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『星の雨が降る夜に 』
スヴィトラーナ=ヴァジムka1376)&煉華ka2548

「降るようね……」
 夜なのに真昼の様な明るさだった。そして、晴れているのに雨の様でもあった。
 スヴィトラーナ=ヴァジム(ka1376)が細めた金の瞳には、満天の星空が映っていた。夜空を一面に飾る光の粒子達は、スヴィトラーナが言った通り今にも空から零れ落ちてしまいそうで。
 小さな丘の上。夜の下。スヴィトラーナは一人きり。
 遠巻きから夜の風が宴の声を運んできた。未だ収まりを知らぬ賑やかさに女はそっと微笑みを浮かべ、瞼を静かに閉ざし落とす。

「……あの時も……」

 我知らず握り締めた片方の掌。
 今は居ない温もりを探して、ここには居ない微笑みを思い出して、細く小さく、開いた視界。切れ込みの視野に、星が落ちる。寂しい、とスヴィトラーナの心を伝う。仄かな切なさを軌跡に残して。微かな甘さで心を引っ掻いて。

 そう、『あの時』も。
 こんな、星の雨が降る、夜だった。







 それは10年以上の時を遡る。

 満点の星空の下、小さな丘の上、並んだ人影は二つ。
 夜の風が、並んだ二人――スヴィトラーナと煉華(ka2548)の髪を僅かに揺らした。
 風は、未だかんばせにあどけなさが残るスヴィトラーナの婚礼用耳飾をリンと鳴らす。その銀髪から覗く翡翠の煌きは、星の光にいっそうの輝きを増していた。
 その日の夜は、スヴィトラーナの結婚前夜の宴。族長の娘である彼女の婚礼はめでたい事だと里中で三日三晩の大祭りの真っ只中である。耳を澄ませば太鼓の音、喝采の声、舞の歌と、楽しげな音が聞こえてくる。
 しかしここにいる二人はその宴からこっそり抜け出してきたのだ。もう一度風が吹く、翡翠が踊りを奏でながら――煉華が盗み見たスヴィトラーナは、彼に横顔を向けたまま空を真っ直ぐ見上げていた。
「ね、相手の事、どう思う? 優しそうだと思わない?」
 美しい衣裳の花嫁は徐にそう口にした。『相手』とは勿論、彼女の結婚相手の事だ。一族内の有力な家の青年である。族長の娘であるスヴィトラーナとは正に『お似合い』と言えた。反対する者など一人もいない。それは煉華も然りで、であるが故に「ああ、そうだな」と頷きながら視線を彼女と同じく星へと向けた。
 煉華の言葉は嘘ではなく、お世辞でもない。確かに件の『相手』は育ちに相応しい落ち着きと芯の強さを感じさせる男だったと、彼は感じていた。
「でもね、会った数は片方の指で足りる程度なの」
 奇しくも「尤もあの男を見たのは片手で足りる程度の数だが」と煉華が思った時と、スヴィトラーナの言葉が重なった。
 この里で親が結婚を決める事は別段珍しい事ではない。寧ろ良くある事だ。そう、良くある事、これも定め、一族の為――スヴィトラーナは結婚相手の姿を思い返す。あの落ち着いた物腰、芯のある力強さ、特にあの燃える様な赤い瞳は、そう、正に――
「少しだけ……似ている、のよ」
「誰に?」
「誰かしら」
「さぁな、分からん」
「……煉華兄様は意地悪ね」
 そう言う、スヴィトラーナの視線は俯いていた。いつもなら少女が頬の一つでも膨らませ、煉華が「悪かった、ラーナ」と苦笑交じりに詫びるのであるが、その日ばかりは少々違った。
 思わず見遣った男の目に映ったのは、いつもの天真爛漫な少女ではない。
 白を基調とした花嫁衣裳、褐色の肌が映える玉石はきらきらと輝いていて、その顔にはほんのりと化粧が施され。
 伏せた顔に長い睫毛が震えている。垂れる銀の髪が表情を疎らに覆い隠すけれど、垣間見えるのは繊細な愁いの感情で。

 そう、そこにいたのは、一人の美しい『女』であった。

「……、」
 煉華は心臓の底から湧き上がる何かに思わず訳も分からぬ声を発しそうになった。
 彼の記憶にあるスヴィトラーナは幼く可愛い妹分で。「煉華兄様、煉華兄様」と懐いてくるあどけない少女であって。少女――そう、まだ、煉華からしたら、子供だ。無垢な子供だ。純粋な少女だ。触ったら壊れてしまいそうな。穢れてしまいそうな。繊細で、清らかな、一輪の花。
「似ているのよ、煉華兄様に」
 搾り出す様な彼女の言葉に、男は我に返り吐息を飲み込む。
「俺に似て……おい、本当に大丈夫なのか?」
 煉華が発した声音は純粋なる『心配』だった。
 その心配の理由が何であったのかは幼い花嫁には分からない――彼女はただ、窺う様な視線と共に、寂しげな笑みを一つ零しただけだった。
 それを切欠に再び、二人の間に静寂が横たわる。遠くからの祭囃子と、目の前の星々にしばし意識を揺蕩わせ、言葉を切り出したのはやはり、スヴィトラーナの方だった。
「少しだけでいいの」
「……なんだ?」
「手を」
 顔を上げた少女の瞳は、星を浴びてまるで満月の様だった。
「……繋ぎたいの」
 それは小さな、そして他愛の無い、少女の我儘。
 分かった。苦笑と共に頷いた煉華はそっと片手を差し出した。無骨で大きな掌に、少女の細くて小さな掌が重なる。本当に、繊細な細工の様で――少しでも誤れば壊れてしまいそうで、煉華は努めて優しく、柔らかく、けれどしっかと、スヴィトラーナの手を握りしめた。混ざる体温。指を絡めたのはどちらからか。
 繋がった場所に目をやり、少女は小さく笑みを浮かべた。
「……こうやって、恋人と手を繋いだりしたかったのよ」
「俺もだ。恋人と呼べる相手と、こうして空を見上げようと願っていた」
 星の雨が降る夜。二人を祝福するかの様に。
 大きな光、小さな光、落ちて流れて、消える光。
 星をなぞって絵を作って、二人で遊んだ昔の思い出。
 星の輝きはいつだって、いつだって変わらない。
「綺麗ね」
「ああ、綺麗だな」
「ねぇ……」
「どうした?」
「……ありがとう、煉華」
 煉華兄様、ではなく、煉華、と。
 それは、スヴィトラーナが初めて口にした言葉だった。
「どう致しまして」と言うべきなのだろうか――煉華は言葉を詰まらせる。もどかしい、けれど沈黙すら愛おしくて、心地良くて、切なくて。
「…… なぁ、ラーナ」
「なに、――」
 名前を呼ばれて振り返ったスヴィトラーナのすぐ目の前に、煉華の顔があった。覗き込む眼差し。一つの赤と二つの金が搗ち合う。互いの吐息を微かに感じた。
 その時間は一瞬であった様に思われる。けれど、まるで時間が止まっているかの様だった。
 本当に僅かな距離――こんなにじっと互いの目を見詰め合うのはいつ以来だろうか。初めてかもしれない。心臓が高鳴る。止まったまま。永遠のよう。星が流れる。互いの目に映る互いの目。今だけは、映っているのは星ではなく。
 不意に、動きを見せたのは煉華の方だった。焦れったい程の速度で距離が狭まる。少し傾けられた顔。閉じられゆく瞼。
 その仕草が何を表しているか。それが分からぬほど、スヴィトラーナは子供ではなかった。
 目を閉じる。唇を引き結ぶ。けれど、硬くはなり過ぎぬよう。寸の間、息を止めた。

 そして、――

「『 』、……」
 煉華の唇が触れたのはスヴィトラーナの唇ではなく、彼女の耳元だった。囁いたのはスヴィトラーナの真の名前。踏み止まった行為は彼女の閉じられた瞼に、そっと落とす。
 距離が開いた気配。スヴィトラーナが目を開けば、煉華の顔が離れた場所にあった。再び搗ち合った視線、煉華は何処か名残惜しげに、しかし真っ直ぐと、スヴィトラーナに微笑みかけた。彼女もそれに応える様に笑みを浮かべる。けれど、その笑みは――どこか寂しげで。
 直後に前触れも無く湧き上がったのは恥じらいの感情だった。
 二人の頬が赤く染まったのは星の光の下でも明らかで。何故だろう、笑みが零れる。けれど何故だろう、笑っているのに、胸の奥が、ギュウと痛む。
 こんなに近くで見詰め合っていると、また唇を寄せてしまいそうで。今度は唇に、触れてしまいそうで。
 触れてしまったらどうなる? ――打ち明けてしまうかもしれない。

 スヴィトラーナは、相手に初恋を抱いてしまった事を。
 煉華は、相手を『女』として意識してしまった事を。

 胸に秘めた、切ない想いを。
 我慢できなく、なりそうで。

 星の雨をいつの間にか見上げていた。
 遠くの方で祭囃子が楽しげに聞こえてくる。
 こんなにも近い距離。
 手も繋いでいるのに。
 どうしてだろう、こんなにも、寂しくて、遠くに感じる――。







「降るようだな……」
 夜なのに真昼の様な明るさだった。そして、晴れているのに雨の様でもあった。
 煉華の隻眼には、満天の星空が映っていた。夜空を一面に飾る光の粒子達は、彼が呟いた通り今にも空から零れ落ちてしまいそうで。
 小さな丘の上。夜の下。煉華は一人で立っている。
 風も無く、誰も居らず、何も聞こえない場所は、男の心にポッカリと空いた空虚のさまに良く似ている。我知らずと浮かべた笑みは、きっと自嘲の類だろう。片瞼を、静かに閉ざす。

「……あの時も……」

 我知らず握り締めた片方の掌。
 今は居ない温もりを探して、ここには居ない微笑みを思い出して、細く小さく、開いた視界。切れ込みの視野に、星が落ちる。――あの時、リンと鳴った彼女の耳飾の光を思い出す。翡翠の輝き。流れる銀髪。寂しげに微笑んだ金の瞳。己の名を呼んだ鴇色の唇。それら全てが、煉華の脳裏を一瞬の内に駆け抜けた。

 そう、『あの時』も。
 こんな、星の雨が降る、夜だった。

「例えこの腕を失ったとしても……掴み続けていれば……」
 忌々しげに、愛おしげに、煉華は利き腕に視線を落とした。

 この空の下の何処かに、あの人は居るのだろうか。
 この星の雨が降る夜に、一人佇んでいるのだろうか。
 あの日の様な銀の髪を、風の中に揺蕩わせ――。



『了』



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2015年01月05日

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