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『おおつごもりの夜 』
鳥居ヶ島 壇十郎jb8830)&徳重 八雲jb9580

 いよいよ来たるは新年、一年の最後の日。
 夜は更けて宴もたけなわ、賑やかな空気は途切れることを知らない。何せ、大晦日の夜は長いのだ。
 酔いも回れば口も回る。人ではない者たち――妖怪たちとて例外ではなく。
 そんな中。
 同胞たちの宴を静かに抜け出し支度を整え、身を凍む寒さに白い吐息を洩らしつつ夜半の逢引き、待ち合わせ。
 冷える手を擦りぬくめて、白い指先に呼気を吹き掛けたのは徳重 八雲(jb9580)。
 羽織る半纏では寒さを隔てるには些か心許無いか、身を締めながら待つこと暫し。母屋の扉を引いて、ゆったりとした足取りで出て来た男がひとり。
「ほら。やっぱりおまいさんが待たせるんじゃないかい」
 その姿を目に留めるなり悪態を吐いた八雲は、返事も待たずに踵を返す。愛想を尽かしたわけではない。極々普通の常通り、言葉こそ辛辣であれあくまで相手を置いてはいかないよう、そこそこのペースで目的地へと歩き出す。
「何じゃ、そんなに儂との逢引きを楽しみに――と、待たんか」
 向けられた文句も何のその。軽口で迎えた鳥居ヶ島 壇十郎(jb8830)だったが、八雲はその口上すら待たずにすいすいと前を行く。
 彼を追って軒下を出ると、殊更冷える。頬に触れた冷気にふと顔を上げると、気付けば細かな雪がちらついていた。漆黒の天鵞絨から降り頻る白。傘をさす程ではない、今年の最後の雪。
 壇十郎が追いつき八雲の隣に並ぶと、歩くペースが緩やかになる。そんな些細な気遣いが最早当たり前過ぎて、思わず胸中で笑ってしまう。
「何にやにやしてるんだい」
 横目で据える八雲の厳しい指摘にも、壇十郎は「さて」と短く返す。
 二人は長い付き合いだ。昔馴染みという言葉すら生温い、数百年の長付き合い。時には吐息が触れる程に近く、時には想いを馳せる程に遠く。付かず離れず、行かず追わず、けれど決して切れることのない縁。
 霜の張った土をざくざくと踏み締めながら、二人で肩を並べて歩くさまは熟した間柄特有の安心感がある。
「年の変わりに見る顔がおまいさんじゃ、運気も逃げちまいそうだよ」
 神社は山の中腹にある。なだらかな坂道を登りながら、八雲は渋い表情で言った。
「それ位で逃げる運気なんぞ、最初から無いようなもんじゃろう」
 髪の隙間からぴんと獣の耳を伸ばし、壇十郎はからからと笑った。
 普段からこうだ。けれど、こうも憎まれ口を叩く反面で八雲は壇十郎を拒まないし、壇十郎も八雲を厭わない。当人は否定するだろうが、寧ろ互いに交わす悪態と冗句を楽しんでいるようにも見える。
 気が遠くなるような長い年月を共に過ごした仲だ。唯々悪いわけがない。日頃は口喧嘩ばかりで険悪でも、こうして今は肩を並べてお詣りへと向かっている。
 点々と明かりの燈った登山道に、ちらほらと人の姿が見えてきた。同じ参拝客だろう。更に向こう、山の中腹には、皓々と照る境内が見える。そろそろ年も変わろうという頃合い、人の数も多い。
「今年も色々あったのう。こうも長く生きると、早いようで長い」
 数百年と生きれば、『一年間』で区切って思い出すことは中々難しい。あれこれは今年の出来事だったか、あれこれはいつの出来事だったか、膨大な記憶の海の中では有耶無耶になってしまう。
 ただ一つだけ、壇十郎にとってはっきりと判ることがある。
「またおまいさん。何だい」
 壇十郎はそっと八雲の手に触れると、そのまま捕まえて握り締めた。やや驚いた様子の彼には知らん振り、あくまで飄々としたまま視線は向けない。
「手が冷えるじゃろう」
「……そうかい」
 事実八雲の手は冷えていたが、それも建前。本音は明かさず、努めていつもの調子。
 いつもであれば邪険に振り払われるやも知れないその手は、今日は触れたままだった。
 一年の最後の日。来年もこの気に食わない、けれどそれ以上に掛け替えのない相手と共に暮らせるよう、ひそやかに神に願うのだ。――妖怪の身でありながら、神頼みとは如何にもそれらしい。
 山を登っていけば、いよいよ冷える。壇十郎はやわらかな尻尾を伸ばして八雲へ絡め、体温の低い彼を言葉表にはせずとも気遣った。その心根を判っているのかいないのか、八雲は「鬱陶しいねえ」などと呟きながらも身を寄せている。
 ゆったりと歩みながら、耳を澄ませばどこか遠くの寺から鐘の音が聴こえる。
「来年は遠出して寺に行くのも良いかも知れないねえ」
「そうじゃのう」
 今年は神社、来年は寺。言いながら、無意識に”次”の約束をしていることに気付き、八雲は肩を竦めた。どこまでもこの関係が当たり前で、意識するのも面倒ですらある。
 登り終えると、境内の様子が見えた。二年詣りの為に訪れた参拝客で一杯だ。
 人混みだ。手を解こうと八雲が引いた瞬間、壇十郎が再度手指を捕まえる。怪訝に顔を上げた八雲に、返す表情は笑み一択。
「御主はちっこいからな、人混みに流されんようにしてやっとるんじゃ」
 揶揄う言葉は悪戯めかせて、壇十郎は人混みの流れに添って列に並ぶ。
 長蛇の列に身を寄せ合って並びながら、空を見上げると変わらず粉雪。互いの着物の肩口に散った小さな結晶を払ってやりつつも、片手は確り繋いだまま。頬を擽る夜気は冷えていても、重ねた指は互いの体温であたたかい。
 お社を前に漸く指を解くと、隙間を通る風がいやに冷たく感じられた。
 ふと壇十郎が八雲を見ると、丁度八雲もまた、壇十郎を見ている。示し合わせたわけでもなくかち合った視線には思わずと、どちらからともなく笑いがこぼれた。
 賽銭を投げ、手を合わせ、柏手をして、礼をする。
 年が明けて一番。神に対して何を祈ったのかは、互いに聴きもせず、言葉にもせず。静かに連れ立って社を離れた。



 古い縁起物を奉る、焚き上げの火が上がる。
 訪れた新年。振る舞われたお神酒を授かり、身も心も清めたところで御神籤を引けば、いつもと変わらず互いに結果を覘き合い茶化す。
 これからも、この先も、きっとずっと恒例で、肩を並べて互いに冗句を投げ合うのだろう。そう予感出来る変わらない関係が心地好い。
 掛ける言葉は少なくとも、理解出来るのがまた長い付き合い所以だ。
 容赦の無い憎まれ口も、とうの昔に慣れたもの。
「おまいさんと話すにゃこれが一番。悪態無しじゃ話が尽きる程、おまいさんとは随分長く、付き合いましたからね」
 八雲の冗句に、壇十郎は尤もだと笑って言う。
 どれ程長く共に居ても、縁の途切れ無いのが何よりの証拠。
 一通りの用事は済んだ。甘酒を呷り終えると、人の波に乗って二人は帰路に着く。
 雪は変わらず降り続き、吐く息は白い。熱気と光源のある場所で温まったばかりの身体には、夜道は殊更寒く感じられる。
 山道を下り、連れ立って旅館へと戻る。
 その道すがら、ふと、互いの指が触れた。
「――今日は、随分と冷えるねぇ」
 八雲は触れたそれに指を絡めると、誰ともなしに呟いた。
 驚いた壇十郎が目を丸くするものの、八雲はそれ以上何も言わない。
 完敗だった。
 元より口喧嘩でも敵わない壇十郎だったが、これにかけては敵うわけもない。
 だからせめてもと、絡められた指を温めようと絡め返す。触れた箇所が徐々に馴染み熱を帯び始める感覚に、壇十郎は緩く息を吐く。
 八雲の滅多に見せない――それこそ、一年に一度在るか無いかの貴重な態度には、特別調子が狂う。
「壇さん」
「ん?」
 夜道に響く名に顔を向けると、八雲はいつも通り背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据えながらのんびりと言った。
「今年も。おまいさんの顔を年がら年中見ると思うと今から気が重いねえ」
 それは悪態だ。けれど、言葉には真意が寄り添っている。
 ――”今年も宜しくお願いします”。
 素直でない、偏屈爺のある種ストレートな新年の御挨拶。
 去年も今年も来年も。これからも、この先も、絡めた指と同じく縁を繋いでゆけるよう。
「はは、お互い様じゃな」
 何だか無性に照れ臭く、壇十郎は空を見上げて言った。

 仲間たちの集う旅館へは、まだ遠い。
 夜道の散歩はもう少しばかり、続きそうだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8830 / 鳥居ヶ島 壇十郎 / 男 / 32歳 /  陰陽師】
【jb9580 / 徳重 八雲 / 男 / 59歳 / ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 相沢です、今回はご依頼有難う御座いました。 また、納品の方大変遅れまして申し訳御座いません。今後はこの様なことが無いよう努めますので、また機会がありましたらどうぞ宜しくお願い致します。
 長年の付き合いを感じさせるお二人の初詣、いかがでしたでしょうか。若干ツンデレ成分濃くし過ぎたかなと思いつつ、お気に召していただければ幸いです。
 それでは、ご依頼本当に有難う御座いました。今後ともどうぞ宜しくお願い致します!
snowCパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年02月24日

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