▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『雪降る夜 』
カルマ=V=ノア(ib9924)&カルマ=A=ノア(ib9961)


 囲炉裏でちりちりと火が燃えている。時折火掻き棒でつついてやれば、半ば炭と化した薪が被った白い灰を辺りに散らし赤々と内側から脈打つように火を強めた。
 一日火を焚いていたせいか、さして広くは無い長屋の空気はじんわりと温い。
 囲炉裏脇に膝を立て座るカルマ=V=ノア―ヴィンセントは片手に煙管を遊ばせ、何をするでもなくぼんやりと揺れる炎をみていた。
 冷たい風が腰の辺りを撫でていく。部屋の温もりを掻き分けるように土間からのそりと這い上がってくる冷気。
「……風か」
 風の来た道を辿るように首を巡らせる。換気のために開けた窓の小さな隙間、そこから覗く切り取られた狭い夜空。

 一つ、三つ……

    二つ、四つ……

 白い花びらが空の紺に舞う。雪だ。
「…寒いと思ったら……」
 煙管を一服。ふぅ、と吐き出した紫煙が囲炉裏にかけた鉄瓶から上がる湯気と絡み合い天井へと消えていく。
「降ってきやがったか……」
 まるで白梅のようなぽってりとした雪が静々と空から舞い降りてくる。

 そういえば……

 ヴィンセントの視線が窓の向こうの雪、そのまた向こうへと投げられる。

 八歳のあの夜……。
 生き方も、環境も、名前すら自分の何もかもが変わったあの夜……。
 その夜もこんな風に雪が降っていた……。

 脳裏に映る硝子越しに見た雪の風景。


 夜中、幼いヴィンセントは不意に目が覚めた。ジルベリアの冬は寒い。だがその日の夜はいつもにもまして寒かった。
 布団から肩を出せば瞬く間に体温が奪われ冷え切ってしまう。
「寒っ……!」
 暫く毛布に包まり、暗がりでじっと息を潜めていると次第に目が闇に慣れてきた。
 そうすると天井も棚も見慣れているはず部屋が夜中というだけで何やらいつもと違うように見えてくるではないか。それはまるで御伽の国への入り口のような、胸躍る冒険譚の始まりのような。新しい物語の世界へと一歩踏み入れる高揚感のようなものにヴィンセントは包まれた。
 ひょっとしたらカーテンの向こうは、見たことも無い世界が広がっているかもしれない。
 ヴィンセントは毛布を頭から被ったまま窓辺へと寄った。えいやっとカーテンを開く。カーテンの向こうに知らない世界は広がっていなかった。だが……。
「うわぁ……」
 柔らかい白い羽のような雪が降っている。うっすらと白く染まり始める庭。今年初めての雪だ。
「雪……!」
 ヴィンセントは窓に額を窓にくっつける。吐息で白く曇る硝子。
 長い長いジルベリアの冬、雪なんてうんざりするほど見ることができる。だが今年初めての雪ともなれば話は別だ。
「父様、母様っ、雪だよ!」
 被っていた毛布を脱ぎ捨てると、上着も羽織らずに部屋を飛び出した。部屋の扉も閉めることも忘れて廊下を駆ける。
 早く、早く父様と母様に伝えないと。
 雪が降ったら、一緒に雪遊びをするって約束したのだから。
「雪ダルマを作って、ソリに乗って雪合戦も……」
 朝になるのが待ちきれない。何して遊ぼう。あれもしたい、これもしたい、希望を一つずつ口に出しながら階段を一気に駆け下りていく。最後は一段ずつ降りるのも面倒になって飛んで抜かして着地した。
 目指すは父と母の寝室。
「雪だよ、雪……っ」
 はしゃいだ声と共に踏み出した足が止まった。

 カーテンを喰らい、壁から天井を舐める炎。
 視界をふさぐ煙

 熱気が頬を撫で、気流を巻き上げ髪を嬲った。

 耳元で轟と空気が唸る。

 家が――

 家が燃えていた……。

 火事だ。父様、母様を早く起こして逃げなきゃ。
 ヴィンセントは走る、さして距離も無い廊下がとても長い。寝巻きの端が火の粉で焦げて穴が開く。そんなことも気にせずヴィンセントは走った。
 こんなにも空気は熱いのに、息苦しいほど熱いのに、背筋を冷たい汗が伝う。握る手もびっしょり濡れていた……事に気付けないほどに動転していた。
 半ば扉に体当たりでもするかのように両親の寝室にへと飛び込む。
「父様、母……   っ」
 開け放たれたカーテン、外からの仄かな明かりに照らされた青白い部屋。廊下の様子が嘘のようにひんやりとした空気。

 ベッドの脇、重なり合うように倒れている父と母。仰向けに倒れた母の硝子玉のようにうつろな目。

「あっ……」
 何が起きているのはわからなかった。いや本能は理解していた。だが脳がそれの理解を拒絶したのだ。体が震える。二人の下に駆け寄りたくとも足が棒切れになってしまったかのように動かない。
 ヴィンセントの瞠った目が小刻みに揺れる。二人の下に広がる黒い……。その向こう、窓際の父のお気に入りのソファに腰掛ける人影……。父と母の寝室にいる見知らぬ男達……。
 それらが何か理解するよりも早く衝撃がヴィンセントを襲った。


 暗闇に煙草の赤い火が揺れる。窓際のソファ、背もたれに体を預けカルマ=A=ノア―アリスは窓の外へと視線を向けた。
 何時の間にやら雪が降り始めている。
「雪……か」
 煙と共に吐き出す言葉はこの場にいる誰の耳にも届かなかっただろう。
 床に倒れた男と女。この屋敷の主人とその妻だ。男は妻を守るように覆いかぶさったまま事切れている。アリスの残された一つの目が二人を見下ろした。そこから感情を伺うことはできない。
 アリスの爪先の間際まで広がる二人の血。アリスは部下の報告に億劫そうに頷く。
「……」
 商人の襲撃、物足りなさを感じるほどに呆気ない仕事だった……と思いかけてから唇を軽く歪める。ああ、まだ仕事は終わっていない、と。
 煙草を軽く噛んで、脇で控える部下に視線を向けた。部下が数人、屋敷に火をかけるため部屋から出て行く。間もなく屋敷のあちこちから火の手が上がり炎が全てを包む。そして仕事は完了だ。
 つまらない仕事だ。だが現場の責任者である以上、最後まで見届けなくてはならない。ゆるりと立ち上がる紫煙の先を眺めた。
 突如静寂を切り裂いて激しい音と共に扉が開く。半ば転げるように部屋に現れたのは年端のいかない子供。子供は小さく呻いてその場に立ち竦んだ。
 息子が一人いるって話だった、な……、とやった視線、アリスの目が僅かに揺れる。

 金色の髪、海のように深い青の瞳……

 アリスがその双眸に懐かしい誰かを浮かべるより先に少年がアリスの視界から忽然と消えた。部下の一人が一気に距離をつめ子供の腕を背に捻り床に押さえつけたのだ。暴れることのできないよう腰に膝を置き体重をかけ、首に押し当てたナイフを一気に引こうとする。
「待て……」
 短い静止の言葉に部下が動きを止めた。アリスはゆっくりとソファから立ち上がる。子供の両親の血を踏み越え近づき、傍らにしゃがみ込んだ。そしてその柔らかそうな金色の髪を鷲掴む。
 掴んだ髪を強く捻り無理矢理自分へと仰向かせる子供の顔。苦痛と恐怖に歪む双眸はやはり海のように深い青だ。
 暫しの沈黙。次第に強くなる炎が建物を飲み込んでいく音だけ響く。
「間もなくこの部屋にも火の手が」
 撤退を促す部下の声、それに頷きながら、もう一度少年の顔を覗き込んだ。煙草を指に挟み唇の両端を歪める。吐き出した煙が子供の顔を直撃した。
「お前……」
 瞠ったまま涙を流すこともできず揺れる青い双眸、震える唇。多くの死を見てきたアリスはこの表情の正体を知っている。死への恐怖に頭が働かなくなった者の顔だ。
「死にたいか……」
 低く問い掛けた瞬間、子供の瞳の焦点がアリスの上で結ばれた。


 ドンと重たい衝撃。あまりのことにヴィンセントは痛みを感じることもできなかった。自分の身に何が起きたかわからない。
「……ぐっ」
 誰かに床に押し付けられたと把握したのは首筋に冷たい何かが触れた時だった。それが刃だと理解した瞬間全身から汗がどっと噴出す。
 物盗りだろうか。
 滲む視界に映る投げ出された蝋のように白い母の手。
 その手に向けて伸ばした唯一自由になる腕、指先に触れた生暖かくぬるりとした……血……。
 足首に得体の知れないとてつもなく冷たいものが絡みついたかと思うと、一気に這い上がってきた。ガチガチと奥歯が鳴る。

 怖い 怖い 怖い 父様  母様   怖い怖い怖い……

 怖くて怖くて声も出ない。助けて、と神に願うことも。ただ、ただ怖くて死にたくない、そんな本能ばかりが自分の中を埋め尽くす。
 激しくなる鼓動、流れる血の音、他に音は何も聞こえない。腕を押さえる痛みも感じない。感じるのはあっけなく自分の命を奪うであろう刃の冷たさだけ。
 だがそこに新しい痛みが加わった。
 髪を引っ張られ強引に上向かされる。上から覗き込む、隻眼の男。父のソファに座っていた男だ。
 血のように赤い髪がヴィンセントの頬を撫でた。この男が父様を母様を殺したのだ。ヴィンセントは直感する。そして自分もきっとこの男に……。
 吹きかけられる煙草の煙。苦しくて顔を歪めた。
 死刑宣告までのほんの少しの間、それがとても長く感じられる。男が唇を動かした。「お前」男がヴィンセントへ語りかける。
「死にたいか……」
「……っ!!」
 心の中で何かが弾けた。
 死にたいか、そんな身勝手で傲慢な問いがあるか。父様も母様も死にたくなかったはずだ……それなのに目の前の男は二人を殺した。だというのに自分には……。真っ白な怒りで目が眩みそうになる。
 ぐっと唇を噛み締める。鉄の味がした。手も足も動かすことができない。ならばせめて視線だけでも。双眸に力を込める。


「…いつか…」
 掠れた声が子供の唇からこぼれる。己が歯で噛み切ったのだろうか唇の端に血が滲んでいた。
「……絶対に、殺してやるっ…!」
 強い怒りと恨み、そして体の真ん中を突き刺すような殺意がアリスに向けられる。ぞくりと体が震える。自然と口元に浮かぶ笑み。
「殺してやる……」
 子供が繰り返す。今にもアリスに飛び掛らん勢いに押さえつけようとする部下を視線で制する。
「いいさ」
 低く笑い、子供の髪から手を離し立ち上がった。射抜くように見上げてくるその双眸を見下ろす。
「殺せるまで、生き残ってみるんだな……」
 それきり興味が失せたかのように背を向けた。だがその背にも感じる子供の強い視線。鋭い怒りに満ちた……。
 アリスは口角を上げると「その餓鬼も連れて来い」と部下に撤退命令を下す。


 暖炉の炎が弾けた。
 一人掛けのソファで転寝していたアリスが目を覚ます。
「……夢、か」
 膝の上に広げられたままの読みかけの本を閉じ眼鏡を外す。
 目頭を軽く指で揉み解した。瞼の裏に浮かぶのは在りし日の弟子の……あの時拾った子供の視線。そうあの時の子供はあれからアリスの弟子となり成長した。見事に生き残ったというわけだ。

『殺してやるっ……』

 刺すような怒りと憎しみに満ちた視線。深い海色の双眸。それは今は亡き人と同じ……。
 服の上から、首にかけた指輪に触れる。
 アリスは喉の奥で笑う。それは珍しく嬉しそうな笑みだった。
「あぁ……        」
 薄暗い部屋、呟きは誰にも知られずひっそりと闇に転がり消える。

 窓の外、転寝する前に降り始めていた雪は積もり始めていた。
 ひょっとしたら弟子も同じ雪をみているかもしれない。
「ガラでもねぇ……」
 アリスは苦笑を漏らした。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名      / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9924  / カルマ=V=ノア / 男  / 19  / 砲術士】
【ib9961  / カルマ=A=ノア / 男  / 46  / シノビ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
発注いただきありがとうございます。桐崎です。

ヴィンセントさんとアリスさんのエンドに繋がる過去のお話いかがだったでしょうか?
アリスさんの心の内がうまいこと仄めかせていれば、と思っております。。
名前の表記、イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
snowCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年01月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.