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『宵待草が雪に咲く 』
鍔崎 美薙ja0028

 それは記録的な大雪だった。夜明けに掛けて雨が降ると言われていたが、未だ雪はそのかたちを保って深々と降り続けている。窓を叩く雪の音で目覚めた鍔崎 美薙(ja0028)は、何とはなしに自宅――神社の庭先へと足を伸ばした。御座なりに防寒具を身に着けて、ゆっくりと向かう。
(そう、ほんの小さな興味。どれくらい積もったのだろう、明日の掃除は骨が折れるのだろう、なんて。)
 微睡みから覚醒したばかりの意識の枝葉が伸び、降り続ける雪、夜半、誰もいない筈の神社の境内、予想以上に積もる真白の冷気、それらに視線が渡って、そうして美薙は気付く。
 ――ひとりの男が立っていた。黒いコートに、金の髪。
 その姿に美薙は見覚えが在った。
「アベル?」
「――やあ」
 音を出していたのかも判らない、半ば呟くような声音だったのにも関わらず、金髪の男アベル(jz0254)は振り向き普段通りの浅い笑みを浮かべた。
 救済を謳うヴァニタス、アベル。
 この場に彼がいる訳がなかった。救済というステージの上でもなく、かの冥魔の催す茶会の場でもない。
「これは夢かのぅ、おぬしがこんな所にいる筈はないのじゃから」
 夢か現かも曖昧な場所で、美薙はアベルと出逢った。
 凍てついた辺りとは反して、穏やかな雰囲気だった。美薙の言葉を否定するでも肯定するでもなく、アベルは表情を崩さない。そうして、ちらちらと小降りになって来た雪を見上げて白い息を吐いた。
 付かず離れずの位置まで歩み寄った美薙は、真っ直ぐとアベルを見詰めながら言う。
「夢だとしても折角逢えたのじゃ。少し話さぬか?」
「……」
 堂々と、恐れることなく進言した美薙は笑んでいた。その表情を見たアベルの、無言に滲む肯定。普段であれば肌で感じる拒絶に似たなにかを、いま覚えることは無かった。
 他愛の無い話で良かった。本当に、何気ない話で良い。ただこのひとときを共有する為の、世間話。
 ――たとえば、新年の準備をすること。
 ――それから、愛用の薙刀のこと。
 ――ほかには、おでんに大根は正義なこと。
 ――そうして、再放送中の時代劇のこと。
 美薙が特にこれといった指針もなく提示する話題に、アベルは頷いたり興味を持ったりと、適度に花を咲かせた。
 初詣のくだりについては、美薙が驚く程話に食いついたくらいだ。機会が有れば行ってみたい――なんて洩らしたのは、恐らく本音。
 そしてアベルもまた、美薙にならって他愛の無い話をした。
 お互いに、何の益にもならず、毒にもならない話を連ね合っていた。
 敵だから、どうだから、といったことではない。警戒しての牽制なんて以ての外。
 ただ、今だからこそ出来る話をしたかった。
 降り積もった雪が随分と冷たかった。真白のヴェールがかけられた辺りはまるで別世界になってしまったような錯覚を生んで、少しだけ怖ろしかった。だから、美薙は自然とアベルに声を掛けていた。
「……随分積もったのぅ」
 感慨深げに言う彼女の声にどこか躊躇いが滲んで、アベルはそれに気付くと僅かに顔を上げた。
 ――本当は、美薙は独りきりで耐えるつもりだった。
 けれど、アベルが居た。だから、くしゃりと表情を崩して目を伏せる。
「雪は好きか?」
「嫌いじゃあない」
「そうか……実の所、あたしは独りで見るのは少しだけ苦手じゃ」
 雪が苦手な理由。
 雪で思い起こす思い出。
 雪の白さに呑まれて痛む胸。
「……昇華をしている最中、じゃからのぅ」
 ぽつぽつと語り出す美薙の横顔を、アベルは静かに見詰めていた。
 慰めるでもない。宥めるでも、窘めるでもない。ただ静かに聴いているだけ。
 それは美薙にとって存外心地の良いものだった。うわべだけの労わりの言葉は必要ない。上澄みを撫でるのみの優しさは傷を増やすだけだ。
(――思い出すのは、孤独に彷徨ったあの頃。随分昔に受け入れた痛み。けれど、音すら呑み込む真白な世界は、綺麗で淋しい。)
 あの時の選択が正しいかどうか、今の美薙には判らない。きっと、一生判ることはないだろう。そして、答えだって存在しない。選ばれなかった道は閉ざされ、選んだ道のみがこの先も伸びていく。それが生きるということ。
 昇華するまで悩み続ける。痛み続ける。それを理解しているからこそ、夢を見ることも諦めないでいる。
「じゃから、ちと手を貸せアベルよ」
「何だい」
 断られても構わなかった。美薙は笑みを刷いて、こんもりと積もった雪を掬って丸く形を作る。
「雪遊び?」
「そうじゃ。新しい思い出……雪だるま作り!」
 真夜中、はぐれてもいない冥魔と撃退士が二人きり。奇妙な組み合わせで、奇妙なことを提案したと美薙は思う。けれど、アベルはその誘いに乗った。彼女の作った雪玉を無碍にせず、雪だるまの片割れを作り始める。
「雪遊びなんていつ振りだろう」
「何じゃ、おぬしも雪遊びの経験があるのかっ」
「御想像にお任せ」
 アベルの言葉に、深追いはしない。彼の過去には触れない。
 そもそも夢であれば彼が口を開くわけもなかった。何故なら美薙はそれを知らない。
 けれど、美薙は触れようとは思わなかった。壊れ物より崩れ易い、不思議な均衡を保つこの瞬間を乱してしまいそうで――自らの手で砕いてしまいそうで、それがいやだったのだ。
 ただ穏やかな時を過ごす。手は冷えて凍むけれど、冗談を交わしながら二人で興じる雪遊びは、悪くない。
 笑いながら徐々に大きくなり始めた雪玉を転がす美薙を尻目に、地道な作業で玉に雪を盛っていくアベルは淡々と言った。
「別に、いつだって無理する必要なんて無いんだ」
「む?」
 美薙の雪玉を転がす手が止まる。笑みを浮かべていたほおが強張ったのは、この寒さの所為だろうか。
「人間だから、無理をする瞬間は必要だ。だけど、いつも無理をする必要なんてない。どんな時でも肩に力を入れているのは立派かも知れないけど、偶には手抜きが肝心さ」
 アベルの軽い調子の言葉に暫し笑顔のまま固まっていた美薙だったが、不意に顔を逸らして肩を震わせる。
 口許こそ笑んでいるものの、その声は上擦っていた。
「おぬしは、難しいことを言うのぅ」
「気の持ちようさ」
 言いながら、小さく丸めた雪玉をアベルは美薙に向かって軽く投げた。
 べしゃりと当たって砕け散る雪玉の冷たさが、美薙を驚かせる。
「! なっ、こら、アベルっ!」
「ははっ」
 辺りの暗さでは互いの顔も見えない。美薙は僅かに濡れた眦を袖で拭うときっと表情を引き締め笑って、小さな雪玉を作るとアベルへ狙いを定めぽんと一投げした。
 ――そうして、出来上がった雪だるまは随分立派なもの。
 木の棒で腕をつけて、落ち葉や木の実で顔を作る。
 その最中でアベルの細工がやたらと丁寧で器用なさまには、思わず吹き出した。
「それじゃあの、アベル。有難うじゃ」
 自身が巻いていたマフラーを抜き去って掛けてやると、アベルは呆れたように笑った。
「風邪を引いても知らないよ」
 雪まみれのコートを翻すと、アベルはその身を夜に紛らせ消えた。
 それは呆気なく、そして彼らしいさよならだった。



 ――ざあざあと降り頻る雨音で目が醒めた。

 朝。夜が明けて意識が覚醒して、微睡みから我に返った美薙が一番に向かったのは神社の庭先。自然と急いて駆け足になる。磨き抜かれた床で足を滑らせそうになりながら向かって――廊下から外を見て、美薙は立ち止まる。
 大雨で昨夜の雪はすっかり融け消えた。まるで夢のように、泡のように、形を失くして消えてしまった。
「……」
 雪が降っていたことまでもが夢であったのではないかと惑ってしまう、土砂降り。
 昨晩誰かと二人で作った雪だるまは、影も形も残らない。
 ああ夢か、と胸中で呟いた。
 そう夢だ、と胸中で再度呟いた。
 目が醒めてしまえば、ほつれていく夢は端から消えてしまう。
 とても寒くて温かな夢を見たような気がするけれど、誰と話していたかは覚えていない。祖母だったか。友だったか。戦友だったか。はたまた。

 ――けれど、ただひとつだけ。

 愛用しているマフラーだけが、忽然と消えていた。
 ただ、それだけ。
 勘違いかも知れないし、ただどこかに置き去りにしてしまっているだけかも知れない。けれど、そのどれでも構わないと、――美薙は思った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0028 / 鍔崎 美薙 / 女 / 19歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつも依頼でお世話になっております、相沢です!
 メッセージ、大変嬉しく読ませていただきました。今後とも精進して参りますので、楽しんでいただければと思います。
 夢か現か、雪遊び。いかがでしたか?
 それでは、ご依頼有難う御座いました。また機会が合いましたら是非宜しくお願い致します!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月19日

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