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『新しい、ふたりの思い出 』
三島 奏jb5830)&九 四郎jb4076



「シロー!?」
 体重のかけ方がいけなかったのか、氷の表面にエッジが引っかかった。コケるのだけはまぬがれたものの、それはとっさの判断で壁に手を伸ばしたからだった。
 デカい図体が壁にはりついたまま離れられないでいる姿は、はたから見ている人たちには滑稽だろう。ちょっと情けない、と九四郎はため息をついた。せっかく先輩にいいとこ見せようとしたのに、意気込んだところでウインタースポーツが苦手だという事実は揺るがなかったわけだ。
「どこもケガしてないかい」
「大丈夫っす」
 先にリンクへ足を踏み入れていた三島奏は、慌てて四郎の元へ戻ってきた。流れを逆走することになったのだが、器用に体重移動しながら人を避けていた。
「スケートは慣れてないンだね。ごめんよ、先に聞いておくべきだッたね」
「いえ、自分も言わなかったんで」
「ここからは任せておくれよ、あたしが手取り足取り教えるからさ」
 ばつが悪い様子の四郎に、奏は手袋に覆われた手を差し出した。微笑みがきらきらと輝いている。リンクを囲む木々を彩るイルミネーションと、それを受けて反射するリンクを背にした奏。四郎は知らず知らずのうちに、目を細めて見とれていた。
(きれいっすね……)
 イルミネーションは確かに綺麗だ。でも、奏の方がもっともっと、比較にならないくらい綺麗だと。
「シロー! ほら、手!」
 慌てたような奏の声で、四郎は我に返った。ぐっと押し出された手を握ると、スケートの滑り方講座が始まった。
「……これはこれでいいっすね」
「え、何がだい?」
「何でもないっす」
 まるで幼い子供のようだが、臆面もなく、周囲に何の気兼ねもなく、そして何より奏が身構えない。こんな状態で堂々と手をつなげるのだ。降ってわいた機会はぜひモノにしたい。
「結構スピード出るんすね。もう少し強く握っててもらえないっすか」
「人も多いし、そうのほうがいいかねェ」
 あとは手袋だけがふたりの間に立ちはだかる邪魔者だが、リンクで素手はご法度だ。最大の楽しみは、後にとっておくことにする。

 誘ったのは四郎からだった。
 デート自体はもちろん初めてというわけではない。けれど今回のデートは、恋人として初めてのクリスマスだ。しかも夕方から夜にかけてのとくれば、それはもうかける情熱が違う。
 奏はバッグに隠してあるガイドブックを思い出した。寒さを気にせず楽しむためにパンツスタイルを選んだぶん、女の子っぽく小ぶりのバッグにしたせいで、入れるのに苦労した。何せ開きグセがつきまくりで言うこときかないし、付箋も端からたくさんコンニチハしてるし。もちろん中は書き込みだらけだから、
(シローにはちょっと見せられないねェ)
 ふふっ、と笑みがこぼれた。
 このリンクは毎年、期間限定で登場する。イルミネーションで囲まれる造りになっていて、とても雰囲気がいいと評判だ。ふたりで行こうとどうやって提案しようか思案していたところの、四郎からのお誘いだった。同じことを考えていたのだと思うと、口元が緩んで緩んで仕方なかった。
 点灯時間の少し前に待ち合わせて、木々が一斉に彩られる瞬間には一緒にいた。ふたりとも、目が輝いていたと思う。感動を共有したのだ。
 つないだ手の先を見る。かろうじて真っ直ぐ進めるようになった四郎が、次は体重移動を会得しようと四苦八苦している。
「ねェシロー。あたし、楽しいンだよ」
「何すか、いきなり」
 そんな四郎へ、自分でも驚くほど唐突に、奏は声をかけたのだった。四郎の眉間にシワが寄っているのは、慣れないことをしているからか。それとも彼女の発言の意図を汲み取れないからか。
「まあ、自分も楽しいっすよ、そりゃ。先輩と一緒っすから」
 わからないなりの答は、200点満点だった。
 同じものに感動して、同じ時間を楽しいと思う。たったこれだけのことが可能な相手というのが実のところかなり貴重な存在なのだと、たった20数年しか生きていない奏でも知っている。
 コツを理解したらしい四郎がリンクのカーブに沿って曲がる姿に称賛の声を送りながら、奏は心が温かくなるのを感じていた。

 

 オレンジ色の暖かな光が、ドア横の格子窓から漏れている。軒先に下げられた看板には横文字の店名が記され、たまに吹く風に少しだけ揺れる。
 四郎が取っ手を引いて、ドアを開けた。手の動きで奏を先に通し、それから自身も中に入ると、給仕服の店員が出迎えてくれた。店員と四郎が話している間に、奏は目立たない程度に店内を見渡した。
(ああ、街の洋食屋さんだ)
 レストランというほど格式ばっていないのが、自分達にはちょうどいい。ここにしてよかった、と改めてガイドブックに感謝する。
 案内されたのは窓際、テーブルを挟んで向かい合わせに座る二人席だった。予約時にクリスマス限定のディナーコースを頼んであるので、飲み物だけメニューから選んだ。
 運ばれてきたふたつのグラスには、細かい気泡が立っていた。細身で背の高いグラスによく映える、白のスパークリング。ただしノンアルコールだ。大事な思い出になるだろう今日という日をしっかりと記憶に刻むため、これを選んだ。暖かな光を受けて煌めく様子は、スケートリンクで見たイルミネーションを彷彿とさせた。
「それじゃあ、初めてのクリスマスに――」
 奏はグラスを持つと、テーブルの中央に差し出した。四郎もグラスを持って、奏のグラスに近づける。
「乾杯ッ」
「乾杯っす」
 チンッ、とささやかな音を鳴らした。グラスに唇を添えて傾けると、爽やかな炭酸が運動後の渇いた喉を潤していった。
 このタイミングを待っていたのだろうか、コース料理が運ばれてきた。白いプレートにクリスマスらしい意匠を凝らしたオードブルから、スープ、そしてメインの肉料理。良心的な値段ながらもその内容は本格的で、味もいい。
「ン〜、おいしい! ……シロー? なに笑ってンだい?」
「いえ、ほんとうまそうに食べるなあ、って思っただけっす」
 そう言った四郎の目元口元は、幸せそうに綻んでいた。無垢な表情に奏は胸を震わせたが、次の瞬間、自分がその顔をさせているのだということに思い至ってしまった。そして奏の食事のスピードはがくりと落ちた。
「いつの間にお酒飲んだんすか?」
「え?」
「赤いっすよ、顔」
「……だ、暖房が効きすぎてるのかねェ!?」
 手で自分を仰ぐ奏に首を傾げながらも、四郎は一口大に切った鶏肉を口の中に放り込んだ。
 予想はしていたが、奏の状態は彼女自身の予想をはるかに上回っていたようだ。リラックスして楽しみたかったのに、全くリラックスできない。
(シローってば、食べるの早いなァ)
 視線の先は四郎の手元。向かい合って座っているのに、正面から四郎の顔を見られないのだ。どんなに気をつけても見てしまいそうになったことが今日だけでも何度かあって、その度に、微妙に視線をずらしていた。
 正面から相手の顔を見るということは、自分も正面から見られるということ。気恥ずかしいのと嬉しいのとでドキドキするのは、相手を強く意識しているからに他ならない。
(……プレゼント、いつ渡そう)
 胸の動悸は一向に収まる気配を見せないが、リラックスは難しくても食事を楽しむことはできるはず。
 肉とソースがいい塩梅だの、付け合せの野菜がいい仕事をしてるだの、そんな会話も今ここでしかできないのだから。

「さて、先輩」
 デザートの手作りケーキまで堪能して、食後のコーヒーを味わっていた。芳醇な香りに包まれていた奏は、前を向いた。
 四郎のおでこのあたりを見ていると、上着のポケットから小さな箱を取り出した。そしてそれをテーブルに置き、指先で奏のほうに寄せてきた。
「クリスマスプレゼントっす」
 先手を取ってしたり顔の四郎にさえもドキドキしながら、奏は箱を受け取った。ふたを開けると一組のピアスが収められていて、片方を手に取れば一粒のストーンが揺れた。
「普段身に着けてもらえたらなって感じで、シンプルなものを選んでみたっす」
 喜ぶ奏の姿を思い浮かべていた四郎だったが、当の奏はといえば何かを堪えるように唇をへの字に曲げていた。
 まさか気に入らなかったのかと問いかけようとした時、奏は自分のバッグを開け、手のひらほどの薄い包みを出した。
「あたしも……側に居られない時も、いつも使ってもらえたらいいなァ、って」
 包みを受け取った四郎は、ためらうことなく中身を確認した。銀細工の栞だった。教科書に辞書にと、およそ本というものを毎日開く学生にはうってつけの贈り物だろう。
「こんなに同じこと、考えてたンだねェ」
 堪えていたのは溢れんばかりの愛情か。大きく息を吐いた後の奏は、くしゃくしゃになって笑っていた。
 四郎は両手で顔を覆って、天井を仰いだ。
「シロー!?」
 何か気に障っただろうか。おろおろする奏に、四郎は
「手、貸してくださいっす」
 とだけ言った。
 思考が追いつかないまま奏が右手を出すと、四郎はその手を取って、自らの両手で包み込んだ。あたたかくて、大きくて、ごつごつしている、大好きな人の手。
「先輩、こっち」
 感触に溺れかけていたところを引き上げられた奏は、自身の目を射抜く四郎の双眸に縫い止められた。離せない。覗き込まれる。
「目を逸らした方の負けっすよ」
 追い討ちをかけるその言葉も、胸をより熱くさせる燃料となる。言葉を投げかけられた側だけでなく、発した側にとってもだ。
 相手の瞳の奥に自分の瞳が映る。その奥にはまた相手の瞳が映る。常に傍らに在ることになるだろう今日の贈り物を見るたび、使うたびに、今のこの重なる視界が思い出されるに違いない。




━DATA━━━━━━━━━━━━━

●今回の恋人たち

jb5830 三島 奏(外見年齢20歳・女・阿修羅・人間)
jb4076 九 四郎(外見年齢19歳・男・ルインズブレイド・人間)
snowCパーティノベル -
言の羽 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月12日

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