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『時が交わる、その日まで 』
ファウストjb8866



『ねぇファウ、賭けしようよ』

 奴がそう言った時、全てはもう決まっていたのだ。
 奴は勝てない勝負は絶対にしない。
 いや、勝負を挑むからには必ず勝ちに来る。

 それは勝算のある戦いしかしない、という意味ではない。
 どんなに分の悪い戦いだろうが、必ず勝機を作り出すのだ――どんな手を使っても。

 それが奴、フヴェズルング。
 我輩がヴェズと呼ぶ、悪友の貌だ。


 ――少し、昔話を聞かせてやろうか――





 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 その日も、ファウストは自宅に籠もって研究に打ち込んでいた。
 周囲の森に自生する植物から様々な薬を作るのが、彼の仕事であり趣味でもある。
 毒薬、爆薬、媚薬に自白剤、研究の過程では色々と物騒なものも生まれて来るが、それを作る事が目的ではない。
 どんな植物のどの部分を、どれだけ、どの順番で、何と組み合わせ、どんな風に加工すれば薬になるのか。
 また、それがどんな効能を持つのか、成分を変えたら、或いは比率や行程を変えたらどんな結果になるのか――
 ただ、それを知りたいが為に。
 だから、その結果として生み出されたものは、それが如何に高性能なものであっても使う気はなく、ただ己の頭にのみ記録を残して全てを廃棄するのが常だった――傷を癒す薬の他は。
 悪友ヴェズなどは、時折顔を出しては「勿体ないね」と笑うのだが。


 そして今日も。
「ファウってさ、ほんと馬鹿だよね」
 ストレートに言い放つ。
 だが、遠慮の欠片もなく言いたい事をずけずけと言うその態度が、ファウストにとっては好ましく感じられた。
 悪魔である彼等にとって、腹の中と口から出る言葉は一致しないのが常だ。
 だが甘い言葉に包まれた毒を投げ合う様な会話は、ファウストの神経を磨り減らす。
 こんな辺鄙な森の中に居を構えたのは、研究の為ばかりではない。
 ここなら誰とも会わず、話もせず、ただ自分の好きな事だけに没頭出来る。
 ただひとりこの悪友だけは、呼ばれもしないのに訪ねて来るが、それは寧ろ歓迎すべき事柄だった。
 他の者達が吐き出す偽物の甘い言葉よりも、彼の辛辣で時には心に刺さる言葉の方が心地良い。
「貴様に言われたくはない」
 仏頂面でそう返しながら、ファウストは傷薬の小さな瓶を放った。
「新しい薬だ、どうせこれを受け取りに来たのだろう」
「うん、そろそろ出来る頃かなーと思って」
 ビンゴだったね、とヴェズは笑う。
「でもさ、毒薬とか欲しがる奴は多いと思うんだけどな。上手く売り込めば二階級くらい上に行けるんじゃない?」
 なのに惜しげもなく捨ててしまうなんて、勿体ないし、馬鹿だ。
 しかしそこがファウストのファウストたる所以でもあり――ヴェズが気に入っている所でもある。
「我輩は出世になど興味はない」
 予想通りの答えに、ヴェズは「だよねぇ」とクスクス笑う。
「それとも貴様が使うか」
 ヴェズは貪欲だ。好戦的で狡猾、上昇志向も強い。
 勿論、出世に対する意欲も並大抵ではなかった。
「必要なら好きに使うが良かろう」
 だがヴェズはひらひらと手を振り、笑う。
「遠慮しておくよ、借りは作りたくないんでね」
 そう、これ以上の借りは。

 ヴェズには全てわかっていた。
 日々の研究が、仕事や趣味というばかりではなく、いつも生傷の絶えない自分の為でもある事を。
 そして彼が時折、怪我をした天使を匿い、こっそり逃がしている事も。
 だが、それでも争いは絶えず、彼の元に匿われる天使の数は減らないどころかますます増えていた。
 救えなかった命もあるし、せっかく救った者が再び戦いに出て命を落とす事も――

 そろそろ限界だ。
 彼の精神は、これ以上もたない。

 ヴェズはこれまで、己の力のみを頼りに生きて来た。
 これからも、そうして生きて行くのだろう。
 天使でもない、悪魔でもない。けれど、そのどちらでもある天魔ハーフという存在。
 呪いにも似た二つの血の間で揺れ動きながら、彼は成長し、学び、そして力を求めた。
 誰にも否定されず、無視される事もなく、ただそこに在り続け、存在を示す為に。
『僕はハーフじゃない、ダブルだ』
 そう言い切れる彼なら、この世界で生きる事も、さほど苦にはならないだろう。
 寧ろ嬉々として周囲を煽り、危険な状況を作り出して楽しんでいるフシもあった。
 だが、ファウストは違う。
 彼にここの空気は――重すぎる。

「ねえ、少し気分転換しない?」
 疲れた表情で椅子に沈んだファウストに、ヴェズは言った。
「ちょっと出かけようよ。そうだ、地球見物はどうかな?」
 提案の形をとってはいるが、それはほぼ命令に近い。
「貴様がそんな風に言う時、我輩の意見を聞いて断念した試しがあったか?」
「ないね、うん」
 半ば諦めた様に溜息を吐いた友の腕をとり、ヴェズは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。



 二人が舞い降りたのは、大晦日の祭に沸くヨーロッパ大陸の一角――現在のドイツ、当時は神聖ローマ帝国と呼ばれていた地域だ。
 その中でも特に人口が多く賑やかな、帝国自由都市のひとつに紛れ込む。
 もう夜だというのに、篝火が焚かれた石畳の広場は昼間の様に明るかった。
 そこには木の長テーブルが並び、精一杯に着飾った人々が思い思いに食事やビール、ワインなどを楽しんでいる。
「お兄さん達、一杯いかが?」
 給仕係らしき恰幅の良い女性に勧められ、二人もテーブルに着いた。
 目の前にドンと置かれた金属製のジョッキには、泡立つ液体がなみなみと注がれている。
「これは何だ?」
「ビールさ、ファウは初めて?」
 そう言えば、人間の世界に来たのもこれが初めてだ。
 その目の前で、ヴェズは皮の巾着から歪な円盤状の薄い金属板を何枚か取り出して見せる。
「これはコイン、この世界じゃ欲しいものはこれと交換するんだよ」
 ついでにジャガイモにチーズを絡めた大晦日の定番料理、ラクレットも頼んだヴェズは、慣れた様子で支払いを済ませ、革袋の中身をテーブルの上に並べて見せた。
「コインは大きさや材質によって価値が違うんだ。これは一番価値の低い銅貨、次が銀貨で……」
 ヴェズはもう何度も来ているのだろう。
 右も左もわからないファウストに、勝手を知った様子で得意げに知識を披露する。
「今日はこの世界の一年の終わり。少し前にもクリスマスっていう賑やかなお祭りがあったけど、今日――ジルヴェスターはまた特別なんだ」
 一年の締め括りと、新たな門出を祝う大切な祭。
 溶かした鉛を冷やして固め、その形で来年の運勢を見る占いも、年末の定番だ。
「やってみる? 案外当たるんだってさ」
 その言葉を信じたわけではないが――出来たのは、船の様な形。
「意味は何だ」
「さあ、僕は占い師じゃないからね」
 くくっと笑って、ヴェズは席を立つ。
「あ、ほら。花火が始まるよ。向こうでダンスもやってる」
 行こう、とヴェズはファウストの袖を引いた。

 花火や音楽、楽しそうな人々の笑顔、美味しい食事。
 久しく触れた事のなかった、平和で賑やかな光景。

 そして久方振りに見た、友の穏やかな表情。

「ねぇファウ、賭けしようよ」
 唐突に、ヴェズは言った。
「しばらくここに住んでみてさ、ずっといたいと思ったら君の負け。どう?」
 負ける気など、最初からないのだろう。
 ヴェズは勝てると確信した勝負しかしない男だ。
「良かろう」
 ファウストが頷く。
 結果がわかっている勝負を、賭けとは呼ばない。
 だがファウストは敢えて、何も言わずにそれを受けた。

 それは後に残るヴェズからの、大切な友への最後の贈り物。
 鉛占いの結果を、本当は知っていた。

 新たな岸へ

 それが、船の形の意味だった。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥





 別れの時。
 賭けの代償として力を奪うと告げた僕に、ファウは満足げな笑みを返して来た。
「…我輩の力が貴様の傷を減らすなら本望だ」
 もう薬は作れなくなる――だから、その代わりだと。
 無茶もほどほどに、と。

 そして僕達は、それぞれの道へと歩き出した。
 さよならではなく、「ありがとう」と互いに言い交わして。

 ねえ、またいつか……この道が交わる時が来るのかな?
 君ならどう答えるだろうね。

『わからぬ。だが、そう信じたいものだな』

 そんな声が聞こえた気がするよ、ファウ。

 その時まで、暫しのお別れだね。
 またいつか、どこかで――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ファウスト/征く者】
【フヴェズルング/残る者】

 ――いつか、再び交わるその日まで――
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エリュシオン
2014年12月29日

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