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『愛しい人々へ 』
大狗 のとうja3056


 車窓を景色がどんどん流れていく。
 アナウンスが告げる聞き慣れた駅名に、大狗 のとうの肩がぴくりと動いた。
 電車は少しずつスピードを落とし、見覚えのある建物がちらほら見分けられるようになってきた。
 のとうは荷物の入ったカバンを揺すり上げ、小さく溜息をついた。
「何でこうなった!?」
 4年ぶりの帰郷は、のとうの意思によるものではなかったのだ。

 改札を出ると、見慣れた顔が待ち受けていた。
「おかえり、姉ちゃん」
「コウ……」
 最後に会った時よりも少し大人びたように見える弟に、のとうは少し戸惑う。
 が、それを口にするのも癪な気がして、仁王立ちで弟の前に立ち塞がり相手の無表情な顔をびしっと指さした。
「一体誰の差しがねなんだ! こっちは休みを取って帰るのもすっげえ大変なんだぞ!!」
「ああ、お疲れ。とにかく帰ろう。父さんと母さんも待ってる」
 弟はそっけなくそう言って、のとうの荷物を受け取ろうとする。だがその余りの重さに一瞬驚いたようだった。
 のとうは敢えて、それを見ないふりをした。

 久しぶりに見る家は何故か少し小さく見えた。
 きっと気のせいなのだろう。記憶の中の家は子供の頃のイメージを引き継ぎ、もっと大きかった。けれど久々に帰った者は、かつての我が家を客観視してしまう。
 廊下も、キッチンも、のとうにはどこかよそよそしく思えた。
「お帰りなさい! 本当にもう、あんたは。お正月にも全然帰ろうとしないんだから」
 のとうと少し似た明るい髪色の専業主婦の母は、忙しく手を動かしながらずっとしゃべり続けている。
「ちゃんとご飯食べてるの? お菓子ばっかり食べてるんじゃないの? ほら早く手を洗って……!」
「へーい」
 適当に聞き流して振り向くと、そこにはひっそりと父が立っていた。
「元気そうだな」
 前振りも何もなく、いきなりそう言い出す。相変わらずだ。
「うん。皆も」
 のとうはそれだけ答えると、手を洗いに行く。

 洗面所のコップ、歯ブラシ立て。そんな些細な物が家を出た日と変わらないことに、のとうは不思議な、そしてどこか安堵する様な気持になる。
 撃退士として、久遠ヶ原学園へ行く。
 そう決めたのとうを後押ししてくれたのは、父だった。
 余り沢山会話した記憶もない、真面目で大人しい平凡な公務員の父。驚きながらも、最後はのとうの決断を許してくれた。
 ……いつの間にか変わってしまったのは自分の方だ。
 背もずいぶん伸びた弟が驚くような重さの荷物を、自分は平気で持ち上げる。
 そんな少しずつの違和感が積み重なって、『普通の』人達との暮らしはどこかずれを感じる物になっていたのだ。

 だが、そんな感傷も食卓で吹き飛んだ。
「のとう、醤油」
「お願いします、が抜けてるぞ。あと何呼び捨てしてんだ!」
 のとうは懐かしい自分のお茶碗でご飯をかきこみながら、弟に抗議する。
「名前も変えたのか? だったらそう言えよ」
 弟は余り表情が顔に出ない。熱くなりがちなのとうと正反対で、いつでも飄々としている。
「お ね え さ ま だろ!!」
「いいから醤油」
「やらねえよ!」
「いい加減にしなさい、ふたりとも! のとう、あんたはもう大人でしょ!?」
 母の一喝でようやく2人は黙って、ご飯を口に運ぶ。
 腹は立つ。腹は立つが、懐かしい光景だ。のとうはふくれっ面をしながらも、そう思った。


 翌日。
 早朝から叩き起こされたのとうは、本来の目的をようやく思い出す。
 電話がかかって来たのは一昨日のことだった。
 のとうは去年の誕生日で二十歳になった。地元の成人式に帰って来いという言葉に、のとうは最初渋った。全く必要性を感じなかったからだ。
 だが既に写真館も衣装も何もかも予約してあり、今からキャンセルするとかなりの費用がかかる。弟がそう淡々と説明を続け、気がつけば帰省に同意していたのだ。
「うー、めんどくさい……」
「いいから早く着替えなさい!」
 母はひとりでその辺りをうろうろしながら、寝巻兼普段着のままののとうに呆れている。
「どうせ向こうで着替えるのに?」
「若い娘が何言ってるの!!」
 別室から父が呼んでいた。
「おーい、そろそろ出ないと間に合わないぞ」

 連れて行かれたのは古い写真館だった。
 何故か父と弟もスーツにネクタイを身につけ、母も少し気取ったワンピースなどを着ている。
 それを疑問に思う暇もなく、のとうは着替えに連行されて行った。
「いだいいだいいだい!?」
「お嬢様はスタイルが良くてうらやましいですわ〜。少し我慢してくださいね?」
 3人がかりの手際の良いスタッフが、のとうに下着から襦袢から次々と着せかけてはタオルを紐でくくりつけ、みるみるうちに振り袖姿ができあがる。
「少しお化粧もしましょうね」
「えっ」
 自分が梱包貨物になったような気分で白目を剥いていたのとうは、続いて化粧台へ。
「まあ、とってもお綺麗」
 そう言われて改めて見据えた鏡には、見た事のない娘が映っていた。
「なんか……落ちつかないのな……」
 鏡の向こうののとうも、気まずそうにしている。

 ようやく仕上がったのとうの晴れ着姿に、母は手を叩いて喜んだ。その目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
 父は何も言わなかったが、優しく目を細めていた。
 そして弟はぼそりと言った。
「馬子にも衣装……」
「コウ、後で殴るからな」
 悪態をつきつつ、ぞろぞろと連れだって撮影室へ入る。

 ちょっとしたアンティーク家具や椅子などがグレイの背景の前に運ばれ、そこでのとうは言われるままのポーズを取って行く。
「はい、いいですか〜ここ見てくださいね〜!」
 パシャリ。
 シャッターが切られる。
 眩しい光に照らされてカメラの前に立つのとうを、カメラ越しに3人が見つめていた。
 母は何度もハンカチを目に当てている。父はそんな母にそっと寄り添っている。弟は何やらスタッフに話しかけていた。
 実は今回の発案の首謀者は、あの弟だったのだ。
 姉が出て行った家で、弟は両親をじっと見つめていたのだろう。言葉には出さなくても娘の身を案じ、ただ無事を祈る姿を。
 今、明るい場所に居るのとうを優しく見守っているように。
 家族はずっと、自分を気にかけてくれていたのだ。

 平凡な父。平凡な母。生意気な弟。
 それがどんなに大事なものか、のとうはこれほどまでに強く感じた事は無かった。
 離れていても寄り添う心。言葉に出すと陳腐になってしまうそれは、やっぱり愛と呼ぶしかないもの。
 そして今、並ぶ3人を見ているうちに、視界がぼやけて来るほどに胸を締めつけるこの思いも。
 手を繋いで歩いた桜並木。
 はしゃいで溺れかけ、父に抱えられた夏の海。
 お弁当を持たせてくれた秋の日。
 喧嘩しながらも一緒に作った不格好な雪だるま。
 そんな些細な日常を積み重ねて、自分は今の自分になったのだ。

「では最後に、ご家族の皆さんもご一緒に撮りますよ〜お父さんほら、もっと娘さんに寄って寄って」
 困惑したような表情の父はそう呼びかけられ、座るのとうの傍に立つ。
「ではいいですねー、撮りますよ〜!」
 スタッフの声に紛らせるように、のとうは小さく呟いた。
「ありがとう」


 帰りの電車の中、のとうは出来上がった写真をそっと取り出した。
 撮られて行く順に、自分の表情がどんどん柔らかくなっているのが分かる。
「ちょっと照れくさいのな……」
 たははっと笑いつつ、順に見て行く。
「うん、ちょっとだけ悔しいけど、なかなか良い経験だったな。よーし、次はコウの時にリベンジしてやるぜ!!」
 お気に入りはやっぱり、家族全員の写真だ。
 心からの愛と感謝を籠めて、のとうはこの日一番、きれいに微笑んでいるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 感謝の微笑みを】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、成人の日のエピソードのお届けです。
大事な物語をお任せいただいて、本当に有難うございます。

離れて初めて分かる大事な物。
改めてそれを知って、のとうさんはまた少し強く優しくなれるのではないかと思いました。

ご依頼のイメージを損なっていなければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
snowCパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月20日

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