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『胸に宿すは金色の 』
宇田川 千鶴ja1613)&石田 神楽ja4485


 秋の太陽は先を急ぐかのように空を翔けて行く。
 日に日に夕暮れは早くなり、建築途中で放り出された廃ビルの壁は今日の名残の金色の光に照らされている。
 宇田川 千鶴はその一室でテレビを見ていた。
 それ程熱心に見ていた訳ではない。他にすることがないから点けていた、と言った方が正しいだろう。夕方の地域情報番組の内容は、ほとんど頭を素通りして行く。
 テレビだけではない。去年の冬以来、もうすぐ次の冬も来ようというこの時期になっても、千鶴は何かに心を惹かれることが余りなかった。
 依頼はそれなりにこなしているが、それ以外では外に出ることも殆どなく、この廃ビルの中に籠っているような有様だ。

 テレビでは『すぐにでも行きたい! おすすめのお出かけ特集』というコーナーが流れていた。
 賑やかな女性のレポーターがマイクを手に看板を指さす。見ると、日帰り旅行に丁度いいぐらいの場所にある動物園だった。
『この動物園では何と! 可愛い赤ちゃん動物と触れ合えるコーナーがあるんですよ! 早速行ってきます!!』
 千鶴が僅かに身じろぎした。
 画面には、イヌやネコはもちろん、ウサギやハムスター、それにヤギやコアラ、果てはライオンの赤ちゃんまでが次々と映し出される。
 どれも見るからにふわふわしていて、なんともあどけない顔をしていた。
「ライオンも赤ちゃんだとネコみたいですね」
 突然の声に千鶴が振り向く。
 振り向かなくても分かっている。そこに立っているのは、いつも通りの穏やかな微笑を浮かべたもう一人の住人、石田 神楽だ。
「何の番組ですか」
 神楽が買い物帰りの荷物をテーブルに置きながら尋ねた。
「なんやろね。今つけたばかりやし」
 千鶴はリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変えてしまった。



 その翌日。
 千鶴は簡単な朝食の後、神楽から意外な提案を受ける。
「昨日のライオンですがね、日帰りで行ける動物園だったみたいですよ。紅葉もまだ見られそうです。どうです、行ってみませんか?」
「なん……」
 いつの間にリサーチが済んでいるのか。千鶴は二の句が継げない。
「今から出発すれば、充分間に合いますよ。平日の方が空いていますしね。久しぶりに外もいいものですよ」
「別にえぇのに……」
 恐らくは千鶴が珍しく興味を持った対象に気付き、連れ出そうというのだろう。
(相変わらず、鋭い人やね……)
 神楽には随分と心配をかけている、と思う。
 それは分かっているし、いつでも変わらない穏やかな微笑が傍にある有難さも分かっている。
 でも心の中には重い空虚とでもいうべき物がずっと留まっていて、千鶴は身動きができないのだ。
 申し訳ないと思いつつも、神楽の気遣いに素直に従えない。
 だが結局、千鶴は複雑な表情で渋々立ち上がる。

 電車を乗り継いで着いた動物園の門は、晩秋の光の中で寒々として見えた。
 だが園内は深い赤や黄に染まった紅葉で彩られ、まだ充分目を楽しませてくれる。
「綺麗やねぇ」
 僅かな風に、ふわりと一枚のイチョウが宙を舞う。
 金色の葉は枝を離れ、柔らかな軌跡を描いて千鶴の目の前を通り過ぎていった。
「千鶴さん?」
 神楽に名を呼ばれて、ようやく息をつく。
 気がつけば、固く握りしめていた拳の中には冷たい汗をかいていた。
「気分が悪いのなら、休みますか」
「……ううん、大丈夫。何でもない」
 千鶴はぎこちない笑顔を向ける。
「ほんまに大丈夫やから。そんな心配せんでええよ」
 神楽はそれ以上何も言わなかった。ただ、静かな声で先を指さす。
「あちらのようですね。空いているうちに行きましょうか」
 近くの案内表示が『赤ちゃん動物ふれあいコーナー』の方向を示していた。



 目指す場所はすぐにわかった。
 建物の中には学生らしいカップルが他に数組、後は小さな子供のいる家族連れが数組。そして賑やかな鳴き声が響き渡る。
「中々壮観ですねえ」
 ゲージの中で放し飼いに近い状態の仔犬は、生命力がはち切れそうな様子で走りまわっている。
 他にも種類や大きさで分けられたコーナーごとに職員がいて、順番に赤ちゃん動物を手渡してくれるようだ。
「ウサギちゃんはどうですか?」
 職員の声に、神楽が千鶴の手を掴んで引っ張った。
「あ、ちょっと」
「ウサギなら噛んだり吠えたりしませんし。大丈夫でしょう」
 そういう問題か?
 千鶴は少し眉間に皺を寄せつつも、ついて行く。
 抱き方の説明を受け、神楽は早速ウサギを受け取った。真綿のように真っ白い仔ウサギは、神楽の腕の中で鼻をひくひくさせている。
「なかなか可愛いですよ。ほら、千鶴さんも」
「じゃあそっと抱っこしてあげてくださいねー」
 おっかなびっくり、千鶴もウサギを受け取った。黒い耳をぶるんと震わせ、仔ウサギはせわしなく腕の中で動き回る。
 助けを求めるように見ると、神楽は苦笑いを浮かべていた。
「落としたりしなければ大丈夫ですよ。ほら」
 神楽の真似をして、ウサギを抱きなおす。

 暖かい。
 腕にかかる重み、掌に感じる柔らかさ。
 不思議な愛おしさが喉元にこみ上げて来て、千鶴は何故か泣きたくなった。その感情は、単に優しさだけでできている訳ではない。
 今この手から滑り落ちれば、一瞬で消えてしまうだろう儚い命。
 それを思うと怖い。
 弱くて、小さくて、無力な存在の危うさが、どうしようもなく怖い。
「おおきに。ほんま、可愛いもんやねぇ」
 そんな言葉で取り繕い、千鶴は職員に仔ウサギを返した。
 神楽がまた千鶴を引っ張っていく。
「ウサギではちょっともの足りませんね。次はあれ行きましょう」
「え、あれって……」
 一番奥まった場所に人だかりができていた。ライオンの赤ちゃんを抱く順番を待っているのだ。
「ええよ、人多いし」
「折角ここまで来たんですし。大きくなったらライオンは抱っこなんてできないですよ」
「そらそうやわ……」
 どこまで本気か判らない神楽の口調に、千鶴が小さく笑った。



 カフェテラスのデッキ席には、手の届きそうな所にまで紅葉が伸びていた。
「ええとこやね」
 千鶴が目を細める。
 そこは動物園のすぐ近くにある静かなカフェだった。
「料理も思っていたよりもずっと良かったですね」
 神楽は相変わらず穏やかに微笑んでいる。
(食事する場所まで調査済みやもんねぇ……)
 半ば感心、半ば呆れつつ、千鶴は紅茶のカップに口をつける。

 微笑の下で、神楽は千鶴の様子を窺う。
 千鶴がずっと塞ぎ込んでいる理由は、神楽にも良く分かっていた。
 元々口数の多い性質ではない。だから他人の前では、取り繕うこともできた。
 寧ろ、何かを振り切る様に出動する依頼では、以前より動きが俊敏になっている位だった。頼もしい限りだが、神楽にとって千鶴は単なる戦場での相棒という存在ではない。
 だが千鶴が自分の中で解決しなければ、どうしようもないこともある。
 傷に絆創膏を貼ってやることはできるが、傷を治すのは当人の身体なのだ。
 神楽にできることといえば、思考の迷宮から千鶴が出て来るのを待っていること。
 そしてこうして、時々外へ連れ出すこと位だった。

 ふと気付くと、千鶴が目を細めて、こちらへせり出した紅葉の枝を見上げていた。
 かざした手には一枚の金色の羽。微かに動く唇が、言葉を紡いでいる。
 音にならない声が神楽の耳にも届いた。

「見せたかった」

 ――この美しい世界を。

 千鶴の目は金色の羽を透かして、遠い空を、その先を見つめる。
 今、この羽の主は何処に居るのだろう。
 そして何故、自分は此処に居るのだろう。
 忘れようとしても忘れられない後悔が、夜毎日毎に募って行く。
 重く心に圧し掛かる想いに、胸はふさがれ、言葉は行く先を見失う。



 チチッ。
 高い声で囀り、一羽の鳥が飛び立った。
 あとには幾枚かの紅葉が、音もなく落ちていく。

 我に返った千鶴の目に、辛抱強く自分を見つめている神楽の微笑が映った。
 ああ、また自分はこの人に心配をかけている。千鶴は誤魔化すように、微かに口元を緩めて微笑した。
 突然、神楽が静かな声で、けれどはっきりと言った。
「見えているでしょう、きっと」
「そうかな。……そうやとええね」
 千鶴は祈る様に瞼を閉じ、金色の羽を額につける。
 それから大事に羽をしまい込んだ。
「神楽さん」
「なんでしょう」
「おおきに」
 神妙な様子で、千鶴が目を伏せた。
「それから、ごめん」
 消え入りそうな声だった。神楽は敢えてその言葉を受け流す。
「どういたしまして」
 記憶に留めるのは感謝の言葉だけで充分だ。謝罪など欲しくはない。
「さて、もう少し紅葉を楽しみましょうか」
 手を差し出すと、千鶴が顔を上げる。まだ何かに迷っている様な目だった。
 それでも構わない。もしも迷っているなら、一緒に道を切り開いて行けばいい。
 だから――。
「うん。ここまで来たんやしね」
 千鶴がおずおずと差し出す指先を、神楽はしっかりと握る。流れ込んでくる想いは確かな暖かさとなって、全身を包みこむ。
 いつか金色の光が暖かく思える日が来るまで、この手に頼って、掴まっていてもいいのだと。

 静かに歩く二人の後を、赤い葉、黄色い葉が舞い降り続ける。
 それは祝福の様でもあり、慰めの様でもあった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1613 / 宇田川 千鶴 / 女 /  22 / この手にある物】
【ja4485 / 石田 神楽 / 男 / 24 / この手でできる事】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、晩秋の静かな一日のエピソードをお届けします。
心の中に抱えた物の重さが、傍に居る方の力で少しでも軽くなりますように。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2014年12月19日

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