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『魂のゆくえ 』
千影・ー3689)&栄神・万輝(3480)&ナギ(NPC5484)

 その空間は、いつもより静まり返っていた。
 午前零時。
 都内の公園なのだが、人の気配が全く無い。静けさが異常だと感じるほどの森閑さである。
 頬をくすぐる風が異様に冷たいことを感じたナギは、そこで足を止めた。
「……あー……これは」
 思い当たる節があるのか、彼はそう言って表情が歪む。
 直後に感じるのは黒兎の気配だった。
 とん、と小さな足音がする。それに視線をやれば兎の鼻がピスピスと動いてつぶらな瞳がナギを見上げていた。
「しゃーねぇ、腹くくるか……」
 ガシガシ、と頭を掻きつつそんな独り言を漏らす。
 そして彼は、公園内へと足を踏み込んだ。
 一般人には見ることすら出来ないであろう薄い膜。俗にいう結界の壁に手を触れると、あからさまな痛みを伴う冷気が流れこんでくる。
「――静夜、僕は他人を入れるなと……言ってあったよね?」
 ため息混じりの声が聞こえてきた。
 懐かしいと感じる声音は、驚くほど変わってはいない。
「知ってるから他人じゃないって? ……それは理由じゃないでしょ」
 ベンチに腰掛け、湯たんぽ代わりにと膝の乗せている黒兎へとそんな言葉を投げかけるのは万輝だった。
 相変わらずの近寄り難いオーラをビシビシと放っている。
「……とりあえず、久しぶり?」
 それとも、初めましてかな? と口元のみの笑みを浮かべて、碧色の瞳がナギへと向けられた。
 絶対零度の微笑とでも言えばいいのだろうか。
 まともに目にしたナギ本人は、その冷たい笑みに何も返せない状態であった。
 ヒョオ、と寒風が二人の間を吹き抜ける。
「いや、まぁ……久しぶり、ってことで」
 ひらりと右手を上げて引きつった笑いを作りつつ、ナギがようやくの返事をした。
 万輝は座ったままでナギを見つめてくる。
 宝石のような瞳の視線に、ナギは思わず視線をそらす。
「……面倒そうなモノ抱え込んでるね」
「あ、ああ……コレの事か。まぁ、色々あってな」
 万輝が指摘してきたのものは、ナギの身体に巣食っている狼の存在であった。
 一瞬でそれを見抜いてきたことに関して多少の驚きもあったが、これが万輝だとナギ自身も知っているだけに改めての言葉は返さない。
 そしてナギは辺りを軽く見回した。
 いつも万輝の傍に必ずいるはずの存在が、見当たらなかったからだ。
「チカなら今は居ないけど。それは、キミに関係あるの?」
 万輝が再びの冷たい言葉を放った。
 それがダイレクトに突き刺さったナギは、苦笑いを浮かべつつ「いや」と言って別の話題を投げかけた。
「こんな所に一人で、何してる? もう遅いだろ。お前の能力を軽視してるつもりじゃねけど、危ないことしてるんじゃねぇよな?」
「…………」
 万輝はその問いに答えようとはしなかった。
 ――となれば、万輝の家事情の案件かとナギは思い当たる。
 まだこの少年は、一人きりで『栄神家』と戦っているのか。
 千影と静夜という分身がいるが、支えきるにはやはり限界というものがある。
「放っておいてくれていいよ。これは僕の役目だ。静夜もいるし、問題はない」
「その静夜が俺を呼んだ理由があるだろ。勝手に協力するからな」
 万輝は膝の上に乗ったままの黒兎の背を撫でつつ言葉を紡いだ。
 ナギはそんな彼を当然放っておくことは出来ずに、一歩を進めて目の前の少年の頭の上に手のひらをポンと置いた。
「おせっかいなところも、全然変わってないね……」
 深い溜息を吐き零しながらの言葉は、まんざらでもなさそうだった。
 そして万輝は、ちらりと辺りを見回してからまた唇を開いた。
「……チカがいないのは、わざとなんだ。あの子がいると誘えないし」
「誘う?」
「うちの一族だと、『獣待ち』って言うんだけど」
 万輝が語りだした話は、どうやら彼が今ここにいる理由であるらしい。
 今、彼の傍に千影が居ない事には理由があるようだ。
「とある堕ちた獣がいてね。複数の獣が融合した姿なんだけど。少し前に主を食い殺してるんだ」
「…………」
「魂の獣っていうのは、『彼等』は個では無くモノとして扱うんだ。制御のきかない獣は危険だから、道具として扱う。生まれた自我も踏み潰して隷属させるんだよ」
 ナギは万輝の言葉を黙って聞いていた。その表情はあまり穏やかではない。
 彼等とは万輝の一族のことを指しているのだろう。
「最近、バカが増えてね。……チカがどの獣よりも強くてあんな風に可愛いのは、自我を持ったせいだって噂が僕のところにも流れてきてね」
「短絡的な考えだな。大体、獣ってのは主の鏡みたいなもんだろ。心から溢れたモンが形になるんだしよ」
「そのとおりだよ。愚かなことだけど、そうやって自分で自分のバカさ加減をアピールしてくる連中が分家の長とかに多くてね。まぁそういう流れで、今日は僕自身が囮になって堕ちた獣を呼び寄せてるってわけ」
 はぁ、とため息を吐いたのはナギであった。
 万輝の家事情は多少なりとも理解しているつもりだ。
 歴史が古いだけあって、考え方も古く凝り固まったものが目立つ。
 今回の話もそう言った輩から出た、一端なのだろう。
「危ねぇことを当たり前みたいにさせやがって」
「仕方ないよ。どうにかして上のクラスに上がってこようっていう野望がある連中ばかりなんだからさ」
「だからって、お前らはまだ子供だろうが」
 万輝の言葉がやけに寂しい音に聞こえた。
 それを間近で受け止めたナギの心が静かにざわついていく。
 『少年』が口にしていい言葉ではない。
 子供らしさの欠片もない笑みを湛える万輝に、苛立ちが増していく。
「――キミがそこまで腹を立てることは……って思うけど、仕方ないか」
「少なくても、俺はお前らの理解者だ」
 万輝が苦笑しつつそう言うと、ナギはそう応える。
 千影の事で気にかかることは多大にある現在ではあるが、それでも万輝は自分の心が微かに柔らかいものになっていくのを感じて、またうっすらと笑う。
 ざわ、と木々がざわめいた。
「…………」
「来たね」
 ナギが肩越しに振り向いたところで、万輝がそう言った。
 公園に何かが近づいてくる。
「服従させられてきた獣が、鎖を解かれたらどうすると思う?」
「……改めて聞いてくることでもねぇだろ。答えはアレだ」
「そうだね」
 万輝が座り続けるベンチに向かって向かってくる影。
 ものすごい速さで近づいてくるそれに右腕を上げたのは、ナギであった。
 バシン、と弾く音が公園内に広がった。
 重い存在にナギの表情が歪む。
「こりゃぁ……」
 差し出した手のひらがビリビリと痛む。彼の右手から生み出されたシールドが震えるほどの威力だ。
 ナギは防御に長けた風使いだ。
 その彼が、焦りの表情を見せる。
 今対峙している存在は、それほど厄介な『獣』であった。
「……全く、栄神家はいつでも規格外だな」
「それって褒めてないでしょ」
 予想外の能力で弾かれたことに、目の前の獣は猛々しく吠えてみせた。
 獅子のような姿だが、猛禽類の目と、尻尾に蛇の頭を持っている。所謂キメラのようなものだ。
 だが、その身体はどこか不完全のようにも見えた。
「消滅しかかってるんだよ。主を失った魂は当たり前のように消える。それを保つためには新しい主を得るか、人を食らうしかない」
「そんでコイツは後者を選んだってことか」
 獣はもう一度、万輝に向かって駆け出してきた。
 ナギの生成したシールドが今だに保たれているのでまた弾くだろうが、長くは持たない。
 そんなことを思っていると、万輝の膝の上に居た黒兎がぴょんと跳ねた。
 そしてナギの肩の上に乗って、大きく口を開く。
 そこから生まれたオーラがナギのシールドを覆うように一気に広がって、強固なモノになっていくのを感じた。
 直後、獣がまた弾かれる光景を目にする。
「――千影、来て。あの子をお願い」
「はーい♪」
 獣が弾かれた勢いで転がったのを見た後で、万輝がそう言った。
 彼は未だに座ったままだ。
 いつもは『チカ』と愛称で呼ぶ彼が『千影』と呼ぶときは、主としての命を下すためのもの。
 二人の間でいつの間にか構築されてきたルールの名残であるが、ナギもその事は理解している。
 そして、その万輝の言葉に遅れること無く現れたのは千影であった。
「あっ、ナギちゃんだ! わーい、こんばんは〜!」
 彼女はいつもどおりで、この場にある緊張感など受けとめずにナギに飛びついてくる。
 それに逆に焦りを見せたのはナギのほうであった。
「おい千影、今はそれどころじゃねぇだろ……っていうか、万輝が見てる。めちゃくちゃ見てるから!」
 万輝のオーラが一気に冷めていくのがわかった。
 目の前で自分以外に懐く千影の姿に、只ならぬ感情を抱いているのだ。
「うにゃん?」
 ナギに抱きついたままの状態で、千影は小首を傾げていた。
 能力を使い続けているナギには彼女を引き離す術もなく、背中に刺さりっぱなしの痛い視線に冷や汗を出すしか無い。
「チカ、お願い」
「あ、はーい! ナギちゃん、もうシールド解いちゃって大丈夫だよ。この後は、チカのお仕事」
「分かった。分かったから一回俺から離れてくれ」
 うふふ、と楽しそうに笑う千影を諭すようにしてナギはそう言った。
 千影は万輝の言葉に従うために必ず動くが、ナギのぬくもりをきちんと確かめるようにして腕の力を強めてぎゅ、と彼を抱き込む。
 数秒後、すっとその体が離れた。最後に離れた彼女の指先をナギは思わず追いたくなったが、ギリギリの差でそれを飲み込む。
 そして彼は、右腕を下ろして一歩を下がった。
「――アナタの一番の人は、美味しかった?」
 リン、と鈴の音が鳴る。
 千影の着ている黒のワンピースの裾が、ふわりと揺れた。
「今、どんな気持ち? イタい? 苦しい? ……寂しい?」
 彼女はそんな問いかけを獣に向かって投げかける。
 獣は牙を向いて唸っていた。
 だが、誰も危険だとは思わなかった。
「チカが、楽にしてあげるね」
 千影の腕が前に伸びる。その先で鋭い爪が一瞬にして出現し、キラリと光った。
 万輝はそっと瞳を伏せ、そんな彼の膝の上に黒兎もぴょんと跳ねて戻る。
 一方のナギは、千影の姿を一度も目をそらさずに見守っていた。
 『千影』は万輝の魂の獣。
 彼の心から溢れ形となり、自我を得た。
 様々な出会いと経験を重ねて、二人は静かに成長を続けている。
 ナギはその一部を見守ってきた。
 これからも、そうでありたいと願う。
 視線の先の千影が、苦もなく堕ちた獣を処理していた。地に沈めたそれを、自らも獣の姿に変化させて食べることで形跡を残さずに終えられるのだ。
「……千影は、あの子とは違う。もう僕だけのチカじゃないからね」
 万輝が再び静かに語りだした。あの子とは、堕ちた獣の事を指しているのだろう。
 主としての立場から見れば、そう言う対象になるのかもしれない。
「本当は、獣には名前は必要ないんだ」
「そういや、名付け親はお前の母親だったな」
「僕で例を出せば、『万輝の獣』で通じる。そういう意味合いでは、チカは変わり種だ。……でも、だからって本質は何にも変わりない」
「……解ってるよ、万輝」
 ナギは噛みしめるようにしてそう言った。
 万輝の言葉に哀色を感じたからだ。
 理解する気のない人物が無限にいる。そんな中で、万輝は生きている。
 彼は利発で大人びてはいるが、それでも『少年』には変わりない。
 例え本人が拒否しようとも、ナギは彼の味方であり続けようと思うのだ。
「ナギちゃーん!」
 ぴょーん、と千影が再びナギに飛び込んできた。
 役目を終えた彼女は嬉しそうだ。
「千影、俺より先に万輝だろ」
「うん、だけど……ナギちゃんが帰っちゃうと嫌だから」
「…………」
 その一言で、再びの冷気が周囲を包んだ。
 まるで吹雪いているかのような寒風と、そこに孕む怒気が一身にナギだけに向けられる。
「ナギちゃん? どうしたの?」
「……あー、いや。お前のご主人様は誰より最強だよってな」
 自分の懐に収まったままでいる千影の頭をそっと撫でて、ナギはそう言った。
 心中はとても穏やかではいられないが、彼女は簡単には自分から離れない。
「さて、僕が納得行くような経緯を、キミは話すことが出来るのかな」
「何気に俺を追い詰めるようなこと言わないでくれよ、万輝……」
 万輝の刺さるような言葉に、ナギはかくりと頭を落とす。
 そんな彼の姿をちらりと見上げて、満足そうな笑みを浮かべた。
「まぁ、チカの事はひとまずは置いておいて、今回はそこそこ役に立ってくれて、助かったよ」
「……俺が言えた事じゃねぇけど、何でも一人で片付けようとすんな。俺で良かったらいつでも手伝ってやるから」
「気が向いたらね」
 刺のある響きを添えてであったが万輝が言った言葉に、ナギはそんな返事をした。
 そして互いに微かに視線を重ねた後、小さく笑い合うのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年12月24日

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