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『目覚めた人魚の眼差しは 』
イアル・ミラール7523)&茂枝・萌(NPCA019)

1.
 目の前にいた筈のイアル・ミラールは、海に引きずり込まれた。
 海藻に足を取られ足掻く茂枝萌(しげえだ・もえ)は助けることもできずに、イアルは波の間に間に消えていく。
 人魚? あれは人魚だったのだろうか?
 イアルを引きずり込もうとする影を、萌はしっかりと見た。
 せめていつもの装備をしていたのなら、助けられたかもしれない。いや、もっとしっかりイアルをガードしていれば‥‥!
 けれど、その直後に萌はIO2からの緊急出動を受けてしまった。
 出動は絶対だ。私事と仕事を一緒に考えることはできなかった。

 結果、萌はイアルを見殺しにした。

 出動の後、入り江に戻ったが何も気配はなく。イアルの姿も、人魚の姿もなかった。
 なにも、できなかった。
 手遅れかもしれない。けれど、何かをしなければ萌の精神は崩壊しそうだった。
 その日から入り江についての徹底調査を開始した。幸い‥‥というのだろうか。緊急出動中に入り江に関して極わずかであったが情報を得ていた。また『魔女』の影がちらついていた。必死だった。名目がなければ萌はイアルを探しに行くことすらできないのだ。歯がゆい気持ちを押し殺しながら、調査を進めた。
 調査が奏を効したのはそれから半年も後だった。
 魔女の秘密結社の資金源が入り江にある。それを突き止め、さらに潜入捜査への切り替え。
 水中戦仕様の"NINJA"の装備を許可された萌は、調査と捜索を始める。
「イアル‥‥待っててね!」


2.
 萌は調査の中でシーメデューサの存在を知っていた。
 頭にヘビを生やした女の人魚。名前の如く水中のメデューサ。
 魔法攻撃はもとよりメデューサと同じく石化を得意とし、その石化を解くにはシーメデューサの血を掛けるしかない。厄介な相手だ。
 けれど、このシーメデューサがおそらくはイアルの行方に関与している。人魚たちを脅かし、その命を奪わぬかわりに生贄を要求する。
 シーメデューサはいつか対峙した魔女たちの資金源として、手足となっているようだった。
 シーメデューサの力によってに石化された人魚たちは、魔女によって時には石像のまま美術品として売られた。そして時には生身に戻して愛玩動物として好事家に売って魔女たちの資金源となっている。
 目指すはシーメデューサの住む神殿。萌は、ひたすらにイアルの身を案じる。
 イアルが人魚に攫われたのだとしたら、もしかしたらイアルはその生贄にされたのではないか?
 もしそうだとしたらイアルは今、命の危機に晒されているのでは‥‥?
 萌の勘がそう告げた。

「忌々しい‥‥忌々しいねぇ」
 シーメデューサは苛立っていた。神殿前に飾り付けた石像の前に立ち、その顔をじっと見る。
 人魚姫を名乗ったイアルの石像だ。
 シーメデューサの石化の視線によって哀れにも泣き叫び、恐怖におののいたまま石像と化したイアルの末路。
「この美しい顔が気に入らない」
 偽物の人魚姫を騙ったイアル。けれどその美しさは本物だ。そのイアルの美貌にシーメデューサは嫉妬していた。
 ガゴンッ!
 大きな音を立て、シーメデューサはイアルの石像に攻撃を仕掛ける。髪の一部が破損し、床に転がる。
 イアルの髪の毛はすでに何か所も欠け、ボロボロだった。美しく靡く髪も、つるつるの肌も、なだらかな腰のラインもすべてが嫉妬の対象だった。ドロドロの海泥をイアルに擦り付け、腐って漂う何かをイアルの口の中に放り込む。
 この半年間、そうしてイアルを汚しまくってきたが、シーメデューサはまだまだ飽き足らなかった。
 異臭がしようとも、どれだけ汚そうとも、イアルの威厳だけはどうやっても消えない。消せない。
「‥‥忌々しい」
 また髪を欠けさせて、シーメデューサは神殿の中へと戻っていく。
 愕然とした。
 イアルは石になっていた。汚らしく、悲壮な顔、そして人魚の姿で‥‥。
 シーメデューサの神殿についた萌が目にした、あまりな風景は萌の理性を破壊した。


3.
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 砕けた理性と共に、萌はシーメデューサの後を追いかける。怒声と共に現れた萌に、シーメデューサは不意を突かれた。
「何だ!?」
「よくも、イアルを‥‥イアルを‥‥!!!」
 機動性のよい水中戦仕様のNINJAは萌の力をいかんなく発揮させる。水中であることを感じさせず、なおも萌の力を最大限に引き出す。
 水中戦用に改良されたサブマシンガン、水の中でも切れ味の落ちぬ高周波振動ブレード。
 視線は合わせてはいけない。ヤツは石化を必ず使う。魔法攻撃も仕掛けてくるだろう。口の動きに注意するのだ。
 壊れた理性の中でも冷徹な萌の頭はシーメデューサの攻撃をかわす術を常に体にインプットする。
 コイツを何とかしなければ、イアルは‥‥イアルは!
 沸騰しそうになる思考と冷静に分析する身に沁みついた力。萌は迷いなくブレードを引き抜いた。
 イアルの石化を解くために、シーメデューサの血を取らねば!
「小娘が‥‥!」
 シーメデューサの瞳が赤く燃え上がる。
 しかし、その視線は萌を石化できなかった。赤く染まる海。シーメデューサの瞳に映った最後の風景は、無表情ながら憎らしげにまっすぐにシーメデューサを睨みつける萌の姿だった。
「な‥‥ぅ‥‥っ‥‥」
 魔法を唱えようとした喉から漏れていく声。痛みはない。ただ、もうその痛みすら感じない暗い闇の底へとシーメデューサは落ちていく。グラグラとした視線は赤く染まり、そのまま床に落ちた。
 一太刀の元にシーメデューサを切り伏せた。
 真っ赤に染まったあたりから、萌は無言でシーメデューサの血を集めた。ただ、淡々と。
 それから、石となったイアルの像を抱えて入り江へと急浮上する。
 これでイアルを助けられる、と萌は希望に満ちていた。あの時助けられなかったイアルがようやくこの手に戻ってきたのだと。
 流れ着いていた海藻と萌の服でイアルを綺麗に、苔のひとつも残さぬほどに磨き上げた。
 そして、シーメデューサの血を掛ける。
 ‥‥‥‥‥‥
 少しずつ、頭のてっぺんから氷が解けるように石化が溶けていく。
 悲壮な表情のイアルに顔色が戻る。途端‥‥!
「‥‥けてっ!! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
 大音量の悲鳴が萌の耳を突き刺す。イアルの最後の断末魔がそのまま入り江に響き渡る。
「お、落ち着いて! イアル、私だよ! もう助かったんだよ!」
 ホッとしてギュッとイアルを抱きしめた萌に、叫ぶのをやめたイアルは大きく胸を弾ませながら呼吸を繰り返す。
「わ‥‥わたし? ここは‥‥?」
「ここはイアルが攫われた入り江だよ。遅くなってごめん、イアル。‥‥次は人魚を治さなきゃ」
 萌が優しくそう言うと、イアルはきょとんとし萌から体を離すと萌の顔を見つめた。

「申し訳ありませんが、わたしはイアルという人魚姫ですが? あなたはどなたですか? 人違いをなさってはいませんか? わたしはあなたを存知あげません」

「‥‥え?」
 萌の絶望した顔が、凍りつく。
 覚えていない? イアルは、私のことを‥‥?
「嘘‥‥だ」
 どういうこと? シーメデューサが何かをイアルにした?
 こんなことは調べた情報の中になかった。
 混乱し、青ざめる萌。指先が震えて、次にするべき行動がわからない。
 どうしたら‥‥どうするべき? 私は‥‥!
 イアルはただ、困惑したように萌を見つめていた‥‥。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月20日

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