『Chocolat Memory 』

ジル・ティフォージュ（ka3873）＆ユージーン・Ｌ・ローランド（ka1810）

　見つめる視線の先には、小さな白百合が首をもたげてこちらに花びらを開いている。
　隙間風を縫うように、彼の言葉が耳に届く。

　それはどうにも、身に覚えのある話で。

　どうしても打ち明けることができない話でもある。


●Sweet Chocolat
　帝国某所、世間は浮ついた空気を滲ませる。
　それは帝国内の商店街も同じだ。足を向けた先には、綺麗にラッピングされたお菓子が綺麗に積み上げられている。道行く女性が黄色い声を上げ、買う前から誰に何をあげるか相談していた。
　彼女達の後ろを通り過ぎ、特段の買い物もなく歩いていたジル・ティフォージュの目に、ふと馴染みの店の看板が目に入った。最後に見てからしばらく経つので内装は既に変えられているし、外側の壁も綺麗に塗り替えられ、明るい桃色の花が扉に添えられている。
　それでもどこか老舗の風格を漂わせているのは、長くこの地に店を構えている証拠だ。
「チョコレートねぇ……」
　呟いて、どれ、とジルは頭をぶつけそうになりながら扉を開けた。甘く、濃い香りが体を包み込む。
　がっしりとした長躯が店内に現れ、品定めをしていた女性たちが思わず視線を向ける。にこりと微笑んで手を振り、ジルは体を折るようにして可愛らしく陳列されたチョコレートを眺めた。
「恋人にプレゼントですか？」
　若い女性店員が声をかける。奥のレジには初老の女性が微笑んで鎮座しており、やはりというか、ジルを覚えている風ではない。
　ま、それもそうだ。背も伸びたし、雰囲気も違うしな。
　そんなことを思いながら、愛想良くチョコを薦めてくる店員に促され、小さな箱を手にジルはレジに向かう。
　どうにも「弟に」と言えぬまま買ってしまったわけだが、こんな時期だ。どれを買っても女性向けのものに違いない。
「まあ……ここのは美味いし、問題ないだろ」
　しっかり『恋に効くチョコレート！』などという昔はなかった煽り文句がついていたが、見なかったことにして弟の住む一角に向けて歩き始めたジルであった。


●“Chocolat”
　泣かない、泣かない。
　ほら、これをあげるから泣かないで。

　“にーさま”を探して歩きまわり、鼻をすすりながら夜の帝国を歩いていた自分の前に現れた女性は、すらりとした美人だった。
　事情を話してしばし、彼女は持っていた小さな箱からチョコレートを出した。
　絶望を打ち消すような、爽やかで優しい笑みを浮かべたまま、彼女は自分にそれを食べさせてくれた。
　甘い甘い、けれども子供には少し濃い味のトリュフが溶ける感覚は今でも覚えている。

　おいしい？　――あ、笑った。

　そう言う彼女を見つめ、鼓動が大きく脈打った。
　荒野に凛と咲いた白百合のような少女――美しい思い出だから若干の脚色はあるだろうが、それは嘘偽りのない初恋で。


「……」
　ソファで横になっていたユージーン・Ｌ・ローランドは、少し目を開いたままぼんやりと白い天井を眺めていた。
　どうして思い出したのだろう、と当時の自分の心境を思い出して口元を緩める。
　昼下がりだ。太陽は高い位置にあって、カーテンの隙間からユージーンのはだけたシャツに光を注ぐ。
「少し、寝過ぎたのかな……」
　ゆっくりと身を起こしたところで、タイミング良く呼び鈴が鳴った。テーブルに無造作に置かれた眼鏡を指に引っ掛けて立ち上がり、扉を開く。
「寝てただろ、ジーン」
　来客は、真珠のようなプラチナブロンドの髪を後ろで束ねた男性――兄と慕うジルだった。竜胆色の瞳で優しく自分を見下ろしている。
　それにしても、出会い頭の一言が「寝てただろ」とは。
　苦笑したユージーンが無言で頷くと、ジルは彼に小さな紙袋を手渡した。
「ティータイムに良いと思ってな。甘いのは大丈夫だったよな？」
「大丈夫だよ。冷えないうちに入って、ジル」
　ここでも身を屈めるように部屋に入ったジルの背中を見上げ、ユージーンはふと、夢を思い出した。
　“あの時”もこうやって、彼女を見上げていた。
　全然気づかないまま過ごしていたが、今のジルとの視線の差は、あの時のそれによく似ている。
「どうした？」
　不意にかけられたジルの声に何でもないよ、と微笑んで、兄に座るよう促す。
「チョコを買ってきたの？」
「何だ、チョコだって分かるのか」
「分かるよ。甘い香りがする」
　ジルから渡された箱は、小さなチョコの詰め合わせだった。
　箱は可愛いデザインのもので、白百合が小さく四隅に描かれている。中身は今風のものではなく、昔ながらと言わんばかりのトリュフが四つ。カカオの香りと、濃い色からして、見るからに甘そうだ。
　湯を沸かし、白磁のティーポットに注いでジルの元へ運ぶ。向かい合うように腰掛けたユージーンは彼の前にカップを置き、自分もソファに腰掛けた。
「久しぶりに見たな、これ」
「何が？」
　怪訝そうにしたジルには応えず、ユージーンは開けた箱から一つのチョコレートを口に運んだ。甘い甘い、けれども濃い――あの感覚。
「やっぱりこれだ」
「嫌いなやつだったか？」
　首を横に振るユージーンに、ジルはますます不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと思い入れがあるものだったから」
「へぇ。そいつはちょっと興味があるな」
「ある？」
「もちろん。弟分の思い出話ってのは、兄貴としては知りたいもんだ」
　それなら、とユージーンは少し恥ずかしそうに口を開いた。
　このチョコレートは、昔の想い人――いわば初恋の人にもらったものと同じものだったから、と。
　随分な思い出を聞いてしまった気がしたが、ジルは無言で先を促す。
「その人は、名前を聞いてもしばらく教えてくれなくて……何とか粘って聞いたら教えてくれたよ」
「何て名前だったんだ？」
「白百合の君……って」
「……ほ、ぉ」
　何故か言葉に詰まってジルである。淹れたての紅茶を飲み干して、やや乱暴にカップを置くくらいには動揺している。
「ジル？」
「何でもない……その女、いや、白百合の君とやらは、もしかして白いワンピースを着て、銀色の髪だったか？」
「えっ」
　そのユージーンの反応だけで十分だ。
　ジルは新たに注がれた紅茶を吹き出さないよう必死に堪えながら、弟の美しい思い出話を聞かざるを得なかった。
　そう、大きすぎる罪悪感を二つも背負ったまま。


●White Lily
　よし、今日一日の名前は“リリィ”な。よっ、白百合の君っ！

　悪友の言葉が発端で、当時、まだ痩せぎすで背の低かったジルは白いワンピースを着せられ、街を歩かされたことがある。
　若かったのだ。ひたすら若かった。その場の勢いで引き受けたジルはすぐに後悔することとなった。女の子扱いをする見慣れた街の連中、平然とナンパを仕掛ける男どもに多数遭遇すれば自棄になるというものだ。
　最早チョコレートの一つでも食べないとやっていられない状態だったジルは、そこで一人の“女の子”と出会った。
　決して治安の良いわけではない帝国の夜に、一人で泣きながら座り込んでいた少女を慰めないわけにはいかない。幸い、手には女子供の好物であるチョコレートがあるから、そんなに苦労はしなかった。
　はぐれた人の話を聞きながら、ジルは少女にチョコレートを一つ食べさせた。甘いものでも食べれば元気鳴るだろう、そんな短絡的な理由だった。
「あ、笑った」
　少女の表情が緩んだから、ジルはそう言って微笑んだ。
「あの……名前を」
　別れ際にそう尋ねられて、ジルは盛大に焦った。まさか本名を名乗るわけにはいかないし、かと言って良い偽名を持ち合わせているわけでもない。
　悩んで悩んで、ようやく悪友に貰った不本意な名前を思い出した。
「……リリィ」
　だから、『白百合の君』なんて恥ずかしい言い方はしていないし、その辺はユージーンの思い出補正というやつだろうか。

　◆

「その名前に相応しい綺麗な人だったよ。月の光に透ける銀髪が綺麗で思わず見とれちゃった」
　うわああああ！！　と、ジルは思いっきり髪をかきむしりたい気分だった。
　彼がうっとりと語るその人との思い出に、自分も心当たりがある。
　彼が嬉しそうに話す“白百合の君”とやらは、多分、“自分”だ。
　そして、自分チョコレートをあげたのは“女の子”だ。そう思っていた。
　しかし、白百合の君にチョコレートを貰ったと話すのは、れっきとした“男”で。
　つまり、“そういうこと”だ。
　綺麗にオチがついたところで、ジルはふん、と気合を入れ直した。
　言わないでおこう。
　そう、愛すべき弟分の綺麗な思い出を守るのも、兄貴分の大事な仕事だ。
　そんな一人相撲をするジルは、傍目から見れば相当変な男だったに違いない。ころころ表情は変わるし、ぶつぶつ何か呟いているし、ユージーンを見つめたかと思えば首を激しく振る。
「どうしたの？　変なジル」
　そう笑うユージーンが気づいた様子はない。
「なんでもない……そ、それで、その後、そのし……白百合の君とは？」
　何が何でも誤解を解かないで話を続けなければならない。口が裂けても「それは俺で、お前のことを女だと思っていた」なんて言えない。
　重傷を負ったかのように歯を食い縛って言うジルに、ユージーンは懐かしそうに目を細めた。
「どこでどうしてるのかな……革命前夜だったとは言え、当時の情報はないからね」
　会いたいな、もう一度。
　そう付け加えたユージーンに、ジルは顔から火が出る思いだった。
　もう、勘弁してくれ。
「ジル？」
「多分……多分だぞっ。どこかで元気にしてるだろ。そのくらいの歳なら、結婚……とかまあ、してたりしてな」
「だと良いね。……ねぇ、顔が赤いよ、マリア兄様」
「うっせ」
　なぜ、そこでその呼び方をする。
　重ねて恥ずかしくなったジルは顔を背け、ユージーンはくすくすと笑った。
「紅茶、冷めてるね。入れ直そうか？」
「いや……」
　首を振って、冷めた紅茶を一気に飲み干したジルであった。
　美しき記憶は、罪の意識と共にチョコレートの甘さに静めてしまおう。
　そう心に決めて、ジルはしばし、弟の美しい思い出話を聞き続けたのであった。

　End.

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3873 　／　ジル・ティフォージュ　／　男　／　28　／　人間（クリムゾンウェスト）　／　闘狩人（エンフォーサー）】
【ka1810　／　ユージーン・Ｌ・ローランド　／　男　／　17　／　人間（クリムゾンウェスト）　／　聖導士（クルセイダー）】

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冬野泉水

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2015年02月24日