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『差し伸べた手に得たものは 』
ラィル・ファーディル・ラァドゥka1929


 夕暮れの迫る街に、太陽の光と入れ替わるように人の灯す明かりが増えていく。
 クリスマスイブの店先は、色ガラスを張ったカンテラを通して、赤や青、黄色の輝きに彩られていた。
「赤くてきれいで美味しいリンゴ〜それに金のリボンもお星様もあるで〜」
 ラィル・ファーディル・ラァドゥは行李を背負い、人ごみを器用に避けながら声を上げる。
 彼以外にも様々な物を売り歩く物売りがいて、それを買い求める人がいて、事実上のマーケットとなっている通りは真っ直ぐ歩くのが難しい程にごった返していた。家族連れもかなり多い。
 リアルブルーから伝わった習慣とクリムゾンウェストに元々あった祭祀が融合して、本来なんの目的だったか判らないが、とにかくクリスマスは賑やかな祝祭の日となっている。
 ラィルの傍を若い男女が、幸せそうに笑いながら通り過ぎていった。
「あ〜あ。こんな日はどっちかっていうと、僕かて物買って楽しむ側がええわな」
 妬む気持ちもないではない。だがやっぱり、皆が嬉しそうにしているのを見るのは悪い気分ではない。何より、売物が良く売れたのは有難いことだ。
 それでもそろそろ潮時と見定め、帰路に就こうとした時。

「……と、危ない!」
 ラィルの目の前で、小さな男の子が派手に転んでしまったのだ。
 はしゃいで踊るように駆けていたが、すれ違う人が背負っていた荷物を避けようとして躓いたらしい。
「大丈夫かー? 怪我はせんかったか?」
 ラィルは笑いながら屈みこみ、男の子の様子を窺う。
 その子は目に涙を溜めながらも、ぐっと唇を引き結び、けなげにも自分で立ち上がった。
「よしよし、偉いな。これはご褒美や」
 ラィルは行李から売り物のリンゴを一つ取りだし、男の子の小さな手に持たせる。
「まあっ! すみません、ご迷惑をおかけして」
 男の子の母親らしい女性が、大荷物で顔半分しか見えないような有様でそれでも頭を下げた。傍らにはその倍程の荷物を持った男性もいる。その人は荷物の隙間から目だけ覗かせて、ラィルに向かって不器用にお辞儀していた。
「偉い子や。でも気ぃつけてな。じゃあな」
「ありがとう、お兄ちゃん」
 リンゴを大事そうに抱いて手を振る男の子にラィルも軽く手を振って応え、別れた。


 人ごみから離れながら、ラィルの目は現実と夢の狭間を見つめる。
(僕にもあんな風に、クリスマスの準備をするような将来もあったんかなあ)
 賑やかで優しい嫁さんと、可愛くてやんちゃな子供に大荷物を持たされて。一緒に食べ物やプレゼントを買い込み、賑やかに過ごすクリスマス。
 そしてラィルが思い描いた嫁さんの顔は、世俗とは程遠い、どこか神々しささえ漂わせる少女のものになる。

 少女は本来、ラィルと出会う筈のない存在だった。

 人里から遥か遠く、高い山々の峰が天空に向かって聳える先。
 花々が咲き乱れ、鳥が囀り、風が歌い、月の光に浮かび上がる、常世を思わせる国があった。
 その国の祭の日に初めて訪れたラィルは、楽園とはこういう場所かと目をみはる思いをしたものだ。
 彼の表向きの立場は行商人だが、実は別に為すべきことがあった。彼の部族は貧しく、皆そうやって生きていくしかなかったからだ。
 ラィルは密かにその国を探るうち、最も神聖な場所とされる建物に迷い込んだ。そこで外界から完全に遮断されて、巫女として生きる少女と出会ったのだ。
 ――そのときのことを、忘れることなど出来ようか。
 花と香木の香り、衣ずれの音、鈴を振るような声。
 雷に打たれたように身動きもできな彼に、少女も驚き、慄いた。

 そこでやめておけば良かったのかもしれない。

 けれどラィルは、その後も人目を忍んで彼女を訪れた。
 ラィルの物語る外の世界の話は、彼女の心に切ない程の憧れを植え付けた。
 ラィルはただ、目を輝かせて自分を待っている少女を、喜ばせたかっただけだ。
 少女が、己の使命と、自分自身の望みの間で、心を引き裂かれそうになっていることなど知らなかったのだ。
 けれど今なら分かる。
 少女にとって知ることは苦でもあったのだ。

 少女にとっての禁忌、ラィルにとっては高嶺の花。
 互いの差し伸べた手はいつしか禁断の実を掴み、短くも幸せな逢瀬が続いた後に、悲劇が訪れた。
 巫女として、楽園を守るために少女が命を捧げなければならないと知ったとき。
 ラィルは怒りの余り楽園を打ち砕き、少女をも失った。

 ――何故もっと早く連れ出さなかったのか。
 幾ら後悔しても、少女はもうこの腕に戻らない。
 ――人の幸せを知らない方が良かったのか。
 楽園で自身の不幸を知らずに生を終えられたかもしれない少女に、ラィルは智慧という苦しみを与え、その死を苦痛の色に塗り込めたのではないか。
 けれどラィルは思い出すのだ。最初に出会った時の美しい生人形の顔と、彼の訪れを出迎えた時の輝くような笑顔を。
 きっと彼女にも幸せな時間はあったのだろう。だからラィルはもう後悔はしない。
 ただせめて、あの少女が今は苦しみから解き放たれ、輝く笑顔で空を自由に舞っていることを祈ろう。


 空には星が瞬き始めていた。ラィルは両手を思い切り高く差し伸べる。
 この特別な夜なら、空から彼女が降りてきて、あの白い指でそっと手を握り返してくれるかもしれない、と。
 暗い空からは返事のように、ふわふわと白い雪がラィルの腕の中に落ちて来る。それはあの楽園に咲いていた花のようでもあった。
「メリー・クリスマス」
 ラィルは寂しく、けれど優しく微笑んだ。きっと彼女も何処かで見ている。

 不意に頬を撫でていく冷たい風に、ラィルは現実に引き戻された。
「ううっさむっ!!」
 身震いし、背中の荷物を揺すり上げる。
 生き残った自分は、彼女の分まで後悔なく生きようと決めたのだ。
 いつか彼女に再会した時に、沢山の話ができるように。
 彼女はきっとあの輝く微笑みで、ラィルの物語に耳を傾けてくれるだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1929 / ラィル・ファーディル・ラァドゥ / 男 / 24 / 人間(CW)/ 疾影士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。クリスマスの夜の、少し哀しいモノローグのお届けです。
キャラクター様の過去の物語をお任せいただき、有難うございます。
ご依頼のイメージを大きく損なっていなければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!

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ファナティックブラッド
2015年02月19日

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