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『恐るべき冬合宿!? 〜探偵倶楽部の日常〜 』
久遠 栄ja2400)&真田菜摘ja0431)&九神こよりja0478)&木南平弥ja2513

●冬の落とし穴
 冬枯れの森の上には、青いガラスのような空が広がっていた。
 木々の間を縫うように続く小道はとても静かで、足を踏み出す度にさくさくと心地よい音を立てた。
 目いっぱいに着込んだ防寒具から覗く頬を狙うように、風が鋭く吹き付ける。
「さぶっ!!!」
 木南平弥が思わず叫び、自分の身体を抱くようにして身震いした。
 直ぐ後を歩いていた久遠 栄はニヤリと笑ったかと思うと素早く近づき、自分の膝を器用に折って平弥の膝裏に打ち込む。所謂、膝カックンである。
「ぎゃっ! いきなり何すんねん!!」
「だらしないなぁなんぺー、根性出せよ!」
 思わず躓きながらもどうにか踏みとどまった平弥は、振り返ると栄の頭に手を伸ばす。
「お返しや! 二度と見られへん頭にしたるわあ!!」
「ぎゃあああやめろぉおおお」
 平弥は高速シャッフルで元々収まりの悪い栄の髪をぐしゃぐしゃにかきまわした。
 少し後をついて行く真田菜摘が控え目に、けれどとても楽しそうに笑っている。
「やっぱり仲良しさんなのですね」
 並んで歩きながら九神こよりは呆れたように声を掛けた。
「こんな所でまで何やってるんだか。ほら、もうすぐそこだ。ついたら寒さなんか忘れると思うぞ」
 こよりの言う通り、木立が切れると不意に視界が開ける。
「わあ……!」
 そこには青空の下、真っ白に凍った小さな湖が眩しく輝いていた。
「すごい。とっても素敵ですね♪」
 菜摘がほう、と白い息を吐いた。

 探偵倶楽部の冬合宿という名目で、こよりが知人のペンションに招待してくれたのが今回の発端だった。
 楽しい誘いに皆が乗らないわけがない。
 こよりにとっておきの場所があると言われれば、当然ついてくる。
 そしてペンションから小道を辿ってすぐの、この湖にやって来たのだ。

 男2人はテンションも高く、散歩に連れてこられた子犬のようにじゃれている。
「すっごいな! こんな湖がカチカチに凍るなんて」
「おお〜! 踏んでも割れへんねんな!!」
 栄と平弥は代わる代わる氷の端を踏みつけては、岸辺に戻ってきた。
「氷の具合によってはスケートもできるぞ。今日できるかどうかは、オーナーに確認して……」
 こよりがそこまで言った時には、既に男2人は湖の真ん中に向かって駆け出していた。
「ひゃーっすごい! ほら、靴でも滑れるんだ!!」
 栄がぶんぶんと手を振って、陸地で困惑顔をしているこよりに向かって叫ぶ。
「話を全く聞いていないな」
 こよりが言うまでもなく、栄と平弥は既に勝手に氷の上で動き回っている。
 平弥は強度を確かめるように何度か体重をかけて、たわむ氷の感触を楽しんでいた。
 はしゃいでいる2人は気付かないだろうが、微かな、軋むような音がほとりに立っているこよりと菜摘には聞こえてくるのだ。
 菜摘が不安そうにこよりを見た。
「あの、こより……大丈夫でしょうか? なんだか変な音がしますけど」
「多分大丈夫じゃないと思う」
 飽くまでもこよりは冷静だった。男2人の馬鹿騒ぎをどうやって止めさせるか、一応は考えてみる。
 結論。
「でも危ないって言ったら逆に喜ぶんじゃないかと思う」
 長い付き合いである。行動パターンは簡単に推理できる。
 サービス精神旺盛な2人のことだ、こっちがはらはらする程調子に乗るに違いない。
 だが真面目で正義感の強い性質の菜摘はたまりかねて、手を口元にあてると大声を上げた。
「本当に、危ないですよ! あんまり氷の上ではしゃぎますと……、えっ!?」
 その瞬間、予想通りの事態が起きたのだ。
 端の方は厚く凍っているように見えても、湖の真中は意外と薄いことがままある。
 氷の割れる音と、栄の叫び声が辺りに響き渡った。
「あぁ……、やっぱり割れてしまいました」
 菜摘は両手を頬にあてて、か細い声で嘆く。

「栄!?」
 平弥は慌てて、氷にかかる体重を少しでも減らそうと四つん這いになった。
「何やっとんのや、ほんまにもう……大丈夫かー?」
 氷の端から冷たい水を覗き込む。撃退士がこれぐらいで死ぬ筈はないとは思っているが、平弥の顔は心なしか青ざめている。
「ごぼぼ……」
 小さな泡が大量に噴き上がり、黒い塊が水の中から近付いて来る。
「……ぶあはっ!! 冷たい!! しぬ!!!」
 水から顔と両手を出し、浮き沈みしながら栄が必死でもがく。
「栄! 掴まれや、ほら!!」
 不安定な氷の端を掴み、平弥が身を乗り出して思い切り手を伸ばす。栄も必死でその手を掴もうとする。
「がはっ、なんぺー……!!」
 指先が触れると見えたそのとき。
「あ」
 バキバキバキ。
 氷は平弥が体重を掛けていた手元から見る間にひび割れを広げ、姿勢を立て直そうとした膝の下からも崩れていく。
「いーやーやー」
「ちょ、なんぺー、こっちくんな……ぎゃあああああ」
 ざっばーん。
 ついに、平弥の姿も氷の上から消えてしまった。

●戦慄のたこ焼き
「ぶあくしょいっ!!」
「えーっくしっ!!」
 ペンションの暖炉の前では、毛布にくるまりながら栄と平弥が交互にくしゃみを連発していた。
「大丈夫ですか? もっと薪をくべましょうか。何か他に、体を温めるために良いものがあれば……」
 菜摘は心配そうに何度も尋ねてくれる。
 栄が落ちたところで、菜摘はすぐにペンションに駆け戻った。そして毛布を借りてまた湖に戻って来た頃には、栄も平弥も何とか岸に辿りついていたのだが。
 芯まで冷えた身体は、熱いシャワーを浴びてもなかなか戻らないようだ。
「あ、ありがとうな! いやー、びっくりしたよ」
 そう言って鼻を啜る栄の髪は酷い有様になっていた。
 暖炉の火で暖められ乾いて来るに従い、何かそれ自体が謎の生き物のようにうねり、渦巻いている。
 何度か撫でつけてみるのだが、ますますひどくなる一方だ。
「後でドライヤーを借りるよ。そしたらちゃんとまとまるからね」
 いや、これは嘘である。
「何か胃に入れた方がいいかもしれないな。一応飲み物は持ってきたが」
 こよりがお盆に乗せた、はちみつ入りのホットレモネードを2人に勧める。
「うう……有難う、あったまるね……」
 栄はグラスを手の中に包み込むようにして、暖かい飲み物を啜った。
 その顔がぱっと明るくなる。
「そうだ、なんぺーがたこ焼き食べさせてくれるんだっけ?」
「お、食べるか? ワイの自慢のたこ焼きやで〜」
 平弥が嬉しそうに毛布を引きずりながら立ち上がる。
「ちょっと待っててなー!」

「またたこ焼きか……」
 こよりの顔に、何やら複雑そうな感情が浮かぶ。
 探偵倶楽部の活動目的は、謎の究明だ。
 だがそもそも、興味深い事件という物にそう毎日でくわすものではない。
 では、彼らは部室で毎日何をしているのか。
 簡単に言うと、こよりが自慢のコーヒーを淹れ、平弥がたこ焼きを焼いているのである。
 そのうち名称も乗っ取られて『たこ焼き部』になるのではないかと、こよりは半分本気で心配している程だ。
「こより。そのワンピース、とても素敵ですね」
 親友の声にこよりはハッと我に帰る。
「有難う。一番好きな服だから、そう言って貰えると嬉しいな」
 一番好き、にちょっと力が入っていたのは気のせいか。
 綺麗に整えられたバックリボンが自慢のワンピースはクラシカルな濃い焦げ茶色で、くるぶしまで届く裾が歩くたびに優美なラインを描く。
 だがこの服を持ってきたことに、深い意味は無い。
 ……無い、筈だ。
 ほんの一瞬、こよりは顔がかっと熱くなるのに気づいた。
「こより? どうかしましたか?」
 菜摘はどことなくこよりの様子がおかしいと思ったようだ。流石は一番の親友である。だが、今は気付かれるとこそばゆい。
「なんでもない。ちょっと暖炉が熱いかなと思って」
 こよりは長い裾を綺麗に捌きながら栄の前を横切り、暖炉の傍の火箸を取り上げて掻きまわした。
 火を見つめているうちに、動揺した心も落ち着いて来る。
 こよりはそれでも、正面の火よりも背後の気配に熱さを感じていた。


 ドアが開く音と共に、元気な声が響いた。
「おそなって勘忍やでー!」
 いつも以上ににこにこしながら、平弥がお盆を持って戻って来たのだ。
「待ってました! 熱々のたこ焼き……」
 満面の笑みで振り向いた栄の笑顔が固まった。
 平弥のお盆の上からは、何故かひんやりとした気配が感じられるではないか。
「折角やし、暖炉の前でこういうのってええやろ? ……っておもてな!」
 そこに乗っていたのは、湯気の上がる……ではなく、冷気の漂う何物か。
 シャーベットを氷でコーティングし、トッピングにチョコソースや砕いたコーンなどが乗っている様は、たこ焼きにそっくりである。
「完璧にアイスタコ焼きが再現できんかったんは残念やけど。これで勘弁してな!」
「うわあ……」
 栄の歯がカタカタ鳴りだした。
「なぜアイスたこ焼きなんですか……」
 湖にはまった訳ではないが、菜摘も流石に身震いする。
「あ、ちゃんとこっちに普通のたこ焼きもあるんやで! これはデザートや」
「先に普通の出せよ!!!」
「おうふっ!!」
「おっと、危ないな」
 栄が平弥の向こうずねを蹴飛ばし、思わず前のめりになった平弥の手から、こよりがさっとお盆を奪った。
「流石こよりですね」
 菜摘がにっこり笑って、パチパチと手を叩く。
 コンビネーションプレイも完璧なたこ……もとい、探偵倶楽部なのである。

●謎の影
 窓の外はすっかり暗くなっていた。
 暖炉の前で暖かい方のたこ焼きを食べるうちに、ようやく栄の身体も温まってくる。
「あー、やっと生き返った気がするよ! うん、折角だしこっちも貰おうかな!」
 少々怪しい雰囲気を漂わせるアイスたこ焼き(のようなもの)に手を伸ばし、あーんと口を開けた栄だったが、突然その手を止めた。
「……なんだ? これ」
「どうしたんだ」
「しっ」
 怪訝そうな顔を向けたこよりに、栄は口元に人差し指を当てて見せる。
 妙な感覚が背中を走ったのだ。
 それはある種の勘、もしくは予知的な物だったかもしれない。
 静まり返った一同が息を飲んだそのとき。
 バキバキ……メキメキ……ッ!!
 湖の方から、奇妙な物音が鳴り響いた。
「ああ。夜になって、湖がまた凍り始めているんだ」
 胸苦しさを誤魔化すように、こよりが小さく息をつく。
「ちょっと待って」
 栄は手で皆を制し、毛布を置いて静かに立ち上がる。

 窓にはペンションの玄関の明かりが届き、木々の様子も微かに見える。
 栄が少しずつ近付いていく。
 突然、菜摘が震えながらそちらを指さした。
「待って、久遠先輩! 窓に……窓に何か!!」
「えっ!?」
「なっつんどうした? 何もないよ?」
 こよりはなるべくいつも通りの声でそう言いながら、菜摘の肩をしっかりと自分の方に抱きよせた。
 菜摘はお化けの類がとても苦手なのだ。そしてこういう場面に遭遇するとパニックの余り暴走し、別の被害を巻き起こすのがお約束である。
 という訳で、こよりは菜摘が落ちつくように、自分の方へもたれさせた。
「何か、良く分からないけど、動いてました……」
 菜摘の声が震えていた。
「ちょっと確認してみるよ」
 栄は慎重に、更に窓に近付く。
「お、お、お化けじゃないですよね!?」
 菜摘は栄が置いて行った毛布を握り締め、抱きかかえ、最後は頭からかぶって震えていた。手だけがにゅっと飛び出して、こよりの手をしっかりと握りしめている。
「ほんまに菜摘は怖がりやなあ」
 平弥がたこ焼きを口に放り込みながらからかうように言った。そうは言ったが、たこ焼きごと長いつまようじもバキバキ噛みしめている。
 つまり、自分もものすごく怖いのである。

 栄は窓に近づくうちに、菜摘の言う「動いている何か」が確かにそこにあることを知った。
 だが皆が怯えないよう黙って声を殺したまま、ぐっと顔を近付ける。
 そこであることに気付いたのだ。
(あ……!)
 だが振り返る顔は飽くまでも真剣な表情を崩さない。
「何もないよ。でも一応、外も確認して来るよ。寒いから皆はここで待ってろよ」
 力強く言うとコートを羽織り、栄は出て行った。

 そして暫く待ったが、栄は帰って来なかった。
「久遠先輩、どうしたのでしょう……」
 菜摘は震える声で、それでも栄を気遣う。
「ちょっと見てみようか」
「こより!?」
「大丈夫。なんぺー、なっつんについててくれる?」
 こよりはすっと立ち上がり、窓に近づいて行く。
 息を詰めて見守る菜摘と平弥の目に、窓に奇妙な影がゆれるのが見えた。
「こより、駄目!!」
 菜摘の悲鳴が響く。だがこよりは窓に手を掛けると、勢い良く開いた。
「いい加減にしたらどうなんだ、栄!」
「あれ……もうちょっと驚いてくれると思ったんだけどなあ」
 栄が悪びれもせず笑顔を見せる。
 その手の懐中電灯の光に照らされ、もじゃもじゃの髪が何か不思議な生き物のように怪しく揺れていた……。

●湖の怪
 つまるところ菜摘が見たのは、暖炉の灯と外灯が反射した窓に、栄のもじゃもじゃ頭が映りこんでいたものだった。
「だったら早くそう教えて欲しいのです……」
 菜摘は恥ずかしがって、また毛布の中に隠れてしまった。
 こよりのクールな口元は心なしか引きつっている。
「……全く……」
 そこでこよりの灰色の脳細胞が、あることを思いついた。
 表情を変えないまま、窓の外の栄を手招きする。
「栄、ちょっと思い出したことがある」
「何だい?」
 顔を寄せる栄に見えないように、こよりは後方に向かって合図を送る。
「ここの湖では昔、遺産相続の争いの果てに殺されて、投げ込まれた男がいたんだ。それ以来、昼間湖で泳いだ人はその男に祟られると言われていてね。夜は絶対に外に出てはいけないと言われている」
「えっ……ちょっと待ってよ!!」
 栄の顔に驚愕の色が広がった。
 菜摘もその話に顔をひきつらせたが、こよりの手の動きに気付いてひとまずはじっと押し黙る。
「悪いけど、栄を入れると悪霊がついて来る。今日は外で過ごしてくれ」
 こよりは真剣な表情で窓を閉じにかかる。
「待って、それ酷いだろ!? 寒いんだ、中に入れてくれよ!!」
 慌てて窓枠にしがみつき、身を乗り出す栄。
 その前に平弥が立ち塞がった。
「栄、さっきワイも聞いたで、その話。たった一つだけ祓う方法があるんやけど……試すか?」
「試す!! 試す!!」
「よっしゃ、わかったで! ワイに任せとけ、悪霊退散じゃ!!!」
 真面目な顔から一転、喜色満面の平弥が腕を突き出す。
 直後、栄の眉間に渾身のデコピンが炸裂した。


「なっつん、大丈夫?」
 こよりが毛布の端をそっとつまみ上げ、菜摘に笑いかけた。
「大丈夫です……でも久遠先輩は?」
「暫くしたら起きるやろ! そしたら今度は背中にアイスたこ焼きの刑や」
 平弥がコキコキと組んだ手の関節を鳴らしながら、ほくそ笑んだ。
 恐怖の反動の、逆上の仕返し。
 こうでもしないと、本気で怖がった平弥は報われないだろう。
 こよりは開いたままの窓に手を掛け、外を見た。地面には目を回してひっくり返ったままの栄の姿がある。
 ひっそりとひとつ息を漏らし、こよりが囁くように呟いた。
「全く……。アトラクションをいつもひとりで頑張らなくてもいいんだぞ」
 バタン。
 窓が閉じられる前にかけられた言葉は、栄にはどこか遠い所から響くように感じられたのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2400 / 久遠 栄 / 男 / 22 / 賑やかセンパイ】
【ja0431 / 真田菜摘 / 女 / 16 / 寄り添う心】
【ja0478 / 九神こより / 女 / 17 / ストッパー部長】
【ja2513 / 木南平弥 / 男 / 16 / タコヤキスト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、探偵倶楽部・冬合宿のお届けです。
皆様が本当に仲良しなんだなあ……と、毎回微笑ましく執筆しております。
今回のエピソードが素敵な思い出のひとつになっていましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!
snowCパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月16日

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