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『断罪の鉄槌 狂気の残光-4 』
水嶋・琴美8036

リノリウムの床に響く革靴の音。
ほの暗く、冷たい通路と反響し、良く響く。
やがて最奥の左右に分かれるスライド式の扉にたどり着くと、軽い空気音とともに開く。
飛び込んできたのは、壁一面の大きさをしたディスプレイ。
大きく八分割されたそれを眺めるのは、室内にただ一つ置かれた調度であるソファーに座った男。
靴音の主―副官は口元を歪まさせながら一歩踏み込むと、恭しく膝をついた。

「報告が遅くなり失礼しました、ボス。先日の失態、お詫び申し上げます」
「が、面白いことがあったのだろう?」

片手をあげ、話を促す男―宗主からは怒りや苛立ちは感じらせず、寧ろ、楽しんでいる。
ディスプレイの灯りのみで、部屋全体が薄暗いため、表情は判断できないが、その傾向が強いな、と副官は判断した。

「さっさと続けろ。お前が意味もなく敵前逃亡してくるわけないだろう」
「はい、宗主。とても面白いことになりそうです。情報にありました、件の特務統合機動課……予想通り、彼女を送り込んでくれましたよ」

特務統合機動課、の言葉に男はへぇと声を上げながら、ゆらりとソファーから立ち上がり、ディスプレイ上に映し出された一人の人物―水嶋琴美の姿に見入った。

背の高い雑草だけの荒れ地のなかに、ぽっつんと建っている廃工場。
数年前、母体企業で発覚した粉飾決済などの不正。
その事業撤退を受けて、閉鎖され、撃ち捨てられた廃墟。
だが、調査の結果、現在も工場の一部―正確には地下500メートルにある実験棟が稼働していることが判明。
しかも、かなりの大規模な電力を消費しているのを、巧妙にカモフラージュしている点が不審に思い、詳しく調査を進めた結果、製薬会社を裏で操っていた組織の存在が発覚したため、情報部は特務統合機動課に駆け込み―再び水嶋琴美を送り込むことを即決した。

「今そちらに工場内部のデータを転送しました。組織首脳部は最下層エリアにいると思われます」
「データを確認しましたわ。どうもありがとうございます」
「いいえ、敵のボスは相当な切れ者のようです。前回のミッションで遭遇した男は側近中の側近で、副官の地位にあるとのことです」

短く、淡々と情報を伝えてくる情報分析官に琴美は礼を告げ、左手のグローブをきつく嵌め直す。
必要事項だけを正確に伝達する能力は情報分析官にとって必須事項。
先ほどの情報分析官はやや優秀な隊員だが、まだまだといったところだ。
真に優秀な者は、情報とともに若干の人間味を織り交ぜたり、エスプリを聞かせて、こちらの緊張を和らげる。
仕事を続けていれば、成長することを確信した。
これは琴美は知らないことだが、彼女への連絡を担当する情報分析官は情報部および諜報部から選抜した『超』優秀な者のみで構成されているのだ。
なぜならば、以前、見習いの上に卵の殻がまだ外れていない青二才の生意気な情報分析官が、選抜部隊への通信を担当し、必要な情報を教えずに雑談及び自慢話にふけったせいで、標的に逃げられた上、危うく部隊が壊滅しかけたことがあった。
焦った情報部は特務に泣きつき、琴美を救出に向かわせてくれたのだが、その時にも、この分析官が馬鹿な真似をし―ブチ切れた情報部三佐が件の情報分析官を部下たちと共にフルボッコにした上に北の最果て―極寒の孤島へと飛ばしたという事態があったのだ。
今でも情報分析官たちの間で語り草となっているのが、琴美の言葉だ。

―優秀かつ最精鋭の分析官にあるまじき態度ですわね。一度、頭を氷河でお冷やしになった方がよろしいのではなくて?

にこやかに、だが明らかな殺意を発するスクリーン上の琴美に情報部は絶対零度の嵐に襲われただけでなく、その神々しさに数名の若手分析官がひれ伏したという。
ゆえに、情報部最高責任者である三佐は言う。

―ここで、のし上がりたければ、最強の特務隊員・水嶋琴美を全力でサポートできるまでになりやがれ!そうすりゃ、叩き上げだろうがエリートだろうが、出世街道大爆走は間違いなしだぜ!!

拳を突き上げて叫ぶ三佐に、一同が雄叫びを上げて同調したのは 同じく伝説の語り草だ。
お陰で、毎回、琴美の任務での情報伝達任務が下された時は血で血を洗う戦場と化す。冗談でもギャグでもなく、熾烈な争奪戦となる。
今回、自分よりも遥かに優秀と思われる分析官たちが全員共倒れとなり、唯一傍観していた若い分析官に任されたわけだが、当人は心臓が飛び出すほど緊張していたのは余談である。

送られてきたデータと地図を開発されたばかりの腕輪型ウェアブルコンピュータの3D映像で確認すると、琴美深く深呼吸し―潜入ルートである外壁の通気口に片足で跳び上がり、両手を嵌め込まれた鉄格子をかけた。
あとは体操選手のように、腕の力だけで全身を持ち上げ、手を放したと同時に揃えた両足で頑丈な鉄格子をぶち抜く。
足に履いた―特殊な素材で作られた編上げのブーツは衝撃を完全に緩和し、痛みやしびれは感じない。
人ひとりがようやく通れる通気ダクトをゆっくりと進む。
7メートルほど進んだところで、ダクトの向きが真下へと変わり、琴美は注意しながら一気に下へと降りた。
狭いダクトの壁が一気に消え、目の前に開けた空間が広がる。
下を見ると、そこには打ち捨てられた工作機械やフォークリフトがあちこちに散らばっているのが見え、琴美はウェアラブルコンピュータに触れ、細いワイヤーを引き出すと、天井から突き出した別の排気ダクトへと巻き付けた。
グンッと重力を全身で感じつつ、琴美はまるでサーカスの空中ブランコのように身体をくの字にしならせて、うっすらと埃の積もった広いスペースへと向きを変えた。
振り子のごとく弧を描き、そのスペースに到達すると同時に、琴美は素早くワイヤーを回収し、軽く靴音を立てて着地した。

「あら、さすがにお待ちかねでしたのね」

ふわりと舞い上がる埃の向こうに、銃器で完全武装した男たちを捕え、琴美は口の端を優美に上げる。
すっと立ち上がった琴美に同じ刺青を入れたスキンヘッドの男たちは無言で銃口を向けた。
トリガーに指をかけると同時に、琴美は軽く床を蹴り、太ももに括り付けたクナイを引き抜く。
鼓膜が引き裂かれるのではないかと思うほどの銃声が鳴り響き、銃弾が床や壁にめり込んでいくが、肝心のターゲットである琴美の肌を毛筋ほども傷つけられない。
目にも映らぬ速さで、全ての銃弾をかわすと、琴美はくるりと両手に握ったクナイを逆手に握り直し、正確に鳩尾へと叩き込み、沈黙させていく。
時間にして、わずか数分。
あっという間に半数以上を倒した姿を目の当たりにしながらも、残った男たちは一様に表情を変えずにトリガーを引き続ける。
人間性を一変も感じさせない―まるで機械のようなスキンヘッドの男たちに琴美は小さくため息を零しながら、容赦なく叩きのめす。

スクリーンに映る、手加減を微塵も感じさせない圧倒的な琴美の攻撃を眺めていたボスはヒュウと口笛を鳴らして、手を叩く。
全くもって素晴らしい逸材だ、と改めて思い知らされ、ボスは冷やかな眼差しを向けてくる副官を見上げた。

「いやはや、すごいね〜彼女は。特務統合機動課が誇るエリートだけある。あの『完全なる兵士』たちの弱点を一見で見抜くなんて、そうはいないな」
「同感ですよ、ボス。お蔭で『無痛覚兵士』の改良点が分かりました。今後、応用させていただきましょう」
「俺らが無事でいられたら、な」

茶化すようなボスの目はギラギラと輝き、血に飢えた獣を思わせ、副官はぞくりと身をふるわせながらも、余裕の笑みを浮かべたまま、スクリーンに視線を向ける。
そこでは、最後に立っていたスキンヘッドの男―彼らの言うところの『無痛覚兵士』が派手に埃を掻き立てながら、倒れ伏す姿。
倒した相手である琴美は汗一つなく、柔らかく髪を掻き揚げ、ミニのプリーツスカートとフィットした漆黒のスパッツに包まれた美脚をより見せつけるように、膝丈まである編み上げブーツを鳴らし、地下へと向かう階段へと向かう姿がはっきりと映されていた。

「あと2時間もしないうちに来るか」
「そうですね。厄介なことにならないうちに、手を打たせてもらいますよ」

ぼそりと呟くボスに副官はにべもなくバッサリと言い捨てるが、その表情はひどく楽しそうに見え、二イッとボスは口元を歪めた。

「楽しそうじゃないか、お前」
「当然です。俺たちの『商品』性能を確かめるには、ちょうどいい素材ですよ」

ふっとかすかに笑ってみせると、副官はボスに背を向け、部屋を出ていく。
スクリーンでは、水嶋琴美が次のステージで戦いを始めている。
足止めにもならんだろう、とボスは結論付けると、即座に次の手を考えていく。
まぁ、自分が考えずとも、あの生意気だが頼りになる副官が策を講じていくだろうが、おそらく通用しない。
それでも、とボスは思う。
限界まで楽しめる相手と巡り合えたことは幸運としか思えない。
たとえ、その先に破滅が待ち構えていようとも、その賭けから降りるつもりは毛頭なかった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年01月20日

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