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『蒼闇の皇子と茜色の盗賊 』
花見月 レギja9841)&大狗 のとうja3056


 昔々のお話です。
 頑丈な壁と濠に囲まれた皇帝のお城の片隅に、石造りの高い塔がありました。
 濠の真ん中にぽつんと立っているその塔は、地上に出入口がありません。お城からかかる跳ね橋だけが塔へ入る方法でした。
 皇国を脅かす恐ろしい魔物が封じられているとも、皇家の秘宝が隠されているのだとも言われていましたが、誰も本当のことは知りません。
 ただ沈む夕日に照らされる塔の壁はとても美しく、人々はそこに何かすごい物が隠されているのだろうと噂するのでした。


 ある月の無い夜のことでした。
 闇に紛れて人影がひとつ、音もなく濠に近付きます。
 影は先に鉤のついたロープをボウガンの矢に結び、噂の塔の高い所にぽっかりあいた明かりとりの窓を目がけて撃ち込みました。
「よし、上手くかかったな」
 黒い覆面で顔半分を覆った人影がロープをひっぱり、満足そうに目を細めます。
 素早くブーツを脱ぐと、先に鉤の付いた靴を取り出してしっかり紐を結んで。ロープを掴んで濠の淵から宙へと舞いました。
「待ってろよ、お宝!」
 人影は盗賊でした。
 物凄いお宝の噂を聞いて、危険を顧みず乗り込もうというのです。
 盗賊はロープを手繰りながら、するすると塔の壁をよじ登って行きました。


 塔の上には、星が瞬く空を憧れの眼差しで見つめる蒼い瞳がありました。
 隠されていたのは皇家の秘宝であり、今の皇帝が恐れる物。先代の皇帝の皇子だったのです。
 もう20年近く、皇子はここでたったひとりで暮らしています。
 時々差し入れられる本を読み、窓から景色を眺めて過ごす。彼はもうそれを不思議とも理不尽とも思わなくなっていました。
 ただ、自分の皮膚の下には空っぽの空間があるような、そんな気持ちが訪れるときだけは別でした。
 ――このまま窓の外へ、鳥のように飛び出したらどうなるだろう?
 ――この空っぽの身体なら、ふわりと宙に浮くのではないだろうか?
 夢想の後に溜息を一つ、本に目を落とし気を紛らわせる日々を送っているのです。

 そうして今日も皇子は塔の窓から星を眺めていました。
 そろそろ眠ろうか。そう思った時のこと。
 ガチリ。
「……?」
 突然の物音に皇子はそちらをじっと見つめます。
 石組の窓枠にかかったのは金属の鉤、その先には長いロープが闇の中に伸びています。
 ぎしぎし。ぎしぎし。
 ロープが軋む、僅かな音がします。
 突然、さっき沈んだ夕陽が戻ってきて、皇子は目を見張りました。
 それは良く見ると、燃えるような夕焼け色の髪の若い娘だったのです。

 盗賊の方は皇子以上にびっくりしていました。
 風がフードをめくり、髪はざんばら。被り直す暇もなく、やっと登り切った塔の窓べりに手を掛けると、目に飛び込んできたのは幽霊のように佇む人影だったのです。
 そいつが何か叫んでくれればまだましでした。それなら盗賊だって慣れています。
 でも相手は盗賊が顔を出すのをじっと待っていたようなのです。
「何だよあんたは……って、うおっ!?」
「危ない!」
 盗賊は一瞬、窓べりを掴んだ手を滑らせました。が、ロープをしっかり身体に巻き付けているので、落ちたりはしません。
 謎の人影はロープを掴んで、盗賊が中に入るのを助けてくれました。


 盗賊が辺りを見回します。
 蝋燭の灯に浮かびあがるのは粗末な寝床と本棚、小さな文書机のセット。それだけでした。
「お宝……」
 奥に木の扉があります。駆け寄って開くと、冷たい石の階段がずっと下へ向かって続いているだけでした。
「おい、あんた」
 盗賊はせいぜい怖そうな声で、皇子に詰め寄ります。
「ここに凄いお宝があるんだろう? 隠してないで出しな」
 ですが、相手は小首を傾げて困ったような表情をするばかり。
 どこか浮世離れした感じの綺麗な顔立ちの若い男です。額にかかる黒髪の間から、宝石のような蒼い瞳がじっと盗賊を見つめています。
 でもどんなに綺麗でも、盗賊が欲しかったのはこんな男ではありません。
「君の探している……お宝? というのが何か分からないのだけど。ここにあるのが、塔にある物の全て、だ」
 静かな、闇からにじみ出るような声でした。
「あーもうっ、骨折り損か!!」
 盗賊は頭を抱えて、その場に座り込んでしまいました。

 がっかりする盗賊とは反対に、皇子の心は踊ります。
 化け物でも精霊でも構いません。語りかければ答えてくれる相手と会うのは、一体何年ぶりのことでしょう。
「ねえ君、君の欲しい物がもしここにあるなら、何でもあげるよ。だから君が何者なのか教えてくれないか、な」
 盗賊は胡散臭そうに皇子を見ました。
「俺か? 俺様は皇国一の盗賊だ。今まで仕損じた事はないんだ。あーあ、でも流石に今回はお手上げだ!」
 厳重に守られた塔の中に、面倒くさそうな男がひとりなんて誰が思うか!
 いや、彼がそれだけ重要な存在だということなのですが、盗賊にとってそんなものは何の価値もありません。
 盗賊は諦めて立ち上がりました。
「邪魔したな、帰る」
「待って!」
 盗賊が一瞬、驚く程の真剣な声でした。
「もう少し、だけでいいんだ。ここに居てくれない……か?」
(誰かを呼ぶつもりか?)
 そう疑った盗賊でしたが、見た所呼び鈴一つ部屋の中にはありません。
「……しょうがねえなあ、ちょっとだけだからな」
 なんだか迷子を見捨てていく様な居心地の悪さに負けて、盗賊はまた座り直しました。


「なるほど、不自由なんだな」
 皇子の語りを聞き終えて、盗賊は頭を掻きました。
「不自由はないのだけど、ね。ここには変化がない」
 皇子は微笑んでいる様な、悲しんでいる様な、不思議な表情で視線を落とします。
 食物など必要な物は、跳ね橋がかかった日に運ばれてきます。
 けれど誰とも触れ合うことはありません。誰も皇子に声を掛けず、皇子が語る言葉も誰にも届きません。
「それは、死んでいるのと何が違うんだろう、ね」
「全然違う」
 盗賊の言葉が随分と強い調子で、皇子には少し意外でした。
「全然違うさ。あんたのことを誰かが気にかけてるから、食べ物が手に入るんじゃないか」
 外の世界はそうではありません。盗賊はそのことをよく知っていました。

 盗賊は改めて部屋を見回しました。燭台も、古そうな本も、売っても大した額になりそうもありません。
 盗みに入ったからには、そこで一番価値のある物を持ち帰らなければ盗賊の沽券に関わります。
「なあ、あんた。俺が欲しい物なら何でもくれるって言ったな」
 皇子は静かな眼差しで頷きます。
「君の自由にしていいよ。と言っても、俺が本当に自由にできるモノといえば、残念ながらこの身体しかないけれど、ね」
 微笑む皇子の横顔には、疲れ切った年寄りのように積み重なった愁いが漂います。
 例え喉元に刃を突き立てられようとも、皇子はそれすらも受け入れて静かに笑っているように思えました。


 暫く考え込んでいた盗賊が、腕組みして語り始めます。
「なぁあんた、等価交換といこうじゃないか」
 盗賊はひとつずつの言葉を選ぶように言いました。
「俺は世界を見せてやる。風の匂い、街の灯、人間の営み。知らない彩であんたを満たしてやる」
「それはここから出してくれるということなの、か?」
 皇子が目を見張ります。考えた事もないことでした。
 いえ、考えた事はあります。けれどそれは夢物語でした。
「その代わりに、あんたの命の価値を見せてくれ」
 盗賊は少し意地悪だったかもしれません。
 生まれた時から食物にも寝る場所にも困ったことのない皇子様。
 死んでいるのと同じだと嘆く皇子は、生きる辛さを知っているのでしょうか?
 あるいは、見てみたかったのかもしれません。
 幽霊のような皇子の瞳に生きる力が満ち、むき出しの感情が細い身体からほとばしるところを。
 綺麗な物だけがある訳ではない世界を、それでも素晴らしいと言ってくれる存在を。
「あんたがその胸に、宝石よりも輝かしい物を持っていると証明してくれ。さぁ、俺に盗まれるか?」

 今、皇子の目に映るのは、ずっと焦がれていた夕焼けの赤に染まる街並み。そこに住む人々の熱。それを人の形にした様な、盗賊の赤い髪が蝋燭の灯に美しく照り映えています。
「盗んでもらえるだろうか」
 この機会を逃したら、きっと一生後悔する。
 死んだように生きるなら、思うように生きて死ぬ方がいい。
 皇子は心からそう思いました。
「……たく、今までで一番役に立たなそうなお宝だな」
 盗賊が手を差し出します。
 皇子は指先の震えを止められないままに、手を重ねます。
 望んで望んで、得られることの無かった他人の暖かさ。
 決して交わるはずのないはずの二人が、しっかりと手を繋ぎます。手だけではなく、盗賊はロープでぐるぐる巻きに身体を結び付けました。
「あんた、意外とガタイいいな?」
「……ガタイ?」
 実は皇子は暇潰しに、毎日塔の長い階段を上り下りしていたのですがそれはさておき。
「よし。びびって暴れるんじゃねえぞ!」
「君に盗まれるのだから、全てを託す、よ」
 皇子の蒼い瞳は憧れを宿して星のように輝きます。
 窓の形の小さな世界は今、目の前いっぱいに広がっていました。
「このまま死んでも、きっといい気分だ」
「冗談じゃない、俺はごめんだ!」
 盗賊はロープを握り締め、窓の外に身体を踊らせました。


 それから暫くの後。
 跳ね橋を渡ってやって来た人々は、皇子の姿を見つけられず驚き騒ぎました。
 きっと絶望の余り窓から濠に身を投げたのだろうと、不幸な皇子の境遇を知る人は涙しましたが、これでようやく自由になったのだとも思いました。


 皇子は今、自由です。
 彼に世界をくれた盗賊と共に、自分の足で何処までも行けるのですから――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 蒼闇の皇子】
【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 茜色の盗賊】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、アナザーらしくシリアスめファンタジーのお届けです。
この後、天然系皇子を抱えて、世話やきの盗賊がどうするのかを想像するとちょっと楽しいですね。
素敵なご依頼を有難うございました!
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エリュシオン
2014年12月19日

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