▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『春の海、ひねもすのたり 』
常木 黎ja0718


 ――May You Your Happiness of this Year.
 ――『今年も』どうぞ、よろしくね。縁の、続く限り。

 交わした年賀状を手にして、常木 黎は口元に笑みを浮かべた。
(忙しくしてるかな……。挨拶回りとかもあるだろうし。仕事がオフなら、ゆっくりしたいだろうし)
 撃退士に休みナシ、個人事務所を構えるフリーランスならなおのこと。
 忙しいとわかっているから、困らせるようなことは口にしたくなかった。
 あまり上手とは言い難い手書きの文字を眺めつつ、どうしようかなと黎は考える。

「えーっと…… 元気、だった? もし、空いてる日があったらで良いんだけど……」

 勇気を振り絞って連絡を入れたのは、三が日を過ぎてからだった。




 三が日を過ぎたとはいえ松の内、まばらになった参拝客に混じっての初詣。

「下りは滑るから、気を付けて」
 藍色の本振袖に薄紫の道中着姿の黎へ、鷹政が手を差し伸べる。こちらはフード付きの白ダウンジャケットにグレーのVネックセーター、ラフすぎる。
 帰り道に食材を調達して家で何か作ろうか。そんなことを話しながら、石段をおりてゆく。
「ずいぶん、真剣に祈願してたみたいだけどー?」
「……秘密。神社の参拝は、自分への誓い立てって言うし」
 ――来年も鷹政さんと来られます様に。
 本人を前に、口に出来るわけがない。内に秘めた分だけ、薄っすらと頬が赤くなる。
「ああ、やっぱり」
「え、何?」
「今日は化粧してる」
「礼装だから……。薄めだけど。普段してないと違和感あるかな」
(……ケバく見えた?)
 あるいは防寒目的とはいえ、道中着が若者らしくないだろうか。
 不安になって、自身の唇へ指先を伸ばした黎に、対する鷹政は平和極まりない表情。
「そんなことないよ。綺麗。ちょっとした変化で印象が変わるもんだなーってさ」
 普段は下ろしている長い髪は、後ろだけ簪で纏めて。
 着物の柄は白い輪郭の椿。裾から袖へゆるりと昇り、薄紫から薄紅へとグラデーションを描き咲いている。
 椿の花に合わせ、口紅は赤を。
 礼装だけれど派手にはならず、控えめだけれど存在感はきちんと。
「俺の場合は、あまり変えようがないな……。今年の夏は、浴衣で花火も良いかもね」
 一年は始まったばかりなのに、半年以上先の約束。
 明日のことだってわからないような撃退士の日常で、それは些細だけれど大きな意味があるようで、なんだか嬉しい。
 自然と繋がれた手の、確かな温度が嬉しい。
「夏も良いけど、まずはこれから食べるものか。鷹政さん、日本酒を貰ったって話してたでしょう? だったら和物はどうかな。御節もなんだし、肉じゃがとか?」
 反応を伺うように、黎はちらりと鷹政を見上げた。
「手料理に餓えてたとこ。すげー嬉しい」
 そうだ。穏やかな空気で忘れがちだったけれど、相手はつい先日まで多忙の極みだった。
(美味しく、作ろう)
 もとよりそのつもりだったけれど、気持ちは一層、深くなる。




「全部おなじにみえるんですが」
「そっちが豚肉、こっちから牛肉。……豚肉にする?」
「牛さんでお願いします」
 普段とは違うスーパーでの買い物。陳列なんて何処も同じようなものだけれど、鷹政には新鮮らしい。
 子供のようにキョロキョロ見回しては、余計なものをカゴへ入れようとする。
「買っても良いけど…… 食べきれないんじゃない?」
「えー……。……えー」
 ささやかなやり取りを聞いていたらしい後ろのご婦人が、耐えきれなくなったらしく笑い声をもらした。
「ああ、ごめんなさいね。良いわねぇ、年の始まりから睦まじくて。うちの主人なんか、付き合ってくれないもの」
 何年目なの?
 あー、えっと、……一年目?
 あらあらあらあら!
 ご婦人と鷹政が、噛み合うような噛み合わないような会話をしている。
(一年目…… ……)
 ややあって、噛み合わない理由に黎は思い至った。染まる頬を隠すように俯く。
「えー、やだなあ、近所なんですよ。……って、黎? あれ? 待ってってば!」
 足早にレジへ向かう黎を、鷹政が慌てて追った。
「照れちゃってー」
「……別に」
 できるだけ素っ気なく言ったつもりなのに、どうにも浮つく声は隠しきれなかった模様。




 材料の煮える、甘辛い匂いが室内に広がり始める。
(あー……、なんだろ。この感じ)
 襷掛けでキッチンに立つ黎の後姿を見るとはなしに見ながら、鷹政は胸の奥のむずがゆさを感じていた。
 窓から差し込む夕日は冬らしく冷え冷えとしたものなのに、それが立つ人の輪郭を鮮明にしている。
「……鷹政さん?」
「いー匂い。味見させて?」
「もうちょっと待って。仕上げの――……」
 ……ぎゅう。
 警戒させないよう、わかりやすく足音を立てて後ろに回り込んでの。
「た、」
「もうちょっと待って」
 それは、つい今しがたの黎の言葉だ。
 首元へ顔を埋め、肩を抱きしめる。鷹政の腕の中に収まって、まだ余る細い肩。淡い香り。
 煮込みあがるまでの、あとちょっと。もう少し、このままで。




 窓の傍へテーブルを寄せて、月見酒。月明かりを楽しむように、室内照明を少し落とせば、着物の藍も空気に溶け込むようだ。
 静かで、穏やかで、暖かな時間が流れる。
「年末年始、お疲れ様」
「……ありがと。クリスマスもカウントダウンもなくってな……ほんとにな……」
「わかってるよ。それに今、こうして二人きりでいられるから」
 薄く笑い、鷹政の腕へもたれ掛るように、黎は熱燗で酌をする。
「鷹政さんこそ、無理、してない?」
「してるよ」
 甘えるようでいて、押す加減をいつだって気にしている恋人の表情は可愛いと思う。
 そのことをストレートに伝えられる機会の少なさは、鷹政にとってなかなかに生殺し。
「ほんとはもっと、ベッタベタに甘やかしたい」
 すい、と上体を伸ばして、黎の額へ軽くキスを落とす。
「でも、そうすると離れる時が辛くなる」
 帰したく、無くなっちゃうから。
「……その、言い方変かもだけど……好きにしていいから…………」
「…………」
「…………」
「…………また、そういうことを」
「だ、だって」
 沈黙の後、それがどういった爆弾発言か気づいたらしく、薄闇の中でもそれと判る程に黎は赤面する。
 ぐい、と鷹政の腕に顔を押し当て、表情を隠す。
「今日くらい」

 新年だし。
 休日だし。
 月がとっても綺麗だし。

「……今日、くらい?」
 声音をワントーン落とし、未だ顔を上げない彼女の耳元で囁いてやる。
「ゆっくりしていく?」
「…………その、つもり」
 ぐ、と腕にすがる指先に籠った力を、愛しいと思った。

 子供扱いをするわけじゃない、子供じゃないから配慮するべきことがあって。
 自分が大切にしていることを、理解して、尊重してくれるから、きっと苦しい思いもさせてしまっていて。

(ほんとはもっと、ベッタベタに甘やかしたい)

 触れて、溶かして、理屈なんか飛ばして。海に揺蕩うように。
 ……今日くらい、月が沈むまで?




【春の海、ひねもすのたり 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja0718/ 常木 黎 / 女 / 25歳 / インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 27歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
前半と後半で、軽く視点をスイッチしております。
ひねもすのたり、のたり。そんな空気と、ゆったり甘く。
楽しんで頂けましたら幸いです。
snowCパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年01月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.