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『ふたりのメリークリスマス 』
久遠 栄ja2400)&九神こよりja0478


 部室ではいつも通りに九神こよりが机の上に伸びていた。
「暇だ……暇で死にそうだ……」
 探偵倶楽部という看板を掛けてはいても、そうそう事件が転がり込んでくる訳ではない。
「お、っと!」
 読みかけの本が机の端から転げ落ちたのを、久遠 栄が上手く受け止めた。
「ほら、借りてきた本が汚れるだろ?」
「ああ、有難う」
 こよりの白い指が本を受け取るために差し伸べられた。
 前に居る栄の視線は、見慣れたつむじと長い睫毛に暫し釘づけになる。
(今だ行け、俺!!)
 ごくりと唾を飲みこみ、栄は極力さり気なく話を切り出す。
「あのさ、九神」
「ん?」
 眠そうな目が栄を見上げた。
「クリスマスどこへ行こうか」
 ……言った。
 言ったよ、言っちまったよ! 行く前提のフリだよ!
 栄は動悸を気合で抑え込み、敢えて穏やかな微笑を向けた。
 一瞬、こよりが目を見張った。が、すぐその口元に花が綻ぶ様な笑みが浮かぶ。
「そういう時のエスコートは、男がするものだろう?」
「……だよなぁ。うん、希望があれば、と思ったんだけどな。うーん、何処がいいかな……?」
 少し考え込むふりをしつつも、脳内の栄はガッツポーズで『よっしゃ−−−−!!』と激しく叫んでいる。
 こよりはクリスマスを一緒に過ごすことを了承してくれたのだ。
 これは張り切って計画を立てるしかないではないか。



 そして約束の日。
 前夜から降り続いた雪は街を白く塗り替え、正にホワイトクリスマスという景色が広がっていた。
「ここなんだけど、どうかな」
 いつもより念入りに手入れした(けれど余り効果は見られない)黒い癖毛が、雪の湿気でまた暴れ出すのを恐れ、栄はそそくさと店の扉を開ける。
「素敵な店だね」
 こよりは特に緊張する様子もなく、すっと背筋を伸ばしたまま店に入った。
 ふたりともいつもより着飾って、大人びた顔でやってきたのは郊外の隠れ家的なレストラン。予約を取るのに栄はそれなりに苦労したものだ。
 だがその甲斐あって、クリスマスらしい華やかさと、程良い落ちつきが絶妙なバランスを保っている店だった。しかし正直言って、栄にとっては敷居が高い。
 仕切りで個室風に区切られた窓際の一角に腰を落ち着けると、小さく息を吐く。
 そっと向かいに座るこよりを見ると、こちらは落ちついた物だ。
(うーん、やっぱり九神は慣れてる感じだなあ……)
 育ちの良さが、こういうところで垣間見える。
 栄は自分も精いっぱい背筋を伸ばし、メニューを広げた。

 が、こよりだってこれでも内心は緊張していたのだ。
 勿論、店の雰囲気に憶した訳ではない。
 クリスマスといえば、これまでは探偵倶楽部の仲間と賑やかにワイワイ過ごしてきたのだ。まさかこんな風に栄と過ごすことになるとは。
(だが顔に出したら負けな気がするな)
 この辺りのポーカーフェイスはこよりの方が一枚上手だった。
(ここで呑まれる訳にはいかないからな)
 こよりより年上なのに、時々子供みたいに無防備で無邪気な悪戯を仕掛けて来る栄のことだ。絶対に何か仕込んでいるはずだ。
 なのでこよりはいつも通りの飄々とした風情を崩さず、穏やかに微笑んで見せる。

 運ばれてきた料理は絶品だった。だが目の前に座るこよりの存在に、栄には料理の味すらおぼろげになる。
 栄が背筋を伸ばして料理を口に運んでいたのは、行儀良くしようと思ったからだけではない。
 硝子の器の中で揺れるキャンドルの炎に照らされ、こよりの白い頬が映える。
 季節を巡る度に少女は綺麗になっていく。線香花火に照らされていたときよりずっと、気がつけばその表情は大人びていて、ふとした拍子にはひとりの女性と言ってもいい程に見える。
 栄はその一瞬を見逃したくなくて、顔を上げたまま、前を向いたまま、けれど真っ直ぐ瞳を見つめる勇気はなくて、料理を味わうこよりの口元を見つめていた。



 デザートの小さなクリスマスケーキのキャンドルを一緒に吹き消すと、窓ガラスに映る炎も消える。
 レストランの庭には雪が積もり、庭木に張り巡らされたイルミネーションライトの白や青の灯を受けて幻想的に輝いていた。庭木の向こうには、遠く街の灯が煌めいている。
「綺麗だな」
 囁くようなこよりの声は、何故か驚くほど近くに聞こえる。
 まるでドラマのようにロマンティックなクリスマスのディナー。まさに理想通りのひととき。
 なのに、自分がその当事者であることがどうにもくすぐったくて、栄は落ちつかないのだ。
「なあ九神、今日はケーキの苺を盗っていかないのか?」
「なっ……!」

 流石のこよりもこれには顔が熱くなる。こんなに素敵なレストランで、部室でのおやつの奪い合いのネタを出すなんて!
 こよりが軽く睨みつけると、からかってきた方の栄が何故か目を逸らしてしまった。
(どうしたのかな?)
 窓の外を見つめる栄の横顔は、何か考え込んでいる様な不思議な表情だ。普段は皆を退屈させないように必死で、何かと余計な事をしてしまう人。良く考えれば、こんな風にじっと横顔を見つめることなど余りなかったかもしれない。
(当たり前だけど……)
 その横顔は、やっぱり自分より少し大人びた青年の物だった。
 今度はこよりの方までなんだか落ち着かなくなってくる。
(何か企んでるのは間違いないと思うんだけど。もうデザートまで来ちゃったのにね)
 少し冷めかかった珈琲だって、もうカップに半分ほどしか残っていない。
 その時、不意に栄がこちらを向いた。
「なあ、ちょっと外に出てみないか? ここだとガラスが曇ってるしさ」
「え? うん、いいけど」
 こよりは僅かに首を傾げた。



 デッキに出ると、晴れ渡った夜空には一面の星が瞬いていた。
「寒いけど綺麗……!」
 そう言うこよりの声も白い息に包まれて、空へ吸い込まれて行きそうだ。
「いかにもクリスマスって感じだよな!」
 栄が手すりに積もった雪を集めて、小さな雪玉を作る。もうひとつ、と手を伸ばしたところで、妙な体勢になった。
「あれ?」
 つるん。
 物の見事に手は滑り、その勢いに釣られて栄の身体は手すりを超えて……
「おわっ!!」
「栄!?」
 慌てて伸ばしたこよりの手をすり抜けて、栄の身体はデッキから消えた。
「栄!!」
 蒼褪めながら身を乗り出したこよりが見た物は。

 雪の上に焚火で描かれた『Merry X’mas』の光文字と、積もった雪の上で大の字になって転がりながら笑う栄の姿だった。
「九神、メリークリスマス!」
 心底満足そうな栄の顔。こよりは暫くポカンとしてそれを見つめ、それから大きなため息をついた。
 これが仕込みだったのか。そのサービス精神に半ば呆れ、半ば感心しながらこよりは雪を踏みしめて栄の傍に近付いて行く。
「寒いだろう、びしょ濡れになる前に起きた方がいい。それから、どこかぶつけたりしなかったか?」
 身体を起こした栄の背中の雪を、こよりが掃ってやる。
「大丈夫、大丈夫。そういえばさっき、この真上をサンタが通り過ぎて行ってさ」
 栄の目が悪戯っぽく光る。手にしていたのは赤いリボンを結びつけた真っ白い手袋だった。
「素敵なお嬢さんの手が、冷えないように……だってさ」
 栄から受け取った手袋を、こよりは胸に抱きしめる。
「有難う。ああ、これはサンタに言うべきなのかな」
「えっ、あれ?」
 栄の視線が泳いでいる。
「私の知っているサンタはいつも、人を驚かしてばかりだからな」
 こよりはクスッと笑いながら、コートの中に隠していた物を取りだした。
 それは魔法のように広がったかと思うと、ふわりと栄の首にかかる。
「え、これ……」
 綺麗に並んだ編み目がはっきり分かる白いマフラーは、どう見ても既製品ではない。
 マフラーがぐいと引かれ、つんのめった栄の言葉は喉で止まってしまった。
 冷気に感覚の鈍くなった頬に、突然柔らかく暖かな物が触れる。
「……!!」
 雪の中膝をついて、こよりが唇を寄せていた。
 それは一瞬だったかもしれないし、とても長い時間だったかもしれない。
 栄は身じろぎすることもできず、ただただ目を見開いているばかりだった。
 ふと気がつけば、その目を覗き込んでいる黒い瞳。
「メリークリスマス。驚かされたお返しだ」
 そのときのこよりの微笑みを、栄は一生忘れることはないだろう。



 雪まみれで戻ってきた二人を、最後のデザートが待っていた。
 熱いエスプレッソを添えたアッフォガート。
 暖かい部屋の中でとろけそうな甘さと程良い苦さが心を満たす。
 無言でスプーンを口に運ぶふたりだが、先程までのどこか気詰まりな空気は消えていた。

 並んで歩く帰り道。行きよりも、互いの距離は近くなっている。
「九神、これ手作りだろ。有難うな」
 栄はマフラーに半ば顔を埋め、目を細めた。
「ふふっどういたしましt……くしゅっ!」
 突然、こよりは小さなくしゃみに身体を震わせる。
 少し考えた後、栄は自分のコートで包むようにこよりの細い身体を引き寄せた。
「……歩きにくいんじゃないか?」
「ゆっくり歩けばいいさ」
 少し固く思えたこよりの肩が、やがて柔らかく寄り添う。
「では転ぶときは諸共だな」
 小さな笑い声がコートの中から伝わってくる。

 初めての、ふたりきりのメリークリスマス。
 もしも来年、そしてその次もずっと一緒に過ごすことになったとしても。
 今年のこの温もりは、きっと特別なものになるに違いない。
 だから――
「なあ九神」
「ん?」
「有難うな」
「それはもう聞いたが」
「そうじゃなくて」
 栄は言葉を探す。こよりは続きを静かに待つ。
「今日の九神を俺にくれて、有難う」
「……それは――」
 返す言葉はちらつき始めた雪のように、静かに滲んで行った。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2400 / 久遠 栄  / 男 / 22 / 仕掛けたつもりで?】
【ja0478 / 九神こより / 女 / 17 / やっぱり謎めいて】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お届けが予告より遅くなりまして申し訳ありません。
いくつかの季節を経て、お二人の関係も少しずつ変わってきたのでしょうか。
素敵なエピソードをお任せいただき有難うございました。
お気に召しましたら幸いです!
snowCパーティノベル -
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エリュシオン
2015年01月06日

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