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『何処かで瞬く、新しい光に 』
ファーフナーjb7826)&巫 聖羅ja3916


 寒い朝だというのに、連中は何がそんなに楽しいのか。
 ファーフナーは溜息ごと口の中に押しこむように、新しい煙草を咥えた。
 年始早々の出動の帰り路、疲れ切った身体に人ごみは辛い。
 駅に向かう道は神社への参道に当たり、両脇にはびっしりと屋台が並んでいた。駅からは華やかに着飾った家族連れやらカップルやらが次々と吐き出され、笑いさざめきながらぞろぞろと歩いて来る。
 異邦人であるファーフナーにとっては、これだけの人間がいてほとんどの頭が黒いというのも何やら異様な光景だった。
 真っ直ぐ歩くのもままならない状態に、ファーフナーの感情を押し殺した表情にも次第に苛立ちが浮かんでくる。

 彼と並んで歩く巫 聖羅も浮かない顔をしていた。
 だがこちらは何か遠い存在に心を奪われている、そんな表情。昨年末以来、聖羅はずっとこんな調子である。
 戦闘の間はいつも通りの凛とした佇まいで冷静に判断を下し、敵を正確に仕留めていた。ところが作戦が終了して帰路を辿る今、紅に輝く印象的な瞳はどこか虚ろな光を浮かべていた。
 もっとも、ファーフナー自身が無駄口を叩く性質ではない。同行者が静かなのは大歓迎だ。
 だが流石に敵の攻撃を見事にかわしていた聖羅が、前から歩いてきた男が持っていた破魔矢に顔をぶつけそうになったことに驚く。

 ファーフナーは軽く聖羅の袖を引き、自分の方へ引き寄せた。
「おい。どうしたんだ、お前らしくもない」
 聖羅は顔を上げ、大きな瞳でファーフナーを見つめる。
「おじ様」
「何だ」
 突然、聖羅はファーフナーの腕を力一杯掴んだ。
「初詣に行きましょう!」
 不意打ちのように生気を取り戻した瞳に、ファーフナーは僅かに怯んだ。
「何だそれは」
「日本の習慣よ。年の初めに神様にお参りして、古い年の事を整理して新しい年にはいいことがありますようにって、お願いするの」
 そう言いながら聖羅は強引に、ファーフナーの身体を逆の方向へ振り向けた。
「おい、何をするんだ」
「偶にはいいじゃない。付き合って頂戴、おじ様!」
 聖羅の表情に、生来の快活さが戻りつつある。ファーフナーはなぜか安堵し、直後にその事実を認めるのを恐れるようにぶっきらぼうな言葉をこぼす。
「……どうせならもっと若いのを誘えばいいだろう。物好きなことだな」


 一度人の流れに乗ると、案外歩くのは快適だった。
「色々な屋台が出ているのね」
 聖羅の声が少し弾んでいた。
 ファーフナーにしてみれば、肉やソースやその他良く分からない匂いがムッと押し寄せる中、派手派手しいテントを張った掘立小屋に、何やら良く分からない物を並べている、としか見えない。
(あれは一体何のオブジェなんだ?)
 聖羅の瞳のように赤く輝く、棒の突き出たガラスのような丸い物体に僅かに首を傾げる。
 さっぱり分からない。だが気がつけば、ファーフナーは聖羅に尋ねていた。
「どれが欲しいんだ」
 聖羅ははっと我に帰ったように顔を正面に向ける。
「駄目よ! 屋台はお参りが済んでからだもの! ……ほら、もう着いたわ」
 前方に石造りの鳥居が人の流れの上にそびえたっていた。
 何となくそちらへ行きかけたファーフナーの腕を、聖羅が掴んで引き戻す。
「鳥居を潜る時は端っこを歩くのよ」
「何だって?」
「真中は神様の通り道だから開けておくの」
 言われてみれば人の波は、その辺りから綺麗に左右に別れている。
 バカバカしい。
 ファーフナーはそう思ったが、郷に入っては郷に従うぐらいの協調性も持ち合わせている。今は取り敢えず、聖羅に従っておくことにした。

 だが、そこからは忍耐の連続だった。
「おじ様。先ずは手水舎で手と口を清めなきゃダメよ?」
 石造りの水槽に、穴を開けた竹から水が注いでいる。柄杓で水をすくい、手に流し、口元まで持って行く聖羅に、ファーフナーは困惑する。
「清めだと。却って不潔d……」
「そういう問題じゃないの!」
 抑えた声で、だが鋭く聖羅に叱られた。
 そしてまた本殿の前で人だかりに揉まれる。
「何だ、小銭を投げるのか。貸せ。代わりに投げt……」
「この距離から投げたら怪我人が出るわ!! 順番を待って」
 撃退士の腕力で金属を投げるのだ、誰かの後頭部に穴が開きかねない。それでなくても賽銭箱か本殿が危険そうだ。
 ようやく辿りついた本殿の前で、また聖羅の指導が入った。
「お参りは二礼・二拍手・一礼よ」
 きりりと引き締まった聖羅の横顔。
 まるでこの建物の奥に本当に何か敬うべき存在がいるかのように、皆が手を叩き、深く礼をし、手を合わせる。
 神に祈ることなど無い。祈って何かが叶うことなど、絶対にあり得ないのだから。
(幸せな連中だ)
 ファーフナーはそう思った。だが口に出す程野暮でもない。
 形ばかりの参拝を終えて隣を窺えば、聖羅はまだ静かに手を合わせている。
 その横顔は真剣そのもので、どこか侵し難いような静寂を湛えていた。


 石畳の通路の先では、巫女服の女たちが待ち構えていた。
「ようこそお参りくださいました」
 小さな杯に透明な液体が注がれた。
「お神酒よ」
 聖羅の説明を聞きながら、ファーフナーは液体の匂いを嗅ぐ。強めの酒だ。
「……お前は駄目じゃないのか」
「あっ」
 神事と現代の法律は時に相性が悪い。聖羅はその部分の説明を諦め、ファーフナーをおみくじへと誘った。
「これを振るのよ」
 木の箱を振るとガラガラと音がして、細い棒が飛び出した。聖羅は書かれた数字を読み取り、和紙の紙きれを受け取る。
「良く分からんな」
 ファーフナーは書きつけられた内容を読んで見るが、抽象的で良く分からない。
「あら、おじ様大吉ね! 何々……縁談、明るい兆しあり、ですって!?」
 聖羅がいきなり顔をぐっと近付けた。
「おじ様、今年は素敵な女性との出会いがあるかも知れないわよ」
「からかうのもいい加減にしろ」
 ファーフナーはいつも以上の渋面を作る。
「もしかして、忘れられない人がいるとか?」
 聖羅の食い付きがものすごい。以前、そんな話になった時もそうだった。
「そういうお前はどうなんだ。気になる男はいないのか?」
 聖羅が虚をつかれたように一瞬目を見張る。それから何か考えるように小首を傾げた。
「そうね。気になる男の人、ならいなくもないけど」
「それは良いことだ」
 ファーフナーの顔に、珍しく微笑が浮かぶ。


 静岡での作戦が一区切りついて以来、聖羅と彼女の兄はふと気付けば沈んだ表情で物思いにふけっている。
 ファーフナーの心はとっくの昔に硬い鎧を纏っていたが、まだ若い聖羅達の心に遺された物は大きかったようだ。
 偶々幾度か依頼で共に行動した相手。それだけの若者達だ。
 だが何故か、その若い顔が浮かべる苦悩の表情に、ファーフナーは戸惑っていた。
 年長者としてかける言葉を探し、何も浮かばない自分と、そんなことは分かっているのに今更物判りの良い大人をやろうとした自分、それぞれに苛立った。
 そう、依頼で知り合っただけの少女だ。
 それ以上ではない……筈だ。
 明るい光から背を向けようとする自分を呼びとめ、腕を掴んで引き戻す笑顔。
 ――俺は自分の意思でこうしているんだ。
 ――放っておいてくれ。
 細い腕にこじ開けられた硬い鎧の隙間から、生の感情がポロリとこぼれる。
 だが一度壊れた枷は、溢れだす流れの前に粉々に砕け散ってしまうかもしれない。
 向けられた笑顔に笑みを返す自分に気付き、ファーフナーは恐れ戦く。
 ――もう、あんな思いは沢山だ。あの温もりを思い出させないでくれ――。
 喪失の苦しみに比べれば、孤独に耐えることは容易い。
 誰かを求めるな。何も期待するな。
 だがそう自分に何度も良い聞かせること、そのこと自体がファーフナーを困惑させる。
 何かが変わっていくことを恐れつつ、期待している自分に気付かされるのだ。


 雪雲の晴れ間から、一瞬差した陽光のように。ファーフナーの顔に浮かんだ笑みは、直ぐにいつもの深い皺の中に消えてしまった。
 聖羅は目を逸らした横顔に微笑みの痕跡を探すが、まるで笑ったことを恥じるかのようにファーフナーの表情は硬い。
 それが少しおかしくて、けれど笑ったらきっと気を悪くするから、ぐっと我慢した。
(今日の依頼、おじ様と一緒で良かった)
 静岡での戦いでは、多くの仲間、そして強大な敵を失った。
 目を閉じればあの時の音も風も匂いも、すぐ傍にあるように思い出せる。
 年が明けても清々しい気分にはなれなかった聖羅は、敢えて年始早々の依頼を受けた。
 戦っていれば余計な事を考える暇もない。気も紛れる。
 けれど戦いが終わってみれば同じことだった。
 寧ろ戦場の気配は、あの時の戦いの記憶を生々しく甦らせる。
 ――父さんはどうだったのかしら。
 幼い時に別れたまま行方も分からない父。戦場から戦場を駆け廻っていた父は、何を思い、何を残そうとしたのか。そしてもしも日本に居たら、初詣で何を願っただろうか。
 問うてみたいが、少なくとも今は叶わない。
 ひょっとしたらその代わりに、ファーフナーを誘ってみたのかもしれない。
 寡黙な背中は広く、いつだって頼もしい。聖羅はそこに逢えない父の面影を重ねてしまう。
 だから祈る。
 大事な人達の安寧を。
 そして生死を問わず、全ての哀しい心が光に導かれて救われることを。

「それにしても現金ね」
 初詣を終えて、神様に心の憂さを預けたことで心は軽くなった。
 聖羅はそんな自分が可笑しくなってしまう。
「何か言ったか」
 ファーフナーがこちらを見た。その眼差しは以前より少し優しい物に思える。
「何でもないわ。おじ様、少しお腹空いてないかしら? 焼きそばでも食べて帰りましょうよ」
 ほんの少しだけ、重い荷物を下ろして。
 帰路の足取りはその分だけ軽くなっているだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / 戸惑う憧れ】
【ja3916 / 巫 聖羅 / 女 / 17 / 切なる祈り】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。物思う初詣のエピソードをお届けします。

ひとつの物語が終わり、生者は記憶を受け継ぐ。
そこに痛みと共に、優しさを抱いて。

この度のご依頼、誠に有難うございました。
snowCパーティノベル -
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エリュシオン
2015年02月17日

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