して来た。
 人間の美少女、に見えるが人間ではない。元々は石像であった。そこに自意識と疑似生命が宿り、今では付喪神と呼ぶべき状態にある。
 彼女が「こんな連中」と言っているのは、セレシュが倉庫に保管してある、と言うよりも倉庫に入れたまま放置してある、様々な人型のものたちの事だ。
 主に、石像である。人形もある。
 セレシュが、この付喪神の少女を相棒として片付けてきた、様々な「仕事」。そこで戦った敵たちである。
 かつての強敵たちも、今では埃まみれの石像や人形だ。
 日頃からもう少し綺麗にしてやらなければとセレシュは思うのだが、日頃は何だかんだと言って忙しい。
「貧乏暇無しっちゅうやつや……それにしても真っ黒やなあ、自分」
 ここに置いてあるものたちと同じくらい埃まみれになってしまった少女に、セレシュは声をかけた。
 工房の掃除が終わったので、こちらを手伝いに来たところである。
「御苦労やけど、この連中もお掃除したってや。こんな時やないと綺麗にならんさかい」
「お掃除しなければならないものが増える一方ですわ。敵だったのですから早急に、殺処分するなり、然るべき所に引き渡すなり、お人形好きなオタクどもに売りさばくなり」
 文句を言いながら付喪神が、ぱたぱたとハタキを使っている。
 はたかれているのは、この少女と違って付喪神にはなっていない、若い娘の石像だ。
 石像になる前は、吸血鬼であった。人死にも出る騒ぎを、引き起こしてくれた。
 セレシュは、声ではなく念話の魔法で、言葉をかけてみた。
『気分はどうや。ええわけないと思うけど、まあ話してみいや』
『……うっさいわね……起こすんじゃないわよ……』
 辛うじて感知出来る、微かな念が返って来た。
『今……人間どもを切り刻んで、浴びるほど血ぃ飲んでるとこなんだからぁ……』
「……ま、夢だけにしとき」
 石の肢体が、はたきでパタパタと殴打されている。石化していない衣服が、埃と一緒に舞い落ちる。
 吸血鬼の少女は、全く気にしていないようであった。石像である自分を受け入れているのか、単に諦めているだけか。
 石像の方は付喪神の少女に一任し、セレシュは人形たちの整理に取りかかった。言われた通り、保管しておくものと処分すべきものの分別くらいは、確かにしておかなければならない。
 いくらか懐かしいものを、発見した。懐かしさのあまり、セレシュは息を呑んだ。
 物言わぬ美少女。等身大の、人形の1体。
 表情のない美貌は汚れ、髪はほつれ、上品なドレスは今やボロボロで、優美な四肢を繋ぐ球体関節が露わである。
 付喪神の少女が、床を箒で掃きながら、
「あら……お宝発見、ですわねえ」
 埃まみれの球体関節人形に向かって、キラキラと瞳を輝かせた。
「汚れ放題でも、わかりますわよ。その子、かなりのお値打ち物ではなくて? まずは綺麗にして、例のアンティークショップに」
「あかんて。これは売ったらあかん。ここにいる連中の中でも、極めつけにヤバいお宝や」
 落ちる埃を叩き落としてから、セレシュはその人形を抱き上げた。
「ちょう供養したらなあかん……ここのお掃除、よろしゅうな」
「えっ、ちょっとお姉様、手伝って下さるのではありませんの?」
 文句を言う付喪神を倉庫内に残し、セレシュは人形を抱き運んで外に出た。


 絹糸のような髪は、丹念に丁寧に、ほぐして伸ばしながら洗わなければならない。
 一見すると柔らかそうな、だがツルリと硬い肌は、まるで陶器である。
 付喪神の少女に任せたら、馬鹿力で髪を引きちぎってしまいかねない。肌を、押し砕いてしまいかねない。
「石像の方が、お手入れは楽やな……」
 風呂場である。
 ボロ布も同然の服を脱がせ、人形を隅々まで洗ってやりながら、セレシュは思い返していた。
 髪を引きちぎり人体を砕く、どころではない無法を、この少女はかつて大勢の人間に対し、行っていた。
 強大、かつ凶悪残忍な敵であった。
 激戦の末、どうにか打ち負かし、こうして人形に変える事が出来た。紙一重の勝敗であった。セレシュの方が人形に変えられていたとしても、おかしくない戦いであったのだ。
「自分ほんま、根性ババ色やったなあ。それが、まあ可愛ゆうなってもうて……」
 セレシュは微笑み、そして可憐な球体関節人形となってしまった宿敵の身体を、愛でるように眺め回した。
 膨らみに乏しい胸の辺りに、今では親近感に等しいものすら覚える。かつては、憎悪しかなかったのだが。
 セレシュは、念話を試みた。
『お久やなあ。どや、お話してみよか?』
『…………』
 言葉の返事は、返って来ない。
 純粋な悦びの念だけが、伝わって来た。
 まるで母親に身体を洗ってもらって上機嫌な、赤ん坊のようである。
 あられもない姿で、かつての宿敵に、赤ん坊の如く扱われている。その羞恥心も屈辱も、全く感じられない。
 長らく、人形として放置しておいた。
 その結果、身体だけでなく心まで人形と化している。
 おぞましい悪意で満たされていた心が、今や純粋無垢な、人形のそれに変わってしまっている。
 浄化、と言うべきであろうか。 
 悪しき心を浄化する。そのために自分は、この宿敵を人形に変えたのか。
 少し違う、とセレシュは思った。
 憎しみしかないはずの敵を、こうして人形に変え、破壊もせずにおく。
 何故か。セレシュ自身にも、わからない。明確な言葉に出来る理由が、見つからない。
 わからぬままセレシュは、そっと人形を抱き締め、囁きかけた。
「うちも相当……根性ババ色っちゅう事やなあ……」


 倉庫は、あらかた片付いていた。
 文句を言いつつも、真っ黒に汚れながら働いてくれる付喪神の少女に、セレシュは声をかけた。
「お風呂、沸かしといたで。一番風呂や。一段落したら、お入り」
「その子……結局どうなさいますの? お姉様」
「どないしよか。ま、いろいろ考えるんは年明けてからや」
 綺麗になった球体関節人形を、綺麗になった倉庫の片隅に安置しながら、セレシュは言った。
 ボロボロだったドレスは、繕っておいた。一見すると新品である。
 何故、そこまでするのか。売りもしない人形を何故、後生大事に保管しておくのか。
 年が明け、いろいろと考えても、わかりそうになかった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年12月15日

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