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『異形の軍団を率いる者 』
奈義・紘一郎8409)&青霧・カナエ(8406)&伊武木・リョウ(8411)


「おお奈義さん。俺あんたの事、見直したよ」
 A7研究室を訪れた奈義紘一郎を、伊武木リョウが嬉しそうに出迎えた。
「冷血漢を気取ってるくせに、優しい所あるんじゃないか」
「何の話だ」
「偉い人たちに、かけ合ってくれたんだろ? 彼を処罰しないようにって……彼、あいつの友達だからね。守ってやりたいんだよ、俺としても」
 B8研究室のホムンクルスが、A1研究室のホムンクルスを殺害した。
 これが逆であれば、何の問題にもならない。Aナンバーのホムンクルスはエリート、Bナンバーのホムンクルスは使い捨ての雑兵あるいは実験動物。そういう序列が、出来上がってしまっているのだ。
 使い捨ての雑兵が、エリートに刃向かい、命を奪うほどの力量差を見せてしまう。
 序列にしか価値を見出せない研究者たちにとって、あってはならない事件である。
「B8研の獣人か……あれはな、生体兵器としての完成度はここでも1、2を争う貴重な怪物だ。廃棄処分など、させるわけにはいかん」
 自分の両目が、眼鏡の下でギラリと輝くのを、奈義は止められなかった。
「俺が、ああいうものを造りたかった。B8研に先を越されてしまったが……いや、そんな事はどうでもいい。伊武木よ、貴様にはそろそろ決めてもらわねばならん」
「わかってる。はっきりしなきゃいけない、とは思っているんだよ。いや本当にさ」
 伊武木が腕組みをした。38歳という年齢の割に若々しい顔が、苦渋の表情を浮かべる。
 奈義は、41歳という年齢の割に老けた顔をしている、と陰口をきかれている。銀色の髪のせいで、老人に見られる事も多い。
「浮気は良くない。どっちか1人に決めなきゃ駄目だよなあ。あいつか、カナエか……」
 名を呼ばれた少年の顔に一瞬、微かな歪みが生じた。
 人形のような少年が、ほんの一瞬だけ、不快感を露わにしたのだ。
 奈義が伴って来た、1人の少年。こうして並んでいると、老人と孫のようでもある。
 青霧カナエ。16歳。
 まるで学校の制服のような黒衣をきっちりと着こなした身体は、細い。女装させれば、そのまま美少女になってしまうであろう。
 いくらか長めの黒髪は、後頭部で束ねられている。
 顔立ちは、美しい、以外には何の特徴もない。まさしく人形だ、と伊武木は思っている。
 青い瞳は、まるで滅菌された水だ。綺麗過ぎて微生物も棲めない。
 そんな少年に、伊武木がちらりと視線を向ける。
 その眼差しを遮るように、奈義は立った。
「カナエはな、すでに貴様の手を離れて今は俺の研究室に所属している……いい加減にしろ。俺は、そんな話をしに来たのではない。貴様がはっきりさせねばならんのはな、俺たちの敵か味方か、という事だ」
「穏やかじゃないね。俺は、この研究所に関わりある人たち皆と仲良くしたいと思ってるんだけど……あんたや、もちろんカナエともね」
「あのドゥームズ・カルトとかいう連中ともか」
 この研究施設とも関わり深い大組織『虚無の境界』が今、真っ二つに割れている。
 同組織の盟主たる女神官に引き続き忠誠を尽くす本家筋と、それに叛旗を翻して『ドゥームズ・カルト』などと名乗り、分派独立せんとしている者たち。
 この研究施設も、それに合わせて2つに割れようとしている。有能な研究者には『ドゥームズ・カルト』側から誘いの手が伸びており、奈義の見たところ、密かにそれに乗ってしまった者が何人かいる。
 そういった者たちが『ドゥームズ・カルト』に、様々な研究データを流している。
「俺は、何も流してはいないよ」
 伊武木が言った。
「研究成果は共有しなければならない、という建て前はあるにしても……俺の研究データは、俺だけのものさ。そう簡単に、外へ流したりはしないよ。まあ、流してる奴はいるみたいだけど。A1とかA3とか、そのあたりにはね」
 伊武木にしても奈義にしても、ドゥームズ・カルトに与しようとする研究員の存在は、かなり前から掴んではいた。
 そういった者たちが、いつ、どう動くか。そこまでは、さすがに読み切れない。
 だから泳がせておいた。泳がせておいてもさして実害のない小物ばかりだからだ。
 だが万一、この伊武木リョウがドゥームズ・カルトに味方しようとしているのであれば、話は別だ。
「あの者どもは、貴様にも声をかけてきたのだろう?」
「気の毒だけど、振ってあげたよ。俺、神様には興味ないから」
 言いつつ伊武木が、またしてもカナエに視線を向ける。
 光彩の乏しい、黒い瞳が、少年をじっと見つめる。
「俺が興味あるのは、ホムンクルスだけだから……」
 カナエの眉間に、皺が生じた。不快そのものの表情。
 この少年が、何かしら表情を浮かべているのを、奈義はあまり見た事がない。
「……貴様がドゥームズ・カルトに与しようと言うのであれば、俺はこの場で迷わずカナエに命ずるだろう。伊武木リョウを殺せ、とな。ここへ連れて来たのは、そのためだ」
「奈義さんは……お嫌い、なのかな? あのドゥームズ・カルトって連中が。あんたにも、お誘いが来たと思うんだけど」
「神には興味がない、とお前は言った。俺は、興味がないと言うより気に入らん。神などという概念も、神の存在を捏造せねば何も出来ん連中もだ」
 神は、存在しない。
 その現実を受け入れられない者たちが、この世には多過ぎるのだ。
 あまつさえ、存在しないはずの神を人工的に造り上げ、悪事を正当化する根拠として擁立し、組織的犯罪を実行せんとしている者たちがいる。
 それが、ドゥームズ・カルトだ。
「なるほど。気に入らないから、あんな事をしたのかな?」
 伊武木が笑った。
「ほう……俺が、何をしたと」
「お客さんを1人、魔改造して送り返したんだろう? そのお客さん、おかげで今では立派な反乱分子として、ドゥームズ・カルトを内側から潰しにかかってるって話じゃないか」
「……内から潰す、などという大層な働きはしていない。裏切り者として命を狙われ、辛うじてまだ生き残っているというだけの話だ」
 屑のような素材、と最初は思っていたが、思った以上の怪物に仕上がってくれた。そしてドゥームズ・カルトの刺客を幾度か撃退し、まだ生きている。
「まあ、そんな事より伊武木リョウ。要するに貴様はドゥームズ・カルトに与するつもりはないと、そう判断しても良いのだな?」
「どうしようかなあ」
 伊武木が、思い悩み始めた。
「カナエが殺しに来てくれるんなら、俺……ドゥームズ・カルトに、行っちゃおうかなあ」
「……貴様、ふざけているのか」
「ふざけちゃいない。俺、けっこう本気で悩んでるんだよ? だってカナエ、俺に冷たいんだもの。だけど殺すっていうのは、愛情や好意なんかよりもずっと本気の感情だからね……カナエが本気で、俺に殺意をぶつけてくれるんなら」
「1つ、言っておく」
 青霧カナエが、ようやく言葉を発した。
「伊武木リョウ……貴方には、殺す価値もない」
「ほらあ、やっぱり冷たい」
 傷付いた様子もなく、伊武木は笑っている。
「奈義さん、あんたカナエの事あんまり可愛がってないだろう? 愛情不足で、すっかり拗ねちゃってるじゃないか。本当は優しい子なのに」
「ホムンクルスは、可愛がるための人形ではない。敵を滅ぼすための兵器だ。暴力を行使させるための、怪物なのだ。貴様も、そろそろ自覚した方がいい……我々がここで造っているのはな、無害な人形ではなく危険な怪物なのだぞ」
「あんた……カナエのいる所で、そういう事を言うのかよ」
 伊武木の目が、カナエを離れて奈義に向けられる。
 光彩の乏しい暗黒色の瞳が、いささか剣呑な光を孕んだ。
「俺、研究者として奈義さんの事は尊敬してる。だけど……そういう所は、あんまり良くないな」
「伊武木よ。まさかとは思うが貴様、ホムンクルスと人間が対等な信頼関係の類を築ける……などと思っているわけではあるまいな?」
 眼鏡越しに睨み返しながら奈義は、カナエに親指を向けた。
「こやつらがその気になれば、我々など為す術もなく皆殺しにされる。痛快な話ではないか。俺たちはな、人間を遥かに超えた怪物どもを創造しているのだぞ」
「人間を超えられるのは、人間だけ……俺は、そう思ってるよ。俺たちは、人間の枠から踏み出すべきじゃあない」
 すでに造物主の領域に踏み込んでしまっている男が、世迷い言を口にした。
「可愛いホムンクルスと、一緒にコーヒー飲んだりどっか出かけたり……そういうのが人間の枠内だと、俺は思ってる。あんたもさ、ゲテモノばっかり造ってないで美少年とか美少女を」
 カナエに命じて、伊武木を永遠に黙らせるべきか。奈義がそう思いかけた、その時。
 微かな震動が来た。
 地震、ではない。不穏な気配が、足元から、床下から、這い上って来る。
「敵襲……地下からです」
 カナエが言った。
 青い瞳が、鬼火の如く仄かに発光しながら、人間では視認出来ないものを見据えている。
「いえ、正門からも……これは陽動部隊。すでに施設内に入り込んだ敵もいるようです」
「キメラどもを出撃させろ。指揮権は、お前に与える」
 奈義は、カナエに命じた。
「1匹たりとも逃すな。全ての敵を、粉砕してこい」
「了解。奈義先生は、安全な場所へ避難して下さい……僕が、先生をお守りします」
「俺の事も守ってくれるのかな? カナエは」
 伊武木の顔に、ふざけた微笑が戻った。
 カナエが、一瞥もせずに言い放つ。
「貴方には、殺す価値もない……だから、ついでに守ってあげる」
「そりゃひどい」
 相変わらず笑っている伊武木に、カナエが青い瞳を向けた。
 微生物も棲まぬ水の色が、冷たく燃えている。憎悪に近いほどの、侮蔑の眼光だった。
「貴方のような無価値な人間でも守る力が、僕にはある……僕は、兵器だから。怪物だから。貴方のところにいる、あの人形とは違うから」


 研究施設の地下通路に、敵が侵入して来たところである。
 敵は、行儀よく通路を歩いて来たわけではない。
 地中から、床を粉砕しながら這い上がって来る。壁を破壊しながら、押し入って来る。
 土やコンクリートの破片を飛び散らせ、ドリルを猛回転させながら荒れ狂う、異形の者たち。
 右手は大型のドリル。左手は、同じく回転する長銃身ガトリング砲。
 そんな人型の機械たちが部隊を成し、研究施設を地下から破壊しようとしているのだ。
「させない……」
 彼らの進行方向に細身を佇ませながら、青霧カナエは片手を掲げた。
 まるで美少女のように優美・繊細な五指が、凶猛な人型機械たちに向けられる。
 相手は、ガトリング砲を向けてくる。
 無数の銃身が回転し、カナエに向かって火を噴き始める……よりも早く、地下通路全域に霧が立ちこめた。
 霧と言うより、雲である。黒みを帯びた、雨雲だ。
 人型機械たちが、雨に濡れながら崩れ落ちてゆく。
 ガトリング砲が、ドリルが、それらを両腕として生やした機械の胴体が、ぐずぐずと溶け崩れてゆく。
 強酸の雨が、降り注いでいた。
「奈義先生の研究を邪魔する者は、許さない……」
 判決朗読の如く告げながら、カナエは前方を見据えた。
「奈義先生の命を狙う者……生かして、返さない」
 溶け崩れた残骸たちを踏みにじりながら、巨体が1つ、こちらへ向かって来る。
「なかなかの性能だな、小僧」
 一応は、人間の体型をしている。力士を思わせる、巨大な人型。
 ある部分では獣毛を盛り上げ、ある部分では鱗を生やし、ある部分は甲殻に覆われた、異形の巨体。醜い顔面が、荒い鼻息を噴射しながら喋っている。
「だが、その程度で我らドゥームズ・カルトに刃向かおうとは……その無謀を恥じ、跪いて頭を垂れるのであれば、私の部下に組み入れてやっても良い」
 強酸の雨を浴びながらも全く無傷のまま、その怪物は世迷い言を吐いた。
「A01に関する研究データの全てを差し出せ。そうすれば命を助け、私の部下に組み入れてやっても良い」
 言葉と共に、何匹もの蛇のようなものが牙を剥き、うねった。
 蛇ではなく、百足か。節くれ立った甲殻に覆われ、先端に牙を備えた何本もの触手が、怪物の全身から生え伸びている。
「拒むとあらば殺す……その美しい顔と身体をグフフフフ、生きたまま切り裂き食らいちぎってくれようぞ!」
 甲殻の触手たちが、凶暴に牙を蠢かせながら一斉に伸びた。
 片手を掲げたまま、カナエはただ見据えた。
 青い瞳が、光を発する。
 次の瞬間、生じたのはしかし、光ではなく闇だった。
 暗黒そのものが発生し、怪物の全身を包んでいた。
「ぎゃ……あ……がッ……!」
 触手の群れが、カナエに届く事なく硬直・痙攣し、その暗黒の中へと引き戻されてゆく。
 闇が、まるで黒い大蛇の如く、怪物の巨体を締め上げ、押し潰しにかかっていた。
「重力制御……マイクロ・ブラックホール生成」
 歪み、潰れてゆく怪物に向かって、カナエは告げた。
「奈義先生の敵……暗黒の中で、朽ちて失せろ」
「まままま待て、私の部下に組み入れてやる! いや私の上司として推薦して差し上げる、だだだだだだからぐぎゃあああああああ」
 命乞いをしながら怪物は原形を失い、暗黒の中へと消えていった。
 戦いは、だが終わってはいない。
 壁から、床から、人型機械の群れが続々と押し入って来る。ドリルを、ガトリング砲を、猛回転させながら。
 だが、カナエが戦う必要はなくなっていた。
「やるじゃねえか……おめえはどうやら、お人形じゃあねえようだなあ」
 キメラ。奈義紘一郎がそう呼んでいる、A2研究室のホムンクルスたち。
「だがよ、あんまりでけえ面するんじゃねえぜ」
「奈義先生のために戦ってんのぁテメーだけじゃねええ!」
 キメラの名が示す通り皆、人間型の肉体に、複数の生物の特性を発現させている。ある者はカニとコウモリ、ある者はサソリとトカゲ。
 そんな生物兵器たちが、群れを成す人型機械を片っ端から引きちぎり、叩き潰してゆく。
 戦いぶりを見つめながら、カナエは言葉をかけた。
「成果を見せ続ける事だな……そうすれば、奈義先生は認めて下さる」
 兵器として、怪物として。戦う力を、持つ者としてだ。
 美少年ばかり造ろうとする上位研究者たちの中にあって奈義紘一郎は、ホムンクルスの戦闘能力のみを追求し、醜悪だが強力な生体兵器を開発し続けている。
 そんな奈義が、カナエの、美貌ではなく力を認めてくれている。
 愛玩動物として愛でるのではなく、猟犬として使ってくれている。
 ホムンクルスに人形としての価値しか見出そうとしない、あの伊武木リョウとは違うのだ。
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2015年02月16日

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