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『人形館にて 』
セレシュ・ウィーラー8538


 ブティックで、女性客が消える。
 いくらか古い都市伝説である。
 試着室の鏡が開閉式のマジックミラーになっていて、その裏に男が隠れている、という設定だ。
 拉致された女性は当然、売り飛ばされる。手足や舌を切り取られたりもする。
 人間にも、そうでない者たちにも、本当にそういう事をする輩が、全くいないわけではない。
 だからセレシュ・ウィーラーは、依頼を受ける事にした。
 都内某所。若い女性客が次々と行方不明になっている、と噂されるブティックである。
 都市伝説通り、なのかどうかはともかく、行方不明者が何名か出ているのは間違いない。
 警察の調べも入っているようだが、日本の警察は基本的に、あまり強引な事が出来ない。何か証拠があるわけではないから、まあ当然ではある。
 警察が無法を行う社会よりはましであろう、とセレシュは思う。
「そこで、何でも屋さんの出番っちゅうわけや……お巡りさんには出来へん違法捜査、やったるでえ」
「いらっしゃいませ。何か、お探しですか?」
 呟きながら店内をうろつくセレシュに、1人の女性が声をかけてくる。
 黒のスーツをきっちりと着こなした、若い女性店員。営業スマイルが、実に堂に入っている。
「あ、いや……洒落たお店やなあ思うて」
 セレシュは店内を見回した。客は、自分以外にも何人かいる。
 だが、洋服を着せられたマネキン人形の方が、ずっと数は多い。
「ええなあ……お洋服も上物ばっかりやけど、お人形さんもみんな美人や。まるで生きとるみたいやね」
「綺麗な服を着せてあげると、お人形も喜ぶんですよ」
 女性店員が、にっこりと微笑む。完璧な営業スマイルの下に何か隠されているのかどうか、まだわからない。
 ハンガーにかけられたワンピースを、セレシュは手に取った。
「これ、試着してみたいんやけど……」
「こちらへどうぞ」
 女店員が、試着室へと案内してくれた。
 セレシュはカーテンを閉め、まずは鏡を確認した。
 マジックミラー、ではない。開閉の仕掛けもなく、きちんと壁に据え付けられている。裏に不審者が潜んでいる気配もない。
 試着室に何か仕掛けられているわけではない、とすれば服の方であろうか。着たら人形になってしまう、という呪いの衣服を、セレシュは見た事がある。
 手にしたワンピースからはしかし、そうした呪力の類は感じられない。
「着てみても大丈夫、っちゅう事かいな……おっと」
 ワンピースが、手から滑り落ちた。
 握力が、消え失せた。指が動かない。
 拾い上げようにも、脚が曲がらない。腰が曲がらない。
 身体が、動かなくなっていた。
 呆然と固まっているセレシュの姿が、鏡に映っている。
(あかん……うち、長生きし過ぎで耄碌しとる……)
 唇も動かず、声も出ない。内心で、己の迂闊さを悔いるしかない。
 服に呪力があるわけではない。鏡の後ろに、ならず者が潜んでいるわけでもない。
 鏡そのものに、悪しき魔力が宿っているのだ。
 映る者を人形に変えてしまう、魔鏡。
 魔具を扱う者として、見抜けなくてはならない罠である。
「きつい所、ゆるい所、ございますでしょうか? お客様」
 試着室の外から、女店員が声をかけてくる。セレシュは答えられない。
 カーテンが開いた。
「そのワンピース、お客様の場合ですと……胸の辺りが少しゆるいのでは? いかがでしょうか」
 店員の美貌が、ニヤリと歪む。営業スマイル、ではない邪悪な笑み。
「……心配しないで。胸を強調するタイプじゃない服を着せて、可愛らしく飾ってあげるから」
 セレシュは完全に、マネキン人形と化していた。


 この女店員が、どうやら魔族の類であるのは、間違いなさそうであった。
「人間なんて、殺しても面白くないわ」
 店の倉庫らしき場所で彼女は、そんな事を呟きながら、セレシュの服を脱がせている。
「生きたまま皮を剥いでも、はらわたを引きずり出してみても今一つ。首を刎ねて、代わりに豚の生首くっつけてブウブウ鳴かせてみるのも、まあ最初は面白かったけど3日くらいで飽きちゃった」
 今のセレシュは、マネキン人形である。それは女の子を脱がすと言うより、人形から服を剥ぎ取る作業でしかなかった。
「やっぱり人間は、こうするに限るわよね……お人形に変えて、綺麗な服を着せてあげる。ああ、もちろん貴女みたいな可愛い娘限定ね。男なんて、それこそ切り刻んで内臓ぶちまけるくらいしか楽しみ方ないんだから」
 魔族の女が愉しげに、倉庫内の洋服を選んでいる。
「いろんな服、着ているうちにね、もう自分が人形だなんて事はどうでも良くなっちゃうから。女の子はね、綺麗に着飾ってる時が一番幸せなの。その幸せな魂をたんまり集めて、私もいっぱい幸せになるの……ん〜、胸元あんまり強調しない服っと。どれがいいかしらねえ?」
 ゴシック・ロリータ調の、ひらひらとした服が、セレシュの身体に押し当てられた。
「眼鏡に合う服と合わない服があるのよねえ。これは、どうかしら……ちょっと眼鏡、外してみましょうかあ」
 自分は何もしていないが、この女との戦いには勝った、とセレシュは思った。相手が、自滅してくれた。
 眼鏡が外され、青い瞳が、遮られる事なく女店員を直視する。
 直後、何か固い物の砕ける音が、倉庫内に小さく響き渡った。
 セレシュは倒れていた。ずしりと重いものに、押し倒されていた。
 石像である。
 魔族の女店員が、石像と化していた。
(……っと……重い、っちゅうねん……)
 悲鳴を漏らす事も出来ぬまま、セレシュは念じた。
 使い捨ての簡易ゴーレムを動かす時と、同じようにだ。
 マネキンと化した全身に、魔力が血液の如く行き渡り循環する。
 もちろん、それだけで身体が元に戻ったりはしない。だが人形化した手足を、ぎこちなく動かす事は出来る。
 布団の如く覆い被さっている石像を、セレシュは押しのけた。
 押しのけられた石像が、床に転がる。
 石化した衣服が、半分近く割れ砕けて剥離していた。先程の音は、それのようだ。
 女店員の美貌は、ニコニコと愉しげに歪んだまま石に変わり、もはや完璧な営業スマイルを浮かべる事も出来なくなっている。
 綺麗な鎖骨も、柔らかそうな胸の谷間も、形良くくびれた脇腹も、美しく膨らみ締まった太股も、露わになったまま固く滑らかに石化し、もはや隠す事も出来ない。上手い具合にと言うべきか、腰や胸の周囲では衣服が剥離せず、ひび割れたまま危うくこびりついている。
 一方セレシュの身体は、単なるマネキンであった。
 表面は滑らかで艶やか、だがそれは生きた肌の色艶ではなく、固いマネキンの光沢である。
 腕も脚も、すらりと伸びたまま、ぎこちなく曲がっている。
 あらかた脱がされた胴体には、ランジェリーが巻き付いているだけだ。このままマネキンとして下着売場に置く、にしては、やはり胸と尻のボリュームがいささか不足しているか。
(こないなマネキンじゃ、ブラもパンティもよう売れんわなあ。あはははは……っと、そんな場合やのうて)
 セレシュは、使い捨てゴーレムのようにぎこちなく身体を動かし、脱がされた服の中から携帯電話を探し出した。
 助けを呼ばなければならない。だが、声は出せない。
 マネキンの指でメールを打つのは、いささか大変そうではあった。


 セレシュ・ウィーラーが助けを求めてきた。滅多にある事ではない。
「うっふふふふ、お姉様に恩を売るチャンス! ですわねっ」
 鍵のかかった倉庫の扉を引きちぎりながら、少女は笑った。
 記憶があるわけではないが、自分はどうやら石像であったらしい。ストーンゴーレム並の怪力が生来、備わっている。
「おっねえさまぁ〜、助けに参りましたわよん……どこに、いらっしゃいますの?」
 少女は見回した。
 セレシュの姿は、どこにもない。石像が転がり、下着姿のマネキン人形が、ぺたんと床に座っているだけだ。
 ランジェリー売場のマネキン人形、にしては凹凸がいささか貧弱ではある。
「どちらかと言うと……子供服売場? ですかしら」
(……なめた事言うとらんと、仕事せえ仕事)
 頭の中に、何者かが言葉を押し込んで来る。
 念話である。
「え……まさか、お姉様!?」
(見ての通りや。手も足も動けへん事ないけど、家まで歩くのは難儀やさかい……工房まで、運んでえな)
 下着姿のマネキン人形が、困り果てた内容の念話を送って来る。
「あらまあ……お姉様ともあろう御方が、何という」
(ちょう、ドジ踏んでもうたわ……あ。うちだけやのうて、そこの石っころも頼むで)
 少女に抱き上げられながら、マネキン人形が念話で言う。
「石っころ……ああ、お姉様よりセクシーなこの石像さん。って、またお持ち帰りですの? もう置く場所ありませんわよ」
(魔族の女や。放っとくワケいかんやろ)
 セレシュは言った。
(それに……人形にされた子らを元に戻す方法、聞き出さなあかん。あれば、の話やけどな)
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月02日

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