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『犯罪者ガイ・ファング 』
ガイ=ファング3818


「ほい、ご苦労さん」
 象男が、金貨の詰まった袋をガイの眼前に置いた。
 いくつか仕事を成功させて、金もそこそこ貯まってきたところである。
「いい仕事をしてくれたそうじゃないか。あんたを推薦して、良かったよ」
「……俺、要らなかったんじゃねえかなって気もするけどな」
 海商組合の戦いぶりを思い出しながら、ガイは言った。
「強い奴ってのは本当どこにでも、いくらでもいるよなあ」
「お前さんほど戦える奴は、うちにも海商組合の連中にもいないよ。どいつもこいつも、まあ確かに……あんたの次、次の次、くらいには強いかもな」
 象男は、にやりと笑ったようだ。
「みんな、鍛えてるもの。何しろ聖獣王陛下の御威光も、こんな所までは届かないからね……この町で暮らしてる以上、自分の商売は自分らで守らなきゃ」
「自力救済、って奴だな」
 かの霊山で修業した際、師匠が教えてくれた言葉である。
 自分の身は自分で守る。そいつを突き詰めちまうとな、最後にはどうやったって殺し合いや戦争になっちまう。
 師匠は、そう言っていた。
「この大陸にも、聖獣王陛下みたいな強くて偉い人がいて、我々を守ってくれるんなら……こんな楽な事はないんだけどねえ」
 両手で書き物をしつつ、長い鼻を器用に使って煙管を吹かしながら、象男は苦笑した。


 自分の身を守る、究極の手段。それは他人を滅ぼす事である。
 そうすれば、自分を脅かす者はいなくなるからだ。
 そのような考え方を人々にさせないために、国家による法と支配というものがある。
 師匠は、そんな話をしていたものだ。
 国民誰もが、己の身の安全や利益を各々、自力で戦って守ろうとすれば、どうしても闘争が起こる。
 自分の家族を守るために隣人を殺す、などという事も起こってしまう。
 だから国家が、為政者が、民の生命・財産・権益を、保証・保護してやらなければならない。これらを脅かすものがあれば、官憲の力で排除しなければならない。
 他力救済の行使。それが、すなわち支配であり治安である。そんな話であった。
「俺は、じゃあ……駄目じゃねえのか」
 3軒目の飯屋で買った、まるで棍棒のような骨付き肉をバリバリとかじりながら、ガイは歩き、呟いていた。
 今夜の宿を、探しているところである。
 金はある。そこそこ高い宿屋を、しばらく借り切って拠点にする事も出来る。
 その金は、ガイが自力で、それも主に暴力で、稼いだものだ。
 自力救済。それ以外の事を、ガイはした事がない。少なくとも、国家による他力救済を受けた事はない。
 聖獣王の支配下においては、例えば押し入って来た強盗を殺害する事は禁じられている。もちろん情状酌量の余地は認められるだろうが、基本的に、いかなる理由であろうと殺人は犯罪である。強盗に制裁を加えるのは、法と官憲の役目なのだ。
 強盗や山賊など、ガイは自力で片っ端から制裁してきた。
 厳密に法と照らし合わせれば、ガイ・ファングは立派な犯罪者である。
 そもそも賞金稼ぎなど、国によって正式に認められた職業ではないのだ。
 暴力で金を稼いで己の生活を保つ、究極とも言うべき自力救済者。
 ガイも含めての話だが、そんな者たちが国家によって捕縛も討伐もされず、堂々と組合まで作りながら存在を黙認されているのは、このソーンという世界において、国による他力救済が完璧に機能しているわけではないからである。
 民を脅かし治安を乱す者を、賞金稼ぎが始末してくれる。軍を動かす必要もない。となれば国としても、黙認しない理由はないのだ。
 犯罪者に賞金を懸け、狩られるに任せる。言わば一種の人権侵害が、放置されている。
 手強い凶悪犯罪者が、捕縛・裁判・収監あるいは処刑といった面倒な手続き無しに、この世から消えてくれるのであれば、為政者としては確かに楽であろう。
「ま、聖獣王さんも忙しいだろうしな……面倒な汚れ仕事は、俺ら賞金稼ぎが片付ける。それで上手くいってんなら、別にいいんじゃねえか」
 軟骨をかじりながら、ガイはふと思案した。
 その聖獣王の権勢が、この大陸には及んでいないという。
 ならばここは、ソーンとは別の国なのか。
 象男の話を聞く限りでは、例えば聖都エルザードのような権力の中枢が大陸のどこかにあって統治が行われている、という様子はない。治安をもたらすような強大な権力者が、この大陸にはいないようだ。
 この港町は見たところ、海商組合を中心とする、ほぼ完璧な自治が保たれている。
 町村規模の小さな自治体が、この辺りでは散在しているようであった。
 中には山賊や強盗団のような無法者の自治体もあって、周辺の村々に害を及ぼしているという。
 いくつか仕事をこなした後でありながら自分は、この大陸の事を何も知らない。
 今更ながら、ガイはそれに気付いた。
「しばらく、この町で……お勉強か?」
「よう、風来坊の兄さん。景気いいみたいじゃないか」
 宿屋の店員、と思われる1人の男が、声をかけてきた。
「聞いたよ。海商組合の連中と一緒に、でかい仕事片付けたんだって? 懐があったかいなら、うちに泊まりなよ。一番いい部屋、空いてるからさ」
「飯が美味いんなら、いいぜ」
 大して考える事もなく応えながら、ガイは骨をかじった。


 食事は、文句無しと言ってよかった。
 特に先程の、朝食のパンは絶品だった。この大陸でしか育たない麦を丹念に挽き、いくらか固めに焼き上げたもので、燻製肉とチーズを挟んで食す。味も歯応えも申し分なかった。ただ、女性や子供の顎では少し辛いかも知れない。
 部屋も良かった。まず寝台が大きいというのが気に入った。ガイの体格でも、ゆったりと大の字になって眠る事が出来る。
 窓からの景色も格別である。町も、海も港も一望出来る。
 ガイがこれまで様々な自力救済を行ってきたソーン本土は、あの水平線の彼方だ。
「本当に……海を渡って来ちまったんだなあ、俺」
 甲冑のような胸板の前で太い両腕を組みながら、ガイは今更ながらの事を呟いた。
 ちらり、と視線を動かす。ここからでは、店員の言っていた闘技場は見えない。
 この町には、金で様々な武術を学べる闘技場があるという。腕試しの闘技大会も、開かれるらしい。
 みんな鍛えてるもの、と象男は言っていた。あの海商組合の戦士たちも、その闘技場で腕を磨いているのかも知れない。
 暴力による自力救済。それは確かに犯罪なのであろう。戦わず何もかも守ってもらえるのなら、それが最良であるに決まっている。
 そんな理想の社会が実現したとしても、自分は戦い続けるだろう。戦う力を高める努力を、捨てる事はないであろう。ガイは、そう確信していた。
「それが犯罪だってんなら……俺は別に、犯罪者でもいい」
 何日間、闘技場へ通う事になるのかは、わからない。
 飯も美味く景色も良い、この宿屋に、しばらく住む事になりそうであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年01月07日

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