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『あなたを想う 』
玖雀(ib6816)&紅 竜姫(ic0261)


 冬の突き抜けるような青空に響く鐘の音。教会の扉が開き冬薔薇の咲く庭園に花婿と花嫁が現れた。
 上がる歓声と拍手に玖雀と紅 竜姫は足を止める。
 花吹雪に迎えられ幸せそうに微笑む花嫁の姿に玖雀は思わず目を細めた。そして気づかれぬようそっと隣の竜姫の横顔を盗み見る。
 通りを行く人々に混ざり、笑顔で祝福を送る竜姫。そこに何ら含むところは見出せない。
「お嫁さん綺麗。いいなあ、私もドレス着たい」
「ねー。私も綺麗なお嫁さんになりたいな」
 通り過ぎていく少女達の楽しげな声。
「将来の夢はお嫁さんか。可愛いわね」
 少女達の背を見送る竜姫。
「……ああ」
 頷くまでに要した僅かな間。

 結婚することも子を成すこともできない

 かつて玖雀は竜姫にそう告げた。残酷な言葉だと我ながら思う。それでも彼女はその理由を聞くこともせず、自分と共に歩むことを選んでくれた。

 再び上がる歓声に玖雀は我に返る。
 空高く花束を投げる花嫁。我先にと手を伸ばす娘達。花嫁の投げた花束を手にした娘が次の花嫁になれるらしい……そんな会話が聞こえてきた。
 ひょっとしたら……。玖雀の心の中に過ぎる想い。竜姫にもあのような未来があったかもしれない、と。
 彼女の心を疑うつもりはない。自分が気にすることも彼女に対して失礼だと十二分に理解もしている。だが……。

 一瞬だけだが玖雀が微妙な表情を浮かべたことに竜姫は気付いた。彼の胸の内、何が過ぎったか察する。
「女の子は綺麗なものが好きなのよ」
 知ってた? と竜姫は玖雀に笑顔を向けた。
 確かに花嫁を見て綺麗だと思う。憧れる少女の気持ちもわかる。仲睦まじい家族を見れば素敵だとも思う。でもそれだけだ。それを羨ましいと思ったことも、妻という立場になれない我が身を寂しいと思ったこともない。
 寧ろ今の玖雀の表情で漸く思い当たるほどに何も思うところがなかった。
 隣を見上げれば彼がいる、名を呼べば返事がある……自分は愛する人の隣にいることができ、その人に愛され、それを祝ってくれる友人もいる。正直なところこれ以上何を望めばいいのかわからないほどに幸せだ。
 私は幸せよ、と言い掛けて言葉を飲み込んだ。この気持ちを、自分の中に溢れてくる温かさを「幸せ」という言葉でしか表現できない自分がもどかしい。
 どうして心の中全部伝える言葉は無いのか。
(私は貴方の隣にいるわ、ずっと、ずっと……)
 言葉の代わりに彼に寄り添った。

 夜、玖雀は自室で愛用の棍を手にする。馴染んだ重み。自分の体の延長と言っても過言ではない棍だ。それをいつも以上に時間をかけ丁寧に磨く。
 瞼の裏に浮かぶ昼間の竜姫の笑顔。それは一点の曇りなく「幸せだ」と雄弁に語っていた。
 彼女から伝わる温かさがどれほど自分を満たしてくれるのか、救ってくれるのか、彼女自身知っているだろうか。
 磨き上げた棍の上、灯りの影が踊る。使い込まれ磨かれた美しさ。きっとどこへ持って行っても高く買い取ってくれるだろう。
 別段金に困っているわけではない。開拓者の稼ぎはそれなりだし、暮らしぶりも贅沢には程遠い。
 ただ竜姫に何か贈りたいのだ。共にいると言ってくれた彼女へ自分の想いを込めたものを。確固たる形にして。そう考えた時この棍が浮かんだ。共に歩んできたこの棍が。
 翌日玖雀は竜姫に気付かれぬよう古道具屋に向かう。そして棍を売った金を持ち飾り細工職人を訪ねた。竜姫への贈り物を注文するためだ。
 ジルベリアでは愛の証として指輪を贈り合うらしい。となれば愛する人に贈るのは指輪が一般的なのだろう。
(だけどなぁ……)
 苦笑を零す。たとえば怒った竜姫が拳を振るった場合……。志体持ちの上修羅の力も加わり、指に輝く指輪は随分と凶悪な武器になるだろう。しかも指輪が砕け散る可能性もある。
 故に指輪は却下だ。
(……理由は口が裂けても言えないがな)
 玖雀も共に暮らしていくうちに竜姫の地雷を学んでいるのだ。
 勿論理由はそれだけはない。華やかで明るい気性の彼女、きっと指輪よりももっと大振りなものが似合うだろう。どうせならば彼女の魅力をさらに惹き立てるようなものを贈りたい。
「腕輪だ……な」
 常に身につけることができて、大立ち回りを演じてもうっかり壊しそうにないもの。
 玖雀は彼女の本当の名でもある椿の意匠を施した腕輪を職人に注文した。

「出掛けるの?」
「ちょっと用事が……」
 昼過ぎには戻る、とそそくさと玖雀は出かけて行く。
 最近繰り返されるやり取り。どうにも玖雀の様子がおかしい。竜姫に隠して何かしているようなのだ。
 浮気――は竜姫の脳裏に全く浮かばなかった。心配なのは何か厄介ごとに首を突っ込んでいないか、ということだ。
 自分だって力になれるかもしれない。竜姫に何も言わないのは玖雀なりの気遣いかもしれないがそれが歯痒い。
 その日の午後、竜姫は玖雀愛用の棍がなくなっている事に気づいた。偶々玖雀の武器が収納されている葛篭が開いており何気なく覗いたところ棍が消えていたのだ。
 修理だろうか、いやそこまで破損するようなことはなかった。
「あ……」
 ひょっとして、と思い当たる。盗まれたのではないか、と。彼は盗まれた棍を探しているのではないだろうか、と。最近のおかしな行動もそれならば納得がいく。
 自分に迷惑をかけまいとしているのか、なんて水臭いと竜姫は眉をしかめる。だが今は怒っている場合ではない。
 玖雀が大切にしていた棍。探さなくては……家を飛び出そうとしたところ戻ってきた玖雀と出くわした。
「ちょうど良いところに」
 最近の様子も含め真相を聞きだそうと勢い込む竜姫に玖雀が一歩引く。
「棍が見当たらないの」
「あ……あぁ、棍が?」
 内心の動揺を悟られまいと玖雀は努めて平静を装う……少なくとも本人はそのつもりだ。だが実際のところ竜姫は「何かおかしい」と玖雀の態度から直感していた。
「棍をどうしたの?」
 少し口調を強め竜姫が尋ねる。
「いや……あぁ、うん、まあ、少し、な……」
 竜姫から視線を外す玖雀。
「少し、何?」
「そうだな……」
 内心、玖雀は困っていた。嘘を吐くのは得意ではない。しかも竜姫のまっすぐな視線に射抜かれての嘘なぞ難易度が高すぎる。
「……ねぇ、私にできることなら何でもするわ。だから……」
 ちゃんと話してと、正面から玖雀の目を見据える竜姫。
「……いや……その棍は……そうだな、修理に……」
 逸らした視界の端で竜姫の肩が落ちた。ちくりと痛みが胸を刺す。
「……」
 握られる竜姫の拳。
「……何か言ったか?」
「もう良いって言ったのよ!」
 玖雀なんて知らないわ、と外へ飛び出す竜姫。
「あぁ……」
 勢い良く閉められた戸の余韻が残る玄関、取り残された玖雀は頭を抱えた。
(言うべき、なのか?)
 思いかけて頭を振る。
 今回は自分が悪い、だが棍の件を正直に言うことはできない。そうなれば贈り物までわかってしまう。
 竜姫のことだ、愛用の棍を売ってまでの贈り物はいらない、と言うだろう。
 それに自分も彼女を驚かせたい気持ちが無いといえば嘘になる。だが言わなければ当分の間竜姫は怒ったままだろう。
(……どうすればいいんだ?)
 玖雀は心の中で自問自答を繰り返した。

 飛び出した竜姫はその足で街の中心部に向かう。正直に話してくれない玖雀に対する怒りは当然ある。自分では力になれないのか、と寂しくも思った。
 でも今は棍を探す方が先決だ。
(だってあれは玖雀の大切な……)
 もしも盗まれ売り飛ばされでもしたら……。竜姫は足を速めた。
 神楽の都は広い、だがそれなりの武器を扱う店は限られる。手がかりを求め竜姫は一軒ずつ探していく。
 そしてとある店で棍をみつけた。
「……これ」
 どう見ても玖雀のものだ。奥から店番の若い男が出てくる。
「この棍はどうしたの? 此処に持ち込んだのは誰?」
「お客様の情報をおいそれとはなすわ……ぐっ」
 竜姫はとぼけようとする男の胸倉を掴んで突き上げた。
「もう一度だけ尋ねるけど」
 よく聞ききなさい、と不吉なほどの満面の笑みを浮かべる竜姫に男は張子の虎よろしく縦に首を振る。
「黒髪を朱紐でまとめた男が売りに来た?」
 棍を売りに来た人物の特徴を聞けばどう考えても玖雀本人であった。
(どうして……?)
 毎日手入れを欠かさなかった愛用の棍……なぜをれを手放したのか。
(やっぱり何かに巻き込まれたのかしら……)
 玖雀は大抵のことを自分でどうにかできるだけの力を持っている。だが……。不安が竜姫の胸に広がっていく。

 腕輪完成の日、結局二人はあれから今日までまともに会話をしていない。
 玖雀は腕輪の箱を開く。椿の意匠、竜姫の双眸を思わせる純度の高い赤い石。
「機嫌直るといいんだが……な」
 小さく漏らし木戸を押す。竜姫は庭にいるようだ。きっと先日庭先に植えた椿の様子を見に行っているのだろう。すぐには成長しないと言うのに気になるらしい。
 案の定椿の前、しゃがみ込む竜姫を見つけた。
 一度、深呼吸。わざと足音を鳴らし一歩踏み出す。
「竜姫」
 背後に隠す腕輪。これは自分にとっての結婚指輪のようなものだ。彼女と自分を繋ぐ証……。

 椿は順調に育っている……こうして椿の成長を見守るのが竜姫の日課となりつつあった。
「もう一度ちゃんと話をしてみようかしら」
 玖雀のことだ棍を売ったのはちゃんとした理由があるはず。それを竜姫に言わないのも……。でも本当に心配なの、あの人平気で無理をするから、と椿に向かって零す。はぐらかされたことはまだ怒っている。でもそれよりも心配する気持ちの方が強い。ならば素直に聞けば良いというのに、一度怒った以上中々引っ込みがつないのだ。
「竜姫」
 突然呼ばれた名前。竜姫は慌てて顔をあげた。玖雀だ。
「な、に?」
 応える声は少しばかり固い。玖雀が何か言いかけて髪を掻き混ぜる。沈黙が訪れた。
 耐えかねた竜姫が「用が無いなら部屋に戻るわ」と立ち上がり踵を返そうとしたところいきなり手首を掴まれる。
 手首を包み込む玖雀の大きな手。カチッと小さな音が響く。軽く手首を握り、それから静かに離れていった。
 彼の手の下から覗くのは……。
「これは……」
 椿が咲き誇る美しい腕輪……。繊細な細工は一目で上質なものだとわかる。
 その、なんだ、と玖雀が鼻の頭を指で引っかく。
「気に入ってくれると良いんだがな……」
「玖雀……」
 腕輪を押さえ、竜姫は玖雀を見上げた。棍を売ったのはこのため……。
「あれはもういいんだ……」
 優しく細められる紫の双眸。
 竜姫もあの棍の価値は知っている。この腕輪は相当高価なものだろう。いいや、価格の問題ではない。
 毎日手入れをし大切にしていた愛用の棍を彼は手放したのだ……。

 自分のために……。

 この腕輪の意味……声にならない彼の言葉を竜姫は聞いた。
「ふっ……」
 腕輪の椿が滲む。冷たいはずの金属が温かい。この腕輪には玖雀の想いが詰まっている。
「ぅ……っ」
 堪えようと思っても胸を満たす想いが涙となり瞳から溢れてくる。
 腕の中に抱きしめられた。
 くらくらと目が回るほどの幸福感……。心臓が高鳴って苦しい。
 ありがとう、大切にするわ、嬉しい……言わなくてはいけないことは次から次へと浮かんでくる。でもそれも全部溢れる感情に飲み込まれ、竜姫はただただ熱い涙で玖雀の胸を濡らした。
 この腕輪は彼と自分をより強く繋いでくれる。ならば鼓動も、心臓の熱も全て全て伝われ、と腕輪を腕ごと自分の胸、心臓の上に押し当て抱きしめた。

 泣きはらした赤い目のまま口元に笑みを浮かべ、腕輪を撫でる竜姫を見つめ玖雀は内心首を傾げる。
(……棍、売ったのなんでばれてんだ?)
 竜姫が一軒一軒店を巡り探していたことを知るのは後日のことだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib6816  / 玖雀   / 男  / 29歳  / シノビ】
【ic0261  / 紅 竜姫 / 女  / 27歳  / 泰拳士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注頂きありがとうございます。桐崎です。

今回は互いのことを想い合いながらもすれ違ってしまう二人。でもすれ違っている間もやはり相手のことを想っている、そんなお二人をイメージしてみました。
表面上はすれ違いつつも、根っこのところでは繋がっている雰囲気が出ていればいいなあ、と思っております。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
snowCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年12月29日

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