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『紡がぬ言の葉 』
九条 静真jb7992)&白虎 奏jb1315

 年が明けて早幾日。寒さも日増しになっていくある晴れた日、寺の縁側で静かに佇む少年がひとり。
 九条 静真(jb7992)。姿勢を正して座し、彼は黙々と墨を磨っていた。
 さりさりと硯と墨とが触れ合う音が響く。その僅かな音に耳を傾けながら暫し作業に没頭していたものの、傍らに気配を感じて顔を上げると、いつの間にか銀髪の少年――白虎 奏(jb1315)が立っていた。
「お前さぁ……その悪趣味な習慣止めたら?」
 奏は本気で止める気はない、けれど一応は口に出す、といったていで口にした。
 それに対し静真は軽く首を左右に振り、再度墨を磨り始める。
 奏の発言を無視したわけではない。静真は、言葉を声にして話すことが出来ないのだ。
 返る反応ははじめから判っていたのだろう。奏は特に深追いするでもなく隣に腰掛け、携帯ゲームを取り出した。
 唯黙々と墨を磨る姿は『悪趣味』という言葉からはかけ離れているが、奏は静真が何をしようとしているのかを知っていた。
 ――静真は毎年、遺書を書く。
 家族と親しい友人に宛てて綴り、それを住職に預ける。
 知っているのは奏だけ。家族も、他の友人も一切知らないこと。
 奏はそれを暗いなあと思う。口に出した通り悪趣味だとも。けれど、静真がそれを望んでいるのなら、強く止めるべきことでもないと思っていた。
 静真にとって、その心遣いと距離感はとても心地よく、とても気が楽だった。
 それは、昔からだ。
 丁寧に墨を磨りながら、静真は奏との出逢いを思い出す。
 変わらない関係、変わらない距離感。



 実家。呉服屋の前で、ぽつねんとひとりで空を見上げていた静真に声を掛けたのは、奏だった。言葉が話せない静真が戸惑う様子も気には留めず、奏は静真の手を引いた。
「一緒に遊ぼう!」
 元来の人見知りも手伝い、慌てた静真が何とか言葉が話せないと伝えても、それが何だと彼は簡単に笑い飛ばした。
「何かおかしいと思った!」
「……」
 そう言った奏の手が離されるだろうと思って、思わず目を逸らした。怖かったからだ。
 それなのに、攫まれたままの手が引かれて静真はよろめきながら前を見る。
「話せなくても分かるし。じゃあ、問題ないだろ?」
 ぐいぐいと手を引きつつ背中越しに言われた言葉に、静真は目を丸くした。
 話せないと言ったのに、まるで気にしていない。
 それどころか言葉が話せないことを忘れたように、誰とも変わらず接してくる。
 ――奏は静真を特別扱いしなかった。
 他の子と同じようにお喋りが出来ない。だから、綺麗な空を眺めたり、近所の猫を追い掛けるだけで満足だと思っていた。
 他の子が普通に出来るような、言葉を必要とする遊びには誘われない。だから、ただ見ているだけで良いと思っていた。
 けれど。
 奏は軽々とその垣根を飛び越え、手を引いて、静真を巻き込んだ。一緒に遊ぼう、一緒に行こう、そう言って静真を色々な所に連れて行って、色々なことをして遊んだ。
 激しい運動をする遊びや、声を出す遊びの時だって奏は静真を誘い、そしてさり気なくフォローをしてくれた。それを億劫そうにするでもなく、恩着せがましくするでもなく、ただ自然に、当然のことのように奏は振る舞った。
「静真が話せない代わりに俺が話すし。問題無いだろ?」
 荷を背負わせることが申し訳ないと告げた静真に、奏はきょとんとして言った。
 そもそも、奏は静真との関係において重荷だとか、面倒だとかいったことを一切考えていなかった。
 静真を他の友人と同じように扱い、特別扱いは一切しない。時折、彼が話せないことを忘れてしまう程に無頓着にも見える程、自然だ。奏にとってそれは静真と共にいる上で当たり前のことで、全く気にしていないから。
 いつか奏が誰かに静真のことを語った際に、『ちょっと無口すぎる友人』と表したのは、彼の考え方をよく表している。
 そして明るく活動的な奏は、静真の理想でもあった。眩しくて、けれど”過ぎる”程ではない。あくまで隣にいて、共に在って、並んで歩く、そんな関係。
 幼い頃からの友人。話せない自分と、他の人との態度を変えずに接する大切な友人だ。
 また、奏にとって静真は、『静けさ』を教えてくれる友達だった。
 雨の降る音。雪の降る音。木々の葉擦れの音。鳥のさえずり、虫の鳴き声。
 人の声の聴こえない静けさを知っている静真は、奏の知らないことを沢山教えてくれた。
 陽の沈む間際の茜色の空は、幾重ものグラデーションで出来ている。ただの橙一色ではないと、静真に教わった。
 友人が余り多くなく、ひとりで遊ぶことが多かった静真にとっては当然のことで、けれど奏にとっては物珍しいこと。
 二人は互いに足りない部分を気付かぬ内に補い合って、教え合って、友としての絆を深めていった。



 過去を思い出していた静真は、胸中で小さく笑う。
(楽しかったなぁ……かくれんぼとか、他の子はせぇへんかったし)
 それ以外にも、沢山の遊びを知った。
 今でも奏に対しては遠慮無く感情を出して、普通の少年のように、多少乱暴にじゃれ合ったりすることも少なくない。
 貴重な同年代の友人。対等で、同情されない、居心地の良い関係。
 年に数回逢う程度でも、長く互いに親しくしている。
 さり、さり。
 磨られた墨が色濃く硯に溜まる。けれど人数分書くには、未だ足りない。
 隣で携帯ゲームに没頭している奏に視線を寄越すと、静真は目を細めた。
(……本当に、恵まれてるんやなぁ)
 暇そうではあれ、静真の行為を無理矢理に否定し止めるでもなく、ただ傍にいてくれる。
 そんな奏の気遣いが有り難いと思うと同時に、申し訳ないとも、思う。
 遺書を綴るということは、死を予期しているということだ。それも、自然死ではない。
 その半紙に目的は決して明記せずとも、いつかその先――死ぬことを望み、その為に前へ歩んでいるということは確か。
 静真はいつか自ら望んで死ぬ。その為に、遺書を書く。
 そうして、遺書を綴る傍らに友たる奏はいる。
 大切な友人は、自身の目的を知れば怒るだろうか、笑うだろうか。
 いつも快活な奏だから、もしかしたら笑うかも知れない。馬鹿だなあと呆れるかも知れない。
(……死ねば、悲しんでくれるんやろか)
 詮無い話だ。考えるまでもない。
 遺書を書くことを止めないでいてくれる奏はきっと、否定はしないのだろう。
 それについては何となくではあれ、確信めいた想いがあった。
 同時に、静真は望んでいる結末に、未練があることに薄々感付いていた。
 覚悟していたつもりだった。けれど、決意は揺らぎつつある。
 透明な水を張ったコップ。ひとしずくの墨を垂らすと、微かな色がつく。
 そんな明確ではない不明瞭な未練が後ろ髪を引く。
 それでも。
 静真は墨を磨る。心に決めた決意を折らぬよう、確固たる意志を持って、墨を磨る。
 今はまだ、臨む時ではない。だから、何れ来るその時の為、背を伸ばして遺す言葉を綴るのだ。



 無言で携帯ゲームを弄りながら、奏は考える。
 隣には無口な友人。その手許には遺書を綴る為のそれぞれ。
 辛気くさいなあと思う。何故って、遺書だ。自発的に死に行く者の遺す手紙だ。常に命の危険にさらされる職業ならともかく(命の危険という意味では撃退士もあながち間違いではないが)、仮にも学生の身である静真が毎年用意するだなんて悪趣味にも程がある。
 実のところ、奏は彼が遺書を用意する理由――彼の目的については、薄々感付いていた。
 けれど、それに対してとやかく言うつもりはなかった。
 友達だ。友達だからこそ言うべきときはあるかも知れない。それでも、友達だからこそ言うべきではないときだってある。
 静真が自ら望んでしていることだ。それを否定したり、止めさせたりする権利はどこにもない。
 彼は言葉が喋れなくとも、意志を伝えることは出来る。嫌なことは嫌だと言える。それなら、彼の行動を阻害する必要なんてひとつもない。
 静真は奏にとって大切な友人で、だからこそ特別扱いもしなければ、干渉し過ぎることだってない。大切だから、敢えて深入りしないでおく。それが、二人の間柄。
(話”さ”なくても、判るんだよなあ)
 話せなくても判る。そうして、話さなくても判る。
 友達だからなのか、奏だからなのか、静真だからなのかは判らない。
 けれど、奏は何となく、静真の未練についても感じ取っていた。
 ――迷いがあるなら止めれば良いじゃん。
 そう言ってしまえば伝わるのかと言えば、そうでもないだろう。
 何せ静真の意思は固い。だから、今言ったとて伝わらないし、特に変化も生まれないだろう。
 だからただ、奏は傍にいるだけ。今はまだ、傍らで共に在ろう。
(……頑固だもんなぁ)
 長年の友人の真剣な眼差しを見て、奏は小さくためいきを吐いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7992 / 九条 静真 / 男 / 17歳 /  阿修羅】
【jb1315 / 白虎 奏 / 男 / 15歳 / バハムートテイマー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 相沢です、今回はご依頼有難う御座いました。
 特別扱いでなく、いつだって自然体。それは嬉しいものです。そして際立つ性格の差異。似た者同士もいいけれど、正反対だからこそ惹かれあうものもあります。不干渉、けれど無関心ではなく。大切だからそっとしておくことが出来る間柄ですね。
 それでは、機会がありましたらまた是非宜しくお願い致します。ご依頼有難う御座いました!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月02日

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