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『ツインテール乱舞 』
ウィスラー・オーリエ8776)&エリィ・ルー(5588)&黒蝙蝠・スザク(7919)


 人間に「麒麟」の遺伝子を組み込んだ結果、人間とも麒麟とも似つかぬ、醜悪奇怪な怪物が出来上がってしまった。
 人間と麒麟。双方の遺伝子の間で、おぞましい化学変化のようなものが起こったとしか思えぬ事態である。
 あるいは、その人間が、よほど粗悪な素体であったのか。
 そんな粗悪品でも、ドゥームズ・カルトの幹部。自分たち末端の戦闘員が、手を出せる相手ではなかった。
 だが今は違う。
 ウィスラー・オーリエは、今や裏切り者である。
 ドゥームズ・カルト上層部から、正式な抹殺命令も出た。
「大っぴらにブチ殺せるぜぇ……あのクソったれ白人野郎をよぉおおお!」
 まだ人通りの少ない、早朝の公園。
 機械化した全身をのしのしと歩ませ、兵器化した両手を振りかざしながら、彼は叫んでいた。
 右手は、轟音を発するチェーンソー。左手は長銃身ガトリング砲である。
 ドゥームズ・カルトによって造り出された、兵器人間。
 この力をもって、裏切り者ウィスラー・オーリエを始末する。そうすればドゥームズ・カルト幹部の地位も夢ではない。
「おめぇなんぞに手柄はやらねえよ、クソ蝙蝠スザクちゃんよおぉ……おっと」
 いきなり、犬に吠えられた。細い悲鳴も聞こえた。
 早朝の散歩中、だったのであろう。犬を連れた1人の老人が、リードを握ったまま腰を抜かしている。
 犬はひたすら、あからさまな不審者である兵器人間に向かって吠え続ける。
「んッだテメエら、俺らの視界に入って来ンじゃねえよクソうぜえ!」
 彼が右手のチェーンソーを振り立てると、老人が生意気にも犬を抱き締めて庇い守った。
「そーゆうコトされっと余計うぜえ! から殺す! ジジイも犬ッコロもよォ、どっちがどっちかわかんねーくれぇズッタズタぐっちゃぐちゃに」
「偉大なる実存の神……その御傍で、貴様のような輩が無様に存在を晒しているとは」
 嘲弄と共に、衝撃が来た。衝撃がビシビシッと、彼の右手に巻き付いて来た。
 近くのベンチに、いつの間にか何者かが座っている。長い両脚を、気障ったらしく組みながらだ。
 人間ではなかった。筋骨たくましい長身は、黒っぽい鱗と黄金色の獣毛に覆われている。
 そんな怪物が、ゆらりと左手を掲げているのだ。
「見るに耐えん……実に、嘆かわしい」
 その左手から、五指を取り巻くようにして生え伸びた、何匹もの百足のようなもの。
 禍々しく節くれ立った、甲殻の触手。
 それらが鞭の如く宙を裂き、兵器人間の右手に幾重にも巻き付いたところである。
「……やはり私が、1日も早くドゥームズ・カルトに戻らねば」
 言葉を発する頭部は、言うならば黄金色に燃え上がる髑髏であった。炎のような金髪を生やした、頭蓋骨。
 その金髪を掻き分けて伸びる、鹿の角……いや、麒麟の角か。
 間違いない。ウィスラー・オーリエである。
 もっと混沌とした姿をしていたように記憶しているが、細胞がいくらか安定したのか、あるいは何者かによって再改造でもされたのか比較的、麒麟に近い姿形である。
「へっ……何の真似だよ、てめえ」
 彼はまず、嘲笑って見せた。
「てめえのような出来損ないのゲテモノがよぉ、まさか人助けでもしたつもりでいやがんのかぁー?」
「私はただ貴様を黙らせたかっただけだ。その声、耳障りなのでな」
 百足のような触手を兵器人間の右手に絡み付かせたまま、ウィスラーが言う。
 こんなものはチェーンソーで切断するまでだ。
 そう思った時には、そのチェーンソーが轟音を立て稼動しながらグシャアッ! と残骸に変わっていた。
 甲殻の触手が、兵器人間の右前腕を締め潰し、引きちぎっていた。
「ぐッぎっ! ぎゃあああああああああ!」
「耳障りだから黙れ、と。そう言っているのだがな……」
 言葉と共にウィスラーが、ゆっくりとベンチから立ち上がる。
 その全身が、黄金色に燃え上がる。
 炎のような金色の体毛が、本物の炎に変わっていた。
 黄金の炎をまとう怪物に、彼は左手を向けた。ガトリング砲の長銃身が、猛回転を開始する。
「ゲテモノの分際で何しやがんだテメエごるぁああああああああ!」
 銃口が、怒声に合わせて火を噴いた。
 ベンチが、跡形もなく砕け散った。
 老人が、犬に引きずられるようにして逃げて行く。
 ウィスラーの姿は、どこにもない。
 いや、眼前。すでに踏み込まれて来ている。
 それに彼が気付いた瞬間。片腕となった兵器人間の身体が、前屈みにへし曲がった。
 鳩尾に、ウィスラーの右拳がめり込んでいる。
「銃火器に頼った、安易な攻撃で……麒麟の俊速を止められると思うか」
 へし曲がった機械の身体が、怪物の右拳によって高々と押し掲げられる。
 兵器人間の腹部にめり込んだ拳に、金色の炎が一気に集中する。
 集中したものが、鳩尾から体内へと、凄まじい勢いで流れ込んで来る。
 熱いのかどうかは、よくわからない。
 ただ全身が、へし曲がったまま爆ぜた。破裂した。
 焼け焦げた金属の残骸が、自分の骨格からボロボロと剥離してゆく。
 それが彼の、最後の感覚だった。


 変装、と呼べるほどのものではないかも知れない。
 とにかく少女は、清掃用の作業服に身を包んでいた。あまりサイズが合わず若干、だぶついている。ほっそりと綺麗なボディラインが、これでは目立たない。
 帽子を載せた頭からは、リボンで束ねられたプラチナゴールドの髪が左右に2房、ふんわりと広がっている。
 名はエリィ・ルー。17歳。駆け出しの情報屋である。
 今は清掃員の格好で、モップや箒、ちり取りにゴミ袋といった掃除用具を満載したカートを押しつつ、早朝の公園を歩いているが、これも情報屋の仕事の一環だ。
 エリィとしては、自治体の清掃員に化けたつもりである。
「朝っぱらから公園うろついてても怪しまれない格好……と思ったんだけど怪しいかなあ、やっぱ」
 この公園に、おかしな怪物が棲み付いている。3日ほど前から、そんな噂が流れていた。
 近隣の住民が、不安を感じている。怪物ではないにせよ、凶悪犯罪者や変質者の類かも知れないのだ。
 単なる不審者であれば、それはそれで良い。見つけ出し、家に帰らせるか警察に突き出すまでだ。
 とにかく不安を感じている人々がいる以上、公園に何が潜んでいるのかを正確に調べなければならない。正しい情報を、入手せねばならない。
 それが、情報屋の仕事だ。
「まあ何かな。これじゃ情報屋さんって言うより探偵……っとぉ」
 エリィは立ち止まった。
 人間の凶悪犯や変質者ではない、まぎれもない「怪物」が、そこにいたからだ。
 右の拳を高々と掲げ、佇んでいる。
 人の体型をした龍、いや麒麟か。無理矢理にでも言葉で表現するとなると、それしかない。
 全身あちこちで燃えるように揺らめく、金色の体毛。それを掻き分けるようにして、何匹もの百足が生え伸びている。
 そんな怪物が、勝ち誇るように右拳で殴り掲げているもの。それは骸骨だった。
 人間の白骨死体、ではない。どうやら金属製で、あちこちが溶けかかり歪んでいる。
 焦げ臭さを漂わせる、金属製の人骨。それを放り捨てながら、怪物は言った。流暢な、日本語の独り言だ。
「由々しき事態と言えような……偉大なる実存の神を守り奉る、聖なる戦士。それが、このような粗悪品とは」
 首から上は、角と金髪を生やした頭蓋骨である。
 唇のない、牙を剥き出しにした口が、さらなる言葉を発した。
「やはり、この私が……一刻も早く、ドゥームズ・カルトに帰還せねばなるまい」
(ドゥームズ・カルト……って言った? よね、今)
 エリィも、その名は聞いた事がある。情報屋を名乗る以上、押さえておかねばならない知識の1つだ。
 虚無の境界から分派・独立した組織で、すでに本家筋を脅かすほどの勢力を持ちつつあるという。
「む……何だ、貴様は」
 怪物が、エリィに気付いた。
 木陰にでも隠れているべきだった、と後悔しても遅い。会話をするしか、なくなってしまった。
「あ……その、初めまして。あたしエリィ・ルー、駆け出しですけど情報屋やってます。あの、ドゥームズ・カルトの関係者の方? もし良かったら、ちょっとお話したいなぁーなんて思うんですけど。いや最近、虚無の境界絡みのお仕事が多いもんで。元々お仲間だった人たちから、何か商売になりそうな情報でもゲット出来れば」
 まるで女の子のような悲鳴が、早朝の公園に響き渡った。
 怪物の悲鳴だった。
 金色の獣毛で彩られた、威風堂々たる筋肉質の長身が、内股気味に座り込んで縮み上がり、震えている。
 立派な角を生やした頭を抱え、俯きながら、怪物は泣き声を漏らしていた。
「ゴミではない……私は、ゴミではなぁい……」
「え……と。ああ、あたしがこんな格好してるから?」
 確かにエリィは今、清掃員の作業服を着ている。
「これ変装だから。別に貴方をゴミ扱いしようってわけじゃ……」
 とりあえず軽く肩か背中でも叩いて安心させてやるべく、エリィは片手を差し伸べ、1歩だけ近付いた。
 怪物が、尻で激しく地面を擦りながら、猛烈な速度で後退りをした。
 そして木に激突し、悲鳴を発する。
 その時には、怪物は怪物ではなくなっていた。
 一糸まとわぬ姿の、人間の男。怪物が変質者に変わった、とエリィは思った。
 どうやら欧米人である。金髪が綺麗な、20代半ばの青年。先程まで筋骨たくましい怪物であったとは思えぬほど、体格は細く頼りない。
 そんな身体を丸め、縮み上がらせ、震わせながら、金髪の青年は泣きじゃくっている。
「ゴミではない……ゴミは嫌だ……私は断じて、ゴミではないのだよぅ……」
 顔は、涙と鼻水にまみれてグシャグシャである。が、エリィは見抜いた。
(ちゃんとした顔になれば、結構イケメン……? いやまあ、そんな事よりも)
「あの……ドゥームズ・カルトについて、ちょっとお話を」
 などと話しかけても、青年は身を縮めて震え、泣くばかりである。
 どうやら清掃作業服に……と言うより清掃員の女性に対し、とてつもないトラウマがあるようだ。
 この青年に関する、3つ目の情報である。
「1つ目は、バケモノに変身出来る。2つ目は、割とイケメン……さて、4つ目の情報は何かなぁ?」
「ただの廃棄物」
 声がした。嘲笑を含む、若い女性の声。
「以上……そいつに関する情報は、それでおしまい。さ、非力な一般市民は帰った帰った」
「……ふうん。あなたは一般市民じゃないってわけ」
 とりあえず、エリィは言葉を返した。
 木陰に、細身の人影が立っている。
 若い女性、と言うより少女だ。エリィとほとんど違わない年齢、に見える。
 ゴシック・ロリータ調の、ひらひらとした黒いワンピースが、邪悪なほどに似合っていた。
 人形を思わせる可憐な美貌の中、左右の瞳が赤く禍々しく輝いている。
 黒髪のツインテールが、まるでロップイヤーラビットの垂れ耳のようだ。
 自分と同じ髪型である。だがエリィは、親近感よりも不快感に近いものを感じていた。
「そ。あたしは黒蝙蝠スザク。あんたたち一般愚民を、そのうち滅びの安らぎへと導いてあげる……それまで、せいぜいウジ虫みたいな人生を面白おかしく過ごすといいわ」
 垂れ耳ウサギのような少女が名乗りながら、手にした傘をくるりと振り回した。
 その手つきを見ただけで、エリィは理解した。
 この黒蝙蝠スザクという少女、武器の扱いに恐ろしく長けている。
「さっさと帰って、3流ラノベより内容のない人生の続きをお楽しみなさい……そこの生ゴミは、こっちで綺麗に処分しておくから」
「滅びの安らぎ、なんて痛い台詞が普通に出て来る。単なる厨二病……じゃなければ『虚無の境界』関係者の方よね」
 泣きじゃくる金髪の青年を背後に庇って立ちながらエリィは、カートに積まれた清掃用具の束に、片手を突っ込んだ。
「それとも……ドゥームズ・カルトの方?」
 そして掴み、取り出す。箒やモップに紛れ込ませておいた、いくらか短めの日本刀を。
「何にしても、このお兄さんは情報の種、商売の種になるかも知れないわけで」
「だから守る? 守って戦う? 愚民の分際で、あたしを相手に?」
 黒蝙蝠スザクが、にっこりと微笑んだ。
「愚民の分際で、あなた……あたしと髪型かぶってる。ムカつく!」
 黒いワンピースが、黒髪のツインテールが、風もないのに揺らめいた。
 黒色が溢れ出し、燃え上がった。それは黒い炎であった。
「この偽物ツインテール! アフロの焼死体になりなさぁああいッ!」
 燃え盛る暗黒が、荒波の如くエリィを襲う。
 短めの日本刀を、エリィは抜きながら一閃させた。
 黒い炎の荒波が、真っ二つに裂けながら飛散し、消えてゆく。
 黒い火の粉を蹴散らしながら、スザクが踏み込んで来る。
「それとも! 首刎ねてから丸刈りにしてやる! つるっぱげの生首、蹴り転がしてやる!」
 黒いワンピースが、ツインテールが、ひらひらと舞う。さながら黒い蝶々のように。
 その舞いに合わせて、傘の先端が超高速で宙を裂き、エリィを襲う。さながら蜂のように。
「くっ……」
 目で見て反応している暇などない。肌で感じられるものだけに従って、エリィは小太刀を操った。
 可愛らしく繊細、に見えて強靭に鍛え込まれ、武器を握り慣れた手が、抜き身の小太刀を小刻みに動かす。
 短めの刀身が、傘の先端をことごとく弾き返し、受け流す。
 プラチナブロンドと黒髪。2色のツインテールを激しく振り乱して躍動する少女たちの間で、ティッシュペーパーくらいなら燃やしてしまえそうな火花が生じては消える。
 通行人が、騒ぎ始めていた。
 そろそろ通勤通学の時間帯である。いつの間にか人通りが多い。
 何かのアトラクションとでも思っているのか、携帯電話やスマートフォンで撮影を試みている呑気な者もいる。
(ヤバい……かな、このままじゃ……)
 自分と、この黒蝙蝠スザクが、本気を出して戦ったら、呑気な通行人の何名かは巻き添えになる。
 人通りの多い場所での騒動を避けたいのは、しかしスザクの方も同様らしい。
「……ドゥームズ・カルトに、本格的に喧嘩を売ると。そういうわけね? 偽物ツインテールちゃん」
 威嚇の形に傘を構えたまま、スザクが足取り滑らかに後退して行く。
「いいわ。あなたの事、忘れない……ほら、どきなさい愚民ども! 動画とかアップしたら、ただじゃ済まさないからねッ!」
 通行人を蹴散らすように去って行くスザクを、エリィは無言で見送った。
 金髪の青年は、まだ泣いている。
 彼を連れて、とりあえず立ち去るべきであった。このままでは通報されてしまいかねない。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2014年12月19日

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