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『キミニサチアレ 』
久遠 仁刀ja2464)&ユングフラウjb7830


 街に鳴り響くクリスマス・キャロルは心を穏やかにさせる。
 BGMのみならず、木々を彩る数々のイルミネーションは鮮やかで、楽しげだ。
 年の瀬、浮足立つ人々の姿が多いのも納得出来る。
 商業戦線だ何だと謳われようと、クリスマスは等しく皆にやって来る。冬も本番の十二月だというのに世間はあたたかな雰囲気に包まれ、街並みも活気に満ち溢れている。
 その喧騒の中――時計台の前に、久遠 仁刀(ja2464)は立っていた。
「早く来過ぎたな……まあ、待つか」
 仁刀には恋人がいる。
 本当に好意を抱いていて、大切な相手である人。
 そんな恋人の扱いには未だ慣れないものの、自ら誘いの声を掛けたクリスマスデート。
 気が急き過ぎたか、約束の時間より早めに着いてしまった。
 生真面目と言えば生真面目で、誠実と言えばこの上なく誠実な男。
 携帯を見ながらデートプランについておさらいする仁刀だったが、不意に画面が切り替わる。緊急ニュースだ。けたたましく鳴り響くアラーム音に心臓が跳ねる。
『緊急連絡です。×区域内に天魔出現、×区域内に天魔出現、市民の方々は避難経路を利用し急いで脱出してください。繰り返します――』
 仁刀は辺りを見渡す。
 辺りには多くの人がいた。クリスマスに浮かれる人々。仁刀は安堵の息を洩らす。現場はこの場所からやや離れていたからだ。この幸福感溢れる景色を壊させる訳にはいかない。
 現場には恐らく近くにいた撃退士らが向かっているだろう。そう思った。非番の人間なら幾らでもいる。それに、ここから現場まではやや遠い。勿論駆けつけようと思えば何とかなるだろうが、約束だってある。
 仁刀は考える。
 そして、緩く息を吐いて駆け出した。
 人の波をかき分けて、風のように走る。
(時間までに戻ればいい)
 まだ約束まで時間はある。
 それに、仁刀には天魔を放っては置けない理由があった。
「ここで逃げる自分では在りたくないんでな」
 吐く息は白かった。駆けながら、仁刀はヒヒイロカネを取り出し固く握り締める。
 目まぐるしく視界を行き過ぎるクリスマスの街並み。カラフルなイルミネーション。幸せそうに笑い合う人々。守るべき存在。
 現場まで数分。撃退士の足に掛かればもっと早く着くだろう。
 たとえ着いた時には戦闘が終わっていようと、それはそれで構わなかった。
 戦うことが重要だった。逃げないことが重要だった。
 自身の不甲斐無さにも愛想を尽かすことなく変わらず支えてくれる恋人。仁刀はそれに負い目を感じていた。幾度も幾度も喪失と敗北を経験し、弱き者が負う深い苦渋を知っている彼。常に内で戦い続ける劣等感は、仁刀の想いを強くした。
 ――ある時宿敵との戦いに剣士として負け、戦場として勝った。
 それ以来剣を握ることすら苦しくなった仁刀を、「まだ諦めていないからだ」と恋人は言った。
 仁刀は、その想いに報いなければ、と感じた。その為にも諦めてはいけない、逃げてはいけない、そう、真摯に思うのだ。


 色取り取りの明かりが街を照らす。
 大きなクリスマスツリーには派手ながらも上品な飾りが施されており、目を楽しませてくれる。
 賑やかな街の雰囲気を堪能する天使ユングフラウ(jb7830)は、仲睦ましげに寄り添う家族や恋人らを眺めて目を細める。見て感じられるあたたかな絆。
 けれどその反面で、ユングフラウは天界にいた頃の記憶がちりちりと痛む感覚を覚え目蓋を伏せた。
 天界でも行われた祭事。侍女扱いされていた過去。
 天使として生まれながらも戦力として不足とされ、流麗な相貌であった為に上位天使の侍女のような扱いを余儀なくされていたユングフラウ。
 自身の意志も持たず、運命だと、掟だと諦めていた過去。
 ――けれど、それを変えるべくして人界に彼女は降りた。
 衝動的だったとは言え、そこには確かな目的と意志があったのだ。
 彼女はそれを後悔はしておらず、寧ろ心の支えとして前を向こうと心に決めた。
 ユングフラウの蒼の眸に、クリスマスの彩りは眩しく映る。
「それにしても、人が多い……」
 明るい喧騒。幸福そうな笑い声。それがいつまでも続けばいいと、穏やかに思う彼女の願いはしかし崩れた。
 悲鳴だ。人の悲鳴。泣き声。
 突然のことで驚いたユングフラウが声の発生源を捜して空を舞うと、街の外れで爆発が起きた。
 天魔が現れた、と地上で叫ぶ声がした。
 急いて空を駆けるユングフラウの息は白い。
 争いのにおい。幸せに溢れる街を襲撃。天魔がしそうなことだ。
 現場まで到達し、既に戦っている者がいると知り、手助けをしよう――そう考えたユングフラウが地に降り立つと同時、あることに気付く。
 対峙する天魔は強敵なのか、彼は満身創痍と言っても良い姿だった。それでも諦めず、果敢に向かっていく背中。時には味方を気にかけながら、逃げることをせず、勇敢に立ち向かう男。
 ――旭の光の戦士。
 ユングフラウが捜していた、自身に運命に抗う強さを信じさせてくれた、名も知らぬ撃退士。
 それが、彼だった。見紛う筈もない。
 ユングフラウの気は、急いた。


 久遠仁刀。
 常に自己鍛錬の日々だった。
 幾度も経験した喪失は、自身の弱さの所為だと負った。
 だからせめて、支えてくれる恋人に報いたいと願った。
 強さを得ても、過去への贖いにはならない。
 知っていたから、常に前を向き続けた。
 だから、これから先目の前で起こる惨劇は防ぎたい。
 仁刀の心は真っ直ぐで、強かで、そして弱い。


 ユングフラウ。
 運命に従い抗うことを諦め、常に流され続けた彼女。
 長い時を他者に費やし、それもまた仕方がないと傍観していた。
 けれど彼女は知った。寿命も力も天魔より劣る存在が、強い意志を持って抗い続けているという事実を。
 その強さを目の当たりにし、初めて自らの意思で運命に抗った彼女。
 運命に抗うということ。前を向き自身の足で歩むこと。
 ユングフラウの心はまだ脆くやわらかで、けれど、確かな道標を持っていた。


 仁刀は幾らか焦っていた。
 天魔が、強い。手を抜いたわけでも、油断したわけでもない。
 ただ純粋に、強かった。揮われる力は並のものではなく、少しでも気を抜けばすぐにでも決壊してしまうだろう。
 それと同時に仁刀の中には焦りがあった。
(早く終わらせないと)
 雑念だった。今この瞬間では、確かな雑念。
 そして、その一瞬が命取りとなる。
「……ッか、は」
 次の瞬間、仁刀の胸元に天魔の剛爪が深々と埋まっていた。
 どろりと唇から溢れ出る血液。傷口がじんと痛み、肌に染みる寒さが熱さに変わる。
 深手を負ったと意識するより先に、誰かが叫ぶ声が聴こえた。
 それが誰かだなんて考える余裕はない。
 天魔が爪を引き抜き、猛々しく血を嘗め取る。
 その口許が笑う笑う笑う。
 傷は思った以上に深い。下がろうとステップを踏むと、足が縺れた。
 足手まといになるのは御免だと朦朧とする意識の中で過ぎれど、追い討ちをかけるように襲い来る二度目の爪を避けることは出来なかった。
 仁刀の視界を埋めるのは、白。
 いつの間にか雪が降り始めていた。
 雪に身体が沈む。
 何度も何度も斬り付けられる感覚に痛みが追いつくより先に、ブラックアウト。
 ――恋人との約束の時間は、あと少し。
 誰かが駆け寄って来る足音が、聴こえたような気がした。


 ユングフラウは無意識に悲鳴を上げた。
 遠くない先で、深々と貫かれる仁刀。彼女にとっては名も知らぬ撃退士。
 もう少し早く着いていたら、間に合ったかも知れない。
 そんな想いがユングフラウを責めた。
 けれどそれも過去の話だ。もう戻らない、過去。
 動けず立ち尽くすユングフラウを嘲笑うかのように、天魔の二度目の爪が仁刀を穿った。飛び散る肉片、辺りに満ちる濃密な血のにおい。
 崩れ落ちる仁刀が、まるでスローモーションのように映った。
 震える脚で駆け寄るユングフラウに、天魔は見向きもしない。
 気付けば降り始めた白い雪が、仁刀の吐き散らした血で融けてゆく。
「……大丈夫ですか……っ」
 助け起こそうとした手に、べったりと血がついてぞっとする。
 抜け落ちていく命の源は、彼の死を予感させて怖ろしかった。
 倒れ伏した彼の目蓋はぴくりとも動かない。
 傷は深く血塗れ、よくよく見れば仁刀の身体は古傷でいっぱいだった。
 ユングフラウは震える手で真新しい傷口を押さえる。
 溢れ続ける血を止める術を彼女は持たない。癒す術を知らない。
 ――それが運命の定めた道。
 そう、抗うことを許さない運命の女神が笑った気がした。
 艶やかに、そして酷薄に。


 それはクリスマスの街で起こったある出来事。
 他愛の無い話。特別でもない話。よくある話。

 矢張り、吐く息は白かった。
 待ち合わせ場所に、彼は戻らない。
 幾ら時間が経っても、幾ら夜が更けても、彼は戻らない。
 鳴らない携帯。鳴り響くジングルベル。
 時計台の鐘がひとつ鳴る。
 誰もの幸せを祈る音。誰もが幸せを祈る音。

 ――メリークリスマス。

 弾けるクラッカー。重なる歓声。誰かが笑った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2464 / 久遠 仁刀 / 男 / 17歳 /  ルインズブレイド】
【jb7830 / ユングフラウ / 女 / 17歳 / ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもWTの依頼でお世話になっております、相沢です!
 今回はクリスマスを基調とした群像劇風、といったイメージを受信致しまして(違ったらすみません……!)そんな感じで書かせていただきました。
 個人的には非常にアツい内容でテンションだだ上がりでした。このテンション、伝われば幸いです。クリスマス特有の華やかさも出せればなと想いましたがいかがでしょうか。
 それでは、機会がありましたらまた是非宜しくお願い致します。ご依頼有難う御座いました!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月26日

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