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『天命と、意志。あとお砂糖。 』
櫟 諏訪ja1215)&雨宮 歩ja3810)&雨宮 祈羅ja7600)&櫟 千尋ja8564

 一月一日。元旦。
 人の暦の上では一年の開始となる目出度きこの日も、季候の上ではただの、冬の一日。
 青く澄んだ空の下、冴え渡る空気に吹き降ろされる風は、今日も冷たかった。
 正月この日のはと初詣や年始の挨拶回りに出かけた人たちは、誰もが寒さに震え身を縮め……。

「千尋ちゃんの手、暖かいですねー?」
「て、手、暖かい? 繋いでるせいかな!?」

 ……でも、なかった。
 初詣に出かけた人間の中、少なくともこの櫟 諏訪(ja1215)、それと並んで歩く櫟 千尋(ja8564)に関しては。
 それぞれに右手と左手の手袋を外し、繋いだその手は諏訪のコートのポケットの中へ。
 暖められた掌から伝って、冷えるどころか体感的な体温はどんどん上昇するばかりである。
 千尋にいたっては
(手汗大丈夫かな……)
 と心配が必要なくらいだった。
 昨年九月に結婚したばかりの、まだ初々しさの残る二人。初詣なんてもう、日本人にとっては習慣で行くだけの行事なのに、彼と歩くとまだ心臓がドキドキする。
 まるで爆発してしまいそうなほどに――。
「あはっ! 正月そうそう熱々だねっ!」
「はわっ!?」
 爆発した。
 予期せぬタイミングでの声に、千尋の頭から湯気が立ち上る。
 わたわたと千尋が振り返った先には、友人の雨宮 祈羅(ja7600)と、その旦那である雨宮 歩(ja3810)が居た。二人、正月らしい着物を、赤の色で揃えている。
 未だに顔の赤い千尋だったが、声をかけてきたのが友人と認識できると、途端に表情に笑顔が浮かぶ。
「あけましておめでとうだよ! 今年もよろしくねー!!」
 そうして、祈羅に飛び込むように駆け寄って元気よく年始の挨拶をして。
「うん、千尋ちゃんも、あけましておめでとう」
 にこやかに、祈羅も応える。
 女性陣がきゃあきゃあとじゃれあう中、旦那のほうも互いに顔を見合わせて。
「歩さん、あけましておめでとうですよー」
「おう。櫟夫妻もあけましておめでとうだぁ」
 軽く片手を上げて、新年の挨拶を交わす。
 ……そして、他者から言われる『櫟夫妻』の響きに千尋がまた小爆発を起こした。
 にこーっと祈羅が笑みを深くする。
「そうだ。千尋ちゃんたちも今年で結婚したね。どう? 慣れなーい!! とかない?」
 既に『櫟夫妻』に慣れない事を目の当たりにしておいて……というか、したせいか。祈羅がまだもっとあるでしょう、と千尋をうりうりと尋問する。
 千尋はといえば、そんな祈羅の誘導尋問に引っ掛かりに引っ掛かりまくってその度に「はわっ!」「それはっ!」などといいながら爆発を繰り返している。
「仲はどうだい、と心配する必要はなさそうだなあ?」
 笑う歩に、諏訪はマイペースに「うん、そうですねー仲良くやってますよー?」と、穏やかな微笑のまま答える。
「歩さんたちのほうは、どうですかー?」
 問われて歩は祈羅と千尋のほう……今は千尋を標的に、悪戯っけ満開な祈羅の表情を視線で差し示しながら唇の端を上げて、答える。
「お互いに負けず嫌いだからねぇ。賑やかで、愉しい日々さぁ」
 神社に向けて歩きながら語られるのは、一筋縄ではいかないもの同士の悪戯攻防戦の日々。
 でも、それは本当に。
「愉しそうだねー」
 聞いていて、本当に、そう思えるものだった。
 そんなおしゃべりをしながら歩いていると、神社の前に到着する。
「今日は、お付き合いいただきましてどうも、ですよー」
 諏訪が言うと、歩が苦笑する。
「何。毎年のこととはいえ、億劫にもなるからなぁ。いいきっかけになったさぁ」
 歩の視線の先。
 正月の神社の参道は、例年通り、人で埋め尽くされていた。



 人並みに軽く押されながら、前に出来た隙間を埋めるように混み合う道をゆっくりと進んでいく。
 自分たちが進みつつ、人に迷惑を掛けないように、となると、互いの伴侶と離れぬようにとするのが精一杯。二組の夫婦の距離は一度離れる。

 祈羅はそっと、隣を行く歩の顔を見た。
 ――去年は、恋人同士としてこうして歩いていた。
 夫婦としてここを歩くのは、なんだか新鮮な気持ちになる。
 友人と離れてしまったのは少し残念だけど、気兼ねなく二人で歩く時間も出来たと考えれば悪くない。
 千尋たちよりは先輩とはいえ、自分たちも夫婦となってそれほど長い時間が経った訳ではないのだから。
 参拝を終え、抜けた先で合流すればいいだろう。予め決めていたわけではないが、暗黙の了解が互いの胸の裡にあるから、はぐれる心配はそうしていない。
 だから。
「迷子にならないように。これからも、ね」
 繋ぎなおした手と共に、歩が祈羅に告げたのは、今日この初詣に限る話ではないのだろう。
「大丈夫だよ」
 祈羅は答える。
「少しくらい迷ったって大丈夫。帰ってくる場所は、分るようにしておくから」
 この言葉は、強がり。
 大丈夫といいながら、握る手の力は少し強くなる。
 離れていかないで。本当は、そう言ってしまいたいけど。
 だけどこの強がりは……己の誓いでもあるから。
 だから祈羅は、歩に精一杯の笑顔を向けて、強がりを言うのだ。
 いつかこの強がりが、本当の強さになるように。
「……頼もしいなぁ、姉さん」
 だって。そう言って笑い返してくれる彼の顔は。
 こんなときにだけ見られる彼の顔は。
 祈羅だけが見られるその顔は。
 本当に……穏やかだから。

 そうして、境内に到着したのは、櫟夫婦が先だった。
 お賽銭を入れて、ニ礼ニ拝。
(今年も千尋ちゃんと一緒に笑顔で幸せに過ごせますように、ですよー?)
(今年もすわくんと仲良くいられますように)
 声に出さず。祈る内容は二人とも同じだった。
 互いに顔を見合わせて。
 なんてお祈りしたの? とは、気恥ずかしくてなんとなく聞けなくて。
 照れ隠しに笑いながら、次の人に追い立てられるように境内を離れる。
 人の流れに沿っておみくじを引いて、神社の裏手に周り人の並がまばらになったところで、おみくじを開く。
 書かれていた内容にふわり、と表情をほころばせた諏訪が、
「千尋ちゃんは、どう……でし……」
 いつも間延びする諏訪の声が、珍しく途切れた。
 おみくじを手に、千尋の表情は完全に青くなって固まっていたからだ。
「えっと、千尋ちゃん、あのー」
 諏訪が戸惑っている中、雨宮夫婦がそこに到着して……同様に事態を把握する。
「ふ、ふえええええ……」
 ぎぎぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく振り向いた首、その向こう側に覗くおみくじには確りと「凶」の文字が見えた。
「神社のおみくじって、本当に、凶ってあるんだなぁ……」
「だ、大丈夫だよ千尋ちゃん! ある意味レアだって! 特に良くも悪くもないうちのより美味しいって!」
 思わず呟く歩に、必死でフォロー(?)に入る祈羅。しかし、おみくじというのは日本人にとっては意外と無視できないものでもあって。これ以上どうしたものか、と二人が思案していると。
「んー、千尋ちゃん、多分心配しなくて大丈夫ですよー?」
 そこで、諏訪が何かに気付いたようで、千尋に近づいていく。
「ほら、僕は大吉ですしー」
 相変らず間延びする諏訪の言い分に、千尋は一瞬、頬を膨らませかける。他の人が大吉を引いた、なんて聞かされたら、余計に、なのに自分は、と思うだけじゃないか――
「僕が一番悲しいのは、千尋ちゃんに何かあることですからねー? だから、僕が大吉なら、千尋ちゃんに悪いことがあるはずないですよー?」
 ……言うなり。
 千尋が明らかに、先ほどとは違う形で固まった。
 青くなっていた顔に、どんどん赤みが差していく。
 暫く口をパクパクさせたり手をばたばたしたりと、謎の挙動を見せた後。
「……うん。ありがとう諏訪くん。もう大丈夫……」
 やっと、千尋はそう言えた。
 すわくんが居て、皆もいてくれる。これ以上、何をへこむことがあるんだろう。……それだけのことに、やっと気付けて。
「……それじゃ、落着したところで、お昼ごはんでも食べにいこっか」
 祈羅の声。
 分かる。これも、祈羅ちゃんの優しさ。また凹んじゃう前に、こうして手を差し伸べてくれる。
 ――それなら、わたしがそれに応えるためにするべきことは。
「うんっ!」
 笑顔で、元気で。頷いて。
 みんなの隣で。彼の隣で。ずっとこうして、笑っていこう。

 ――と、思ってたんだけど。



「はい千尋ちゃん、あーん」
 そうして、やってきたレストラン。
 衆人監視の中なんら躊躇いなく己に向かってフォークを差し出す諏訪のお砂糖攻撃に、千尋は速くも笑顔を引きつらせて真っ赤になってうつむいていた。
 本日何度目だろう。どかーんと大爆発の音が脳内で響いて。湯気の立ち上るような頭をそろそろと上げて、諏訪の顔をうかがう。
 ……あのねその笑顔はね、逆らえないんだよ。
 雨宮夫婦が見ていることも分ってて、それでも引き寄せられるように、ぱくーとフォークの先に差し出されたものにかぶりつく。
「美味しいですかー?」
「……うんっ」
 躊躇いがちに口に入れた割には、返事は弾んでいた。だって本当に美味しいのだ。
 だって諏訪が千尋に分け与えるのは、ただ単にいちゃつきたいというわけじゃない。本当に美味しいものを分けてあげたい、そう願ってのことだから。
「大好きな人が一緒に美味しいって言ってくれると、益々美味しいですねー?」
「はうっ……だから……すわくんはっ!」
 わたわたと手を振りながら、千尋はそれでも、諏訪に文句が言えるわけがなくて。

 ……そんな二人を、ああ、ちょっと羨ましいな、と雨宮夫婦は見ていた。
 お互い全力に、隠さない、隠せない、「大好き」という気持ち。
 ひねくれずに真っ直ぐに、自分の気持ちを伝えられる二人が。

「……旦那さんにあそこまでやられちゃうと、うちがからかう余地ないかな?」
「見せ付けてくれるねぇ。ある意味さすがだぁ」
 祈羅の言葉に、苦笑気味に歩が答える。……瞬間。
「ということで、一口分けてー」
 おねだりの口調で言いながら、その実既に、歩の皿からすばやく料理を奪っている。
 歩が、完全に虚を疲れたという表情で、あっけにとられた顔を見せた。
「いつもより隙が多いよっ。正月だから油断した?」
「……なるほどぉ。今日は千尋さんを執拗に標的にしてたのはこのためのフェイクかぁ。やるねえ、姉さん」
 確かに、今日は悪戯の標的が向こうに言ったと、どこか油断があったのだろう。認めて、歩はにやりと笑う。
「でも姉さんもちょっと焦ったなぁ。ソースが跳ねてる。頬に」
 歩の言葉に、祈羅がえっ? と小さく叫んで片手を上げる。
「左だよぉ」
 の声に、慌てて左頬に手を当てて……
「――ボクから見てなあ」
 そうして、意識からも無防備になった右頬を、歩の親指が撫でる。擽るように。
 ビクンッ。
「っー……――」
 身体を震わせてから、祈羅は声にならない痛恨の呻きを漏らした。
 ……不意打ちは、やるなら強いけど、やられると弱いのだ。

 ……そんな二人を、ああ、いいなあああいうの、と櫟夫婦は眺めていた。
 悪戯を仕掛けあって。それでもお互い、笑いあっていて。
 少しくらいじゃ怒られない、揺らがないとわかっている、そんな信頼の繋がりが感じられる関係に。



 そうして。
 楽しい時間も、あっという間に過ぎる。
「今日はありがと! それじゃあねー!」
 互いに手を振って、道を分かれる。

 ……と。
「そう言えば姉さん、おみくじの結果どうだった?」
 千尋の騒動で聞き忘れたことを、ふと思い出して歩は尋ねた。
「ああ……言ったとおり、喜ぶほどでもなければネタにもならない、微妙な結果よ?」
 言いながら、祈羅は手にしたおみくじを歩に見せる。
 その結果に……くっく、と、思わず歩は声を出して笑った。
「どうしたの?」
「いや、お揃いの結果って言うのも悪くないと思ってねぇ。特に――ボクは嫌いじゃないよ、末吉ってやつは」
 そうして歩も広げたおみくじの結果は、彼が言うとおりのもの。
「言うだろぉ? 終わりよければ全てよしってね。それに」
 ――何もかもが順調に行くよりも、ギリギリまで追い詰められようが最後に嗤う方が、ボクらしい。
 歩の言葉に、微苦笑を漏らして、祈羅は更に、歩に身体を寄せて歩く。
 ――彼が最後に笑うとき、うちもその隣で笑っていられるように。
 おみくじの結果に、祈りをこめる。

 所詮、おみくじの結果。
 大吉と凶が織り成す波乱万丈も。
 末吉が示す行く末も、所詮当たるも八卦、でしかない。
 これからどんな一年になるだろう。想いと、決意を馳せながら――

 二組の夫婦の一年は、こうして始まった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1215 / 櫟 諏訪 / 男 / 20 / インフィルトレイター】
【ja3810 / 雨宮 歩 / 男 / 20 / 鬼道忍軍】
【ja7600 / 雨宮 祈羅 / 女 / 23 / ダアト】
【ja8564 / 櫟 千尋 / 女 / 18 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございます。
ぎりぎりの納品となりまして、お待たせいたしました。
お互い見せ付けあうような甘甘夫婦、ということで、
それぞれがお互いの持ち味が出るように、と意識してこのような形とさせていただきましたが、どうでしょう。
不服がありましたらお申し付けくださいませ。
snowCパーティノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月21日

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