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『夢か現か、現は夢か 』
アルドラ=ヴァルキリーjb7894


 例えそれが夢で在ったとしても構わない。
 そう思った。そう感じた。そう願った。

 ――だから、彼女は夢を見た。

 聖夜の一夜限り、ゆめまぼろし、確約のない朧げな世界。



 彼女――アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)が黒のドレスを纏い静かに訪れたそこは小さな喫茶店だった。
 いつかの依頼でかの冥魔と出逢った場所。
 もしかしたら、もう一度足を運べば出逢えるかも知れない。
 そう信じて、そう願って、アルドラは足を運んだ。
「……アベル」
 そして、彼女のその念願は叶った。
 名を呼ぶ小さな呟きは、混雑した店の喧騒に紛れる。
 金髪碧眼、救済を謳う冥魔――アベル(jz0254)の姿が奥の一席に在ったのだ。
 普段彼と行動を共にしている主である銀髪の悪魔の姿は無い。
 アベルはアルドラに気付くと一度瞬き、それからまた、手にしている本へと視線を落とした。変わらない。夢の中であっても、彼の纏うあの雰囲気は変わらない。冷たくて、けれど跳ね除けるような惨さは無くて、だからこそ、切ない。
 ――アルドラは、アベルに恋していた。それは盲目的な程までに。
 始めは唯の興味からだった。提出されていた報告書に偶々目を通し、そして、興味を抱いた。童話や寓話をモチーフにしたディアボロを造り出し、救済を謳うヴァニタス。どんな者なのか。元々ヴァニタスを持つことをしなかったアルドラにとって、彼は興味の対象でしかなかった。
 けれど、白の冥魔が主催した茶会で出逢い、彼女は確信した。それが一目惚れと呼ばれるものだと、アルドラは理解している。アベルの考え、人柄、雰囲気、そのすべてに惹かれた。勿論すべてと言っても彼はひとさじ程の欠片しか撃退士らには情報を与えてはくれなかったが――それでも、彼女は彼に恋をした。
 敵対はしている。けれど、出来ればしたくない。彼を倒すなど、考えたくも無かった。彼に倒されるなら――それもまたひとつの幸福かと思ってしまう程、アルドラは深くアベルに傾倒していた。
 あの優しさに護られたい、そして、護りたい。そう、願ってしまった。そんな強い、切なる想いを抱いてしまった。
「相席しても構わないだろうか?」
「……ご自由に」
 問い掛けには無言かとも思ったが、返答があった。
 アベルは本に目を通したまま、黙々と紅茶を呑んでいる。
 まるで夢のような状況だ。
 敵である冥魔と相対し、二人きりで喫茶店の一席に腰を下ろす。
 ――実際、アルドラはどこかでこれが夢だと自覚していた。
 だからこそ、彼女は叶えようと思った。
 夢であるならば、夢だからこそ、この想いを告げて、楽になろうと。
 御丁寧に、注文せずとも二つのシャンパンが運ばれて来た。ピンクシェリーの甘い香りが鼻孔を擽り、アルドラの高鳴る鼓動を更に加速させる。
「メリークリスマス、アベル」
 例え夢だとしても、構わない。
 例え夢だとしても、この想いは夢ではない。
「……こうして話すのは何時以来だろうか。こんな場でなければ話せないし伝えられん」
 アルドラの独白めいた口調にアベルが目線を上げると、アルドラは目を細めて愛しげにその面立ちを見詰める。
「単刀直入に言おう。私は君が好きだ」
 きっぱりと言い切ったアルドラに対し、アベルは目を丸くしていた。珍しくと言っても良いだろう、僅かな驚きが見えた。まるで全く向けられる好意に気付いていなかった、というような顔。
「敵味方などこの際どうだっていい。君を考えるだけで正気でいられなくなるほどに、純粋に焦がれている。願わくば君の全てが欲しい。その為にはこの身を捧げる事も躊躇せん」
 アルドラの熱い想いの吐露を前に、アベルは徐々に表情を曇らせていった。
 勿論アルドラとて、彼に何らかの想いがあることは知っていた。
 その深みまでは知らずとも、アベルが抱える闇については少しだけ触れたことがある。
 けれども、伝えなければ壊れてしまいそうだった。想いの重みに耐え切れず、胸が潰れてしまいそうだったのだ。抱いた慕情がはちきれてしまう前に、アルドラは彼に想いを伝えたかった。
「少々自分勝手に聞こえてしまうかもしれんが、それでも、だ。……私からの気持ち、受け取ってはもらえんだろうか?」
 アルドラは言いながら、バッグから小さなプレゼントボックスを取り出す。
 その中身を取り出せば――黒いブレスレット。裏面には想いの証、アルドラ自身の名が刻んである。
 プレゼントと共に想いを差し伸べたアルドラを暫し困惑したような表情で見詰めていたアベルだったが、沈黙の後、彼はゆっくりと唇を開いた。
「――気持ちは嬉しい、なんて月並みかな」
 アベルの声はやや和らいでいた。好意を寄せる女性を相手に無碍に振る舞える程、彼は――夢の中の彼は、冷たくは無かった。
 気持ちは嬉しい。
 そう告げられて、続く言葉がアルドラにとってプラスに傾くものである筈がなかった。それを理解した彼女は哀しみに揺らぐものの、アベルの真剣な眼差しに目を瞠ると、唇を噤んだ。
「でも、俺には譲れないものがある。だから、これを受け取ることは出来ないんだ。ここで俺が受け取ってしまえば、それはすべて嘘になる。まやかしだ」
 まるでこれが夢の中だと知っているような口振りに、アルドラは驚いた。
 こんなことを言われては――夢では、嘘では無いかのように錯覚を抱く。
 嘘でもいい、夢でもいい、それでも告げたい、そう願っていた自身がひどく臆病者になってしまった気がする。
 彼は嘘やまやかしを否定した。そして、夢の中だけの繋がりすら否定した。
(それでこそ、アベルだ。私が望む、私が愛する彼は、真っ直ぐ道を見据えていて)
 アルドラは唇を噛み締め、シャンパンに視線を落とした。ふつふつと立つ泡が次第に消えていく。夢のように、淡く、融けていく。
「だけど」
 掛けられた声にはっと我に返ると、アベルは淡く笑んでいた。
「だけど、きみに俺が贈ることは出来る。貸して御覧――」
「……アベル?」
 優しげな物言いは、夢だからなのか、どうなのか。それすらも曖昧なこのゆめまぼろしの中で、ブレスレットを渡す指と受け取る指とがほんの少し触れ合った。その指は、冷えている。
 その凍えそうな指先を温めて遣りたいという衝動に駆られるアルドラだったが、それは叶わない。それを容易く叶えてくれるような者であればきっと、彼女は恋をしなかっただろう。そういう存在なのだ、アベルは。
 黒のブレスレットを手にしたアベルは短く呪を唱えて、その輪にもうひとつの輪を通し、二連の輪にした。色は、薄い金色。
「――……ほら、どうだい。俺からのクリスマスプレゼントは、これ」
「……綺麗だ」
 黒と金の重なり合う、ひとつのブレスレット。
 差し出されたそれを素直に受け取ったアルドラはちいさく息を吐き、その新しいかたちに見惚れた。
 自身の贈ったものと、アベルがくれたもの。それらが合わさって出来た、それ。
「俺は嘘が吐けないから、君の想いを無碍にしてしまって、御免。……傷付けてしまっただろうね」
 アベルからひどく申し訳無さげに告げられる言葉に、アルドラは胸が締め付けられる想いだった。二つの意味だ。
 例えこうして――夢の中でさえ繋ぐことの叶わない手だとしても、アルドラは、アベルが好きだった。
 そして夢の中でさえ重ならないこの恋に、眩暈がした。哀しみと、切なさ。積もり続ける愛の重量。
「……いや、良いんだ。有難う、アベル。けれど私は矢張り君が好きだ」
 ブレスレットを掌の上で転がすと、揺れる。アルドラの胸中で膨らむ想いのように。
 身を焦がしても、費やしても構わない。そう深く想う気持ちは変わらない。
 アルドラの言葉にアベルは眩しそうに目を細め、それから曖昧に笑ってみせた。
 そのどれもがまるで本物の――夢ではない現実の彼のようで切なく、アルドラは視界が滲んでいくのを感じながら、目蓋を閉じた。



 目が、覚めた。
「夢、か」
 判っていた。明晰夢。理解していた。それでも、目が醒めて尚残るこの切なさを、恋と呼ばずして何と呼ぼう。
 曖昧な視界。混濁する思考。頬を伝う――ひとしずくのなにか。
 アルドラは流れる黒髪を抑え身を起こすと、窓の外では雪が降っていることに気が付いた。

 ――朝焼け。飴色の空の下、金色の雪が降る。深々、深々、それは、愛しいかの人を思い起こさせる、甘い色。

 アルドラは目を閉じ、夢の余韻に浸りながら冷えた窓に額を当てて漏れる切なさを呑んだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7894 / アルドラ=ヴァルキリー / 女 / 18歳 /  ナイトウォーカー】
【jz0254 / アベル / 男 / 20歳 / ヴァニタス】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 今回はアベルへ想いを伝える、とのことで、浮かんだイメージをそのままにセッティングさせていただきました。
 ――夢の中でも彼らしく、そして彼女らしく。揺らがない根本というものです。
 それでは、ご依頼有難う御座いました。また機会が合いましたら是非宜しくお願い致します!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月29日

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