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『牝獣の舞い 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)


 獣が、踊っている。
 音曲に合わせて青い髪を振り乱し、細腕をしなやかに振るい、むっちりと形良い太股を躍動させる、美しき獣。
 飛び散る汗と一緒に漂う、微かな獣臭さは、どれほど清潔にしていても完全にはごまかせない。
「やれやれ……この仕事からは、足を洗うつもりだったのに」
 黒山羊亭。店内の片隅、最も目立たぬ席で、彼女は苦笑した。
 苦笑の形に歪んだ唇を、ぺろりと舐めた。
「火を点けてくれるじゃないのさ……綺麗な、牝犬ちゃん」
 取引相手であった魔女が、行方をくらませてしまったのだ。
 商品を仕入れる事が、出来なくなった。
 自分の手で仕入れまで行うのは、面倒臭い。そこまでして続けたい商売でもない。
 だが今、彼女の中から、一切の面倒臭さが消えて失せた。
 店の中央。酔客の喝采を浴びながら踊り狂う、1頭の牝獣。
 その姿を見た瞬間、失いかけていた仕事への情熱が再び燃え上がるのを、彼女は止められなかった。
 否、仕事ではない。金などいらない。
「あんたを、売り飛ばそうって気はないんだ……」
 躍動する獣の如く舞い続ける踊り子に、彼女は囁くように語りかけた。無論、聞こえはしない。
「あたしのものに、なってもらうよ」


「いや〜、今夜も踊った踊った……っとぉ」
 酒もいささか飲まされたが、ほとんど汗になってしまった。
 酒ではなく、心地良い疲労と脱力感に酔いながらレピアは今、深夜のベルファ通りを若干、千鳥足気味に歩いている。
 少し急いで帰らないと、夜が明ける。路上で、石像に変わってしまう。
 だがレピアは、立ち止まらなければならなくなった。
 囲まれている。
「ぐるっ……がるるるる……」
「ふーッッ!」
「ぐぅうああああううぅ」
 獣臭さを振りまきながら、牙を剥く美少女たち。
 全員、一時期のレピアと同じ様を晒している。
「あんたたち……!」
 酔いが、一瞬にして消し飛んだ。
「あいつ……まだ、こんな事を!」
 かの魔女は、人の心を取り戻した。だから憎んではいけない。
 エルファリアは、そう言っていた。
 裏切ったのか。エルファリアを騙し、裏切ったのか。だとしたら。
「生かして、おけない……!」
「それは違うよ、牝犬ちゃん」
 声がした。
 凶暴にレピアを取り囲む、獣の美少女たち。
 彼女らの、言ってみれば飼い主であろう1人の女性が、進み出て来たところである。
「あの女は、本当に心を入れ替えたんだ。商売をほっぽり出して、行方知れずさ……改心したって事なんだろうけど、取引先のあたしらに一言もなしってのは、人としてどうなんだろうねえ」
 凹凸のくっきりとした豊麗な身体に、短い黒革の衣装を貼り付けた姿。目深にかぶったシルクハットが、顔立ちの半分以上を隠しているが、言葉を紡ぐ口元は美しい。
「この子らは、あたしがあの女から買い取って、これから売りさばこうとしている分さ。売り切っちまったら、いよいよ足を洗うしかないわけでね……何しろ、あの女がいなくなって、新しい商品が入って来なくなっちまったんだから」
「商品……売りさばく……?」
 レピアの声が、怒りで痙攣した。
「何の話してるのか、もうちょっと詳しく教えて欲しいんだけど……」
「だから商品よ。可愛い女の子を獣に変えて……そういうのが好きなお貴族様とかに売りつけるのさ。何て言うのかなあ。若くて可愛い娘が、風呂にも入らないで臭い振りまきながら粗相しまくり、ってのが大好きな男が案外多いわけよ。ほんと、お金持ちってのは」
「……人間を……何だと思ってる……!」
「人間として、苦労しながら生きる。動物として、誰かに可愛がられて生きる。どっちの方が幸せかねえ」
「……あの女、確かに改心はしたんだろうね」
 レピアは呻いた。
「だけど後始末が全然、出来てない! こんな奴が、堂々と表を歩いてる!」
「おお恐い恐い。あたし、表を歩けないようにされちゃうわけだ?」
 おどけながら、その女は右手を振るった。
 ピシッ! と何かが鋭く鳴った。鞭、である。
 その音を合図として、獣の美少女たちが一斉に動いた。牙を剥き、跳躍し、レピアに襲いかかる。
 並の男を遥かに上回る、跳躍力と速度。まさに獣の動きである。
「ごめんね……」
 呟くように詫びながら、レピアは身を翻した。頭の中に、戦いの音楽を流しながらだ。
 しなやかに引き締まった胴が、螺旋状に柔らかく捻転した。豊麗な左右の太股が、踊り衣装を跳ね上げて躍動する。
 踊りが、そのまま蹴りに変わっていた。
 獣の少女たちが、蹴り飛ばされて路面に激突し、痛々しい悲鳴を漏らす。
 彼女らの飼い主である女が、口笛を吹いた。
「本当に獣だねえ、あんた……調教のしがいが、あるってもんさ」
「獣使い気取りの魔女! あたしが後始末してやる!」
 襲い来る鞭の一撃をかわしながら、レピアは踏み込んだ。
 否。踏み込もうとした身体が突然、固まった。
 空が、東の方から明るくなり始めている。
「いけない……朝……」
 まるで獣のような、襲撃の姿勢のまま、レピアは石像と化していた。


 臭いで、レピアは目を覚ました。
 洗浄していない人体の臭い。それはもはや、人間ではなく獣の臭いであった。
 自分も、同じ臭いを発していた事がある。
 檻の中。
 獣の少女たちと一緒に、レピアは閉じ込められていた。
「まさか、咎人の呪いとはね……」
 檻の外に、獣使いの女が立っている。
「石像を、ここまで運ぶのは苦労したよ。もっとも運んだのは、あたしじゃなくてこの子たちだけど……何にしても、珍しい動物を拾った気分さ」
「この……ッッ!」
 レピアは牙を剥いた。
 獣の美少女たちがビクッ! と怯え、身を寄せ合った。
 先程と言うか昨夜、レピアに蹴り飛ばされた少女たちである。全員、自分よりも圧倒的に強い者に対する恐怖心を、全く隠せずにいる。まさに獣であった。
 レピアは慌てた。
「あ……ごめん、恐がらせるつもりじゃ」
「ふふっ、まあ仲良くしなよ。あんたにとっちゃ妹みたいな子たちだからね……獣としても、あんたの方が大先輩だろう?」
 言葉と共にピシッ! と鞭が鳴った。
 獣の少女たちが、怯えた。
「やめろ!」
 怯える少女の1人を、レピアは抱き寄せた。
 懐かしい獣臭さが、鼻孔に満ちた。
 レピアの中で眠っていたものを、呼び起こす臭い。
「やめろ……この子たちを、いじめるなぁ……っ!」
 牙を剥き、獣使いの女を睨み据えるレピア。
 その目が、獣の目に変わってゆく。止められない。
「そう、あんたは獣さ……認めて、受け入れちゃいなよ」
 鞭を鳴らしながら、女が笑っている。
「あんたは、獣に変わるんじゃない……獣に、戻るんだ」


 獣に変わっていた少女たちは全員、エルファリアの連れて来た兵隊によって保護された。
 保護と言うか、捕獲せねばならない獣がもう1頭、残っている。
「ぐるっ……ぐぁあうるるるる……」
「私よ、レピア……まったくもう、貴女はすぐ獣になってしまうんだから」
 自分も獣に変えられた事があるから、あまり偉そうな事は言えない、とエルファリアは思った。
 獣臭さをまき散らして牙を剥くレピアを、兵士たちが遠巻きに取り囲んでいる。
「え、エルファリア殿下の御前であるぞ! おとなしくせんか、こやつ……」
「……下がりなさい。ここは、私に任せて」
 兵士たちに捕まるようなレピアではない。
 エルファリアは前に出た。そして、たおやかな片手を掲げた。
「ごめんなさいね、レピア……少しだけ、我慢なさい」
「ぐあ……ぅるる……ッッ……」
 凶暴な雄叫びを上げながら、レピアは石像に変わっていた。
 あの魔女に教わった術が、役立っている。
 人の心を取り戻した魔女が、しかし後始末もせず、いささか無責任に姿を消してしまった。
 兵士の1人が、報告をしている。
「獣使いの女は、ここにはおりません……逃げたようです」
「指名手配を」
 エルファリアは命じた。
 権力を駆使して、犯罪者を追い詰める。王族である以上、こういう事も命令せねばならない。
「獣使いから少女を買った、と思われる貴族たちは?」
「ほぼ特定は済んでおりますが……全員、家宅捜索を拒絶しております」
「父に……陛下に、動いていただくしかないようですね」
 人買いの類が、好事家の貴族たちに保護されながら暗躍している。
 聖獣王の治世は磐石と思われていたが近年、このような綻びが目立ち始めている。
「貴女の力が……必要になるかも知れないわ、レピア」
 石像に変わった牝獣を、エルファリアはそっと撫でた。
 この石像を小さくして持ち帰り、元に戻す。その程度の魔力は、エルファリアも持っている。
 荒事は、とりあえずレピアに任せる。
 彼女がこうして何かしら不覚を取った場合は、エルファリアが回復を行う。
 そのような戦いが、この先しばらく続きそうな気配であった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年12月29日

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