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『My sweet Home 』
愛梨(gb5765)&ムーグ・リード(gc0402)


 青、そして白だけに塗りつぶされた飛行機の小さな窓に、茶色の濃淡が混じり始めた。
 愛梨は冷たいガラスに額をつけて目を凝らす。
 広い広い、何処までも続く大地。少しずつ高度が下がると、やがて木々の緑や川が見分けられるようになってきた。
 空を飛ぶ自前の翼を持たぬ人の自然な心境として、愛梨はその光景にどこか安堵を覚える。だがその安堵には鉛の様な重みが伴っていた。

 空港を出て乗り合いバスを乗り継ぐうちに、日は沈み、いつしか夜が訪れる。
 目的地でバスを降りた愛梨は大地を踏みしめた。それから宝石のように煌めく夜空一面の星を見上げる。
 埃を立ててバスが走り去った後も、愛梨は暫く動かなかった。
 いや、動けなかったのだ。
 見渡す限り広い天地は全てを包み込みながら、自分だけを拒絶しているように思う。
(――仕方が無かった)
 今選ばねばならないとしても、自分はあのときと同じ判断を下すだろう。
 だからと言って、赦されることではない。
 愛梨は祈る様に目を閉じる。

 ふと人の気配に気づいて、愛梨はそちらを見た。
 闇の中、明かりを掲げる背の高い男。ムーグ・リードの優しい眼差しが愛梨に向けられていた。
「ムーグ……」
「……オカエリ、ナサイ」
 穏やかな声も相変わらずだ。愛梨の胸に懐かしさがこみ上げる。
「そんな心配しなくても、ここで迷ったりなんかしないわよ!」
 そう言う愛梨の顔は笑っているようで、そして泣いているようでもあった。



 簡素だがしっかりした作りの家に入り、愛梨が大きく息をつく。
 ムーグは『お帰りなさい』と言ってくれた。ここは愛梨を迎え入れてくれる場所なのだと。
「もう子供達は眠ってる時間ね」
 荷物を下ろして上着を脱いだ愛梨は、もう普段の勝気な表情に戻っていた。
 ムーグは荷物を軽々と持ち上げて、愛梨の姿に目を細める。
「コンナ、に……大きク……なっテ?」
 長身のムーグが傍に立って見下ろすと、自然と視線は下へ向く。
 愛梨の頬がかっと蒸気した。
「大きくって……どこ見て言ってんのよバカー!」
「? 見タまま、デスが……何カ?」
 愛梨が上着を自分の腹に叩きつけるのを、不思議そうにムーグは見ている。
(分かってるけどね……!)
 同じ小隊に所属し、色々な作戦に参加した戦友。
 兄の様に慕い、尊敬している人。
 そして……。
「何カ、食べ……マセんカ? 食堂に、ドウゾ」
 ムーグの大きな掌が、労わる様に愛梨の背中に添えられた。
 その暖かさは涙が出る程に深く沁み渡る。
「そうね。久しぶりにムーグの手料理を頂くわ」
 愛梨は顔を上げ、真っ直ぐに背筋を伸ばして食堂へ向かう。

 荒野の夜は冷える。
 ムーグは愛梨の食事が終わる頃合いを見て、暖かなお茶を淹れた。芳しい香りが食堂に優しく広がっていく。
「……おいしい」
「良カッタ……デス」
 お茶を一口飲んで微笑む愛梨の前に、ムーグも座った。
 元々しっかりした少女だったが、暫くぶりに見る表情には責任や覚悟とでも呼ぶべき物が宿っていた。会う度にそれははっきりして来る。
 激しい戦いが終わった後、何をすべきか愛梨は随分と悩んでいたようだ。
 その結果見出したのは、まず学ぶこと。学びは道を拓いてくれる。
 そして自分が知ったことを、やはり未来を模索する子供達に伝える事だった。
 ムーグが故郷のアフリカに戻って孤児の為の学校を開いたことも、良い刺激になったのだろう。
 猛勉強の末に飛び級で進んだ大学で経営学を学びながら、愛梨は暇を見つけてはこの学校へと通ってくれている。
 ムーグにとっては愛梨は良き友人であり、大事な仲間だ。だから顔を見せてくれるだけでとても嬉しいのだ。

 が、やはり頼み事もある。
「コウイウ時、ニホン語デは……何と言ウのデシタカ? オウチにアル?」
 ムーグの言葉に一瞬、愛梨は怪訝な顔をした。だが直ぐに言わんとしていることを理解し、首を振る。
「惜しいわね。『お口に合う』よ」
「オクチに、アウ……デスか。ナルホド」
 コントの様だが、ムーグの鳶色の瞳は飽くまでも大真面目だ。
 誰よりも大事な想い人の為、いじらしい程に日本の事を知ろうとしているのである。
 愛梨はほんの少し肩を竦めると、足元に置いた鞄から何冊かの本を取りだした。
「仕方ないわね……! はい、お土産よ。子供達の本より重かったわ!」
「カタジケナイ」
 嬉しそうに本に手を伸ばすムーグに、愛梨が眉を吊り上げた。
「待って。どの本にそんなの書いてあったのよ!!」



 ムーグは日本の事を何でも知りたがった。言葉、習俗、文化、料理、その他色々。
 そして愛梨はその知識欲に応えようと、一生懸命だった。
「そうじゃなくて! ほら、こっちの本に書いてあるわ」
 昔と変わらない生真面目さに、ムーグは僅かに苦笑いを漏らす。
 もう少し肩の力を抜いて、落ちついて回りを見渡して生きることも時には大事ではないだろうか……などと思いながら。
「少し……頭ヲ整理、シタイでス。オ茶を……淹れナオシ、マス」
 一区切りついた所で、ムーグが切り出した。
「そうね。何も今日全部やってしまわなくてもいいんだわ」
 愛梨も思い切り伸びをする。

 お湯が沸くまでの間に、ムーグが続きの部屋から何かを抱えて戻ってきた。
「……メリー、クリスマス、デス」
「……?」
 愛梨が受け取ったのは籐で編んだ蓋付きの籠だった。開いてみると、中から出てきたのは沢山の手紙と沢山のプレゼントだった。
「これ……って……」
 画用紙にクレヨンで描かれた、大勢の子供の真ん中で笑っている黒髪の女の子は愛梨だ。小さなくす玉は、以前持ってきた折り紙で作ったもの。他にも綺麗な石を磨いて連ねたアクセサリーや、猛禽の尾羽とビーズで作ったお守りや、色々な物が入っていた。
 そして手紙に並ぶのは、一生懸命綴られた愛梨への感謝の言葉だった。

 愛梨は思わず唇を噛み締める。
 手紙を書き、プレゼントを用意する子供達の笑顔に、別の面影が重なった。
 それは、救えなかった子供達の顔。
 ……一日たりとも忘れた事などない。
 かつて英国のある大都市が危険に晒されたときのこと。愛梨達は危険極まりない強敵を、人口が少ないという理由でアフリカへ誘導した。
 同じ小隊にいるムーグのアフリカへの想いを知りながら、だ。
 その結果、被害は少なく抑えられた。だが皆無だったわけではない。
 苦しかった。
 如何に華々しい戦果であろうと、犠牲になった人々にとってそれが何になるだろう。
 なじられてもいいから、想いを吐きだして楽になりたかった。
 それをぶつけてしまったのは、きっと愛梨と同じように、いやそれ以上に苦しんでいただろうムーグだった。
 だがムーグはただ穏やかな瞳で愛梨を見つめ、苦悩する愛梨を優しく労わってくれたのだ。

 愛梨にとってここへ来ることは、贖罪の為でもある。
 いつか自分が深く関わったアフリカ、そして南米に学校を作ること。
 子供達が安心して暮らし、学び、友を作ることができるように。
 愛梨はようやく、生き残った者のやるべきことに辿りついた。
 失われた物は戻らないけれど、せめて残った物を慈しみ、未来へ繋げたいと。
 なのに今、逆に愛梨の方が力を貰っているではないか。



 愛梨の目に、子供達のつたない文字がぼやけて見えた。
「ふふ……ずいぶん上手に書けるようになったのね……」
 そう言った自分の声が余りに震えていたので、愛梨は慌てて取り繕う。
「でも、ここの綴り間違ってるわ! 明日からはしっかり頑張って貰わなくちゃ」
「ココでハ、サンタサン……のプレゼントガ、勉強デスネ」
 愛梨がふん、と鼻を鳴らした。
「当たり前よ!」
「……明日カラ、子供達モ、喜びマス、ね」
 ムーグの微笑みに、愛梨も釣られて目を細めた。
 ――この人にはやっぱり敵わない。

 子供達へのプレゼントは、未来を自分で切り開く為の鍵。
 愛梨へのプレゼントは、未来への自信。

 ムーグは、心を籠めて淹れたお茶を愛梨の前に置く。
 折れそうな細い身体で抱える荷物は、誰にも肩代わりはできないだろう。
 その姿は何処か、かつてこの地を捨てたことで悩み苦しんでいたムーグに似ていた。
 けれどアフリカの大地は、戻ってきたムーグと、共に生きる大事な人を、まとめてその腕に抱きとめてくれている。
 だから愛梨にも伝えたい。
 罪はいつか許される。
 自分も、子供達も、皆が愛梨に感謝し、必要としている。
 そして愛梨の夢が叶うよう、心から願っている。
 苦しみ足掻いて、それでも前に進んだ者には、必ず暖かな光が待っているのだから。

「あたし、もっともっと頑張るわ」
 お茶のカップを大事そうに掌に包み、愛梨が言った。
 けれどその言葉に悲壮感はない。
「ここに来て良かった。改めてそう思ったわ」
「ココ、は……アナタノ、故郷……デス。イツまでモ」
 優しい腕と穏やかな笑顔が、愛梨が帰ってくるのを待っている場所。
 疲れた翼を休め、また大きく羽ばたいて行けるように。

 ムーグの言葉はお茶に溶け、愛梨の胸の中に暖かく沁みとおって行くのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb5765 / 愛梨 / 女 / 贖罪の旅人】
【gc0402 / ムーグ・リード / 男 / 見守る瞳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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予告より遅くなりまして申し訳ありません。
クリスマスにやってきた生真面目なサンタさんのエピソードです。
改めて、日々の積み重ねの大切さを思いつつ。
平和な世界を作り上げるのは、壊すことよりも難しいのかもしれませんね。

この度のご依頼、誠に有難うございました。
snowCパーティノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2015年01月08日

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