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『甘やかに陽が昇る日々 』
矢野 胡桃ja2617)&矢野 古代jb1679


 外は寒い。凍えてしまいそうだ。風に揺れる木々から千切れ飛ぶ木の葉を見ているだけで、背筋が震える。
 そんな冬の日、何でもない、何てこともない、二人の緩い一日。
「とーうさーん」
「んー、何だモモ」
「なんでもなーい」
 寝転び足をぱたぱたとさせながら、ふふと笑う少女のあどけない表情に、男は目を細めて笑い返す。

 ――幼さと大人の中間地点を行き来する少女・矢野 胡桃(ja2617)と、その成長を穏やかに見詰め幸福を願う義父・矢野 古代(jb1679)。そんな二人の小さな小さな物語。



 朝の早さはそれなりに。
 陽が昇り切って数時間、いつの間にやら目を覚まし、数冊の本を読み終えた胡桃がリビングにやって来た。
「父さん、この本面白かった。当たりみたい」
「ほお……、って」
 リビングでほうじ茶を啜っていた古代は顔を上げ、沢山の本を抱えた胡桃を見て目を瞬かせる。ぴょこん、発芽米よろしく生えたピンクプラチナの髪束。ベッドに寝転んで本を読みでもしていたのだろうか、可愛らしい寝癖だ。
「モモ、寝癖ついてるぞ。ほらそこ」
「えー?」
「こっちへおいで」
 不思議そうに小首を傾げる胡桃に手招きし、古代は愛娘を隣に座らせる。
 ブラシは無いが、指がある。手櫛で寝癖を梳いてやりつつ、胡桃が当たりだと言った本の表紙に目を落とす。
「”硝子の恋”?」
「そう。とっても切なくて、虚しくて、モモ好みだった。父さんにも読んで欲しいから、内容は内緒だよ」
 胡桃の小説の好みは報われない恋愛モノ。つまるところ、好みドンピシャだったのだろう。表紙を撫でる指先を眺めつつ、髪の直しが終わると古代は胡桃の背をポンと叩いた。
「出来たよ。モモは紅茶でも飲むか? ついでに朝食も持って来るから待ってなさい」
「うん! ありがと、父さん」
 父にきれいに撫でつけられた髪が硝子に映れば嬉しそうに頬を綻ばせる胡桃は年相応の幼い少女であり、けれど彼女は撃退士でもある。指に光るリング――義父から貰ったそれは唯の指輪ではなく、ヒヒイロカネ。撃退士の証だ。
 様々なものと対峙してきた。人だったこともある。ディアボロだったことも、サーバントだったこともある。様々なものを屠り、そして、様々なひとを救って来た。それが、彼女たち撃退士の務めであり、定めである。
 けれど今は。父と共に過ごす安らかな休日である今は、年相応の少女のまま、その温もりを楽しむのだ。

 古代が朝食と紅茶を手にリビングに戻ると、胡桃はペット――飼いウサギのアーサーとじゃれて遊んでいた。ネザーランド・ドワーフ、小さな耳が特徴的な品種で、黒毛の小柄な体躯が愛らしい。
「ね、父さん。アーサーがお手したよっ」
「はぁ? ……いやいや待て、アーサーはウサギだろウサギ」
「したもんーっ」
 ウサギのやわらかな手を握りぴこぴこと揺らしながら見上げる胡桃に冷静にツッコミを入れつつ、古代はテーブルに焼き立ての卵焼きと作り置きのお浸し、それから味噌汁、白米を二人前並べる。
 実に和、実に朝食。これに魚が一尾有れば言うこと無しの古代だったが、生憎と買い置きが切れていた。夕方は胡桃と一緒に買い物に行って、晩に魚を食べるのも良いかも知れない。そうだ、そうしよう。
 アーサーにもペレットを与えて、二人と一匹で朝兼昼ご飯。
 両手を合わせていただきます。お行儀よく、それは勿論家庭の方針です。
「父ー、後でたまってるDVD観ようよ、どれでも良いから」
「ん? あー、そう言や結構……オーケイ、どれにするかアミダだな」
 年末年始に向けての忙しさから貯まりに貯まった積み小説、積み映画。
 本当は映画館に行って観ることが出来れば一番良かったけれど、如何せんそこは二人とも撃退士、致し方ない。
 こういった休日が有効活用されて然るべき、そういうわけだ。
「モモ、ご飯粒ついてる。そこ」
「んー? どこー?」
「まったく……ほれ、これだこれ」
 甘えた仕種で気付かないふりをする娘胡桃を前に、父古代もまんざらでもないご様子。この親子、実にデレデレです。
 最近ぐんと大人びて周りへの態度が変化していった胡桃だけれども、偶には父には甘えたい。そんな気持ちが抑え切れないのか、抑える気が無いのかどちらか。
 それをある程度までは受け止めるのもまた、父古代の役目であり、自身で背負う任務であり。
 米粒を拭われ、その上紅茶のおかわりまで足された胡桃はじわじわと込み上げてくる幸福感に笑みが隠せない。他愛無い日常、休日、それが何より愛おしい。
「ふふ」
「モモ?」
「なーいしょっ」
 嬉しそうに笑いながら卵焼きをひとつ、ぱくり。怪訝そうな表情の父は置いておいて、胡桃は御機嫌だ。
 大好きな父と一緒に平穏な休日を。何でもない、何でもない筈なのに、温かい。冬の冷たさから守ってくれる、やわらかで穏やかな日常。



 アミダくじで選ばれたDVDは、ひとむかし前に流行った人間ドラマがジャンルの映画。
 エッセイ調で、所謂ノンフィクションという部類の代物らしい。
 怒涛の人生。絶え間ない転機。
 撃退士の人生も怒涛と言えば怒涛だが、その映画は胡桃にとっては新鮮だった。何せ一般人にとっての転機の連続であるのだから、目新しいのは当然だろう。一方、古代にとってはまあ良く見る展開だな、といった感想を少しばかり抱く。彼は元一般人なのだから、それもまた当然だ。
 しかしながら、それでいて面白いのもまた事実。流石はベストセラーとなったエッセイを元にして作られた映画だ。おつまみに、と出しておいた洋菓子と和菓子はそれぞれあっさりと無くなり、プチ上映会が終わった後もまた、二人はその映画の話題で盛り上がった。
「モモはね、やっぱりあそこの展開が神がかってると思うの!」
「俺もそう思う。それと、あの最後の方のシーンは泣かせにかかって来てる」
 そうそれ! なんて言い合いながらおやつを摘まんでいたら、あっという間に夕方に。冬は陽が落ちるまでが早い。
 夕飯の材料の買い出しに行こうか――なんて提案すれば、準備は直ぐ。
 手袋とマフラーを一セットずつ用意して、コートに袖を通せば防寒OK。
 ひとりでは凍えてしまいそうな夕暮れ時の並木道を、二人並んで仲良く歩く。
 ふたりでぴったり並んで歩く街はイルミネーションに彩られてとてもきれいで、夜になればもっと深く輝くのだろうと判る。ちらつき始めた雪と共に、街はすっかり浮足立っていた。
 けれど、二人は買い物を終えれば足早に帰宅する。イルミネーションも、雪も、全部全部必要ない。必要なのは、二人で過ごす穏やかな休日、それだけだ。
 きれいだね、の一言で終わる寒空の下の風景よりも、未来を予想させるやわらかな温もりを覚える日常の方がずっと良い。

 帰宅して早々夕飯の準備を始めた古代の後ろで、アーサーを抱いたままぴょこぴょこと覗き込む胡桃。
「……ガン見か。ガン見なのか」
「うん。練習したいなぁって」
「今度な」
「えぇー?」
 即答待った無しの古代に対し不満げな声を上げるのもまた一興。
 仕方なくキッチンから退散、ソファに寝転ぶとアーサーの脇を抱いて高い高い。実際は低い低いだけれども。
 キッチンから漂い始める美味しそうなにおいに食欲をそそられる頃合いに、テーブルのセッティングをばっちり行った胡桃はどや顔で待機。
「お、綺麗だな」
「ふふん。モモの本気だもん」
 褒められ尚更御機嫌の娘の目の前に並べるは、朝に決めた献立の数々。
 冷蔵庫で待っているデザートは買い物帰りに寄ったお菓子屋さんのショートケーキと大福。
 アーサーにも葉っぱとペレットをあげて、二人と一匹で本日二度目のいただきます。

 食べ終わる頃には時計の針はだいぶ上向き。
 外では雪が浅く積もっているようだった。



 夜はとっぷりと更けた。名残惜しいが眠る時間だ。
 今日という温かな一日に終わりを告げ、明日という先の見えぬ一日に目を向ける。
 古代は温めたハニーミルクを手に胡桃の元にやって来て、マグカップをテーブルに置いた。自身のほうじ茶は勿論もう片手に携えている。
 胡桃は好物である父の淹れたハニーミルクに喜色を隠さず、花咲く笑みを浮かべて礼を告げた。
「ありがと、父さん」
「ああ。これ飲んだら、そろそろ寝る準備でもしようか」
「うん……」
 マグカップを両手で支え持ちながら、胡桃は考え込むように視線を落とす。
 その様子を怪訝がった古代は尋ねる間をひとつ置いてから、湯呑みに口を付けた。
 判り合っている、理解し合っている関係。挟まれた間は、信頼と親愛の証。
 他の誰もが判らない、他の誰もに悟らせない、そんな空気を互いに知っている。
「モモ?」
「父さん、あのね。ずーっと……ずーっと一緒に居たいなぁ」
 明言はしなかったし、明言は出来なかった。
 彼女の口にした言葉は、心からのものだと直ぐに彼は判った。判った理由? 父だからだ。それ以外に有り得ない。父だから、判る。何時だって彼女の最上を願っているからこそ、判る。
 胡桃も古代も今まで多くの道を選んで来た。
 沢山のものを救い、或いは撃ち抜き、そして進んで来た。
 その道々では多くの犠牲が有り、多くの哀しみや離別が有り、生死の境が曖昧になるような出来事も有れば、生死の境がくっきりと脳裏に灼きつくような出来事も有った。

 ――だから。

 最愛の父とずっと一緒に居たい。それが、胡桃の切なる願い。
「そうだなぁ」
「それが一番、モモにとっての幸せだよ」
 まるで古代の胸中を見透かしているかのような胡桃の言葉に、彼は内心目を丸くした。
 古代は、父は、胡桃の幸せを祈っている。置いているのは高い信頼と、親愛。家族として与えられる限りの情を注ぎ、彼女の成長を見守り、時には行動に移す。過保護と言われればそれまでかも知れない。ただ、それが彼らにとっての家族なのだ。慈しみ、貴び、愛する。それが、二人にとっての日常であり、家族である。

 ――だから。

 古代は胡桃の隣でほうじ茶を啜りながら、小さくひとつ頷くのであった。



 冬の日常、いつもの日常、父と娘の甘やかな日常。
 陽が照らぬ日が無いような、そんな穏やかな心を二人で、ずっと。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617 / 矢野 胡桃 / 女 / 15歳 /  インフィルトレイター】
【jb1679 / 矢野 古代 / 男 / 36歳 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 Twitterや依頼などでお世話になっております。いつもすみませんとこの場で土下座をば。今回丸っとパスしていただいたので、好きなように、思うがままにお二人の日常を描いてみました。お気に召していただければ幸いです。
 色々なものを参考にしつつ、素敵な親子だなぁ、いいなぁ、と微笑ましく思いました。御馳走様です。
 ではでは、ご依頼有難う御座いました。お二人に素敵な日々が今後も訪れますように!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年12月29日

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