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『ある晴れた朝に 』
カルマ=A=ノア(ib9961)&カルマ=V=ノア(ib9924)


 長屋の一室。夜更けから降り始めた雪は止み、窓の隙間からは夜明けを待つ青白い光が忍び込む。
 カルマ=V=ノアは使い慣れた銃を手に取った。手に馴染んだ象牙の握り銃を暗闇に向かって構える。
 じっと闇に目を凝らしているとそこにぼんやりと人影が浮かび上がってきた。不吉な赤い髪をした片目の男が……。
 命の恩人、元師匠そして両親の仇、カルマ=A=ノア。アリスが薄く笑う。その笑みはあたかも「俺を殺せるのか?」と挑発しているようにも見えて、引鉄にかけた指に力を込める。
「馬鹿にするなよ」
 自分はあの日から彼を殺すために生きてきたのだ。師匠? 命の恩人? それがどうした。自分の中にあるのは彼への憎しみだけだ。
 弾丸をアリスの身体に打ち込む瞬間を何度想像しただろう。寧ろ想像しなかった日はなかったかもしれない。
 ヴィンセントは銃をしまうと羽織を肩に掛け長屋を出た。
 今日こそ全てを終わらせてやろう。
 間もなく夜が明ける。

 アリスは仮宿としているとある屋敷のベッドで目覚めた。
 白み始めた空の淡い光が薄手のカーテンを越え部屋をぼんやりと照らす。二度寝する気分にもなれず起き上がった。
「……年寄りは朝早くなるっていうがな……」
 まだそんな歳じゃねぇだろう、とぼやいてナイトテーブル代わりの椅子に手を伸ばす。指先に触れる煙草の箱から一本取り出し咥えたのは良いが、燐寸がないことに気付く。
 小さく舌を打ちベッドを出ると窓際のサイドボードへ。ついでに開けるカーテン。白に沈んだ世界に一つ色を見つけた。
 元弟子であり今は同じ組織に所属するヴィンセントが閉じられた鉄門の前に立っている。此処からでは表情を伺うことはできないが想像するのは容易だ。そして彼が居る理由も。
 まあ、付き合ってやってもいいか、と煙草に火をつけ、軽く振ってやる。
 一度だけ視線を向けたヴィンセントが背を向けるとゆっくりと歩き出した。

 雪の上に続く足跡、それを辿っていくと前方にヴィンセントの背中が見えた。振り返りはしないが既にアリスの存在に気付いているだろう。もしも気付いていなかったら自分の教育は全部無駄だったと嘆かなくてはなるまい。
 郊外へ向かうにつれ空が明るくなってくる。ヴィンセントが足を止めた頃には東の空に光が満ちていた。
 広がる雪原。自分達以外踏み荒らした者はまだいない。風が吹くと粉雪が陽光を浴びきらきらと舞う。その向こうヴィンセントが振り返った。孔雀の王、その名に相応しい豪奢な短銃を抜く。
 まるで荒野の決闘のようだ、と肩を竦めアリスはコートのポケットから煙草を取り出した。それを唇に挟み更にポケットを探る。
「火を忘れちまったか……」
 持ってないか、と上げた視線に向けられたのは銃口。
 今回こそは……ヴィンセントの低い呟きにハッと乾いた笑みを漏らす。
 ヴィンセントが親の仇だとアリスを襲い、アリスが悉く返り討ちにする、師弟となったあの日から繰り返されてきたことだ。今回だって、そうだと知って誘いに乗った。
 正直生きているのが不思議だと思うくらいに痛めつけたことも片手では足りない。
「朝っぱらから……」
 元気なもんだなぁ、と言い終えぬうちに引鉄が引かれた。同時にアリスが雪を蹴って走り出す。
 一発の銃声が、少し遅れて戦いの開始を告げた。

 まずは足を狙って動きを封じる、ヴィンセントは一箇所に留まらないよう動きながらアリスを追う。遮蔽物のない平野、隠れることも、何かを盾にすることもできない。
 互いの獲物を鑑みるに接近さえ許さなければ勝てる。
 足を狙った一発目は避けられた、だがそれは計算のうち。避けたアリスの着地点にもう一発。しかしそれも避けられてしまう。
 煙草を咥えた口元がにやりと笑う。ヴィンセントはその顔目掛けて、立て続けに引鉄を引いた。

 連続して響く轟音、弾丸がアリスの髪を散らす。
「若者は、無駄に元気じゃねぇか」
 煙草を噛み軽く先を上向かせる。興奮で僅かに上ずる声。
 悪くない、軽く唇を舐めた。
 ぴたりと、アリスの額を捉えたままヴィンセントが向ける視線。アリスの記憶に重なる深い海の青色をした双眸が、打ちたての刃のような、否もっとどろっとした熱く絡みつくような憎悪を宿している。
「あぁ……」
 ざらりとした溜息交じりの声。背筋をぞくりと這い上がる予感に口元が緩む。手が無意識のうちに首にかけた指輪を弄んでいた。
 元弟子は悪くない戦場を選んだ。だがな、と銃口より身を屈めアリスが一気に距離を詰める。後ろ手に抜く忍刀。
 ヴィンセントの眼前で飛び上がる。
「まだ甘い……」
 いきなり視界の中に飛び込んできたアリスに反応が遅れたヴィンセントの銃を握る手を腕で払う。がら空きになったヴィンセントの喉元目掛け閃く忍刀。
 ヴィンセントは咄嗟に身体を沈ませ一撃を避ける。そしてアリスの胸倉を掴み、腹に足を添え突っ込んできた勢いを利用して後方へ投げ捨てた。
 一転し着地するアリス、踵を軸に振り返り、倒れたヴィンセントに立ち上がる暇も与えず襲い掛かる。雪の上を転がり攻撃を避けるヴィンセント。
 外れた簪が雪上に転がり、乱れた長い髪も着物も雪塗れだ。

 ヴィンセントが羽織で雪を跳ね上げる。布に絡め取られぬよう飛び退き距離をとるアリス。
 片腕をバネに立ち上がりざまヴィンセントが引鉄を引く。アリスの足元が弾けた。
 体勢を整えるまでの時間稼ぎの攻撃。それと解っていて見逃してやるほどアリスは甘い男ではない。
「綺麗な顔を傷つけるのは嫌だろう? なぁ?」
 指の間に挟んだ小型のクナイを彼の顔へ向け投げつける。クナイは風を切り、それぞれに軌道を描いてヴィンセントを襲う。
 クナイを追尾しヴィンセントに迫るアリス。
「やらせ……ッ!」
 銃身でクナイを叩き落したヴィンセントの視界が反転した。

 朝の澄んだ青空を遮るように立つ男の顔は逆光で見えない。ただ緩慢な笑みを浮かべたような気がした。
 まだ諦めるわけにはいかない。男が動くよりも早く上体を起こす。だがヴィンセントにできたのはそこまでだった。
 首筋にひやりとした刃の感触。
 男が手首を少しでも動かせば自分の命は終わる。自分はまたこの男に届かなかった。
(今回もこれで終わりか……よ)
 奥歯をぎりっと噛み締め雪に爪を立てる。

 不意に風が吹く。ヴィンセントの髪が宙に遊ぶ。

 息を呑むアリス……。煙草が雪の上に落ちた。初めて見せた隙にヴィンセントは反射的に引鉄を引く。

 銃声が大気を震わせた。


 男にしてはほっそりとした白い首筋に刃を突きつけられたヴィンセントがアリスを睨む。
 愛しいあの人と同じ色の瞳に、ふと過ぎる感情。
 もう止めにしようか、と。この瞳に一方的に望みを託すことを……。きっと彼女を失い代わりに自分が生き残ったあの日から救いなんて存在するはずもなかったのだ。
 単純に疲れていたのかもしれないし、気まぐれだったのかもしれない。
 僅かに伏せた視界に金色が踊った。
「っ……」
 風に舞う金色の髪が陽光を反射し煌く。それはとても懐かしい……。
 次の瞬間間近で銃声が鳴り同時に衝撃に膝をつく。
 足元に咲く赤い花は右胸に当てた手の合間から滴り落ちた血だ。花は雪の上に次々と咲いていく。
「……ぐっ」
 口から溢れる血。右の肺、どう見ても致命傷だろう。
(こう終わるのも悪くはない……)
 血に濡れた手をみつめアリスは唇の端を上げる。妙に清々しい気持ちで被さる影に顔を上げた。
(駄目な……弟子だ)
 陽光を思わせる金色の髪に縁取られた顔は血色を失い歪んでいる。下を向く銃口に苦笑を零そうとし、再び血を吐いた。
「……ぁ」
 ヴィンセントの動きを遮るように上げる手。
「……狙いは、此処だ……っ」
 指差す心臓、一度肩で息を吐く。
 交差する視線 、暫しの沈黙、ゆっくりと上がる銃口。
「……外す なよ?」
 震えて狙いの定まらない銃口に唇を歪める。その間もアリスの視線はヴィンセントから外れることは無かった。
「分かってる…! お前は……っ」
 耐え切れずヴィンセントの瞳から零れる涙。何かを噛み殺すようにヴィンセントが唇を引き結んだ。
(あぁ……)
 アリスは柔らかく目を細める。陽光を浴びて輝く金色、海の深い、深い濡れた青色。最愛の婚約者と同じ美しい色。それを目に焼き付ける。
(とても……綺麗だ……)
 あと少しで……。指輪を握り、望みが成就する瞬間を待った。
「……お前は  俺が殺す……!」
 一発の弾丸がアリスの胸を撃ち抜く。反動に跳ねるアリスの体。
 見開いた双眸に映る空と金色の髪と海の青。
「   」
 アリスの唇が刻む愛しい婚約者の名。消え行く意識の中、彼女が優しく微笑むのが見えた。
 アリスの世界はそこで途切れる……。

 ずっと望んでいた瞬間、自分はこのために生きてきた。だというのにアリスが膝をついた時、咄嗟に立ち上がり駆け寄っていた。
 顔を上げたアリスが顔を歪ませ再び血を吐く。
 (……望みを果たせ……果たせ……)
 凍りついた思考がようやく言葉を紡ぐ。またとない好機だ。なのに銃を構えることができない。
 先ほどまで心を覆っていた憎しみはどこに行ったのか。
「……狙いは、此処だ……っ」
 アリスの指がさすのは己の心臓の上。
 扱いなれた銃が酷く重い。それでもアリスの言葉に導かれるように震える手で銃を構えた。
 照準はアリスの心臓。定まらない狙いに、もう一方の手を添える。
「……外す なよ?」
「分かってる…! お前は……っ」
 死に瀕してなお揶揄を含んだ声音に覚える苛立ち。どうしてか、などと思う余裕はない。
 初雪の夜、炎に飲まれる家、倒れる父と母、見知らぬ男達、そして自分に「死にたいか」と問い掛けた男。脳裏に浮かぶ、あの日の出来事、師弟として過ごした日々。それらは決して甘い感傷を持って思い出す日々ではなかった。
 それなのに視界が滲む、涙が次から次へと溢れてくる。
 酷く穏やかな表情のアリス。ああ、この男はいなくなるのだ……。
 するりと何かが指をすり抜ける感触に、唐突に気付く自分の胸の奥にある感情。
 それを振り払うかのようにぐっと唇を結ぶ。酷い耳鳴りがした。
「……お前は  俺が殺す!」
 聞こえない銃声。だが弾丸は銃口から飛び出し一直線にアリスの胸へ。
 大きく揺らぐアリスの身体。
 銃を捨てヴィンセントは必死に手を伸ばしその身体を抱きとめる。
 引鉄を引いた腕に残る生々しい痺れ。自分は今、アリスを殺したのだ。この手で!
 それを自覚した途端、涙は次から次へと溢れ出す。
「……なん、で……」
 なんで、と繰り返す言葉。涙はアリスの血と混ざり合い雪に落ちる。
 両親を殺したアリスを心底憎んでいた。それは本当だ。いずれアリスを殺してやると思っていた。それも本当だ。なのになぜ涙が止まらない。
「……うっ  ぁ」
 嗚咽が漏れる。胸の中に空いた小さな穴、周りの砂がサラサラと落ちて行き瞬く間に広がっていく。その穴を埋めるようにヴィンセントはゆっくりとアリスの亡骸を抱き締めた。だが埋まることはない。もう二度とこの穴は埋まることがないというのを、体温を失いつつある身体が嫌でも教えてくれる。
 願いの代償……。そこには喜びも達成感もない。
 アリスは憎むべき親の仇、師匠、そして……。

 最後の家族だったのだ。

 目に映る空は雲一つない、いや何もないただただ澄んだ青が広がっている。
 自分と同じ空っぽだ。
 アリスの肩にヴィンセントは額を押し付け涙を流す。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名      / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9961  / カルマ=A=ノア / 男  / 46  / シノビ】
【ib9924  / カルマ=V=ノア / 男  / 19  / 砲術士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注いただきありがとうございます。桐崎です。

アリスさんの救い、ヴィンセントさんの喪失のお話いかがだったでしょうか?
イメージとして最初に雲一つ無い空が浮かんだお話でした。
戦闘はお言葉に甘えて趣味を入れさせていただきました。ありがとうございます。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
snowCパーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2015年02月10日

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