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『restart 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)

 潮風が頬を擽った。
 マサチューセッツ州、ケープコッド。
 玄関口の港町からは少し離れた距離に位置する、海を一望できる小高い丘の上に、その墓地があった。
 綺麗に整理された芝生を足元に、その地を訪れたのはクレイグだ。
 片手に白い花束を持ち、奥を進む。
 妙に晴れやかな気持ちで、彼はこの地にいた。
 あの爆弾事件から一夜明けての事である。
「……父さん、母さん、久しぶり。終わったよ、やっと」
 一つの墓石の前に花束を置いた後、クレイグは静かにそう告げた。
 彼の両親が眠っている場所であった。
 自分の中での、決着。
 時間を掛けてしまったが、ようやく片付けることが出来た事件を報告するために彼は此処に来たのだ。
 そして彼は墓石の前でゆっくりと膝を折り、浅く笑った。
「遅くなってごめん。……俺はこの通り、元気でやってる。最初は辛かったけど、もう大丈夫だからさ」
 クレイグの声音は穏やかであった。
 毎年、両親の命日には必ず訪れてはいたが、今の気持ちのようには立てていなかったように思う。
 今まではただひたすらに、静かな復讐心を心の奥に住まわせていた。
 それが終わってしまえば、自分はただの抜け殻になるだろう。そんな事を漠然とイメージもしていたが、現実は違った。
「あのさ、俺な。今、すげぇ大事な奴がいるんだ。俺の一生をかけても守りたいって思ってる。そいつの存在が、俺の生きる証なんだ。……って言っても、二人にはもうバレてるかな。見てくれてただろ、天に昇った後も」
 クレイグは言葉を続けた。
 傍から見れば独り言だが、彼は両親に向かって話しかけているのだ。
 そして彼の目には、息子の報告を嬉しそうに聞いてくれている両親の姿が見えている。
「俺はこれからも、あいつの為に生きていくよ」
 彼はそれを決意の言葉を締めとして、また微笑った。そして静かに立ち上がって「また来る」と言い残して踵を返す。
 少年の背中から大人のそれへ。
 逞しく育った息子の姿を笑顔で見送るのは、やはりクレイグの両親であった。



「……はぁ」
 フェイトの口から重々しいため息が漏れた。
 手元にあるのは黒のバッグである。開かれたファスナーの向こうには数着の衣服と小物があり、彼はその場で整理をしているようであった。
 現在地は病院で、フェイトは個室内にいる。
 事件の間、数日間ここで世話になっていた。タイムジャンプを行っていた為に動くことが出来ず、三日間寝たきりであったのだ。
 意識が戻って直後、彼は現場に戻ってクレイグの補佐をした。消耗しきっていた身体のままで新たな能力を使ったために、疲労感が抜けきらずに大事を取って、もう一泊をここで過ごしたのである。
 これから病院を出る。クレイグが迎えにきてくれると約束しているので彼を待っている状態なのだが、フェイトの表情は浮かないままであった。
 コン、と短いノックが響く。
 それにゆっくりと振り返れば、入り口に立つのはクレイグだ。
「どうした、まだ具合悪いか?」
 彼はそう言いながら一歩を進んできた。
 フェイトはそれを黙って受け入れて、ゆるく首を振る。
「俺が居ない間に何かあったか?」
「……そうじゃなくてさ……これからどうしようって。ほら、昨日の爆発……俺の住むエリアだっただろ」
「あれ、もしかしてアパート巻き込まれたのか?」
 クレイグからの改めての質問に、フェイトはこくりと頷いてみせた。彼の住んでいたアパートメントは例の連続爆破事件に偶然にも巻き込まれてしまい、焼失してしまったらしい。
 幸い、大切なものはIO2本部に預けてあったのでその辺の問題は無いのだが、やはり居住スペースが失われるというのは大きなダメージであり、肩を落とすのも無理も無いことであった。
「新しい部屋は本部から斡旋してもらえるらしいんだけどさ……」
「――だったら、同棲するか?」
「は!?」
 頭上で聞こえたそんな言葉に、フェイトは瞠目しながら顔を上げた。
 目の前のクレイグはいつもどおりの表情で、当たり前のことを提案したと言わんばかりだ。
「表向きな言葉が必要なら、『ルームシェア』でもいいけどな」
「クレイ、本気で言ってるの?」
 尚も続くクレイグの言葉に、フェイトはそう問い返した。
 返事は聞かなくても想像は出来たが、それでも確認はしたかったようだ。
「困ってるんだろ。……いいからここは頷いておけよ」
 クレイグは目を細めつつ、フェイトの頬に指を置いてそう言った。
 冗談の類ではないようである。
「……まぁ、ありがたいけど……その、あくまでも、『同居』だからね?」
「そうだな」
 フェイトの言葉に、クレイグは小さく笑いながら短い返事をして、額に唇を寄せてきた。
 前髪越しではあったが、久しぶりの触れ合いに心が跳ねる。いつものクレイグのスキンシップに変わりはないが、やけに意識してしまうのは何故だろうか。
「…………」
 フェイトは黙ったままでクレイグを見上げた。
 その頬はやはり少しだけ赤い。
 クレイグは間近でそんな彼の様子を目にして、また浅く笑った。
「何にも変わらねぇよ。俺も何もしないから」
「……うん」
 そんな言葉を交わして、数秒後。
 クレイグはフェイトを抱き寄せて体温を確かめてくる。
 彼の『何もしない』の言葉は、こうした触れ合いには該当しない。フェイトもそれを分かっているので、拒絶はしなかった。
 フェイトは彼の腕の中に素直に収まりつつ、考える。
 ――クレイグの部屋に身を寄せる。生活を共にする。つまりは『同居』であり『同棲』でもあるのだと心で改めて呟くと、動悸が早くなっていくのを感じて、彼はぎゅっと目を閉じた。
 
 買い物カートに、冷凍グリーンピースの袋とジャガイモ、玉ねぎ、鶏肉などがポイポイと入れられる。
 後は大きな瓶に入ったジャムとシリアルの箱が数個。
 黙ってそれを見ながらカートを押す係となっていたフェイトは、どんどん埋まっていくスペースに少し驚きながら、隣のクレイグを見上げた。
「お、そうだ。お前エビ好きだったよな」
「あ、うん……」
 クレイグは思いついたようにして鮮魚コーナーに足を運んでエビと白身魚、イカなどを見繕い始めた。
「俺、生じゃ食べられないけど……」
「フライ用だよ、俺も生は苦手だ」
 彼はそう言いながらカートの端を掴んで、自分へと寄せてまたその中に選んだパックを入れていく。
「随分買うんだね」
「まぁ、三日戻ってねぇしな。帰ったら冷蔵庫の中入れ替えるし、明日の朝食の分もあるだろ」
「三日……」
 クレイグの言葉に、フェイトは弾かれたようにして瞠目した。
 自分が時空を渡り過去に行っていた間、彼は自分の部屋に戻ってはいなかったのだと気づいたのだ。
「……そう言えば、ずっとそばに居てくれたんだってね」
「当たり前だろ」
 自分の手のひらに視線を落としながら、フェイトはそう言った。
 するとクレイグは缶詰を手にしつつ遅れずの返事をくれる。
 何となくだが、手を握られていた感覚が残っている気がした。彼の優しさは、時間がどれだけ過ぎようと変わりはない。
 そうこうしているうちに、カートの半分ほどが食品で埋まった。
 日持ちのする缶詰、スパムなどはこちらではよく見かける食品の一つだ。スパイシーや燻製タイプなど、様々な種類がある。クレイグはそれらの中から減塩タイプを手にしていて、バランスなど計算しているのだろうと思った。
「後はパンとヨーグルトだな」
 彼はそう言ってこの場での買い物を終えた。
 パンとヨーグルトには拘りがあるらしく、購入する店も別のようだ。
 それから彼はアパートに帰るまでの道のりの案内を、フェイトに詳しく教えてくれた。パン屋、乳製品とチーズの店、花屋から雑貨、向かいのコーヒーショップまでと、行く先々で声をかけられ相変わらず彼は顔が広い。
「どこでも人気者なんだね、クレイ」
「特に意識してるわけじゃねぇんだけどな。話す相手が笑顔だったら、嬉しいだろ」
「……そっか、そうだね」
 クレイグのその返事を聞いて、フェイトは自分の心まで暖かくなっていくような気がした。
 最初の言葉には少しの嫉妬もあったが、それすらも掻き消されている。
 そしてやはり彼は凄いと思った。
 別け隔てなく人に優しくするという行為は、決して楽なことでも簡単なことでもない。
 それでもクレイグという人間は、自然体でそれを成し遂げている。
 自分には全部は真似できないことだが、少しでも手本に出来たらとフェイトは心の奥でひっそりと思った。
「ユウタ。お前は俺だけに優しくしてくれ」
「……っ、なに、言ってんの」
 クレイグが身を寄せてボソリとそんな事を言ってきた。
 心を読まれたのかと焦りつつ頬を染めて返事をすれば、彼は悪戯っぽく笑みを作ってぺろりと舌まで見せている。
 彼はどこまで対人を『視て』いるのだろう。そんな考えすら過ってしまう。
 きっと、何故かと問いかければ彼は――。
「お前限定だよ」
 フェイトにだけ聞こえる声を耳元に、当たり前のように降ろしてくるクレイグ。
 そんな彼のシャツを軽く引っ張り、フェイトは己のつま先に僅かの力を入れて触れるだけのキスをした。
 フェイトなりの照れ隠しであった。

「どうした、入れよ」
「う、うん……」
 フェイトがクレイグの部屋の入口で、足を止めた。
 これが初めてではないと言うのに、何故か緊張する。
 自分も今日からここの住人だと改めて感じたことに対してなのか、それともクレイグの言った『同棲』という言葉が根強く心に残っているせいなのか。
 今のフェイトには判断がつかなかった。
「今日からお前の家でもあるんだぞ。前に渡した鍵も使っていいし、出入りは自由だからな?」
「……うん」
 クレイグが紙袋を置いてから戻ってきて、フェイトの背中をぽんと押す。
 それを合図にして、フェイトは一歩を踏み出した。思わず「お邪魔します」と言いそうになり、ぐ、と抑えつつの入室であった。
 クレイグはそんなフェイトの行動を見ながら小さく、そして満足気に笑いつつドアを閉めた。
「そのまま座ってろよ。すぐ飯作るから」
「あ、手伝うよ」
「じゃあ、頼むかな。ついでにキッチン内に置いてるモンとかそう言うの、教えとくな」
「うん」
 それから二人は並んでキッチンに立ち、夕食の準備に取り掛かった。
 クレイグは得意の腕を振るって少し豪華な料理を作り、フェイトはその手並みを感心しつつテーブルに皿を並べたり、サラダを盛り付けたりという役目を担った。
 それから調味料の置き場所や、戸棚の中の食器の確認などを一通りして、二人は向い合って座り食事を採った。
 何気ない会話をいくつかして揃って笑い合い、フェイトは自然とリラックスしていく。
 食後はいつものソファに座り、テレビを見たりして数時間を過ごし、就寝の時間を迎えた。
「……やっぱり一緒に寝るんだよね」
「何、今更なこと言ってんだ。ほら、寝るぞー」
 大きなベッドを前にして、フェイトがまたもや踏み止まってしまった。
 クレイグは苦笑しつつそう言って、彼を促してやる。
 生活に必要な衣服などは明日以降に買いに行こうという話しになっているので、今日はクレイグのルームウェアを着て、フェイトはのそりとベッドに乗った。
「やっぱ少しデカいか」
「う、うん、そうだね」
 少しどころか全体的に大きなクレイグの服。
 袖口も折らないと手が出ない状態で、クレイグの目から見ればとてもかわいい姿になっているのだが、敢えてそれは言葉にせずに自分の記憶に留めておこうと彼はこっそり思った。
 そして、フェイトが完全にベッドに体をあずけるのを確認してから、彼はサイドテーブルの上の電気の紐を引っ張り、灯りを落とした。
「…………」
 フェイトはそんな彼の仕草を見て、タイムジャンプで猫になったことをふと思い出した。
 あの時もクレイグの隣にいて、完全に自分の体が収まるまで待ってくれてから灯りを消す彼がいた。
 そう言えばあの時の黒猫は、今はどうしているのだろう。
 そこまで考えが行き着いたが、さすがにクレイグに聞くことは出来ずに口ごもる。
「……そう言えばさ、俺、昔猫飼ってたんだよ、黒猫」
「!」
 フェイトの肩が軽く震えた。
 ゆっくりと顔を上げると、僅かにだがクレイグの顔の輪郭が視界に入り、思わず手が伸びる。
 するとクレイグはフェイトの手を静かにとって、唇を寄せた。
「その猫な、お前と同じ目の色だったんだよ。すげぇ綺麗な碧色。ある日突然、俺の目の前に現れてさ、野良で真っ黒な猫ってだけでも珍しいだろ。だから連れて帰ったんだ」
「……そう、なんだ」
 フェイトはそんなおかしな返事しか出来なかった。
 クレイグが話をしている猫は、他の誰でもない自分であるために余計に緊張のような心境なのかもしれない。
 別段、真実が知られても問題は無いはずなのだが、それでも自分からは言い出せずにいる。
「――俺が一番辛かった時に、そばに居てくれたな」
 湿ったような声音で、そう言われた。
 その響きでフェイトは、その時の黒猫が自分であったことはクレイグは知っているのだと確信して、唇を開く。
「俺は、少しはクレイの心を救えてた?」
「十分過ぎるくらい、救われてたぜ。……ありがとうな」
「良かった」
 キシリとベッドが軋む音がした。
 クレイグがフェイトへと身体を少しだけ傾けてきたのだ。
 そして彼は手を握ったままのフェイトを更に引き寄せて、キスをする。
 優しく重ねるだけのそれをフェイトも素直に受け止め、うっすらと瞳を閉じた。
 すると、呼応するように睡魔がゆるゆると訪れ、思考が緩慢となっていく。
「クレイ、……猫は……?」
「IO2に入る前に友達に預けたっきりだ。元気でいるらしいぜ。今度一緒に会いに行くか」
「うん……」
 そこまでの会話をすると、クレイグが「もう休んどけ」と耳元で優しく告げてくれた。
 フェイトはそれに甘えるようにして、睡魔に身を任せる。
 それから数分も立たないうちに、彼は穏やかな寝息を立て始めた。
 クレイグはそんなフェイトの呼吸をきちんと確かめてから、口元に笑みを浮かべつつ自分も瞳を閉じるのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2015年01月19日

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