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『水面にたゆたうひとひらの 』
矢野 胡桃ja2617)&草薙jc0787


 他の誰でもないあなたがいい。
 他の誰でもない、誰も代わりになれない、唯一のあなたがいい。
(ひとりきりで膝を抱えていては、この火照りを逃すことさえ出来ない無様な姿)
 それでも、あなたは振り返らない。
 それでも、あなたは手を差し伸べる。

 ――苦しくて、もどかしくて、切なくて、けれど、いとおしい。


 ある日ある時ある喫茶店で。三人の乙女が顔を合わせ、香り豊かな紅茶を味わいながら、可愛らしい茶菓子に手をつける。それはある種、カフェではよく見る光景。年齢に些かばらつきがある点が違和感と言えばそうなるが、三人の素振りからは大した問題では無さそうにも見える。
 ピンクプラチナの髪が印象的な、まだどこか幼さが残る少女の名は矢野 胡桃(ja2617)。憂いを帯びた眼差しで紅茶のカップを見詰め、色々な感情の入り雑じるためいきでその琥珀色の表面を揺らした。
「ほんとうは、口論なんてしたくない」
「うん、そうだね。いやな思いなんてさせたくないし、したくもないもん」
 切実――といった様子の胡桃に対し、心から同意するように頷いたのは、銀の長い髪を背に流す、冥魔ルクワート(jz0277)。三人の中では年長者であるようだが、どことなく幼く見える。
「……」
 そして無言で紅茶のカップに口付けつつ、二人の様子を窺っているのはメル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)。深紅の眸は何を見て、どう考えているのか――少なくとも、この場の胡桃とルクワートにはそこまで探る余裕は無いらしい。
 胡桃とルクワート、どちらもどこか憔悴して、そして傷付き、物悲しさを抱いている。ほんのひとさじの憤りも、あっという間に後悔の海に融けていく。
「”彼”はね。特別なひと。だから、どんなときでも」
 いやに勿体ぶった”彼”という言い回しは、この茶会の始まりにルクワートが提案したものだった。
 すきなひとのことを、”彼”と呼ぶ。それは気恥ずかしさと一緒に、満足感が滲んでくる、ままごとめいた言葉遊び。こんなことで満ちるなんてなんて安い心だろうと思う反面で、秘密の”彼”という呼び方を胡桃とルクワートは気に入っていた。
 メルからすると、しょうもない行為に興じていると思わないでもない――が、そこは敢えて指摘しないでおく、優しさ。
 何故なら二人は心から悩んでいるのだ。傷付き、哀しみ、そして揺れている。
「どうしてこんなに切ないんだろうね?」
 胡桃の問いに、ルクワートは首を振って曖昧に笑う。
「苦しくて、哀しいけれど」
 でも、やめられない。続ける言葉は口にせずとも判った。
「切ないのはこりごりなのに」
 自身に呆れたように小さく笑う胡桃に、ルクワートもふふと声を洩らした。
「それでも、”彼”が”彼”である限り。わたしたちはきっと変われないの」
 恋をしていた。恋をしている。だから、変われない、されど変わり続ける。
 情を孕み続ければ、いつしか変質していく。それが恋だ。焦れ続けた慕情は次第に切なさに色を変え、姿を変え、名前を変える。抜け出せない迷路を経て、成長し切った恋心はその枝葉を伸ばし、花を咲かせ、そうしてひとひらずつ花弁を落としていく。
 ――今は未だ二人の情は淡く、そうして苦味を抱いた切ない色味。
 いつだって、胡桃の目は”彼”を捜している。いる筈のない場所でだって。いる筈のない時だって。
 今だってそうだ。
 胡桃はふとカフェの窓から外の街路を覘き――そして、息を呑む。よく知った姿に、瓜二つの背中。それだけならまだ良かった。けれど、その隣には連れ合いの女性。
 意識せず、胡桃の目はくぎづけになった。親しげに身を寄せ合い歩く男女。妙齢の女性。だれ。どうして。うそ。なぜ。ぐるぐると回る思考に胡桃は唇が戦慄く。
「胡桃?」
 胡桃の様子にいち早く気付いたメルが声を掛けると、彼女は我に返ったように肩を跳ねさせ、それから表情を不器用に歪ませる。不安と、切なさと、色々なものが綯い交ぜになった表情。口には出せない。――不安が現実になるのが怖いから。現実が、自身の心を打ち壊してしまうのが怖いから。憶測の域であれば、まだ堪え切れる。そう思ってしまったから。
 そこから察したメルの目線が窓を抜け街路を歩く二人組に行き当たり、そして、納得すると短く息を吐く。
「……別人、ね」
「え……」
 メルが指し示した先、連れ添う男女の後ろ姿をよくよく見ると、男の横顔が見えた。それはまったくの別人。雰囲気こそ似ていたが、顔立ちは全く違う。
「……えへへ、恋は盲目、っていうよねっ」
 思わず脱力し肩の力を落とした胡桃に対し、ルクワートがはにかむように言った。
 恋に恋する夢見がちな少女のそれとは違う。けれど、いとしさゆえの盲目さが彼女たちにはある。
 メルから見れば、二人の恋は『報われない』。それは二人共重々承知していて、それでも尚抱く想いが大事であると思っている。茶会の場に連れ込まれ、話を聴かされ、不思議で仕方が無いことのひとつだ。――胡桃とルクワートは、報われない、脆い想いを大事そうに抱えて、宝物のように仕舞っている。
「貴方も、この馬鹿と似た恋をしてるのかしらね」
 メルに問われると、ルクワートは目を瞬かせてその深紅の眸を見詰める。
「恋、なのかな?」
「質問に質問で返されたわ」
「わからないの。これが恋なのか、愛なのか、何なのか。だけどね、”彼”のことを想うと切なくて、苦しくて、わたしだけのものにしてしまいたくて、もどかしくて堪らない」
 ルクワートが胸に手を当てて目を伏せると、中指に嵌められた指輪が店のライトを浴びて淡く光る。
 紅茶のポットを手にしたメルは軽く思案すると、胡桃の顔を見た。それから、空になったカップに紅茶を注ぐ。半透明の琥珀色。砂糖の一切入らない、ストレート・ティー。
「自分のものにはならないってわかっていても。だからこそ。そんな”彼”だからこそ、もっともっと好きになるのかも」
 胡桃はクッキーを一枚摘まむと、ぱきりと二つに折った。
 ――歯痒くなる程自由で、強かで、そうして優しい。それが、二人にとっての”彼”だ。自分自身にはないものを持っているその想い人を愛しいと思うし、恋しいと思う。
 半分に割れたクッキー。こぼれ落ちた欠片。目に見えない程小さな粒は拾うことが出来ない。
「不毛でやり切れない話ね。とても馬鹿」
 メルはクッキーを二枚摘まむと、合わせるようにくっ付けた。
 ――正論だった。胡桃とルクワートの恋は、一言で言ってしまえばそういうもの。愚かだと言われれば否定は出来ず、不毛だと断定されても仕方が無い。それを理解して尚、二人は”彼”への想いを諦めることが出来ないのだ。
 二枚のクッキー。パズルのピースのように都合よくはいかない。何故ならクッキーはそれぞれ別の存在だ。同一では有り得ないし、パズルのピースのように合致することも有り得ない。
「もしもわたしにも優しい友達がいたのなら、きっとやめなさいって。馬鹿だって、叱ってくれると思うんだあ」
 ルクワートはクッキーではなく小ぶりのマカロンを手に取って、ひとくち丸ごと口に放った。その大胆さに目を丸くした胡桃とメルだったが、リスのように頬を膨らませる彼女を見てくすりと笑い合う。
 ――誰に叱られても、止められても、胡桃は抱く想いを消さない自信が在った。抱え続ける淡い想い。それはある種、抜け出せない袋小路にも似ている。後は堕ちていくだけだと判っているのに、駒を進めることを止められない。胸に芽吹いた花に、水を遣ることを忘れられない。いつか花が崩れ水が絶えて枯れ果てるまで、きっとこの想いは水面で揺蕩い続けるのだろう。
 そして、その儚くも強い想いを知りながら、理解出来ずにいるのがメルだ。
 意地を張って傷付いて、がむしゃらになって傷付いて、傷を重ねるばかりなのに、それでも”彼”を好きでいるという気持ち。”彼”を追い続けるという、”彼”と共に在り続けるという気持ち。
 メルからすれば、矛盾ばかりで理解に苦しむ話。傷が切ないと嘆くなら、傷を塞ぐ道を選べばいい。それだけだ。
「それならもっと素直になれば良いのよ。本当」
「出来たら苦労しないのにねえ」
 泣き事。ルクワートがへへとまた誤魔化すように笑って、胡桃もそれにつられて表情を崩す。
 この関係は傷の嘗め合いとはまた違う。
 ただ、共有したい。ただ、誰かに聴いて欲しい。――でも、本当は誰にも聞いて欲しくない。本当は、誰もに聴いて貰いたい。はてさて、この想いの曖昧な揺らぎはどちらが正しいのか、どちらも正しいのか。
 胡桃はルクワートが”彼”をいびつながらも大切に愛しているのだろうなあと共感を覚え、ルクワートは胡桃の”彼”への強くも切ない想いの丈に共感を覚えるのだ。
「ねえ胡桃ちゃん、今日はあまいミルクは要らないの?」
「そうね。――今日は、いいの」
 ルクワートがふとメニューを見て尋ねたところで、胡桃は首を左右に振った。


 切なく、苦い想いの水面。ちらちらと落ちていく花弁の数を数えることは、未だ止められない。その花が完全に開くとき、果たしてどんな色をしているか。それは、未だ誰にも判らない、話。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617 / 矢野 胡桃 / 女 / 15歳 /  インフィルトレイター】
【jc0787 / メル=ティーナ・ウィルナ / 女 / 18歳 / アカシックレコーダー:タイプA】
【jz0277 / ルクワート / 女 / 24歳 / 悪魔】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 お待たせしまして申し訳御座いません。前回に引き続きご依頼有難う御座います!
 儚く切ない恋心。慕情の花を咲かせる友の会。恋に恋する年頃を過ぎて、ほんとうの恋をさがす時。どんな色の花を咲かせるかは、あなた次第。――と、そんな調子で書かせていただきました。
 切なさを訴える女子会、楽しかったです(本音)。是非また機会がありましたらご依頼くださいませ! 本当に有難う御座いましたー!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月19日

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