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『対の翼 』
ヘスティア・V・D(ib0161)&リューリャ・ドラッケン(ia8037)

●迷月

(どうしたものかな)
 表情はあくまでも穏やかなまま、リューリャ・ドラッケン(ia8037)は目の前の恋人の様子を眺めていた。
 半身とも呼べるヘスティア・V・D(ib0161)に呼ばれて来たのだが、彼女はいまだ本題に入らず言葉を濁していた。
 いつもならまっすぐに見つめてくる視線はこちらから合わせようとしても逸らされる。二人で過ごすときは必ず伸ばしてくる手もぎゅっと握りこぶしを作っている。
 けれど頬の赤みを見るに、別れ話と言う訳ではなさそうだ。彼女は離れる時、手の込んだことはしない性分だろう。

「その、言わなきゃいけないことが‥‥あって」
 途切れ途切れな口調になってしまい、何時もの覇気がないことはわかっている。
(どうした俺、今日は言うって決めただろ?)
 自分で自分の背中を押すために、わざわざいつもとは別の場所を選んで、待ち合わせという遠回りな形で呼び出したというのに。
 寝ていた彼の隣から抜け出して、書置きを残して。彼がここに来るまでに十分な時間があり、その時間を使って心の準備を終える、その予定だった。脳内で練習もしたし、これでいつ彼を前にしても大丈夫と思っていた。
(全っ然意味なかったじゃねぇか)
 彼を見た瞬間にすべて真っ白になった。
 それでも、用意していた言葉をかき集めて頭の中で組み立てる。今度は体が思うように動かない。
 両手で意味のない手遊びをしそうになって、それは意思の力で抑え込む。
 頬が熱い、ああ俺は真っ赤になっているんだろうな。変な奴だって思われていやしないかな。
 らしくないってわかってる。
 他の誰かに宣言するより、目の前のこの男に言うことがどれだけ勇気のいることなのかわかっていたんだ。
「‥‥」
 ふわりと空気が動いた。無意識に目を閉じていたヘスティアが確認するよりも早く、彼女の体が暖かさに包まれる。
(眩しいくらい白いのになー)
 いつもの白い服は鋭さや冷たさを、そして純粋さを印象付けるのに。懐に入ってしまえばこんなにも暖かい。
 笑った気配がした。馬鹿だなあ、というように。

 最初はとにかく嬉しくて、どうやって伝えればいいのか、いくつもいくつも考えた。
 どんな答えが返って来るのか、それを考えるようになってはじめて思いだした、自分は確かに嬉しいけれど、他の立場から見たら、今この現実はずるいことではないのかと。
 自分は他の皆と同じ場所でいいと思っていたのではなかったか。嬉しいけれど、悪いことをした気になった。
 前も後も一緒に見たまま過ごすのは難しい。一方を見ればもう片方が髪をひく。繰り返していくうちにお互いが混ざって整理なんてつかなくなって、このままでは自分が何をするかわからなくなって。
 無理やりにでも別の道を作ろうと、こうして決意したというのに。

(いつだって、こいつは俺の予想の上を行く‥‥)
 背に回された腕と、髪を撫でる手の感触。鼓動は速まるけれど呼吸は落ち着いて無駄な力も抜けていく。
「なあ、俺さ」
 この優しい腕なら信じられる。最初からわかっていたはずなのに、どうして忘れていたのだろう。
「月のものが‥‥できた、らしい」

●導月

 紡がれた言葉は確かにリューリャに驚きをもたらしたけれど、その手を止めるものではなく、今も優しくヘスティアの髪を梳くように撫でている。落ち着かない様子を見せていた彼女だが、今は呼吸もいつも通り。委ねてくる身体は何時もより少しばかり温かいようにも感じるけれど、その事情ならば納得もいく。
(なるほどね)
 あの夢はこの予兆だったのかと、心の内だけで頷いた。

 真白い布にくるまれた、小さな命。
 まだ一人で生きることができない小さな存在は頼りなくて、けれど全幅の信頼を寄せられていることだけはわかった。
 抱き上げる自分の腕に寝ぼけているのか頬を寄せる様子に口元が緩む。ああ、このあとこの娘はこれから起きるのだなと、可愛い声を、その瞳に自分を映してくれるかとその瞬間を待つ。
(娘‥‥?)
 どうして性別を知っているのか、自分の子供だからわかったのだろうか?
 疑問に首を傾げようとしたところで、景色が薄く消えていく。
 瞳の色は見ることができないまま、自らの目が開いて‥‥朝になっていた。

 腕の中のヘスティア、その耳元に唇を寄せる。
「命を紡いで時を紡いで、共に未来に手渡すものが出来たな」
 擦れた声音に吐息も重なる。ぴくりと震える彼女の背を支えるようにして、労りながら抱きしめなおす。驚かせないように視線を重ねて頷いてから、まだ膨らみの目立たないお腹に手を添える。
「この子が生きていく世界を良くする為に、また頑張ろう」
 ゆっくりと手を滑らせる。確かにここにはあの子が居るのだ。その実感を少しずつ自分の中に蓄えていく。男親だからこそ、こうして確かめることは大事なのだと考えている。
「かつて始まりの親が望んだように。より良い世界を、見せてあげる為にね」
 これまでの誓いと違うのは、自らの血を分けた家族が守る対象に増えること。
 それで誰かを不平等にすることはないけれど、強いつながりが一つ生まれたことは確かだ。

(こういう男だった)
 特別になりたいと願っていたわけではないつもりだ。ただこの男の愛が得られるならそれでいいと思っていたし、今もそのつもりだ。
 他の、同じ立場の彼女達もそうだろうと思う。でなければ同じように、平等な立場に甘んじてなどいないだろうから。
(考えすぎだった、か?)
 改めて凭れかかりながら思う。この男の許容範囲の広さと平等さこそがすべてのバランスを保つ鍵であり理由なのだ。それがなくならない限り、自分も含めたこの男の世界が均衡を崩すことはないだろう。そしてこの男は自分が守ると決めた剣の主。簡単になくすなんてそんなの自分のプライドが許さない。
「かなわないな‥‥」
 あんなに迷っていた自分が馬鹿みたいだ。
「何がだ?」
 吐息と共に零した囁きも、大事なことは必ず拾い上げてくる。腕の中で憎む事なんて許してくれるはずがない相手。
「俺はこのままで居て、いいんだろう?」
 それを聞きたかっただけだと小さく笑ってみせた。
「当たり前だ、どちらも責任はとるし、面倒を見るに決まってる」
 答えは知っていたけれど、言葉にして欲しかったから。

●蜜月

 ともに腰かけ、リューリャが改めてヘスティアの形を確かめる。
「たつにーはさ、どっちがいい?」
 膝の間に抱いたまま、ゆっくりと、小さな命を守る場所を中心に愛でてゆく。特別何かするわけではなく、ただ彼女の身体を包むように支え、両手はずっとお腹の上に添えるだけ。
「何が?」
「子供のこと。男? それとも女か?」
 たつにーならやっぱり女かな、意表をついて男か? どちらも見たいような気がするなーと楽しそうに笑う彼女に、リューリャはなるほどと頷くけれど。
「この子は娘だよ」
 髪の色や瞳の色はまだどちらに似るのかわからないけれど、そう言いながらも断定されヘスティアは首を傾げた。
「たつにー、医者だってまだわからない時期だぜ」
 半ばあきれたように口調の彼女に、それを咎めることなく彼の言葉は続く。
「決まってるものだからな」
 確かにまだわからないだけで、その性別は親を選ぶその時から決まっているとは言うけれど。
「夢で見たからな、教えてくれたと考えるのが普通だろう?」
 本人が言うのだから間違ってはいないはずだと答えれば、彼女の表情が変わっていった。可笑しそうな、けれど楽しそうな笑顔。
「それじゃ、知ってたって言うのかよ」
 俺は困って迷って踏み出せなくて、時間ばかりかけたのに。
 生まれる前から父親にこれほど愛を示しているなら、確かに俺の娘だ。
「もう親子なんだな?」
 くすくすと笑いだす。母親の先を歩く娘と、父親になった男の背中が並んだような気がして笑みが深くなる。
「好きな道を歩ませてやらないとな、その為に、俺もこの子にいい世界を見せてやりたい」
 この男の選んだ道は、それがどんなものであろうと守り支えて共に歩むのが自分の道だ。隣を歩くことは自分で選び、願った道だけれど、これからはこの男の為だけではない。この子の為だから、今までより少しだけ自分の事を守る、そう考える機会が増えるかもしれない。
 考えていたせいだろうか。体勢の変化に気づいた時にはもう視界にリューリャしか映っていない。
「どっちも望むなら、また呼べばいい」
 労りを込めた笑顔で紡がれる言葉に開かれていく。何を、と思う暇はすぐになくなった。

「それにしても」
 ヘスティアの中に残っていた不安と呼ぶべき感情を全て解き放つために、リューリャは彼女という存在の確認を止めることなく続けていた。
 負担をかけないように、労る様に。彼女の体を少しずつ丁寧にほぐしていく
不安げな響きが少しでも声に混ざるようであれば口付けを重ね、緊張が走るようならそこはより時間をかけた。 ただ全ての力を抜けるように、安心と愛情だけで彼女が満たされるように。
 決して明確な言葉には出さないけれど、不安定な感情を抱えていたことは気付いていたから。だからこそリューリャは解き明かしていく。
 そして日除けの隙間から陽射しが差し込む頃、耳朶にそっと顔を寄せた。
「たつ、にー‥‥?」
 疑いのない眼差しで見上げてくる二色の瞳に、滲んだ滴をすくいとる。
「いつまでその呼び名なんだ、ヘス」
 視線で伝えれば、分かったと頷いて紅い唇が開く。
「リュー‥‥っ」
 その初めの言葉は自分だけのものだからと唇で塞いで、他のどんな存在にも、娘にも聞かせてはやらないと飲み込んだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib0161/ヘスティア・V・D/女/21歳/騎士】
【ia8037/リューリャ・ドラッケン/男/19歳/騎士】
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舵天照 -DTS-
2014年12月24日

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