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『永遠に在る光 』
スピネル・アッシュフィールドjb7168)&ウィル・アッシュフィールドjb3048

「さっきの七面鳥、おいしかったねー!」
 スピネル・クリムゾンは普段から元気の有り余る女の子ではあったが、今日はことさら上機嫌だった。上等のレストランでサーブを受けながら食べたディナーが彼女の予想を上回るおいしさであったことは、間違いなくその一因であろう。しかし最も大きな理由が、彼女の隣を歩くウィル・アッシュフィールドの存在であることは当然であって、疑いようもない。
「確かにあれは良かった。また行こう」
「あ、でも他にも行ってみたい店がたくさんあるんだっ。雑誌で特集やってたの!」
「計画を練らないとな……後でその雑誌を見せてくれ」
 次の機会にはどこへ行くか。そんなたわいもない話は友人同士でもする。違うのは、ふたりだけの約束であることと、常に表情が硬いはずのウィルの目元が優しいこと。そして指を絡めて繋がれた手。
 通りのスピーカーから流れるクリスマスソングに意識を向けた一瞬、ぴゅうっと風が吹いて、スピネルは思わず片目をつむる。
「風が出てきたか」
 ウィルは自分のコートの体裁を整えると、手をポケットに入れた。もちろん、繋いでいるスピネルの手ごと。そうして自然とふたりは寄り添うことになる。
 見上げるスピネル。30センチを超える身長差から、ヒールの高さを考慮してもほぼ真上を見る形になる。するとウィルも彼女を見ていて、気付いているのか微笑みを浮かべていた。こそばゆいながらも嬉しくなって、スピネルにも微笑みが伝染していく。
 じきに、人が集まる広場に出た。そこが明るいのは街灯のせいだけではなく、中央に設置された大きな樅の木がライトアップされているためでもあるようだ。ふたりのような恋人同士のほかに、友人同士、家族連れの姿もある。
「ねえねえ、ここで今イベントやってるんだよ〜」
 スピネルが指し示した方向にはひときわ賑やかな人だかりができていた。サンタクロースのコスチュームを纏った係員が、ツリー飾りをおひとり様ひとつ限りで配布している。光に照らされたツリーを自分で飾りつけできるとあって、受け取りに向かう人は絶える様子がない。
 ふたりも列に並び、ツリー飾りを受け取った。どんな飾りをもらえるかは基本的にランダムとなっているようだが、スピネルが係員に、ふたりとも赤い玉にしてほしいと要望した。
「どうしてこれを?」
「ツリーの飾りってね、ひとつずつ意味があるんだって。この玉はクーゲルって名前で、エデンのりんごを模してるらしいんだ〜」
 なるほど、そういえば聞いたことがある、とうなずくウィル。スピネルはウィルの死角で小さくガッツポーズをした。一緒に色々調べてくれた友人に、心の中でお礼を告げる。
 それからふたりは、周囲の人たちと同じように、用意されたテーブルに向かってサインペンのキャップを取った。近頃は短冊や飾りに願い事を書いてツリーにつるすことが増えているようだ。まるで七夕だが、ツリーを通して祈ることで、どんな願い事でも叶うような気がしてくるから不思議なもので。
 先に飾り始めたのはウィルだった。彼にしてはやや低めの位置にクーゲルをぶら下げる。続けてスピネルが、少し腕を伸ばすようにして、その隣にぶら下げた。
「ウィルちゃんは何て書いたの?」
「俺に聞く前に、自分はどうなんだ」
「え? あたし? あたしはね……えへへぇ。ひみつ、なんだよ?」
 くすくす笑うスピネルに、ウィルはふっと息をつく。
「それなら俺も秘密だ」
 自分たちのクーゲルに視線を戻すと、さくらんぼのように仲良く並んでいた。メタリックな表面が光を受けながら乱反射して、きらきらと眩しいくらいだ。
「……叶えば良いな、お互い」
「うん……そうだね」
 いったん離れていた手をもう一度繋ぐふたり。広場に隣接する教会から透き通るように重なった歌声が聞こえてきたのはそんな頃。歌詞を聞き取れば讃美歌だとわかった。神をたたえる歌。少し複雑な気もするが、今はその歌声に聞き惚れていたかった。
「行ってみるか」
「うん」
 周りを見れば、自分たちと同じように教会へ吸い込まれていく人たち。ふたりもそれに倣い、開け放たれた門の内側、大きな木製の扉へと進んだ。


 催しはちょうど始まったところだったようで、曲数こそ多くはなかったものの、歌い手も伴奏者も高い技術を持っていることがうかがえた。心のこもった歌に聞き惚れているうちにいつの間にやら大団円を迎えていたのが、残念なくらいだった。
 前の人に続いて扉から出ようとしたふたりに、籠を携えたシスターからリボンが手渡された。永遠の絆の祝福に、との言葉を授かりながら受け取ったウィルは、広場の時と同様にうなずき、そして微笑んでいた。実のところはリボンの配布も意味もスピネルが調査済みだったわけだが、どうやら察しがついてしまったらしい。
「結ぼう」
 人の少ないところを選ぶと、スピネルの返事を待たずに、ウィルはスピネルの手――左手をとった。リボンを薬指に巻きつけ、手の甲側でちょうちょ結びにする。
「これって……」
「永遠の絆なんだろ。ここが一番ふさわしい」
 なにこれ、あたしの胸がパンクしそうなんだけど。自身の指に結ばれていくリボンを凝視して、スピネルは頭の中で叫んだ。あまりのことに口が仕事をしてくれなかった。
 ふるふる震える彼女をよそにリボンを結び終わったウィルは、今度は自分の左手を差し出した。とん、と薬指を示されて、スピネルはウィルの顔を二度見する。それから、どうにか震えを収めた手で、ウィルの左手薬指にリボンを結びつけた。
 リボンのついたお互いの手を並べる。同じ指に、同じリボン。同じ時間を、同じ気持ちで過ごしている証だと思えた。
「……スピネル」
「なぁに?」
 呼ばれて見上げた彼女に、ウィルは咳払いをひとつして、こう述べた。
「その……よければ、なんだが……これから、俺の部屋に来ないか」
 そしてスピネルの頭上に雷が落ちた。ウィルが仏頂面で発した言葉は、彼女にとってそれくらいの衝撃を与えていた。
「……っ! いや、違う、違うんだ!」
 ひとり暮らしの彼の部屋に、クリスマスの夜に、初めてのお誘い。
 のぼせて真っ赤になって湯気を立てているスピネルを見て、ウィルも遅れて自らの言葉が意味しかねない事柄を察した。
「そういうことではなくて、何と言うか……ふたりに、なりたいんだ」
 レストランも広場も教会も、素晴らしい時間を過ごせた。問題があったわけではない。ふたりだけであるということに、ただ格別の意味があるというだけで。
 断る理由などスピネルにあろうはずもない。少し照れくさそうにしながら、承諾の意を伝えた。


「おじゃましまぁす」
「適当なところに座ってくれ」
 通されたのは、作りも家具類もシンプルな部屋だった。といっても殺風景ということではなく、ファブリックや最低限の小物が落ち着いた雰囲気を演出している。彼らしい、と笑みを零すスピネルだが、一方で彼と同じにおいのする部屋にどきどきする自分もいる。
 ベッドの脇に小ぶりのテーブルがあったので、スピネルはその前に腰を下ろした。上着を脱ぐ際、天板にちょっとした傷を見つけて、撫でてみる。
「どうかしたか?」
 マグカップをふたつ持ったウィルがすぐそばに立っていた。
「ウィルちゃんの部屋なんだなぁ、って思ってたとこ」
 疑問符を浮かべるウィル。そんな様子もずっと覚えていようと、スピネルはマグカップで指先を温めながら心に決めた。
 部屋の中が薄暗い、いや薄明るいのは、電気を消したままだからだ。ベランダに面した大きな窓からは、曇りなく夜を照らす月と星々の光が差し込んでいる。数センチと離れていない距離なら、お互いの瞳の色すら判別できるほどの。
「……こうしていると、暖かいな」
 ウィルの囁きは吐息とともにスピネルの耳元へ。いまや彼女の身体はウィルの膝の上だった。背中から抱き締められウィルの体温を感じながら、それでもなお一層感じたいと、スピネルは彼に身を預ける。
 体温だけでは足りなくて、声も聞いていたくて我慢できなかった。話すこと、話したいことならいくらでもある。それはウィルも同じで、普段は口数の少ない彼がいつになく饒舌だった。
 知り合った時のこと、ただの友達だった期間、意識した瞬間。ひとつだけ、一歩踏み出せずにいた苦い時間のその理由だけは、互いに話せないでいるけれど。
「ねえ、ウィルちゃん」
 やや掠れた声でスピネルは愛しい人の名前を呼んだ。
「……ん」
 ウィルが肩口から覗き込むようにして耳を寄せる。
 と、頬に、やわらかい感触が触れた、ような気がした。
「……」
 一瞬動きを止めた後で、ウィルは改めてスピネルの顔を覗き込もうとした、が、拒まれた。彼の腕を抱くようにして、彼からの視線を遮っている。
「……記念、っていうには物足りないかもしれないけど」
 代わりにか細い声がスピネルの行動を物語り、ウィルも応えて強く抱き寄せた。


 互いの命が刻む時間には大きな差異があることは、わかっている。
 だからふたりは、これからのこともたくさん語り合った。一緒に辿りたい道筋、共に過ごす時の過ごし方を。慕う相手がそのことで負担を感じないよう、永遠に側に在れるよう。
 ふたりがクーゲルとリボンに込めた願いは、強い想いを受けて、淡いながらも確かな光を放っていた。



 ――ウィルちゃんの幸せが1秒でも長く続きますように。

 ――スピネルの笑顔が曇る事のないように。





━DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━

●絆で結ばれたふたり

jb7168 スピネル・クリムゾン(16歳・女・アカシックレコーダー:タイプA・天使)
jb3048 ウィル・アッシュフィールド(21歳・男・阿修羅・人間)
snowCパーティノベル -
言の羽 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月09日

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