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『断罪の鉄槌 狂気の残光-7 』
水嶋・琴美8036

引き金はなんだったのか、分からない。
張りつめられた糸が切れた瞬間、両者は同時に動いた。
鋭く研ぎ澄まされたナイフの刃を琴美の喉元へとくり出す副官。
だが、鍛え上げられた戦いの嗅覚がそれを察知し、琴美は紙一重でかわしながら、手にしたクナイを突き出す。
小さく喉を鳴らして、副官は身をかがめ、琴美の足を払い飛ばす。
動きを読み切っていたが、若干反応が遅かったために体勢を崩す琴美だが、冷静さは失わない。
倒れながら、太ももに括りつけたクナイを左手で引き抜き、副官に投げた。
地上すれすれだが、正確に投げられたクナイは片足をついていた副官の顎を狙い打たんとする。
ギリリッと歯噛みし、副官は利き手である右手に握ったナイフを回転させ、逆手に持ち直し、クナイを払い飛ばす。
その隙に琴美は床の上を回転し、その勢いを生かして一気に立ち上がり、副官との距離を取った。

「やってくれるぜ、全く」
「そちらもなかなかですわ。薬など使わなくても十分にお強いではないですか?」
「分からねーか?もっと強くなりたいってのは男のロマンじゃねーかよ!!」

初めよりも楽しそうに笑いながら、ナイフを握り直して切りかかる副官に琴美は唖然としながらも、鋭く突いてくる刃を全てかわす。
強くなりたいのはいいが、危険な薬物を使ってまで強さを求めるとは信じがたいし、それを男のロマン、と言ってしまうのは、どうなのか、と思う。
しかし薬によって強化された筋力からくり出された攻撃力は生半可な物ではなく、研究所や通路で襲ってきた実験兵器たちのそれを上回っているのは確かだ。
このまま放置しておくのは危険極まりない。
だとすれば、下される判断は一つである。

「……排除ですわね」

やれやれとため息を零しながら、琴美は己自身の力に酔った副官と向き合った。

ディスプレイからこぼれる青白い光のみが暗い室内を照らす。
一人でそこに座っていた男はつまらなそうに革の手袋をはめ直し、ディスプレイに映った映像に視線を送る。
そこに映っていたのは、激しく激突する琴美と副官。
一見すると、スピードは劣るが、全てを打ち砕く力まかせの拳を繰り出す副官に琴美は追い込まれているように見えるが、実際には副官の方が気持ち的にはかなり追い込まれているのが、男には分かった。
最大限の力で隙なく乱打し続ける拳の動きを、琴美は冷静に見極め、最小の力でかわし、戦いの場と化したフロア全体を把握して、常に広い方へ広い方へと逃げ続けているのだ。
これが並みの相手ならば、副官の力に圧倒されて、徐々に壁へと追い込まれていくものなのに、琴美には通じていない。

「鍛えられた戦闘能力と驚異的な空間認識能力に容易に崩れない頑強な冷静さ……なるほど、薬使って能力を限界ぎりぎりまで引き上げた程度じゃ勝てるわけねーか」

小さく口笛を立て、男はテーブルの上に置かれた銃を無造作に掴むと、悠然とした足取りで扉を押し開けていった。

肉弾戦に持ち込んで、どれほどの時間が過ぎたのかすでに分からない。
だが、これはなんだ、と額から流れ落ちる汗をそのままに副官は目の前に迫る琴美に拳を打ち込む。
開発した肉体強化薬で己の力は数十倍まで高められ、特務統合機動課最強にして、いくつもの組織を壊滅させてきた水嶋琴美を圧倒できたはずだった。
しかし、今のこの状況はなんだ?
時間が過ぎたとはいえ、まだ薬の効果は続いているのに、なぜ、目の前の女―琴美は倒れない。いや、それどころか更にスピードが増し、力が上がってきているとはどういうことなんだ?
胸に沸き起こる自問自答を押さえつけ、副官は目の前が分からなくなるほどの拳の弾幕を打つも、琴美は平然としたまま、全ての攻撃をかわし、間合いを詰め、逆に拳を繰り出してくる。
しかも、自分の目に止まらない速さで正確に鳩尾などの人体急所を狙い定めてくるのだ。

―楽しめる、なんて相手じゃねー!!

くり出される拳を何とか防ぎ、最大威力で振り落された右の拳を左腕で防いだ瞬間、琴美が艶やかに微笑んだ。
その途端、背中を走り抜けた正体不明の寒気が本能的な恐怖だと悟ると同時に、副官はするりと舞い降りる琴美の姿を見ながら、とてつもない実力の差を見せつけられ、唇をかむ。

「無謀な戦いはしない、ではないですね?」
「ああ、今更ながら俺たちはとんでもねー虎の尾を踏んじまったんだな。あんな反則技使っても、天と地ほどの実力差があるとはな」

認めたくはないが、これ以上続けても負けるのは目に見えている。
だが、このまま逃げれば、あのボスだ。
お役御免、というよりも、不用品とばかりに切り捨てるだろう。
焦りを一切見せず、副官は思考をフル回転させて、どうすべきかを考える。

「実力の差を認めるのは恥ではありません。素直に投降してくだされば、身の安全は保障しますわ。お聞きしたいこともありますし、ここは大人しく捕まってくださいません?」

穏やかに、静かに投降を勧告する琴美に、副官をこれ以上どうこうしようとするつもりはない。
敗北を認め、投降した敗者に鞭を打つような卑劣な真似はしない。
それが戦士である者の礼儀だ、と琴美は思っていた。

「分かった。投降……」

小さな笑みを口元に浮かべ、両手を上げて、琴美に投降の意を示した瞬間、甲高い銃声が鳴り響く。
小さく喀血し、胸元を抑える副官の服が深紅に染まっていく。
何が起こったのか、瞬時には分からなかった。
けれども、副官は顔だけ背後を振り向き、皮肉めいた表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちる。

「ばっかみてーなコストがかかった高けー薬使って、強化したってのに、負けるか?フツ―。しかも、命惜しさに負けを認めて、敵に―しかも女に尻尾振るなんざ、馬鹿の極みだろ?」
「っ……オメーらしいよ、ボス」

冷笑にひどく蔑んだ眼差しで男―ボスは倒れ伏した副官を見下ろすと、まだうっすらと硝煙を立ち上らせる銃口を再び向ける。
ニイッと口元を上げて、無慈悲にトリガーを引き、浅い息をつく副官の背に弾丸を撃ち込―んだように見えた。
耳障りな金切音。その後にカランと音を立てて床に転がる数本のクナイ。
そして、眼前に繰り出された拳。
目を見開き、その桁外れの速さに魅入り―次の瞬間、骨を砕く音と共に灼熱のごとき痛みが頬を突き抜け、大きく身体が吹っ飛ぶのを感じつつも、ボスは心底楽しそうに笑い声を立てて、床の上を転がった。

「ひゃはははははっははははははは、たっのしーねっ!!みっずしまぁ」
「何が楽しいのか、分かりませんが……無抵抗な人間を背後から撃つなんて、男として以前に人としてどうかと思いますわ」
「言ってくれるなぁ、おい。ま、ちいいっとばかりやりすぎたのは認めるけどな」

静かな眼差しに刃がごとき冷やかさを乗せた琴美にゆらりと立ち上がったボスは手にしていた銃を飽きたおもちゃを使い捨てるように背後に放り投げる。
カシャンと思いのほか軽い音を立て、床の上をカラカラと転がった後、天井から崩れ落ちてきたコンクリート片に押しつぶされ、原型をとどめない。
その様を無感情に眺めていた琴美はゆるりと一歩を踏み出さした。

「あ、怒ってんの?水嶋」
「さぁ……ご想像にお任せします、と言いたいところですが、面白くはないですわ。むしろ」

茶化すようにふざけるボスに琴美は小さく息を吐き出し、クナイを両手に握り、鋭く研ぎ澄まされた切っ先を向けた。

「不愉快極まりません」

その一言が吐き出されたと同時に、琴美は床を蹴り、一気にボスに迫る。
一瞬反応に遅れながらも、わずかに身体をそらすことで切っ先が眼前を駆け抜けていくだけで済んだかに思えた。
だが、わずかな時間差で襲ってきた第二波の攻撃で、頬に神経が焼き切れんばかりの痛みが駆け抜け、思わず頬を抑え、床を転がる。
それでも容赦なく襲い来る刃の嵐にボスは反撃するどころか、逃げるのもやっとな状態に追い込まれていく。
両腕、肩、腹、太もも、両足と切り裂く高速の動きと鋭さに苦痛の声を上げる暇すらない。
当たり前だ。
武器もなく、抵抗する意思もなく、投降してきた相手を背後から撃つという行為など、琴美は決して許さないし、認めない。
今までも不愉快極まりない相手は多くいたが、ここまで腹立たしい相手は久方ぶりである。
当初から人を食ったような、雲を掴むような―良く見えない相手だっただけに、不快さが増していたところで、この卑劣な行為。
何かがキレたのを感じつつも、冷静さを失わず、琴美は舞い踊るようにクナイを閃かせ、ガードするだけで手一杯のボスを切り裂いた。
辺り一面に舞う赤。鼻に突き始める鉄錆のような匂い。
手を覆い始めた、ぬるりとした―生暖かさに気づいて、琴美はようやく手を止め、はぁっと大きく息を吐き出した。

「やりすぎましたわ」
「分かっているなら、さっさと仲間を呼んでくれ。俺はまだ生きているんでね」

額にかかる髪を掻き揚げ、困りましたわとぼやく琴美の目の前に転がっていたのは、容赦のないクナイの乱舞によって、ボロ切れよりもさらに使いこまれ、捨てる寸前までになったひどいボロ雑巾のようになったボスの姿。
自覚していなかったが、やはり怒り狂っていたのは確かね、と一人反省する琴美に、呆れつつも、襲ってくる痛みをどうにか耐えながら、副官は冷静にツッコミをいれるのだった。

「なるほど……要約すると、ガキ以下の鬼畜ぶりに珍しくブチ切れて、手加減なしにフルボッコ。投降した―半死半生の副官が止めるまで気づかなかった、と言うわけか」
「ありえない失態です。申し訳ありません」

やれやれと呆れ返ってソファーに身を沈める上司に琴美は珍しく肩を竦め、直立不動で身じろぎしない。
普段から冷静沈着で、決して激昂などしない琴美がキレるなど珍事もいいところだ―が、それ以上に、非道極まりなかったのだから仕方がなかった、と上司は妙に納得してしまった。

「別に咎める気はない。投降した副官の男も命に別状はなかったから、不問にする。お前も人間だった……それだけだ」

もう行け、と言外に告げられ、琴美は苦笑いを浮かべ、失礼しますと敬礼をして執務室を後にする。
次の任務はもっと冷静に行動しなくては、と胸の中で呟いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月16日

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