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『〜【天華】陽の華は永遠の種を抱く〜 』
ジーナ・アンドレーエフja7885)&宇田川 千鶴ja1613)&石田 神楽ja4485)&東城 夜刀彦ja6047)&アイリ・エルヴァスティja8206


 ――あの時、どうするのがよかったのだろう。

 歩く道の途中で、心が『その時』を振り返る。
 柔らかな微笑。優しい眼差し。輝ける黄金。光の大天使。
 胸を締めつけられるような思い。――思わず引き返したくなるような。

 けれど振り返ったその先に――もう、そのひとはいないのだ。





「剣山に?」
 携帯越しに告げられた声に、宇田川 千鶴(ja1613)は目を見開いた。
『そ。一緒にどうかなって思ってねぇ』
 電話の相手、ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)の声はしっとりと落ち着いている。
 冬の剣山。脳裏を過る白銀の世界に舞う金の綺羅。
 何を思う前に「行きたい」と言葉が口を突いて出た。ほなけどええんやろか。神楽さんも誘ってええ? と慌てる千鶴にジーナはただ微笑う。
『皆で行こうねぇ』
 やんわりと肩を抱きしめられる様な声だった。





 剣山。
 其れは石鎚山に次ぐ四国第二の山。冬の衣を纏う山は二千に近い標高を誇り、失われし秘宝の伝説をその身に持つ。
 そして自分達にとってはもう一つ、忘れえないひとの記憶も。
「流石に雪が深いですね」
 スノーシューの具合を確かめて後、石田 神楽(ja4485)は周囲を見渡して呟いた。昨晩また降ったのだと教えられた山道は、深く深く雪に閉ざされている。
「それなりに道が残ってるのは有難いですよね」
 東城 夜刀彦(ja6047)が登山図を広げた。覗き込む神楽と一緒に、間違って足を踏み外さないようチェックを入れていく。
「下手に雪に嵌ると大変でしょうしね」
 神楽が軽く苦笑した。空はようやく晴れてきたところ。見やる温度計は低い数字のままだ。
 ――なのに山に踏み入れた瞬間、柔らかな温もりを感じたのは何故か。
(ああ、やっぱり山に入るとあったかいねぇ)
 さくさくと踏み入り、ジーナは目を細める。山裾はひどく寒かったが、進む毎に冷気が和らぐように感じられた。実際には気温が下がっているというのに。
(あの時と同じ……嗚呼、駄目だねぇ。勝手な希望を願っちまうよ)
 生きていてくれれば、と。叶わない願いを今も尚願ってしまう。多分それは、自分だけでは無いのだろうけれど。
 瞬きした目に違和感があって、涙が出かかっていたことに気づいた。なんとなく鼻を擦って誤魔化すと、ふわりと一瞬だけ頭の上が暖かくなる。
「?」
 視線を上げれば、ちょうど陽光が樹氷の隙間から差し込んだところだった。なんとなくその様子に目を細める。
 胸が痛いのは、何故か。
 誰かの名前が零れそうになる理由は――何だろうか。
 同じ現象に足を止め、千鶴もまた目を細めて空を見上げた。所々残る雲から光が射す。
 景色が重なる。天を衝く光の柱は――無い。
「……」
 思わず立ち止まりかけた背をポンと追い越し際に叩かれた。後ろからやって来たアイリ・エルヴァスティ(ja8206)が微笑んで先に立つ。周囲を見渡し、噛みしめるように呟いた。
「綺麗ね」
「あ、うん。そうやねぇ」
 何もかもが白に埋まって、差し込む太陽の光に輝いている。ふいに目が痛くなる程だと思うのは、心に痛みを感じたせいか。
 アイリは何も言わず微笑んでもう軽く腕を軽く叩くと、その場を譲る様にして先に歩き出した。入れ違うようにして来るのは神楽だ。
「荷物持ちましょうか?」
「いや、いける。……おおきに」
 向こう側にいた夜刀彦が、こちらに気付いて人懐こい笑みで手を振っている。
「さ、行きましょうか」
 手を振りかえした時、ぽむ、と頭に掌が載った。神楽の声に、千鶴は「ん」と小さく返す。
 歩く足は、どこか重かった。


 一歩。一歩。
 雪を踏む音の中で、自分の動きだけがひどく緩慢としているような気がした。
 足が重い。
 繋いだ神楽の手がしっかりと引いてくれる。一歩。踏み出す度に、顔を上げては山の先を見る。――ひどく遠く感じる、あの日々を景色の中に探すように。
(……)
 名が浮かぶ。けれど呼ばない。そんなに簡単に呼べるようなら、きっとこんなに辛くは無かった。
 ふと、前方で音がした。見やる先、雪の中に夜刀彦が沈んでいた。転んだのだろう。すぐ後ろにいたジーナが引っかかってさらにその上に転び、悲鳴があがった。アイリが呆れたように二人に手を差し出している。
「大丈夫ですか」
「怪我ないん?」
 助けに行く神楽と一緒に走る。足は重くない。日常会話はするりと出てきた。
 二言三言。
 雪だらけの顔に思わず笑みも零れる。楽しいと思う。その気持ちは嘘じゃない。なのに心の何処かが欠けたように、すきま風が吹いている。
(ああ)
 足りない欠片を思い出してはいけない。振り返ってはいけない。
 けれど忘れることも出来ない。なのに何気なく思い出して振り返ったら――ああ、ほら、時が止まる。
「さ、行こ」
 ぽんとアイリに背を叩かれた。
「千鶴さん」
 神楽が手を引いてくれる。
 なんだか顔がくしゃっとなりかけて、隠すように俯いた。泣いているわけではない。涙はそんなに簡単に零れない。
「……あかんなぁ」
 分かっている。
 何も無い所で転ぶはずのない夜刀彦が転んでいた。ジーナは避けれもしなかった。神楽はずっと自分の傍にいてくれている。
 自分だけが思い出すわけじゃない。
 自分だけが哀しいわけでもない。
 分かっている。
 ……察せられているだろうことも。
 皆の胸にそれぞれ穴あがる。

 けれどこの胸にある穴は、自分だけが持つ自分だけの形の穴なのだ。





 ――何が出来ただろうか。他の誰でも無い、貴女の為に。

 受け取ったものと同じだけのものを返したかった。直接会うことは出来なくても、繋がった輪の中で支え、返せればいいと。返したいと。

 微笑みを残して貴女は逝った。

 ――返せれたかどうかは――もう、誰にも、わからない。





 山頂へ到着したのは、昼を僅かに過ぎた頃だった。
 足を伸ばして見に行った名水は凍ってしまっていたが、所持品の調理セットで溶かしてお湯にし、一服できたのはアイリとしては嬉しかった。一度飲んでみたかったのだ。
「それにしても、本当によく入りますね」
 神楽が感心半分呆れ半分の声をあげた。視線の先、夜刀彦は三杯目のうどんを汁まで飲み干して一息ついている。
「美味しいですし」
 答えになっていない。
「神楽さんも、その半分ぐらい食べるようになったらええんやけどな」
「おにぎり二十個食べた後でうどんは無理です」
 大真面目な神楽の声の横、ジーナは満足気な弟分の腹をぽんぽこ叩いている。
「なんでこれだけ食べて太らないかねぇ? てゆかどこに仕舞ったんだい、膨れてもしないじゃないか」
「ジーナ、目が怖いよ!? ちゃんとお腹入ったよ!?」
 慌てた夜刀彦が後退ろうとして椅子から落ちかけた。
「はいはい落ち着こうね彦ちゃん。まぁこれぐらいが一番可愛いんだけどねぇ……」
「うぐぐ……すみませんおねえさま、俺は今年の誕生日で十九です」
「外見全然変わらないじゃないか。髭も生えないしさぁ」
「髭だって生えるよ、いつか! ジーナだって外見は年もがが」
 いらんことを言いかけた口に何故か持ってたおねえさま特性雪玉が炸裂した。
「ほーら、乙女心を介さない悪い子の口はここかなぁあああ?」
「むぐー!」
「……ごめんなさいね、騒がしい人達で」
 大鷲にいじめられるハムスターを背景に、アイリが深々と千鶴と神楽に頭を下げる。
「いや、仲ええなぁ思て見とったんよ」
「昔からのお仲間でしたよね」
 二人の声にアイリは微笑んだ。
「ええ。十年以上になるでしょうか。あれで喧嘩も多いんですけどね。まぁ、しばらく落ち込んでたから今ぐらいが丁度いいのかもしれません」
「……」
 千鶴がふと痛みを堪えるように目を細める。
 思い当たることは一つだけ。あれから随分と時が流れたが、彼等もまた心の内に思いを溜めていたのだろうか。
 その様子に神楽もまた目を細める。

 ルス・ヴェレッツァ

 輝ける黄金の大天使。その死からまだ一年と経っていない。
(背負っているんでしょうね……)
 思い出す。歩く途中で、ふと足取りの重くなった千鶴のことを。
 出来る事は全て出来る限りやった。人の身で起こせる奇跡以上を起こしたのだと、大天使縁の天使エッカルトもまた認めていた。それ以上のことは、人ならざる者の管轄だ。
(難しいものですね)
 千鶴もまた、分かっているだろう。けれど心が振り返るのだ。その時を。幾度となく。
「そういえば、エッさんも後から来るって言ってましたね」
 這う這うの体でジーナの攻撃から逃げ出してきた夜刀彦が言う。エッカルトは今は学園の管理下にある。恐らく雅の計らいだろう。
「そっか。あっちも大変だろうにね」
「うん。……伝言預かったよ。皆に『ありがとう』って」
 言われた言葉に、一瞬、言葉が詰まった。
 ジーナはほろりと苦笑する。
「今だから言うとさ……伝えられただろうか、って思うんだよねぇ」
「え?」
 視線の先、ジーナはどこを見ているともつかない眼差しで遠くを見る。
「沢山の別れがあったよ。でも、同じぐらい沢山の出会いがあった。ルスさんが紡いでくれた縁の中で、沢山救われた。……綺麗な光の花が咲いてた光景を、あたしは忘れない」
 夜の中、光の花に守られるようにしてあった幼子。彼女もまた、命を救ってくれた大天使に会いたがっていた。
 ……届いていただろうか。自分達の声は。思いは。

 ありがとう、と。
 愛している、と。

 貰った愛情と同じ力で、同じ愛を届けれていただろうか。
「沢山貰ったものを返せなかったと、そう思われるのはルスの本意じゃないと思うがな」
「エッさん!?」
 振り返った先、何故か雪まみれのエッカルトは、仏頂面で体の雪を払っている。
「転移装置に放り込まれた……いきなり頂上の雪だまりに飛ぶとは思わなかったが」
 転移装置の誤差は相変わらずのようだ。
 神楽から渡されたお茶を受け取って、エッカルトは一息つくと言葉を続ける。
「ルスにも届いていたさ。だから託したんだ」
 彼女の時間はほとんど残っていなかった。その限られた時間の中で、人々に全てを賭けて愛するひとを託した。
 そこに信頼が無くてなんだろう。
 愛し、愛されていることに願いを託したのだ。

 あなた達だからこそ、お願い――と。

「私は直接会ったことがないから、とても客観的なことしか見えないけれど」
 ぽんぽんとアイリがジーナの肩を叩く。いつもジーナが誰かを励ますときにそうするように。
「お願い、って。そう、託されたものは、特別なものでは無いと思うの。そのひとが愛したひとが困っていたら手をさしのべたり、傍にいたり……。そんな、ごく簡単で、けれどとても大切なことをお願いされたんじゃないかしら」
 特別印象に残るような何かを期待したのでは無く、ごく普通の友人のように、仲間のように、受け入れてやってほしいと。
 何よりも愛した使徒と我が子のような天使の二人を。
「ずっと考えていました。今というこの時の中で、私達が出来ることは何だろうか、と」
 心が寂しさや悲しみに引きずられてしまう中で。本当の意味で、彼女の思いに思いを、今、返せる方法は無いだろうかと。
「託されたものが……あったのではないかしら。紡がれてきた縁の中で、その縁だからこそ頼られたものが」
 アイリは微笑った。その笑顔は、驚く程かつて見たかの人の笑みに似ている。
「愛されたことを忘れないでね。目に見えなくなっても、触れることが出来なくなっても……きっと、今もこの世界に彼女はいるから」
 今も、ずっと。
 そのひとの思い出を、そのひとへの愛情と共に思い出す人がいる限り――永遠に。

「彼女は、『永遠』になったのだから」





 永遠って何だろうか。遠く永き果てまで続くものとは。
 命は有限だ。その終わりに自分達は立ち会った。
 けれど彼女への思いは尽きず、彼女の存在を今もどこかに探そうとしている自分がいる。

 ――命ある者はいつか死ぬ

 ふと、声が聞こえた気がした。
 柔らかな光の中。誰の姿も見えないけれど、どこか知っている気がする美しい声。

 ――思い出は思い出以上の意味を持たない

 誰の声だろうか。思う端で涙が零れる。名前は思い出せない。ただ、胸が痛い。

 ――けれど思いを持つ者がそれを持ち続ける限り、限りある時の中に、永遠は生まれるだろう

 光が見えた。優しい微笑み。
 誰に告げた言葉だろうか。なんて今を指している言葉なのだろうか。
 未来を読んでいたのか。
 全てを見通していたのか。
 分からない。分からない。分からない。分からない。
 ただ伝わってくる思いがある。もうこの世界に留まれない己を知りながら、己の全てを賭して告げられた思い。願い。祈り。優しさ。――愛。

 ――それだけで、己の中にある刹那の永遠を知るだろう

 永遠に等しい、一瞬にも満たない刹那を。


 ――そうしてくれるなら、我は、いつだって……





 ――ルスさん。





「!」
 誰かが息を呑む音が聞こえた。否、自分か。それとも――
「あれ……」
 誰かが呟く声が聞こえる。鼻を啜る音。
 身を起こすと、千鶴とアイリが同じ様にぼんやりと身を起こしていた。ジーナは目のふちが濡れているのを感じて瞬きをする。
 なんで泣いているのか分からなかった。分からないけれど、胸が暖かくて痛い。
「なんやろ……」
 ぼんやりと千鶴が呟く声が聞こえた。アイリが目を擦っている。
「何か、夢を……」
 理由は分からない。ただ、確信だけがあった。
 ――皆、同じ夢を見たのだと。


 日の出を見るために外に出ると、男二人と天使はすでにもこもこの姿で待機していた。
「お待たせ」
 慌てて合流する途中で気づく。自分達と同じように、その目が赤い。寝不足なのか、それとも――自分達と同じ夢を見たのか。
「起きるの早いな。ちゃんと寝とったん?」
「こちらはほぼ徹夜です。三人で交互に将棋してました」
「ちょっと寝落ちましたけどね」
「人間には睡眠が必要だと思うんだがな」
「あんたらな……」
 にこ、笑う二人と呆れ顔の天使に、千鶴もまた呆れた顔になる。笑ってジーナは促した。
「じゃあ、行こうか」
 日の出を見るだけなら、おそらく一番良いポイントは宿の上側だろう。けれど一同が向かう先は其処では無い。
 今はガスに覆われて見えない岩蔵。

 ――大天使ルスが眠り、その使徒たるレヴィが眠っている場所。

「……」
 誰もが無言でその場に立つ。胸の中にどんな思いをそれぞれ抱えているのか、わからない。
 氷点下十五度。吹く風が頬に痛い。けれどずっとその時を待っていた。――例えガスで覆われていても。





 ふと、何処か知らない場所に座っていた。
 不思議と恐怖は無い。嫌な感じもしなかった。ただ、暖かくてふわふわする。

 ――此処に居るよ。

 声が聞こえた気がした。嘘だと思った。だって居なくなってしまった。

 ――其処に居るよ。

 居なくなってしまったから、こんなにも哀しいのに。
 ずっと考えている事がある。
 あの時、あの瞬間、私だけがコア破壊に残り、例え死んでもコアを壊せる力さえあれば――
 神楽さんや先生もルスさんの護衛に送り出せれば――
(もっと――彼等が話す時間ができたんかな……)
 俯いた頭が何かに包まれる。暖かくて柔らかいもの。
(「もしも」はありえない。けど…)
 温もりに泣きそうになる。

 もう、何処にもいない。

「ごめんなさい」
 声が零れた。零れたことにも気付かなかった。ただ秘めていた心だけが零れていく。
(もっと早く立ち直るべきで――きっとそれを望まれていて)
(でも――出来ない程、貴女の存在は思ってた以上に)

 大きい。

 こんなにも、胸が痛い程に。
 直接触れあえた時間はあまりにも短すぎて、言葉を交わす余裕もなくて。沢山の人の中にあった気持ちや言葉を、伝える前にこの世をから消えてしまった。届けたくても届ける術は無く、行き場を失ったそれらが宙ぶらりんになっている。
 何が出来ただろうか。
 何か出来ただろうか。
 繰り返す言葉がただ心を削っていく。
 もし、自分が――……

 ――護ってもらっていたよ

 ふと、声が聞こえた。そっと囁くように。

 ――あの長さの時ですら、すでに、奇跡……

 奇跡はすでに起こされていた。誰にも看取られることなく朽ちただろう命を前に、愛する者との再会すら与えられた。

 ――皆の此処に、我がいる……

 ふと、心臓の上を押された気がした。温もりがふと薄らぐ。
 かわりに会話が聞こえた。ひどく遠い場所の声を微かに拾うかのように。
 
 ――……思いを持つ者がそれを持ち続ける限り、限りある時の中に、永遠は生まれるだろう
 ――それだけで、己の中にある刹那の永遠を知るだろう

 手を伸ばしたかった。決して届かない手を。
 指先には何も触れない。
 ただ胸だけが温かい。

 ――そうしてくれるなら、我は、いつだって……

 優しい声。
 抱きしめられるような、温度。


 ――だから、そなたは……





 一緒に、生きて。





 ガスが晴れ、太陽が覗いた瞬間を自分達は一生忘れないだろう。
 白い影のような世界が、何かの反射で黄金色に輝いたあの光景も。 
「はい。珈琲で良かったですか?」
「……ん」
 ゆっくりと晴れていく山頂で、千鶴は神楽と並んで岩藏を見ていた。先程まで隣にいたジーナ達は、今は岩藏を撫でたり抱きついたりしている。寒さは感じていないようだ。
「もう直ぐ一年経つんか…」
 ふと思い出した様々なことを胸に、千鶴は呟きを落とした。
「本当に色々とありましたね〜」
「……うん」
 ふと神楽が懐から取り出した黄金の羽根を掲げるのが見えた。陽光に照らされて、それは金色の光を放つ。その羽根を持つ神楽の腕は、神経が赤く発光している。
「力を得たというよりも、この腕だけ現実味が薄れた感じはしますね」
 夢や希望を幻想として嫌っていた。己の力すらも。
 そう――
(私の嫌いな非現実が、私自身になりつつある)
 自己の否定は、何を招くだろうか。
 けれど――
「……それでも、出来る事はありますか」
 この手で。
 嫌っていた非現実的な力で。
 ――誰かが望んだ事を、私が出来る範囲で、その可能性を現実にする為に。
「ならば……それを成すのが、私です」
 千鶴もそっと懐から取り出した。いつも持ち歩いている羽根。朝日の中で、光の羽根になる。

 ――此処に居るよ。

「見えてる…?」
 風にそよいで羽根がふわりと動く。頷くような仕草に微笑みが零れる。
「いつか、レヴィさんにも見せたいな……」
 黎明。世界を照らす光。例え羽根とだとしても一緒に見た――今という時の、始まりの日を。
(だから、次は……)
 そっと掌で羽根を包み込む。
「おや」
 ふと神楽の笑い含みな声が聞こえた。傍らにあった青年がそそくさと外れる。「ん?」と思う間もなく影がさした。

 二人がかりで飛びつかれた。

「えええ!?」
 ものすごい勢いでバランスを崩して雪に沈む千鶴と他二人に、残った男二人が顔を見合わせて苦笑し、エッカルトが目を丸くする。
「雪深くてよかったですね」
「天然のクッションですしね。ああでも、あれ、抜け出せれるのか疑問な深さですねぇ」
「……助けなくていいのか?」
 のほほんと朝日を拝み直している二人に、エッカルトが唖然とした顔。
「ちょ……!? そこ二人!」
「まぁまぁ」
「これも青春ということで。……ふと気付きましたが、成人してないの東城さんだけですか」
 ジーナとアイリに抱きつかれてあわあわしてる千鶴を背に、男達はのんびりしたものだ。
「なんだ。お前、子供だったのか」
「エッさんに言われるとショックなんだけど」
「どういう意味だ!?」
「八百八十八には見えませんよね〜」
 神楽にもいじられて顔を真っ赤にしてるエッカルトに夜刀彦は笑った。
(ねぇ、ルスさん。そこにいるかな)
 視線を転じた先に太陽。両腕で世界を抱きしめるように光を放って。
(此処にいるよね)
 それは確信に近い思い。
(また、あの時と同じ冬が来るよ。けれどきっと、同じようにまた春が来るんだろうね)
 貴女は太陽のようなひとで、春のようなひとだった。
 冬の眠りを優しく破り、目覚めを促す春の日差し。一日毎に生まれ変わる世界に、目覚めを告げる陽華。
「ねぇ、エッさん」
「なんだ」
「一人で抱え込まないでね」
 言われ、エッカルトは押し黙った。
「ルスさんはきっと、貴方が辛い思いをするのを望まない。精一杯の愛で皆を抱きしめて、笑顔で送り出してくれた人だから」
 エッカルトは何かを言おうとし、苦笑して口を閉ざす。何度も何度も。心に声が届くまでずっとこうやって繰り返し救われるのだろう。この地上の昴に。
「俺達が忘れない限り、きっと彼女は永遠に在り続けるから」


 聞くともなくその話を聞いていた耳に、ふと声が囁かれた。
「えっ?」
 目をぱちくりさせた千鶴を置いて、ジーナが勢いよく雪から飛び出す。笑ってアイリが身を起こし、千鶴を引っ張り上げた。
「よぅし。せっかくだ、雪合戦と行こうじゃないか!」
「男女別ですね」
「いきなり!?」
「というか、ゆきがっせん、って何だ?」
「……いきなり不利ですねこれは」
 すでに雪玉持ってるジーナとアイリに、夜刀彦と神楽がじりじり退く。ぽかんと眺めてしばし、千鶴は足に力を入れた。知らず口元に笑みが浮かぶ。

 ――ルスさん、いたね
 ――また会いに来ましょうね

 駆ける足は昨日より軽い。まだ胸の穴は埋まってはいないけれど――

「遊ぶんなら広場に行ってからや!」



 一緒に歩いてくれる人達がいるから――立ち止まらない。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1613/宇田川 千鶴/女/22/永遠の愛娘】
【ja4485/石田 神楽/男/24/破幻の魔弾】
【ja6047/東城 夜刀彦/男/16/希望の昴】
【ja7885/ジーナ・アンドレーエフ/女/20/聖櫃の守護者】
【ja8206/アイリ・エルヴァスティ/女/20/海神の聖母】
【NPC/エッカルト/男/16/月華の守人】
【NPC/ルス・ヴェレッツァ/女/20/黄金の大天使】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました。そして沢山の愛をありがとうございました。
「生きること」をテーマに二年程続けさせていただきました物語は、私の手を離れても、皆様が在る限り続いていっています。
行く道の傍らに、見上げた天の何処かに。何気ない日々のその中に、彼女もご一緒させていただければ、幸いです。

皆様の行く道に、いつも光がありますように――
snowCパーティノベル -
九三 壱八 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月26日

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