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『秋惜む 』
月居 愁也ja6837)&加倉 一臣ja5823)&夜来野 遥久ja6843


 空気を裂くように百舌鳥の声が響き、深紅色の楓の葉がひとつふたつ舞い落ちる。
 都は秋の名残の日差しを浴びて平穏の中にあった。昨今人々を慄かせていた茨木童子の狼藉も、ここ暫くは耳にしない。
 冬の訪れを前に、穏やかな日々が過ぎて行く。

 穏やかならぬのは、寧ろ茨木童子であった。
「また来たのか」
 うんざりしているらしき紫玉の瞳が、岩屋を訪れた男を見遣る。
「暦の都合で方違えが必要となりまして。致し方なく」
 夜来野卿遥久が僅かに目を伏せ、扇を額に当てた。彼は都でも屈指の家柄と実力とを誇る陰陽師だ。先年茨木の配下が都にて暴れた際に、故あって岩屋に押し掛けて以来の馴染である。
「そなたの暦には、矢鱈と物忌みの日が多いと見える」
 そう皮肉を言われる程に、遥久は茨木童子の棲家である岩屋に通い詰めていた。第二の屋敷と読んでも差し支えない程の頻度で、知らぬ者が見れば余程ご執心の姫君がいるとでも思うだろう。
 遥久当人には全く嫌がらせのつもりはなく、ただこうして言葉を交わし茨木の反応を見るのが楽しいのだが、茨木にしてみればいい迷惑である。
 結果的に茨木の行動は制限され、都で狼藉を働く暇がないのだから遥久の行動もあながち役立っていない訳ではないのだが。
「ときに茨木殿、少し気晴らしなど如何です」
「気晴らし?」
 夜来野卿が極上の笑みを浮かべた。如何ですと言いながら、相手の都合を聞く気は毛頭ない。



「……って訳でさあ、ほんと何考えてんのかと思っちゃうぜ」
 大路を歩きながら舎人風の若い男が不平をもらした。
 肩には大きな瓶子を二つ軽々と担ぎ、他にも何やら大きな包みを提げている。
「悋気か。式の分際で」
 並んで歩く男がそう言って鼻を鳴らした。名を蘆夜葦輝。色白で美しい顔立ちだが、眼光鋭い、狩衣姿の若者だ。
「そんなんじゃねえよ! 仮にも鬼の棲家だぜ? 何かあったら俺の出番じゃないか、置いて行く事ないだろ」
 むきになって反論するのは、月居 愁也。表向きは夜来野卿の元で修行中の将来有望な術者ということになっているが、実は遥久が最初に作った式神である。
「さぞかし自信があるのだろうよ」
 そう応じた葦輝だったが、不意に皮肉な笑みを収めた。
「それにしても見事だ。夜来野卿はあの茨木童子を調伏したのか」
 僅かに悔しさも滲む言葉に、愁也が首を傾げる。
「うーん……調伏っていうか調教っていうか……?」
「どういうことだ、それは」
「だからついて来れば分かるって!」
 愁也が笑いながら、歩みを早める。

 葦輝の蘆夜家は、夜来野家と並ぶ陰陽師の名家である。
 時に競い合い、時に協力しつつ都の平穏を守っているのだが、どういう訳か愁也は葦輝が気に入っており、仕事と関係なく時々顔を見せる。
 生真面目で融通の利かない性質である葦輝は、自由奔放な愁也に煩いと文句を言いつつ、いつの間にか軽口を叩き合う間柄となっていた。
 今日は面白い物を見せると言われ、渋々ついてきたのである。
「それにしてもどこまで行くのだ。もう西ノ京に近いぞ」
 朱雀大路を挟んで西側の右京は酷く廃れており、夜盗や追剥の類、果ては魑魅魍魎までもが潜むと言われていた。
「もうすぐだって……あれ?」
 華麗な作りの牛車が二人を追い抜いたかと思うと、大路の真ん中で止まる。

 中から降りて来た貴人は、軽い調子で二人に声を掛けた。
「よっ、追いついたみたいだな」
「これは頭中将殿、かようなところでお目にかかるとはお珍しい」
 宮中で見知っている葦輝が丁寧に礼を取る。
 蔵人頭と近衛中将を兼ねた、頭中将の通称で呼ばれるのは加倉宮だった。
 傍流とはいえ宮家に連なる血筋でありながら気さくな人柄、加えて文武両道、すがしい容姿の彼は、都の姫君達との浮名も絶えず何かと騒動も起こしている。
「加倉宮、牛車いいの?」
 主を置いて鼻先を変える牛車を見て、愁也が尋ねた。
「あれはこの辺りでは目立つからな。何、すぐそこだ」
 葦輝が怪訝そうな表情をする。
「あ、加倉宮、これあっしー。あっしー、これ加倉宮。遥久の乳兄弟で俺の知り合い」
「無礼な奴め。それと誰があっしーだ」
 すぱぱぱん! 
「いたッいたたたッ!!」
 一見線の細い葦輝が、目にも留まらぬ早さで檜扇を閃かせて愁也を打つ。
「今日はそういうのなしでいいから。さ、行こうか」
 そう言うと、加倉宮は先に立って歩き出した。



 暫く行くと、一軒の邸に着いた。加倉宮の所有する別邸である。
 古びてはいるが立派な作りの門の脇から小柄な年寄りが顔を出し、すぐさま門を開けた。
 手入れの行きとどいた部屋に通され、それぞれが座を占める。
「あ、これ遥久から。水屋に運んどくな」
 愁也が大きな瓶子を見せた。
「いつもすまんな。それにしても相変わらず遥久の奴、式づか……人使いが荒いよな」
「俺は仕事に誇り持ってるから。あ、それと式で大丈夫。あっしーは知ってるよ」
「だから誰があっしーだ!」
「ぎゃーっ酒がこぼれる、今のなし! 今のなし!!」
 矢のような鋭さで飛んでくる扇を避けながら、愁也は瓶子を抱えて逃げて行った。
「ご存じだったか。蘆夜卿は思いの外了見のお広い」
「……仮にも陰陽師でありますれば。式に驚いていては務まりませぬゆえ」
 そういう意味じゃないんだけどな。
 加倉宮が葦輝の真面目くさった顔を眺め、扇の陰で苦笑する。

 そこに次の客が着いた。
「お、遥久。想い人は上手く連れ出せたか?」
「加倉宮と違って、私は一途ですから」
 全く動じない鋼の笑顔とでも呼ぶべき表情の遥久の後ろに、袿をかづいた女がいたのだ。
 突然、葦輝の背中を得も言われぬ不快さが走った。
(この女……?)
 膝の上に固く握った拳の内が汗ばむ。
「くく、殺気が痛い程だな、陰陽師。案ずるな。今日は酒宴に招かれただけだ」
 語るうちに女の声は男の声に。臈たけた妙齢の婦人の姿も、袿を掃うと長い金色の髪の異形へと変じていた。
「まさか、茨木童子……!」
「先にご説明せず申し訳ありません。うちの愁也がどうしても蘆夜卿をお招きしたいと我儘を申しましたので」
 茨木を背後に、遥久は葦輝に挨拶をする。

「へえ、こちらがかの有名な羅城門の主とは」
 加倉宮が面白そうに茨木を眺めた。羅城門とは朱雀大路の南の端にある都への入口なのだが、今はかなり荒れている。
「そなた見た所武人だな。どうだ、腕でも取ってみるか?」
 茨木が不敵に笑う。
「今日はそういう無粋はなしだ。まあ座ってくれ」
 加倉宮がすすめる円座にそれぞれが落ち着く。
「そもそもあのような処に住まう理由がない。大方、肝試しの種にでも名を使われたのであろうよ」
「ははは、違いない。しかしあれだな……」
「何だ?」
 加倉宮がしげしげと自分を眺めるのに、茨木が片眉を上げる。
「どうせ酒宴なら、さっきの美女の姿g」
 ガッ。
「加倉宮、またお父上が嘆かれますぞ」
「……心得ておこう」
 遥久の肩には、加倉宮の後頭部を蹴り飛ばした式の烏が留まっていた。
(いやはや気の毒だねぇ)
 この遥久に妙に気に入られている茨木の境遇に、思わず同情を禁じ得ない加倉宮であった。



 燗鍋の中の酒が銚子に注がれる。
「早速いただこうか」
 加倉宮が杯に口をつけた。
「ほら、あっしーもぐいっと!」
「だから誰が……!」
 愁也の酌を受けながら、葦輝が横目で睨みつける。
 だが注がれた酒は上物の諸白、馥郁たる香が鼻先を掠め、葦輝は黙り込んだ。
 早い話が、酒好きなのだ。
 酒を酌み交わす間に、次々と膳が運ばれてくる。
 雉肉の焼物、干した鮑、山菜の漬物、蘇、餅、それに栗に柑子に柿。山海の珍味を贅沢に使ったつまみは目にも楽しい。
「そういえば、紹介を忘れていたな。加倉宮、こちらは私の式、名を月居愁也と申します」
 一瞬、加倉宮と愁也が顔を見合わせた。
「ああ……そうだな。そう言えば三人揃うのは初めてか?」
 遥久が僅かに目を見張り、すぐに得心したという顔をした。どうやら既に知り合いらしい。
「……愁也、余り勝手をすると封じるぞ」
「あ、俺ちょっと水屋へ」
 愁也はそそくさとその場を離れた。
「夜来野卿、俺が言うのもおかしなことだが。式を余り人目に晒すは好ましいことではないぞ」
 葦輝の言葉は、嫌みでも何でもなかった。
 万が一式が攻撃を受けるようなことがあれば、術者である遥久にも害が及ぶ。そうでなくとも、式が宮中を好きに嗅ぎまわっていると知れれば、良くは思われないだろう。
「蘆夜卿のご忠告、ご尤もです。肝に銘じておきましょう」
 遥久もその場は丁寧に礼を述べた。言わんとしている事は分かるからだ。
「ま、あいつがそんな器用な奴には見えんしな。心配はいらんさ。ほら杯が空いているぞ、飲め飲め」
 加倉宮がとりなすように明るい声を上げる。

 やがて庭には篝火が赤々と灯された。
 秋の澄んだ冷気が部屋の中にまで入り込み、家の物が火鉢を追加してくれる。
「どれ、少し余興でも」
 加倉宮が合図をすると、すぐに一面の箏が運ばれてきた。
 さらりと袖を流しつま弾く曲は、秋の物悲しさを一層掻き立てる。
「よっぱでもうまいもんだよな!」
 愁也が物悲しさを吹き飛ばすような調子で褒めた。葦輝がそれを咎める。
「いい加減にせぬか、おのれは猿(ましら)か」
 葦輝の目は酔いに据わっているが、投げる扇は鋭く容赦がない。
 扇が頭にぶつかると見えた瞬間、愁也の姿は立ち消え、後には人型の紙がひらりと一枚。
「もー、あっしーってばそんなんだから俺しか友達いないんだぜ?」
 遥久の袖元から顔を出し、愁也がからかう。
「こら愁也、暫く大人しくしていろ。……では僭越ながら、私も合わせましょう」
「ほい、これ」
 愁也は持っていた荷物の中から、遥久愛用の篳篥を取りだした。
「茨木の、何か合わせてみないか?」
 加倉宮の言葉に、静かに杯を傾けていた茨木が目を向けた。
「我がか?」
「奪ったお宝の中に楽器もあっただろう。ただ飾ってる訳ではないんだろう?」
 煽るような目に茨木が小さく笑う。
「良かろう。何か借り受けよう」
「よーし、じゃあ俺踊りまーす! あっしーと一緒に!!」
「こら待て。勝手に決めるな!」
 葦輝がまたも扇を投げようとする。
「いいじゃん。あ、もしかしてヨッパで転ぶ?」
「この程度の酒で酔うものか」
 完全に口車に乗せられて、葦輝は踊り手になってしまった。



 篝火が照らす庭には、簡素な舞台。
 遥久の奏でる冴えた篳篥の音が辺りを満たす。加倉宮の筝がそこに加わり、音は絡み合い、螺旋を描き、天へと昇りゆくようだ。その音を地上に留めようとするかのように、茨木の琵琶が低く支える。
 舞台の上では時に厳かに、時に激しく、愁也と葦輝が対になって踊る。
 その衣の袖に、冠に、紅葉ははらはらと降りかかる。
 人と、式と、鬼と。
 共に織りなす不思議な空間がそこにはあった。

 一曲を終え、加倉宮が手を休める。
「いや、これはなかなか」
 満足げに頷くと、遥久も篳篥を膝に置いた。
 茨木は暫く琵琶を鳴らしていたが、やがて脇へ置くと立ち上がる。
「今宵は馳走になった。そろそろ退散しよう」
 遥久が口を開くより先に、庭木が一斉にざわめき、無数の落ち葉が宙を舞う。いつの間にか部屋の中に茨木の姿はなく、ひと際見事な紅葉の枝の上に幻のような影が立っていた。
「暫し人の身であった頃を思い出した。だが我はもう人ではない。次にまみえた時には忘れるでないぞ」
 その声を最後に、茨木の姿は消えていた。

 見れば、琵琶の傍に一本の蝙蝠扇が添えられていた。置き土産のつもりだろうか。
「判ってはおりますがね」
 取り上げた扇を広げ、遥久が微笑む。
「あれは懲りておらんな」
 葦輝が呟くと、愁也も頷いた。
「やっぱそう思うよなー……」
 何が気に入ったかは分からないが、遥久が鬼の言葉など意に介しないことは確かだろう。これからも愁也はやきもきさせられることになりそうだ。
 加倉宮が再び筝を引き寄せる。
「仕方ないな。せめて帰り道の途中まででも、音曲で見送ってやるとしようか」
「成程、それは宜しいですね」
 地上に暮らす人々の声と言われる篳篥に、天地を行き交う龍の象徴である筝の音が、夜の闇に静かに溶け込んで行った。

 秋はじきに冬に移る。
 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 忠実な式神】
【ja5823 / 加倉 一臣 / 男 / 頭中将】
【ja6843 / 夜来野 遥久 / 男 / 泰然たる陰陽師】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 茨木童子】
【jz0283 / 蘆夜葦輝 / 男 / 白皙の陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、なんちゃって平安京の貴人たちの酒宴のひとときです。
NPCもお招きいただき有難うございました。
雰囲気をお楽しみ頂けましたら幸いです。
ご依頼有難うございました!
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エリュシオン
2014年12月24日

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