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『寵愛された獣は爪を立てる 』
イアル・ミラール7523)&茂枝・萌(NPCA019)

1.
 都会の中で、自然にあふれた場所だった。
 朽ちかけた洋館を真ん中に、豊かな恵みをもたらす木々が四方八方にその根を下ろして洋館を守るように生い茂っている。
 明治から大正に掛けて建てられたといわれる半ば朽ちた洋館は、薄汚れた印象ではあるものの元は豪華な建物であったことを忍ばせていた。
 都内、郊外にあるこの洋館はオカルトスポットとして一般には知られていた。朽ちかけた洋館では「人影を見た」「泣くような女の声が聞こえる」など、様々な目撃例が後を絶たない。
 けれど、そこにはもう一つの顔がある。
 『魔女の館』。
 魔術を使う女が住んでいるのだと、知る者は噂する。人が消え、この世のものとは思えない声が響く。近づいてはいけない。
 ‥‥近づいたら、魔女の奴隷になるよ。

 イアル・ミラールは名を奪われて、魔女の番犬となった。
 親友を奪われ、心も身体も魔女に汚され、全てがイアルは人であることすらもできなくなった。
 四つん這いになり、地べたを駆け回る。その体は汚臭にまみれ、身体を隠すという概念すらも忘れボロボロのかつて服だった物を引きずる。目を見開き、威嚇し、砂埃で体の虫を排除し、他の人の姿をした野良犬と毛づくろいをし、時に戦い、時に身を寄り添って眠る。マーキングをし、自分の縄張りであることを主張する。
 片付けはしない。食事の後も、生理現象も、寝る時ですら人間とはかけ離れた生活。もちろん、風呂に入ったりなどしない。
 いつからそこにいるのか? いつまでこうしているのか?
 それすらも、イアルにはわからない。イアルは、考えることを忘れた。
 人ではないから。獣はただ、その日、その時をどうしたら生き抜けるかだけを考える。
 獲物を‥‥繁栄を‥‥寝床を‥‥。
 それは思考ではない本能。体が動く。動かなければ死んでしまう。
 イアルは、そんな暮らしを既に半年もしていた。
 もちろん、イアルはそんなことを気に掛ける様子もなかった。


2.
 イアルが消えた。
 茂枝萌(しげえだ・もえ )はIO2エージェントとして、イアルの行方を追った。
 ‥‥いや、エージェントとしてだけではなく、友人としてイアルを救いたかった。
 魔女結社に潜入したことは明白だった。けれど、その後の足取りがなかなかつかめずにいた。イアルの気配も途切れていた。
 魔女たちは、秘密結社へ何度もイアルや萌に潜入されたことに危機感を持っていた。それ故に、結界を強めて警戒度を上げた。
 その中で、萌はひとつ気になっていた。
 魔女たちは捕まえた一般の女性を魔術で支配し、従属として使役していたのだ。何かの洗脳の類で普通に会話できるものもいたが、それはごく一部で四つん這いになり獣のように鎖をつけられているものが多数いた。
 ‥‥イアルも、このような扱いをしているのではないか?
 その萌の予感は当たっていた。

 魔女はイアルを実験台にした。
 人を野生化するには、本来であれば長い時間の洗脳が必要だ。
 しかし、今回イアルは名前を奪われた上での野生化、その時間短縮が可能かどうかの実験を施された。
 結果は火を見るより明らかだった。
 イアルは今までの野生化した人間よりもより簡単に、より野生に順応した。
 これを手懐けるのに、魔女は苦労した。従順な獣であらねば、使うことは難しい。
 魔女は躾をした。イアルは元々賢い子。他の獣たちの中で抜群に頭のいい存在だった。リーダシップを取り、誰よりも強く群れの頂点に立った。
 この群れの頂点に立ったイアルを魔女は興味深く観察した。イアルに束ねられた群れは実によい働きをした。さらに、イアルに対し群れの統率者だと魔女を認識させるだけで群れを難なく操ることも可能となった。
 これがイアルだから特別なのか、それともこの方法の特性であるのかはわからないが、興味の対象であり、さらなる研究を必要とする題材となった。それゆえイアルは魔女たちの更なる寵愛を受けることとなる。
 普段は魔女の館で暮らすことを強いられたイアルだったが、魔女たちの取引の時には番犬として魔女の秘密結社へと連れてこられた。
 魔女と取引をする者は怪しく、また裏のある者たちばかりだった。取引はすんなりと終わる時もあれば、裏切りに終わる時もある。そうした時がイアルの出番だった。その牙でイアルは魔女の敵を倒した。
「いい子ね。よくやったわ」
 褒めてくれる魔女にすり寄り、イアルは喉を鳴らす。
 その姿のどこにも人間としての尊厳、心、記憶はなかった。

 しかし、その魔女の行為がイアルの居場所を知るきっかけとなった。
 萌がたまたま忍んでいた日。秘密結社に連れられてきたイアルを見かけたのだ。
 萌の行動は、そこから加速した。手がかりさえつかめばこちらのものだった。
 半年。その時間は長く感じられた。
 萌にとって、上手く動けない中でイアルの情報を必死に集めてようやく魔女の館を突き止めた。
 ただ、ひたすらにイアルを助けるために。
 萌が行動を起こしたこの日、魔女たちにとっては必ず秘密結社に集まらなければならない日だった。
 何か月も秘密結社に潜入捜査をしていた萌だから知り得た情報だった。
 この日を逃せば、また何か月も待たなければならない。
 萌は決断した。迅速、かつ正確にイアルを救出する。魔女たちに手出しはさせない。
 これは、決定事項だ。


3. 
 夜。月光に照らされた洋館は荘厳に、そして不気味に浮かび上がる。
 魔女たちはここには来ない。
 イアルは‥‥どこにいるのだろうか?
 四つん這いになり、魔女に体を摺り寄せる姿からある程度の覚悟はしながらも、萌は一縷の望みにかけていた。
 気高く、美しいイアルのその姿を。内面まできっと汚されてはいないと。
 しかし、その望みは突然の殺気にかき消された。
「!?」
 ひどい悪臭と、音を立てない素早い動き。瞬間的に身を引いた萌だったが、その爪が萌の頬に赤い筋を作った。
 殺意を向けた者の顔を萌は視認する。覚えのある顔が、月の光に照らされる。紛れもなく、探していたあの顔。
「‥‥イアル!?」
 萌がそう声を掛けたが、襲ってきた獣は何も言わない。ただ、グルルル‥‥と低い唸りで萌を威嚇している。
 後ろには幾人もの、イアルと同じように四つん這いでボロボロの服を纏った少女たち。こちらも同じように異臭を放っている。
 汚らしい恰好。美しかった肌はボロボロで、髪も、爪も、全てが汚れている。
「イアル‥‥」
 もっと私が早く助けに来ていたなら‥‥。
 萌が悔しさをにじませる。‥‥羞恥心もなく、野生のままに行動するイアル。胸を痛める萌のことすら忘れてしまっている。
 他の獣たちに慕われ、毛づくろいをし、鼻を近づけてお互いの香りを嗅ぐ。獣であることを当然とし、人であったことを完全に忘れている。
 イアル、あなたはそんなことをするために生きて来たのではないでしょ?
 イアルの周りにいた獣たちが萌に襲いかかる。それと同時にイアルも萌に襲いかかる。
「くっ!?」
 他の獣たちは簡単に昏倒させることができた。
 しかし、イアルはそうはいかなかった。
 元のイアルは傭兵で、肉体的に大変な能力を持っている。そこに野生化で解放された人間の限界値を軽く超えた力が加わる。並大抵の力では遠く及ばない、怪物だ。
「ガァ!!」
 吠え、爪を立て、本能のまま、魔女の命令のままにイアルは萌に襲いかかる。
 萌はそれに応戦する。イアルの爪で肌を傷つけられながらも、イアルに傷をつけぬように細心の注意を払いながら。
 けれど、それではイアルを助けることはできない。こちらが手加減して勝てる相手ではない。そんなことは百も承知だ。
 容赦ない攻撃を紙一重でかわしながら、萌はイアルに追い詰められていく。地面に叩きつけられて、組み伏せられる。
 血がにじむ。攻撃の手を休めないイアルは、萌の知るイアルではない。
 首筋に涎をたらし、急所を確実に噛み切ろうとする。野生の中でおのれを守り、主人を守るために相手を殺す。
 今のイアルはそう信じている。いや、本能で動いている。
「イアル‥‥」
 萌の肌をくすぐるイアルの吐息は、生臭い。何を食べて来たのか、どんな生活をしてきたのか。そんなこと考えたくなかった。
 けれど、これが現実。萌が連れて帰らねば、イアルはずっと‥‥。
「ガァ!!!」
 イアルが全体重をかけて萌の首筋に歯を立てようとする。

 ごめん‥‥イアル。

 萌はIO2から借り受けていたマジックアイテムを使った。使いたくはなかった。
 折角石化から戻ったあなたを、私がまた石化させてしまうなんて‥‥。
 イアルは、見事な石像になった。
 萌は、悲しげな瞳でイアルを見つめた後、その石化した体を大事に抱きしめた。
 すぐに開放してあげるから。だから‥‥少しだけ我慢してほしい。
 これはあなたの為。すべては、よりよい未来を得るための選択。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年12月29日

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