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『バレンタイン“デス”キッス 』
イリス・リヴィエールjb8857)&ガート・シュトラウスjb2508

 バレンタイン前日。
 ガート・シュトラウス(jb2508)は家庭科室で手持ち無沙汰に座っていた。時間は放課後、彼以外には誰もいない。
 時計を見遣れば、もうじき約束の時間だ。そろそろ来るのではないか――ガートがそう思った矢先、家庭科室のドアが開いたかと思いきや。
「お待たせ」
 イリス・リヴィエール(jb8857)が矢の如く飛び込んできて、そのままの勢いで何の躊躇もなくガートへ全力の飛び蹴りを。
「よーイリス、元気そうで何よりさー」
 しかしガートはそれは手慣れた様子でひょいとかわした。それもその筈、出会い頭にイリスがガートに蹴りを食らわせガートがそれを回避する――というのは二人の間では『いつもの光景』なのだから。
「……傷は治ったようね」
 軽やかに着地したイリスは不服そうにガートを横目に見る。
「おかげさまでー」
 ガートは先の大規模作戦で長期重体となり入院していたのだ。退院はつい先日。すっかり包帯が取れた手を、悪魔は元気を証明する様に開いたり閉じたりして見せる。だが彼を『父の仇』と憎むイリスはそれに笑いかけるだとか「退院おめでとう」だとか言う事はない仏頂面で、「それより本題だけど」と話題を変えた。
「そうそう、一体全体オレっちに何の用さー?」
 こんな場所にわざわざ呼び出して、とガートは周囲をぐるり見渡す。何てことはないただの家庭科室。まさか告白、などと茶化そうかと思ったが、フライパンや包丁やらが飛んでくるのはごめんなので本題を促す様にイリスへ視線を据えた。
「お前に頼みがある」
 少女はいつになく真剣な様子だった。
「頼み?」
「そう。……これを」
 す、とイリスが差し出したのは小さなタッパーだった。沈黙の中で蓋が開けられる。

 そこにあった物は――

「ガトーショコラ?」
「そう。ガトーショコラ」

 ガトーショコラ。ガートショコラではない。よりネイティブ発音ならばガトー・オ・ショコラ。つまりはチョコレートケーキだ。

「マ……マサカ、マサカだけどイリス、これ、作った……?」
「『まさか』ってどういう事。蹴るよ? それは正真正銘、私が作ったガトーショコラ」
「えっ、これ、ひょっとしてオレっちへの――」
「別にお前のために作った訳じゃない。棄棄先生にバレンタインに何か贈りたいから味見をしてほしいだけ」
「……」
 ツンデレなのか、本当に言葉通りか。ガートの経験上、120%の確率で後者だ。
 悪魔は黙って目の前のガトーショコラへ視線を落とす。見た目は極一般的なガトーショコラだ。特に変なにおいもしない、ていうか無臭。試作品らしく小ぶりなガトーショコラだ。見た目、は。

 ガートは知っている。嫌と言うほど知っている。

 イリスの料理は極悪残虐鬼畜兵器だ。
 誇張じゃない。不味いとかいう次元じゃない。
 マジで、マジで、文字通り『殺人級』の料理スキルの所有者なのだ。

 ガートの顔はひきつりを通り越して菩薩めいた真顔だった。緩やかに顔を上げ、イリスにニッコリ微笑みかけて――
「また重体になるさー!? 断固拒否さー!!」
 両手も顔もブンブン振り全身の全力でNOを示す。折角退院したところなのにまた入院しろと申すか。
「そう……」
 あっさりと、イリスは静かにガトーショコラのタッパーを引き下げ、蓋を閉めた。
「一応、お前の退院祝いも兼ねていたんだけど……仕方ないね。他の誰かに味見をお願いするわ」
 ガートはイリスの殺人料理を知っているが、彼女がその料理を悪用――例えば仇であるガートへの嫌がらせなどに使う事はない人物だと判断している。父を殺した存在、憎いだろうに、ガートの「生涯をかけて、自分の手で少なくとも1万人の命を救いたい」という愛した少女から引き継いだ願い、それを果たすまでは休戦とする協定を結んでくれたほどだ。
 ガートは知っている。イリスはバカ生真面目だ。そう、悪い奴じゃない。
 本当に、言葉の通り、嫌がらせなんかじゃなくって、ちょっと不器用なりにもガートの為と想ったのだろう。
「ちょっと待つさ!」
 ガートは咄嗟にイリスを呼び止めた。本命は別として折角作ってくれた手料理と彼女の想いを無下にするのも居心地悪い。そう思う程度には、ガートはお人よしな悪魔だった。
 そして、何より。

 他の者をイリスの『味見テロ』から救う為に。

(この手で一万人救うって決めたのさー……!)
 ガートは腹を括った。言ったからには後戻りはできない。男に二言は無い。家庭科室から去ろうとしていたイリスが少し驚いたように振り返った。
「良いの? それじゃあお願い」
 そんな言葉と共に、再び差し出されるガトーショコラ。ガートは手汗が酷い手でフォークを握りしめるとそれと対峙した。
 見た目やにおいは問題ない――が! 彼の野生の本能が叫んでいる。これを食うな、と。これはヤバいぞ、と。
(これは最早――ガトーショコラの形をした何かじゃん!)
「ちゃんとレシピを調べて作ったのよ。我ながら……、良くできたとは思う。甘さは控えめの大人の味にしてみた」
 顔を青くするガート。一方でちょっと誇らしげなイリス。ガートの味見を密かにソワソワ待っているそのいじらしさが今では恐ろしい。悪意なし、純粋な想い故のバイオレンス。小さな子供が無邪気100%で虫を分解するアレだ。
「どうした、食べないの?」
「いやぁ、ははは……」
「あ、飲み物が無かったね。紅茶でも淹れようか?」
「遠慮なさらずにさー!!」
 これ以上メイキングアポカリプスされて堪るかとガートは反射的に叫び、覚悟を決めてえいやと一口。噛まずに飲む。気合いで飲む。自分の無事を祈りながら。
「っっ……!」
「で、どう?」
 イリスが割りと自信ありげに身を乗り出してくる。ガートは静かにフォークを置くと、極刑を言い渡された囚人の様な顔で俯いた。
「……うん、食えるもんじゃねえじゃん」
 胸焼けするほど甘いのに、何故か辛味苦味渋味酸味が混沌と入り乱れた謎の味。なんかもうすでにお腹が痛い。どんな即効性だ。しかも動悸と目眩と悪寒がするし舌が何故か鈍く痛い。不味い以前の問題だ。
「これ……ホントにレシピ見たさー……?」
「勿論、学校図書館で借りた料理本に載ってたレシピだけど?」
「それ呪いの黒魔導書だったんじゃね……?」
「可笑しな事を言う奴ね。……うーん、このガトーショコラはあんまり美味しくなかった、と」
 あんまりどころじゃねーよ、と突っ込む力はガートに残されていなかった。そんな彼を他所に、イリスは「お料理って難しい」と眉根を寄せている。
 ともあれ試練は乗り越えた。さぁ早く帰って薬飲んで寝よう、ガートがよろめきながら立ち上がろうとした――その時。
「実はまだ、別のレシピを見て作ったガトーショコラがあるんだけど」
 ことり。新たなタッパーと、極悪残虐非道無慈悲鬼畜兵器其の弐、出現。
「これも味見してくれる?」
「……!」
「? ……もしかして、今のでお腹一杯になっちゃった? 男の癖に胃袋が小さいのね。仕方ない……他の誰かに味見を」
「食べる! 食べるさーーー!!!」
「ほんと? じゃあよろしく」
 誓いや夢や希望とは、時に己自身の首を絞める死神となる。ガートは半ばヤケクソ、涙を堪えながら第二の兵器を一瞬で完食した。早速、イリスが感想を訊ねてくる。
「味はどう? さっきのと今のと、どっちが良いと思う?」
「……」
 良いのクソもねーよ何だこの名状し難いガトーショコラめいた冒涜的なモノは、と思う気力すらガートに残されていなかった。遂に彼の顔面は死人の様に白くなり、フォークを手から落っことし、
「あば……あばば……あばばばばばばばばば」
 ガタガタガタと悪霊か何かに憑依されたかの如く震え出すと、白目を剥いて泡を吹いて引っくり返ってしまった。
「ちょ……ちょっと、ガート・シュトラウス!?」
「ぐふっ」
 ガクンぽっくり。
 その後、ガートが慢性的な体調不良でしばらく学校を休んだのは言うまでもない。

 結論……イリスはお料理はせずに、チョコを買って贈りましょう。







「この間は……まぁ、悪かったわね」
 後日。イリスは復活したガートに『挨拶』を回避された後、ばつが悪そうにそう言った。
「おー、マジで天国見えたじゃん」
「ごめんってば。……はぁ、お料理って大変ね。あの後、召喚獣達に味見に付き合ってもらったんだけど」
「え……え!?」
「皆、お前と同じ様になったわ……何が悪かったのかな」
「そっ……そっかぁ……」
 ガートは心の中でイリスの召喚獣達に十字を切った。
「お料理は諦めて、今年のバレンタインデーのチョコはもう買う事にしたわ」
「それがいいと思うさー……うん」
「来年こそは、頑張りたい」
「頑張らなくってもいいと思うじゃん……」
「何か言った?」
「いや! 別に! デ、今日はまたオレっちを呼び出して、何の用さー?」
「この間のお詫びとお礼。好きなもの奢ってあげる」
「おっ! やった! ジャア、ガトーショコラ以外でよろしくじゃん!」
「……お前って結構、根に持つタイプなのね」
「冗談じゃん。ソーだなぁ、こないだ近所に良いケーキ屋を見つけてさー……」

 そんな言葉のやり取りが、チョコの香りに遠退いていった。



『了』



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>登場人物一覧
イリス・リヴィエール(jb8857)
ガート・シュトラウス(jb2508)
MVパーティノベル -
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月09日

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