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『聖なる夜、刹那の夢 』
百目鬼 揺籠jb8361)&秋野=桜蓮・紫苑jb8416


「うぅっ、さみぃ……っ」
 百目鬼 揺籠(jb8361)は通い慣れたいつもの道を急いでいた。
 コートの前をかき合わせ、マフラーに首を埋める。
 今日はクリスマスイブ、いつもより少し早めにバイトを上がらせて貰ったものの、それでも時刻は深夜に近い。
「子供はとっくに寝る時間ですがねぇ……まァ、こんな時くらいは大目に見やしょうか」
 渋い色合いの手袋を嵌めた手には、チョコレートケーキの箱が大事に抱えられていた。
 普段なら、そんなところに金をかけはしない。だが年に一度くらいは財布の紐を緩めても罰は当たらないだろう。
 妹分の喜ぶ顔が目に見える様だ――と、揺籠は普段よりも少し軽めの足取りでアパートの階段を上がる。
 その音を聞きつけ、奥から二番目のドアが「ギギィ」と音を立てた。

「……揺籠の兄さん?」
 半開きになったドアの向こうから、聞き慣れた声が――いや、違う。
 似てはいるが、これは大人の声だ。
 いつもの様に下げた視線の先にあるのも、頭のてっぺんに渦巻く旋毛ではない。
 どーんとご立派なふたつの膨らみと、深く刻まれた谷間。
 暫くの間、無自覚にそれを凝視した揺籠は、はっと我に返った。
「すいやせん、どうやら部屋を間違えたみてぇで――」
「兄さん、なに寝ぼけたこと言ってんでさ?」
 その言葉に、揺籠は心の中で首を傾げる。
 はて、自分の事を知っている様な口ぶりだが……そう言えば、まだちゃんと顔を見ていなかった気がする。別にボインに気を取られていたわけではない。ない。
「お帰り……今日バイトって言ってやせんでしたっけ」
 かくりと首を傾げたその顔は――
「……紫苑、サン?」
 そう、それは紛れもなく秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)……ただし手足がすらりと伸びて、あちこち立派に成長した姿の。
「俺の顔に、なんか付いてンですかぃ?」
「いや、えっと、紫苑サンですよね?」
「決まってンでしょい、他の誰だってンですよ」
 鳥目が極まって明かりの下でも見えなくなったのかと、紫苑は揺籠の顔を覗き込む。
 その金色の目線は、揺籠と殆ど同じ高さだった。
 薄紫の長い髪は、見覚えのある紫苑のヘアピンで留められている。
 その位置も変わらないが、はて、こんなに小さな物だっただろうか。
「なんてェか、まあ……えれぇ別嬪になって……つい最近まで、こんくらいのサイズだった気がするんですがねぇ」
 揺籠は自分の腰の辺りに手をやってみる。
「いつの話してンですかぃ、兄さん」
 紫苑は照れた様な、嬉しそうな、それでいて少し寂しげな表情を浮かべ、僅かに頬を赤らめた。
「そんなの、もう10年も前の話でしょぉよ」
 正確には11年前。
 紫苑は今、花も恥じらう18の乙女だ。
「ああ、そうでしたっけねぇ。時が経つのは早ぇもんでさ」
 それにしては早すぎる気がしないでもないが、何故か納得してしまった。
「で、何です兄さん? こんな時間に女の部屋ぁ訪ねるなんざ、下心を疑うなってェのが無理な話ですぜ?」
 なにマセた口きいてんですかぃガキのくせに――と、普段なら軽くデコピンのひとつでも喰らわせるところだが。
 この状況では、紫苑の言い分が正しい事に疑いを挟む余地はない。
 揺籠は慌てて持っていた箱を突き出した。
「何ってコレですよ、こいつを届けに……チョコケーキ、好きだったでしょうに」
「兄さん、俺もいつまでも子供じゃねぇんで」
 何だか少し哀れむ様な目で、紫苑は揺籠を見る。
 おかしい、今朝までは子供だった気がするのに。
 いや、あれは夢だ。昔の夢を見ていたのだ。こちらが現実で間違いない。
「あーあー、昔はそれでイチコロだったんですがねぇ」
 それなら仕方ない、大人は大人らしくイルミネーションの見物にでも行こうか。
 まあ、要するに――
「デート行きますよデート」


 ――の、筈だったのに。
「あ、兄さん。ちょい父さんトコ寄ってっても良いですかねぃ?」
 特製のケーキを届けたいのだと紫苑に言われれば、揺籠が断る筈もない。
 並んで歩く道すがら、紫苑は父親であるオーレン・ダルドフ(jz0264)の事を楽しそうに語って聞かせた。
 その口ぶりや表情、しぐさの全てに「父さん大好き」なオーラが滲み出ているのも昔と変わらない。
「父さん甘いモンが駄目なんでさ。だから俺、いっしょけんめ研究したんですぜ?」
 何層にも重ねたライ麦パンの間にハムや卵のフィリングを挟み、周りをクリームチーズでコーティング、苺の代わりにプチトマトを乗せれば、クリスマスに相応しい華やかなケーキの完成だ。
 ダルドフは住まいをこの久遠ヶ原に移しながらも、未だに一人暮らしを続けている。
 復縁を躊躇うその煮え切らない態度に対し、娘としては尻を蹴飛ばしてやりたい気分ではあるが――きっと、蹴飛ばされても何だかんだと理由を付けて引き延ばすのだろう、あの人は。
「ま、仲は悪くねぇみたいですがね……モタモタしてっと、俺の方が先に嫁に行っちまいやすよってんだ。ねぇ、揺籠の兄さん?」
「えっ、あっ、そっ、そうかもしれやせんねぇ」
 慌てて目を逸らしたのは、いきなり話を振られたせいだ。
 突然振り向いた紫苑と目が合って、その横顔をじっと見つめていた事がバレてしまったからではない。断じてない。
 その様子を見て「にししっ」と笑う紫苑の表情は、昔と変わらない気がして――何だか、少し安心した。

「父さん、ちょっと兄さんと出かけてきやす」
 娘にそう告げられた時のダルドフときたら、それはもう今にも泣きながら殴りかかって来そうな勢いで。
 しかし無理もないだろう。
 父にしてみれば、どうにか無事に反抗期を乗り越え、これからまた仲良し親子としてイチャらぶ出来ると思ったら、ひょいと現れた泥棒に横から掻っ攫われる様なものだ。
 揺籠にも、その気持ちはわからないでもない。
 だから思わず言ってしまったのだ――ダルドフさんも一緒にどうですかぃ、と。
 折角のデートなのにと頬を膨らますかと思った紫苑も、何故かほっとした様な顔をしていた。
(やっぱりまだ、お父さんの方が良いんですかねぇ)
 そう思うと、少し寂しい様な……安心した様な。


 三人三様、微妙に複雑な思いを抱えながら、夜の町へと繰り出して行く。
「ピッカピカのキラッキラですぜー! 写真撮りやしょ、写真!」
 はしゃぐ紫苑を真ん中に挟んで、三人並んで歩く――のは通行の邪魔ですね、はい。
 揺籠はそっと一歩引いて、腕を組んで歩く親子を後ろから見守る。
 キラキラと輝く色とりどりのイルミネーションも、時折ちらりと見える紫苑の大人びた横顔も、どちらも眩しくて――思わず目を逸らしたくなるけれど。
 でも、ちゃんと見ておかないと、目に焼き付けておかないと、あっという間に消えてなくなってしまいそうな気もして。
 思い返してみれば、いつもそうだった。
 自分にとっては刹那にも等しい時間の中で、指先が触れる程度の関わりしか持つ事が出来ずに、取り残されていった日々。
 また、繰り返すのだろうか。
 昨日の今日で10年もの月日が流れた様に感じた。
 それと同じ様に、明日になったら追い付き、追い越されて――
「兄さん?」
 ふわりと振り向いた紫苑が、かくりと首を傾げる。
「何ぼーっとしてンですかぃ? どっかに美人でもいやしたか?」
 うりうりと肘で突っついて来る紫苑に、揺籠は真顔で答えてみた。
「ええ。美人なら、ここにいますね……ほら、俺の目の前に」
「なっ、なに言ってやんでぃっ、兄さんのドスケベ!」
 ぼすっ!
 耳まで赤くした紫苑は、父親仕込みの腹パン一撃。
「そ、そりゃないでしょ紫苑サン……っ」
 褒めたのに、精一杯に褒めたのに。
 照れ隠しにしては激烈すぎやしませんか、この仕打ちは。
「そォやって、今まで何人の女ァ泣かせて来たんですかぃ」
「ちょ、紫苑サン人聞きの悪い……!」
 って言うかお父さんの視線が怖いですガクブル。
「でも真面目な話、えらい綺麗な髪は昔から同じですかねぇ」
 揺籠は紫苑の肩に流れる髪を手に取って、イルミネーションの光にかざしてみる。
 この髪に櫛を入れてやったのも、つい今朝方の事だった気がするが――
「早ぇもんですね」
 小さく溜息をついた揺籠の手を、紫苑がぎゅっと握る。
 夢から逃げられてしまう前に、捕まえておきたくて。
 幼い頃と同じ様に、こうして手を繋いで――光の洪水に泳ぎ出す。
「歩きやしょ、兄さん」
 光よりも眩しい笑顔が、そこにあった。

 大事な人達と過ごす、幸福な時。
 それが長くは続かない事を、紫苑は知っている。
 時の流れが残酷な程に違う事を、知ってしまった。
 だからこそ、躊躇いが生まれる。
 ずっと傍にいてくれた兄貴分に対して、いつの間にか芽生えたこの想い。
 それを恋情の一言で縛っていいのかと。
 今とは違う関係が欲しくもあるけれど、変わってしまうのは怖い。
 それなら、いっそこのままで。
 けれど実を結ぶ事のない花は、どこか寂しくもあり――

 などと悩みつつも静かに咲き誇る花の乙女に、空気を読まない無粋な一言。
「こうして歩いてると恋人同士みたいじゃねぇです?」
「兄さんの、ばかったれ!」
 花の乙女は揺籠の手を振り解くと、父のもとへと一目散。
「父さん、行きやしょ!」
 その腕をとり、振り向いて――あっかんべぇー!
 色気も何もあったものではない。
 ついでに、娘を取り戻した父の嬉しそうに勝ち誇った顔ときたら!
「女の子って難しいでさ……」
 でもやっぱり、まだまだお子様だ。
 取り残された揺籠は苦笑いを漏らすと、揺籠は沿道に並ぶショップのウィンドウに目を向ける。
 イルミネーションに劣らぬ華やかさで飾り立てられたディスプレイの数々が、おいでおいでと手招きをしている様に見えた。
 髪飾りでも贈れば、機嫌を直してくれるだろうか。
「どれ、ちょいと奮発してみましょうかね」
 あの綺麗な髪を飾るに相応しい、凝った細工物でも――


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「……にーさん」

「どーめきのにーさん!」

 幼い声で呼ばれ、揺籠ははっと我に返った。
 気が付けば、そこはいつもの通い慣れたアパートの玄関先。
 目の前にいるのは――
「もぉ、なにぽやーっとしてんですかぃ、入るんなら早ぇとこ入っちまってくだせ、さみぃんですから!」
 いつも通りの紫苑。
 チョコレートケーキを喜んで受け取ってくれそうな、7歳の少女だ。

 すると、あれは夢か。
 それとも――聖夜の奇跡という奴か。
(奇跡なんて、信じちゃいませんけどねぇ)
 けれど……もしもこの先、本当にあんな未来があるのなら。
 楽しみに待ってみるのも悪くない。
「はい、紫苑サン。お土産ですよ」
 差し出された小さな箱に、少女は目を輝かせる。

 メリークリスマス。

 今は暫く、このままで。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8361/百目鬼 揺籠/迷える兄貴分】
【jb8416/秋野=桜蓮・紫苑/花の乙女】
【jz0264/オーレン・ダルドフ/泣き虫父さん】
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エリュシオン
2015年01月07日

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