▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『赤いダンス・マカブル 』
セレシュ・ウィーラー8538)&フェイト・−(8636)


 浦島太郎は老人になってしまう。かぐや姫は月へ帰ってしまう。人魚姫も、王子様とは結ばれない。
 童話というものは意外に、ハッピーエンドにはならないのだ。
 血生臭い終わり方をするものもある。
「うちのお気には『白雪姫』やな」
 とあるアンティーク・ショップで、セレシュ・ウィーラーは語りに入っていた。
「あの子なあ、最後の最後で王妃様にきっちりリベンジかましとるんやで。真っ赤っかに灼けた鉄のお靴を履かして、死ぬまで踊らせるっちゅう……7人の小人さんも王子様も、まあドン引きやね」
「赤い靴を履いて死ぬまで踊る話なら、もう1つあるんだけど知ってるかい」
 店の女主人が言った。
「白雪姫なんかと比べて、ちょいと知名度は下がっちまうけど」
「俺が小さい頃に読んだのは……おばあさんが死んだ後、女の子が改心して普通に靴が脱げちゃうお話だったな」
 思い起こしながらフェイトは応えた。
 あの母親にも、子供に童話を読んで聞かせてくれていた時期が、ないわけではないのだ。
「原典に近いバージョンだと、赤い靴は絶対に脱げなくて……女の子は結局、首切り役人に足首を切り落としてもらう事になっちゃったんだっけ」
「で、その子はまあ改心したんはええけど、一生まともに歩けへん身体になってもうて。そないな目に遭わなあかんほど、悪い子やないと思うねんけどなあ」
「ハンス・クリスチャン・アンデルセン大先生は、そうは思わなかったみたいだね……問題はその後。赤い靴は、どこへ行っちまったんだろう?」
 少女の切り落とされた両足首は、赤い靴を履いて踊りながら、どこかへ去ってしまった。
 あの童話では、そう語られているだけだ。どこへ去ったのかは、記されていない。
 セレシュが、店内を見回した。この店ならば、何が置いてあってもおかしくはない。
「まさか……ここにあったり、せんやろな」
「ぜひ欲しいとこだけどねえ」
 女主人が笑った。その笑顔が、すぐに引き締まった。
「いや本当……冗談抜きでね、回収してもらいたいんだよ」
「……赤い靴、を?」
 フェイトは確認した。
「どこかで、見つかったのかな?」
「本物かどうかは、わからないけどね」
 女主人が語った。
「都内に、廃墟マニアの間でだけ有名なお化け屋敷があるんだけど。そこで最近、見つかったのさ。床下に、これでもかってくらい厳重に厳重に封印された……一揃いの、赤い靴がね」
「封印を解いたアホがおるっちゅうわけやな」
「どっかの大学の廃屋愛好会、だったかな確か。そいつらが、屋敷の床下から赤い靴を……解き放っちまった、と。そういうわけさ。解き放たれた赤い靴が、逃げ回りながら色々とやらかしてる。人死にも出てるんでね、何とかしないと」
「……さすがだね。もう情報、来てるんだ」
 フェイトは軽く、溜め息をついた。
 IO2日本支部が入手している、程度の情報は、すでに出回っているという事だ。


 赤い靴が封印されていたという廃屋は、とある大富豪の邸宅であった。
 その大富豪は何十年も前に失踪し、邸宅は売りに出されたまま買い手もつかず、そのまま荒れ放題の廃屋となった。
 失踪の原因に、その赤い靴が関わっているのかどうか、今となっては不明である。
 とにかく大富豪は、赤い靴を床下に封印した後、姿を消した。
 封印を解いてしまった大学生たちの話によると、赤い靴は「逃げ出した」らしい。
 逃げ出した靴が凶行を繰り広げている、のかどうか確証はまだ掴めていない。
 とにかく都内では、奇怪な死亡事故が多発していた。
 被害者は全員10代の少女で、ある者はビルの屋上から転落し、ある者は車道にいきなり躍り出て車に撥ねられた。1人の例外もなく、直接の死因そのものは純然たる事故である。
 そして、これもまた1人の例外もなく、左右の足首が失われていた。まるで、あの童話の主人公のように。
 警察や救急車が現場に駆け付けた時には、すでに死体の両足首が消失しているのだ。左右の足に滑らかな断面が残っており、かなり鋭利な刃物で切断されたのだろうという事が推測されるだけであった。
「若い女の足首をコレクションしとる人外サイコパス、っちゅう線も有りやな」
 セレシュが言った。
「童話に見立てた人殺し、やとしたら魔族の類やのうて人間の能力者とちゃうんかな」
「まあ、それはともかく……俺、セレシュさんと組むわけ?」
 いささか遠慮がちに、フェイトは戸惑いを露わにした。
「あんまり民間の業者さんに助けてもらうってのは……IO2エージェントとしては、どうなのかなあ」
「そんなん言わはるのフェイトさんくらいや。IO2の連中、うちにガンガンお仕事丸投げしてきよるでえ」
 IO2ジャパンは精鋭揃い、とアメリカでは思われているようだが、フェイトに言わせれば少し違う。
 例えばこのセレシュ・ウィーラーのように、民間で妖怪退治や怪奇現象対応の仕事をしている業者が、アメリカとは比べ物にならないほど日本には多い。由緒ある退魔士の一族などもいる。
 そういった業者たちと、IO2日本支部は、まあ良好な関係を保っているのだ。
「お仕事やからな、ボランティアはせえへん……ま、安心しいや。フェイトさんから銭取ろうっちゅうんやないさかい」
「それは助かる……って事にしとくか」
 フェイトは苦笑した。
 ここは協力し合うのが、自然な成り行きというものではある。
「で、とにかく犯人を見つけなきゃいけないわけだけど」
「あかんて。フェイトさん、テレパスか何かで手当り次第に探そうとしとるやろ?」
 セレシュが言った。
「この東京っちゅう場所には、いろんな国……魔界とか異世界からも、サイコな連中がぎょうさん集まって来とるんやで。1人だけ探し当てるなんて、フェイトさんでも絶対無理や。ここは、うちに任しとき」
「……何か、いい手が?」
「童話に見立てた人殺し、なら童話と同じ事すればええんや」


 犠牲者である少女たち全員がそうであるかどうかは、わからない。
 ただ目撃情報によると、転落死した少女は、ビルの屋上でダンスをしていたという。車に轢かれた少女は、踊りながら路上に飛び出して来たらしい。
 呪われた赤い靴の仕業であるにせよ、猟奇殺人犯による凶行であるにせよ、犯人があの童話と同じ状況に固執しているのは間違いないようであった。
 だからセレシュは、公園で踊っていた。
 大音量で音楽を流しながら、前に歩いている。ように見えて、後ろに進んでいる。
「せ、セレシュさん、それは……」
「練習したんやでえ、一生懸命」
 この女性は一体、何歳なのだろう、とフェイトは思わない事もなかった。恐ろしく長生きをしている、という噂を聞いた事はあるのだが。
「それはともかくっ♪ そろそろ来るでぇフェイトさん、スタンバっときぃや♪」
 セレシュが歌い踊りながら、公園の一角を指差している。
 そちらから、足音が聞こえて来ていた。干涸びた感じの足音。
 だが近付いて来る人影など見えない。人影は、だ。
 フェイトは、黒いスーツの内側から拳銃を引き抜いた。
 左右一揃いの、女性用の赤い靴。
 まるで透明人間が履いているかのように、歩み寄って来る。
 踊っているセレシュの、足元を狙っている。それがフェイトにはわかった。
 歩み寄って来た靴が、止まった。透明人間が、フェイトの拳銃に気付いて立ちすくんでいる。そんな感じだ。
 赤い靴が、逃げ出した。いや、逃げようとして硬直した。蜘蛛の巣に絡まった、羽虫のように。
 蜘蛛の巣に似たものが、いつの間にか公園の地面に出現していた。
 様々な文字や数字、12宮のシンボルと思われる記号。それらを内包した、光り輝く円形。
 魔法陣、の類であろう。セレシュが仕掛けておいた、魔力の罠だ。
 光の円陣に捕えられ、動けずにいる赤い靴に、フェイトは拳銃を向けた。攻撃を念じ、引き金を引く……否。念動力を銃身に流し込んでいる最中に、攻撃が来た。
 今度は、人影が見えた。筋骨たくましい、大柄な人型。赤い靴を守るかの如く、横合いからフェイトを襲う。
「何だ……!」
 巨大な得物がブンッ! と振り回され叩き付けられて来る。フェイトは横に跳び、かわした。凄まじく重い風が、横面をかすめて奔る。
 大型の、斧であった。
 それを両手で握り構えているのは、筋骨隆々たる巨漢である。首から上は布の覆面で覆われ、鬼火のような眼光だけが露出している。
 そんな巨漢が、大斧を振るう。暴風のような斬撃を、セレシュが踊りながら軽やかに回避する。
「……自分、あれやな。あのお話の、最後に出て来て決着つける役」
「そうか……女の子の足を切り落とした、首切り役人!」
 フェイトは拳銃をぶっ放した。
「お前の仕業か! 何で、こんな事をする!?」
『それを……私が、知りたいのだ……』
 首切り役人が、呻きながら大斧を振るい、フェイトの銃撃を全て弾き返す。
『あの娘の両足を、切り落とした時から……私には、役割が出来てしまった……この靴は、少女たちをひたすら踊り狂わせる……私は、その少女たちの両足を切断する……それが、役割だ……』
 銃弾を跳ね返した大斧が、猛回転して跳ね上がり、フェイトに向かって振り下ろされる。
『役割には、誰も逆らえない……そうだろう? 生きた人間よ……』
「せやな。それはそれとして……その赤いお靴、綺麗やけど要らんわ。そない高い踵やと、バックスライド出来へんし」
 セレシュが歌い、踊り、そして右手の指を鳴らした。
 高らかに鳴り響くスナップ。それに合わせ、魔法陣に変化が生じた。
 光で描かれていた円形が、文字が、12宮の記号が、全て光に戻り、首切り役人と赤い靴を包み込む。
 すでに動きを封じられていた赤い靴に加え、首切り役人の巨体も、光に絡め取られて動けなくなった。
 振り下ろされた大斧が、フェイトの頭を叩き割る寸前で止まり、痙攣する。
 その刃を睨み据えながら、フェイトは拳銃をもう1丁、懐から引き抜いた。
 右の拳銃を眼前の首切り役人に、左の拳銃を赤い靴に、それぞれ向ける。そうしながら、攻撃を念ずる。
「解放してやる……なぁんて言い方、ちょっと上から目線が過ぎるかなっ!」
 エメラルドグリーンの光を両眼で燃え上がらせながら、フェイトは引き金を引いた。
 左右の銃口から、爆炎が迸った。
 念動力を注入された爆薬弾頭弾の、フルオート射撃。
 赤い靴が左右両方、爆炎に灼かれ吹っ飛んだ。
 首切り役人の巨体が、砕け散りながら焦げ崩れ、遺灰と化し、さらさらと風に舞った。
「……役割、か」
 フェイトは、1つ息をついた。
 赤い靴と首切り役人に、誰が何のために与えた役割であるのか、それは明らかには出来なかった。
 役割を与える力を持った何者かが、この世には存在する。それがわかっただけである。
「おとぎ話っちゅうんは、ほんま……ハッピーエンドで終わらんもんやなあ」
 吹っ飛んだ赤い靴を両手で拾い上げながら、セレシュが呟く。
 爆炎に灼かれながら、無傷の靴。だがそれは、もはや単なる赤色の靴だ。
「ま、バッドエンドでも終わりは終わりや。お見事やったで、フェイトさん」
「……俺は、引き金を引いただけだよ。仕事をしたのは8割型、セレシュさんだから」
 犠牲となった少女たち、それに役割からようやく解放された首切り役人のために、フェイトは祈ろうとした。
 だが、両手には拳銃を握ったままである。
 こんな手で合掌されても、死者は安らいでくれないだろう。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.