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『ゲレンデ+αの魔法 』
猫野・宮子ja0024)&ALjb4583



 寒いけれど楽しいのはなぜだろう。風を切って滑るからか、シュプールを描く芸術的観点からか、それとも無事に下まで到着した瞬間の達成感?
「ん、比較的天気もいいしよかったね♪ 一杯滑ろうねー♪」
 そういったすべてのことは、ALにはどうでもよかった。部活の先輩であり部長様である猫野・宮子が楽しめているのなら、それは彼も楽しめているということとイコールであるのだから。
「ケガにだけはお気をつけくださいね、宮子様」
 ゴーグルを装着しながら念のための注意事項を告げると、
「はーい♪」
 と満面の笑みで返事がきた。ああ可愛い人だなあ、と頬を緩めるも、次の瞬間にはそんな自分を戒めて後を追う。
 宮子のほうはというと、待つふりをしながら、スキーウェア姿のALにちょっと見惚れている。ゲレンデでは魔法がかかるとよく言うが、見慣れない服装に雪からの反射光がきらきらとして、要するにカッコいい。
(はっ!? ダメダメ、こういう油断がケガにつながるんだから。ALくんに迷惑をかけるわけにはいかないもの!)
 頭を左右にぷるぷる振って、邪な考えを吹き飛ばす。そうこうしているうちにALが追いついてきて、ふたりは仲良くリフト乗り場に向かったのであった。

 大体2時間ほど経っただろうか。何度目かのリフトを降りて景色を楽しんでいたところで、宮子はなんとなく疲れを覚えた。休憩はちゃんと挟んでいたのにと思いながらも、原因はわかりきっている。
 はしゃぎすぎたのだ。
 ふたりで遊びに出かけること自体は少なくないのに。非日常を演出するゲレンデが悪い。
「はふぅ……」
「どうされましたか、宮子様。お疲れですか?」
 ゴーグルの曇りを拭き取っているAL。そんな姿すらも宮子には輝いて見えている。
「ALくん、そろそろ降りようか? ロッジであったかいものでも飲もうよ」
「はい、そうしましょう」
 あったかくて甘いココアを、ベンチにふたり寄り添って――なんてイイかもしれない。ひとり一体ずつ、小さな雪だるまを作って並べてみたり――。
 どちらの妄想なのか、ふたりそろって頬が紅潮しているので判断がつかない。その紅潮すらも雪のせいなのかもしれないが。
 と、そんなふたりの上に影が差した。比喩ではなく、物理的に。
「あれ。何か天気が……」
 先ほどまで照っていた太陽が雲に覆われ、光を遮られていた。黒い雲だ。その出所をよく見てみれば、もくもくとさらに黒い雲が立ち上っている気がする。
 ふたりは顔を見合わせた。互いにうなずくと、ゴーグルをセットし、ロッジ目指して発進した。



 山の天気は変わりやすい、とはよく言ったもので。あっという間に数メートル先もかすむほどの吹雪が猛威を振るうようになった。
 せめてあの時いたのが上級者コースでさえなければ――多少視界が悪くてもコースから外れるなんてことにはならなかっただろうに。
「残念ですが宮子様。ボクたちは遭難したようです……」
 つまるところ平たく言えば、そういうことだった。
「吹雪で前が見えないよー」
「この天候、しばらくは回復しそうもありませんね」
 本来、雪山はとても危険を伴う場所。コース外を視界不良のまま動き回るなど、その危険に自ら飛び込むようなものだ。かといって吹雪に晒され続けていては、体力が奪われる一方になってしまう。はぐれないように手をつなぎ、ALが先導して吹雪をしのげる場所を探す。
 時間の感覚もよくわからなくなっていたが、やがて大きな影が見えてきた。何とか近づいてみると、洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「一先ずはあそこへ」
 渡りに舟とはこのことだ。静かに様子をうかがい獣の住処ではないことを確認してから、洞窟に飛び込んだ。
 洞窟の中には、当然だが灯りも毛布もない。しかし吹雪を全身に受け続けることに比べれば天国にいるようなもの。ほっと息をつきながらむき出しの地面に腰を下ろすと、ふたりの体をウェア越しながらもくっつけて、せめてもの暖をとる。
 先に気づいたのは、奥側に座っていた宮子だった。
「何か奥が温かいような?」
 手袋を外した手を奥に向けて伸ばしてみる。今度は入口に向けて。それから奥にもう一回。やっぱり奥の方が温かい。
 温かいほうがいいに決まっているので、ふたりはすぐに立ち上がった。奥に進めば進むほど温かくなり、そして湯気のようなものが漂い始めた。鼻腔をくすぐる硫黄の香りに「まさか」と回答を思い浮かべた時、答え合わせの瞬間が訪れた。
「これって温泉!?」
 いわゆる岩風呂の体をなしているそれは、あまり大きくはなかった。大人が4人も入れば満員だろう。足を伸ばしたければ2人がせいぜいか。
 試しにALが手を入れてみると、いい湯加減だった。
「身体も冷えちゃってるし入ろうか……?」
「え、入るのですか?」
 隣では宮子が白く濁るお湯に目を奪われていて、ALは驚きを隠せなかった。冷えた体を温めたい、その気持ちはよくわかる。しかしタオルすらない今の状況では、身体を隠すこともままならないのに。
 足湯ではダメかと尋ねても、よい返事は得られなかった。体の芯まで温まりたいらしい。
 仕方ない。ALはため息をついた。
「ではボクはあちらにいますので、何かありましたら呼んでください」
 それ以外に方法はない。だが宮子はきょとんとした。
「入らないの? ALくんだって体が冷えてるんだから、とにかく温まらなきゃ」
 一緒に入ろうと言われた。ALが目を丸くしたのも無理はない。
「いえ、それはさすがに……」
 これが戸惑わずにいられようか。護るべき対象、しかも異性だ、その柔肌と共に湯に浸かるなどあってなるものか。
「……あ、ALくんとなら大丈夫だからっ。ほら、今は非常事態なんだし!」
 一歩も引きさがらない宮子の瞳はとても純粋な色をしていた。万が一にも間違いが起こることなど微塵も考えていないようだ。
 これ以上の固辞は、逆に礼を失することになりかねないと、ALも心を決めた。
「わかりました。それでは僕も」
 宮子は満足げにうなずくと、ととととっと小走りで距離を取る。背中を向けたままで立ち止まったと思ったら、ファスナーをおろす音が聞こえてきた。
 あわてて半回転したALの頬は朱に染まっていた。
(そう、とにかく体を温めないことには生命の危機ですからね。仕方ないことなんですよこれは。うん、仕方ない)
 自分に繰り返し言い聞かせて、緊張で強張る体をどうにか再起動する。そしてウェアを脱ぎ始めた。



「ふぅ、気持ちいい……」
 適温の湯が冷えた身体をじんわりと癒していくのがわかる。とろみがあるので少しだけ重さに似た感覚はあるが、それも含めてこの気持ちよさに繋がっているのだろう。
「本当に気持ちいいですね、宮子様」
「入ってよかったねー」
 背中合わせでも、狭さのせいというか、おかげというか、相手を感じられる。
 ちゃぽん……
 ちゃぷん……
 湯の揺れる音が洞窟内で反響して耳に届く。それは相手の動きを連想させ想像させて、自身の脈動をさらに自覚させるための後押しをする。
 自分で決めたこととはいえ、感情は簡単に従ってはくれない。手を伸ばせば届く距離に、生まれたままの姿のあの人がいるなんて。自分は相手にとってこの状態を許容できるほどの存在なのだと嬉しくなる反面、今更ながら照れくささと恥ずかしさがこみ上げてくる。
 宮子は顔を覆いたくなった。耐え切れなくなったわけだが、耐え続けなければならない。なぜなら、音を出さないために。
 一方で、ALは逆に原動力としたようだった。ALが膝を立て、振り向けば、なだらかな白い肩が。
「ひゃ!? あ、ALくん!?」
「宮子様、随分と冷えてますね……僕が身を以て御守致します」
 ALは自らの胸元を宮子の背中にぴたりと合わせていた。それはまるで抱きつくように、けれど恋人同士がするような肩に腕を回すという領域は侵さずに、そっと添える程度で。
「吹雪が収まるまでの辛抱です」
 声の調子で、宮子にはわかる。ALは微笑んでいる。しかし見えないし、見るために振り返る余裕もない。
 いっそきつく抱きしめてくれたなら――宮子は思考力をかき集めて思った。そうしたら、自分もきっと、一歩を踏み出せるのに。
(違う。ALくんは先に踏み出してくれてるんだもん。ボクも意思表示しないといけないんだ)
 関係性を変えるには、お互いの気持ちが何より重要だから。
(お湯より、あったかい……)
 じんわり伝わる、想いの強さ。自分の中にある想いと、ALからの想いと。
「……ALくん。手、貸して?」
「あ、はい。どうぞ」
 ALは言われた通りに利き手を、宮子が背を向けたままでも見える位置に伸ばした。宮子はその手をとると自らの肩に、抱くように巻きつけた。
「宮子様!?」
 とっさに手を引こうとしたALだったが、宮子が握りしめていたのでうまくいかなかった。さすがのALもこれには焦った。だが宮子の肩が小さく震えているのに気がついて、息をのんだ。
 岐路だ。もう片方の手を肩に回すか否か。それで決まる。
 迷っている時間はない。他の選択肢も考えられない。ALの手がゆっくりと動き出す。

「おーい! 奥に誰かいますかー!?」

 突如として洞窟の入口から飛んできた声に、ふたりは反射的に距離をとった。その際に飛び散った湯の音が聞こえたのだろう、足音が近づいてくる。捜索隊が出たのか。
 ああ、これでまたお預けだ。ため息をついたのは宮子かALか。それとも、ふたりともだったろうか。次のきっかけを待とう。次の機会にこそ、きっと。



━DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━

●今回の参加者

ja0024 猫野・宮子(14歳・女・アカシックレコーダー:タイプB・人間)
jb4583 AL(13歳・男・ダアト・悪魔)
snowCパーティノベル -
言の羽 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月16日

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