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『断罪の鉄槌 狂気の残光-5 』
水嶋・琴美8036

唸り声を上げ、凶暴な光を宿らせた獣のような兵士たちが襲い掛かってくるが、琴美はやれやれと肩を竦めた。
手にしていたクナイを太ももの鞘に納めながら、くるりと半身を回転させ、襲ってきた兵士の腹―否、みぞおちに強烈な肘鉄を食らわせる。
白目をむいて仰向けに倒れる兵士を避け、後から襲い掛かってきた兵士たちだが、そのわずかな遠回りが致命的な結果をもたらす。
黒いグローブで固めた琴美の拳が兵士の側頭部にめり込み、その強烈な破壊力そのままに、仲間たちを巻き込んで背後に吹っ飛ぶ。
それを踏み越えて、更なる一団が琴美に向かって襲い掛かってくる。
軽く髪を払い、薄い笑みを浮かべた琴美はくるりと手にしたクナイを持ち替え、勢いよく振り下ろす。
研ぎ澄まされたクナイの一閃が、空気を切り裂き、目に見えぬ風圧が円状に放たれ、頭上から襲い掛かってくる兵士たちは琴美に触れることなく打倒される。

「お退きなさい。無用な戦いは好みませんの」

にこやかにほほ笑みを称えて、琴美は間合いを取るように、にじり寄ってきていた兵士たちを睥睨する。
その圧倒的な存在感と無言の圧力に押され、兵士たちはその場に縫いとめられたように動けなくなり―琴美が一歩踏み出すごとに、まるでモーゼの奇跡がごとく、道を開けていく。
絶対的な自信をもって、進む琴美を止める者は誰一人としていなかった。

「愚かな……一体、何をやっている」
「く……くくくっく、やってくれるじゃねーかっ!!あの女っ!」

スクリーンに映し出された光景に、副官は一瞬渋い表情を浮かべたが、口元を抑え―ややあって腹を抱えて笑い出すボスを見て、微笑した。
冷静沈着、頭脳明晰なボスだが、無気力、無関心、何に対しても興味を持たない男で、やる気をださせるのも一苦労なのだ。
それがここまで興味を持つとは珍しく、おもしろい。

「ボス、どうしましょうか?」
「ああ……そうだな。頼めるかよ」
「了解しました。では、お任せください」

たっぷりと含みを利かせた、にいっと楽しげに笑うボスに副官は恭しく頭を垂れ、席を辞した。

地下へと降りる階段を軽い足取りで進んでいた琴美の耳に、かすかだが、何かがこすれるような音が届き、一瞬足を止めると同時に天井の巨大なパネルが―まるでドミノ倒しのように、派手な音を立てて落下してくる。
厄介な、と思いつつ、琴美は最初に自分の上に落下してきたパネルに拳を浴びせた。
柔らかいスポンジケーキかマフィンのごとく、ぐしゃりと凹み、弾き飛んだパネルが他のパネルに当たり、落下をほんのわずかだが、遅らせただけなく、隙間を生み出す。
そこを狙って、琴美は思い切り階段を蹴って、パネルの上に飛び上がって、パネル崩落を回避する。

「手段は選びませんのね。身を潜めていた工場の損害はお構いなしなんて……随分と太っ腹なこと」

むき出しとなった打ちっぱなしのコンクリート壁やボトルを見上げ、琴美はやれやれと肩を竦める。
前回の時も感じたが、ターゲットを排除するためには、自分たちの損害などお構いなしに、ありとあらゆる手段を使う。
新しい玩具を手に入れた子供のように。

「全く子供よりも始末に負えないですわね」
「子供とは辛辣ですね、水嶋さん。これでも、戦略で名の知れた犯罪組織を率いているつもりなんですがね」

崩れ落ちたパネルの上を軽々と渡る琴美が零した独り言に、苦笑しきった男―副官の声が答える。
あら、と意外そうな表情で琴美は口元を右手で覆うと、いたずらがばれた子供のように小さく肩をすくめて見せた。

「それは失礼しました……ですが、少々乱暴では?」
「手厳しいお言葉、ありがたく受けましょう。特務のエースからの御忠告など、滅多に受けられませんからね」
「忠告ではなく、警告と受け取っていただければ幸いなのですけれど……ですが、必要ありませんわね」

壁のあちこちに埋められた特殊な発光体のお蔭で、崩れ落ちた階段の空間でも、視野は充分に保たれ、相手を探し出すのは容易かった。
むき出しになった―成人男性二人分の高さの排気ダクトに腰をおろし、優雅に足を組んだ副官が危険な光を目に走らせて、楽しそうにこちらを見下ろしている姿を捕える。
一歩足を踏み出すと、同時に琴美は手にしていたクナイを副官目がけて投げつける。
目にもとまらぬ速さで迫るクナイを副官はわずかに身体を傾けただけでかわされ、排気ダクトの天井部分にむなしく突き刺さった。

「やはり仕留められませんわね。予想通りですけど」
「無駄な労力は止めません?うちのボスはそういう無駄なことが大嫌いな上に、ひどく飽きっぽい」

にこやかな笑みを張りつかせたまま、副官はゆっくりと立ち上がる。
ふと気づけば、その左手にすっぽりと収まるほどの大きさの小箱が握られていた。
その瞬間、琴美の本能が最大級の危険を告げ、自然と身構えると同時に二本目のクナイを小箱目がけて投げていた。
初撃よりも速く、鋭い一撃は眼前に近づくまで気づかず、副官はあからさまに舌をうって、身をひねらせる。
だが、かわしたかと思うと、第二、第三撃と凄まじい攻撃が続く。
隙のない攻撃に副官は苛立ちを隠さず、腰の後ろに隠していたサバイバルナイフを右手で引き抜くと、目にも映らぬ速さでクナイを弾き飛ばしていく。
その攻撃の的確さに琴美は大きく目を見開き―歓喜の表情で、副官を見上げ、思わず拍手を送りたい気分になった。

「素晴らしいお腕前ですわ。特務機動課でも、この攻撃を全てかわしきった人はごくわずか……犯罪組織の副官など、全く持って残念でなりませんわ」
「お褒めの言葉、ありがたく……だが、こんな人間離れな攻撃、俺としては二度と受けたくないね」
「謙遜しなくてもよろしいんですのよ?本当に……残念ですわ」

忌々しそうに吐き捨て、肩で息をする副官の目の前に、ひどく残念そうな表情を浮かべ―だが、好戦的な目をした琴美が両手に構えたクナイを振り下ろしてくる姿があった。
ギリと唇を噛み、覚悟を決め、手の中に握り込んだ小箱―いや、スイッチに副官は手を掛けた。

目の前に広がる眩い閃光。
四方から巻き起こる爆音が耳を突きさし、琴美は左腕で目を隠し、崩れてきた排気ダクトの欠片を蹴って、壁側に大きく空いた別の通路に飛び込んだ。
次の瞬間、階段と排気ダクトがあったはずの空間を真紅に燃え盛る業火が立ち上っていくのが見えた。
とっさの判断だった。
防御さえできない―まさに攻撃のチャンスだったというのに、こんな事態になるとは想定外だ、と琴美は通路に座り込みながら、一息つく。

「まさかの自爆装置とは……」

あの瞬間、手にしていたスイッチを迷うことなく押した副官の周囲が大きく膨れ上がり、視野を奪うほどの強烈な閃光が破裂し、周辺の壁が連鎖反応を起こすように爆発していったのだ。
並みのエージェントや兵士なら、完全にパニックを起こしていただろうが、そうなればなるほど、恐ろしく冷静になるのが、最強の戦士たる琴美の真骨頂。
目を焼かれぬように、腕でかばいつつ、逃げ道を数秒で探し当て、逃げ込んだのだから、さすがとしか言いようがない。
けれど、と琴美は頭の片隅で警鐘が鳴り止まないことに気づく。
意味ありげに―不敵な笑みを浮かべて閃光に飲まれた副官の顔が頭から離れない。
危険な賭けを心から楽しむような傲慢な目が焼き付いていた。
ふと気づけば、通路の外に吹き荒れていた炎が消え、黒く焼け焦げた瓦礫の山が広がり―その向こうから、小山ほどの大きさをした何かが蠢いているが見え、琴美はあらあらと嘆息した。

異常に伸びた筒型の両腕に、ずんぐりとした巨大な身体。頭はなく身体の上部にバスケットボール大の単眼と肩の部分まで切り込んだ口。その身体を支える足は象の足ほどの太さだ。しかも全身は赤銅色の金属で覆われながらも、関節などは生物らしく脈を打っている。
情報部の報告に記載があった。
組織が戯れに生み出した生きたロボット―つまり機械生命体兵器だ。
まだ未完成である、と報告書にはあったが、まさかまさか……ここまで完成しているとは思っても見なかった。
ぎょろりとせわしなく動く単眼が止まると、のっそりと両腕―ビーム砲の銃口を上げ、琴美のいる通路へと狙いを定める。
青白い光が収束していくのを見た琴美が飛び出すと同時に、強烈なエネルギーの奔流が焼き尽くしていく。

「未完成ではなく、ほぼ完成体……放置できませんわね」

絶対零度の微笑を浮かべ、琴美はクナイをきつく握り、銃口となった両腕をおろし、身体を回転させる機械生命体兵器に切りかかる。
だが、赤銅色の金属部分はあっさりとクナイの一撃を跳ね返し、一瞬動きの止まる琴美目がけて両腕を振り回す。
突き刺したクナイで腕を支え、体操選手のように一瞬だけ倒立すると、琴美は腕の力だけで上空へと逃れ、重く破壊力のある両腕の攻撃をかわす。
そのまま後方へと回転しながら、床に着地すると、つかさず振り向きつつ、動きの鈍い機械生命体兵器の単眼目がけ、クナイを投げる。
ギュン、と奇妙な音を立てて、単眼から火花が飛び散り、動きが鈍る。
その隙を見逃さず、振り向いた琴美は一気に間合いを詰めると、関節部のつなぎ目を狙い、縦横無尽にクナイを振り抜く。
ガタリと大きな音をたて、切り落とされた両腕が大きく膨れ上がり、爆発する。
腕の切り落とされた部分からは煙と火花が起こり、小規模な爆発が起こっていく。
それでもなお、攻撃してこようとする機械生命体兵器に、琴美は哀れみの目を向けると、爆発で強度を失い、無数の亀裂の走った身体に拳を叩き込んだ。
背中まで貫かれ、ぐらりと崩れ落ちる機械生命体兵器に琴美は背を向けた瞬間、最大級の爆発音が起こり、業火が吹きすさぶ。
冷やかな眼差しで、琴美はそれを一瞥すると、爆発で新たに開かれた通路へと踏み込んでいった。

「へぇ、余裕だね。さすがさすが……じゃ、次はどうかな?」

鮮やかとしか言いようのない見事な戦いに、ボスはスクリーン上の琴美にあからさま賞賛を送りながら、脇に置いたパソコンを動かし、次の一手を打つ。
その様を、閃光に飲まれたはずの副官が楽しげに見守っていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年01月20日

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