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『melodious eve 』
ミハイル・エッカートjb0544)&グロリア・グレイスjb0588

 雪が降っていた。外套を羽織って尚、肌に凍みる寒さ。けれど反面、視界に映る景色は特別あたたかい。
 一年の終わり、十二月もそろそろ終わろうとしている頃合い。この時期夜の街は、彩鮮やかなイルミネーションが眩しい。街路樹の一本一本に巻かれたオーナメントは軒並み派手だが、この季節だけは煩くなく見える。――所謂クリスマス・シーズン。
 どこからともなく聴こえて来るキャロルが、後数日もすれば別のBGMに切り替わると思うと小気味良く想える。そう、今日は十二月二十四日、クリスマス・イヴだった。
 とはいえ企業戦士に休みはない。勤める会社への報告を終え、久遠ヶ原へと戻ったミハイル・エッカート(jb0544)は白い息を吐きながら街を行く。
 久し振りに行きつけのバーにでも足を運ぼうか。そんな思案を巡らせた所で、見知った女性の姿を見付けた。華やかな街に映える長身、いつもの真っ黒なスーツ、中々見間違えない金髪のオールバック。
「グロリアじゃないか」
 同じ学園に属する仲間、グロリア・グレイス(jb0588)。声を掛けると彼女は振り向き、あらと呟く。
 ミハイルとグロリアは、それなりに親しい間柄だった。同じ依頼を受けたことも幾度かあり、ビジネスパートナーとしての信頼は十分。他愛の無い話を交わす程度には、落ち着ける関係を築いている。
「たまには一緒に飲まないか。いい店があるんだ。奢るぜ」
 それは思い付きだった。別段下心があったとか、何かしらのビジネス的な思惑があったということはない。ただミハイルは純粋にグロリアを自身にとってのお気に入りのバーに誘おうと思った、それだけ。
 自然と口をついて出た誘いにミハイルは戸惑ったが、気の所為だと思うことにした。何てことはなく、クリスマス・イヴも関係なかった。久し振りに旨い酒が飲みたい。そうして偶々出逢った知り合いを誘った、単純なことだ。
「いいわね。丁度、こんな寒い夜にはワインでも飲みたいと思っていたのよ」
 ミハイルの胸中を知ってか知らずか、グロリアは雪のひとひらを掌に収めて言った。



 入り組んだ路地の先。一見さんでは中々見付けることが出来ないだろうし、よしんば見付けたとしても入ろうとは思わないだろう入口。
 そこは小さなバーだ。聖夜にも関わらず人は少なく、よくこの場を知った『オトナ』だけが訪れることが出来る隠れ家的店。耳に入るジャズは控え目のボリュームでうるさくなく、満ちた空気を決して崩さない。
「いらっしゃいませ」
 机の向こうから初老のマスターが会釈をして迎え入れてくれた店内は、小さなテーブル席とカウンター席があるのみ。既に埋まっていたテーブルを横目にカウンターへと向かうと、棚を一杯に埋める多種の洋酒が見えた。
「雰囲気のいい店ね」
 店の空気に合わせてささやく程度の声で言ったグロリアに、そうだろうと頷く。彼女は気に入った様子でメニューを眺めており、品揃えに感嘆の息を洩らす。
 ――ミハイルにとって、このバーは会社のことも天魔のことも忘れられる空間だった。
 改めて、なぜ彼女に声を掛けたのだろうと彼は思う。
 天魔のことを忘れられる空間に、天魔と関わる――同じ撃退士であるグロリアを誘った。不思議な話だ。それでも決して嫌な気持ちはしなかった。それどころか彼女がこの店を気に入ってくれたことを喜ばしく思うのだ。
 クリスマスを誰かと過ごしたかったのだろうか。浮足立った街並みに、無意識に心が揺さ振られたのかも知れない。
 ふと我に還ると、目の前にはグラスが二つ。揃いのそれに注がれたワインは濃い赤。
「お疲れさまだ」
「ええ、お互いにね。お疲れさま」
 互いの仕事を労う意味で、乾杯。とは言っても、このバーで仕事の話題は相応しくない。
 自然と口からまろび出るのは、並べられた酒の話題だ。棚に並ぶ洋酒のボトルの数々。派手な色をしたリキュールに、不思議な形をしたボトル、よく見知った銘柄から珍しい銘柄まで、豊富な種類が目を楽しませる。
 愛想が良く上品なマスターは尋ねられれば丁寧に答えてくれ、酒好きな二人は喜んだ。
「カリフォルニアワインも好きよ。甘口で、あまり酸味がないの。女性にも好まれるわ」
「フルーツワインなんかも人気じゃなかったか。あれはジュースみたいで酒って感じはしないけどな」
 語り合う二人は既に数杯目。グロリアの前には変わらずワイン、ミハイルの前にはウイスキー。彼らの間にはチョコレートとクラッカー、それからオリーブの載せられたスナック皿が置かれている。
 学園には未成年が多い為、こうして酒の話が出来ることは多くない。
 それ故楽しめるのはある種非日常、ミハイルもグロリアも普段より早い程のペースでグラスを空けていった。
 幾つグラスを替えた頃だろうか。
 チョコレートをちびちびと齧りながら、グロリアはぽつりとつぶやいた。
「こんな日に誰かと一緒なんて、昔を思い出すわ」
 ほろ酔い、心の柵が僅かに開いた音がする。
 続けられるだろう言葉の先を察しながら、ミハイルは尋ねた。
「何をだ?」
「……いたのよ。素性も分からない女を愛した馬鹿な男が」
 素直に告げると同時にグロリアは寂しさを覘かせた――珍しく無防備な笑みを浮かべ、それ以上は語らない。
 その表情を見て、ミハイルの胸がちくりと痛む。別段驚くようなことではなかった。グロリアは魅力的な女性だ、そんな彼女に色恋沙汰を含む過去がないわけがない。そう理性では理解しているのに、何故だか胸が痛んだ。そして、同時に戸惑いを覚える。
 黙したグロリアはと言えば、静かにワイングラスに口付けていた。思い出すのは、かつて自分を愛してくれた婚約者。自ら身を引いて、その縁は途絶えてしまった。恐らくもう二度とあんな物好きな男は現れないだろうとグロリアは思っている。
 そして彼女はミハイルを似た者同士だと感じており、ビジネスパートナーとして信頼している。それ以上の感情は抱いてはいないが――自身にとって数少ない過去をぼやいてしまう程度には、心を開いていた、らしい。無意識、無自覚。だからこそ、ミハイルの動揺を誘った。
「そう、か」
 返す言葉が出ないのは、自制心から。巡る思考に、言葉がついてゆかない。
 これまで彼女とは依頼で恋人のふりをしたり、偽結婚式を挙げたりしたが、すべて仕事として割り切っていた。それが、意識し出すと止まらない。
 自分と同じ匂いがする女性。仕事上の付き合いのみだとラベリングしたのは、ミハイルがグロリアを『気になる女性』として見ないよう踏み止まろうとした結果だ。
 過去にミハイルは二度と誰かを愛さないと誓った。――かつて会社の命令で行ったこと。ダブルスパイだった恋人を射殺した。あの時引いた引き金の感触は、未だに覚えている。きっと、人を愛してはいけないという戒めだ。堅く閉ざした心の鎧。それなのに、グロリアと話せば話す程鎧が外れてしまいそうになる。
 彼女はおそらく同業者。匂いで判る、同じ道を歩む者のそれだ。
 ミハイルは困惑している素振りは見せず、ゆっくりとグラスを空けた。氷の揺れる涼やかな音が響き、喉を通る冷えたアルコールが腹に落ちると一気に熱くなる。
 軽い酔い覚ましにと手を洗いに行ったグロリアの背を見送りながら、ミハイルは額に手を当て項垂れる。
「俺、どうしたいんだ」
 内心で判ってはいるが、気付かないようにした。
 過去が許してはくれない。だからこそ関係を崩さず、あくまで深く踏み入ることはないよう努めなければ。
 様々な箇所が似ているかつての恋人をグロリアに重ねてしまっただけ――そう、思おう。



 店を出ると、街はすっかり静まり返っていた。時間が時間だ、もう少しで日が変わる。
 雪は弱くなりながらもちらほらと舞う。相変わらずカラフルな街並みを、肩を並べ歩く。
「そう遠くない筈だ」
 マスターから勧められた、クリスマス限定のイルミネーションスポット。
 もう直ぐ終わってしまうその限られた観光名所を一目見ようと、ミハイルとグロリアは白い息を洩らす。
 幾ら寒くとも手は繋がない。恋人ではないのだ。知己、ビジネスパートナー、仲間。踏み越えない境界線を確りと引いて、一組の男女は街路を歩く。
「あそこかしら?」
 辿り着いたのは、十字路の広場。
 クリスマスカラーのイルミネーションに縁取られた時計台があった。周りには単色の明かりが点された木々が並び、時計台の隣には大きなクリスマスツリー。モミのツリートップには、皓々と輝く金の星。つるされたオーナメントの数々は和えかな光を宿して明滅し、細かく作られた細工は二人の目を奪った。
 時計盤が示す針は丁度――零時零分。
 時計台から鐘の音が大きくひとつ響き、新たな一日の始まりを告げる。
 十二月二十五日。グロリアが「ああ」と小さく呟くと、ミハイルに向き直った。
「忘れてたわ。ハッピーバースデー、ミハイル。貴方に神の祝福があらん事を」
 グロリアは時計盤を指し示し、柔らかな表情で告げる。
 向けられた穏やかな笑みに、ミハイルは虚を突かれた思いだった。
(――そうだ、俺はグロリアと一緒にいたかったのか)
 御託は要らない、今はまだ、それだけでいい。
 純粋な願いはこうして叶えられたのだ。
「ありがとう。30か、もういい歳だ」
 笑って礼を述べると、グロリアは満足そうに目を細める。
 日付が変わったということは、もう夜も遅い。
 帰路につく道すがら、ミハイルは何気無しに言った。
「すっかり遅くなったな。グロリア、今日は楽しかった。寮まで送るぜ」
 けれど申し出は、あっさり断られた。
「大丈夫よ。近くだし、もう酔いは醒めたから」
 不可侵の距離。拒絶ではない。けれど、踏み入れさせない絶妙な位置。
 断られて残念なような、安堵したような、二つの気持ちが綯い交ぜになったミハイルはそれを悟られないよう隠して頷く。
 別れの時間は近い。
 少しばかり歩いて行き着いた交差点、ミハイルは僅かに背を折ると、グロリアの秀でた額に軽いキスを落とした。
「メリークリスマス。おやすみ」
 長く触れることもなければ、抱き締めることもない。
 親愛の証。挨拶の代わり、――異なる何かに変じる一歩手前の、キス。
 一度瞬いたグロリアは、驚きも拒絶もせず穏やかに微笑んだ。
「メリークリスマス。おやすみなさい」
 短く告げた言葉。雪は変わらず静かに降っている。
 外套を翻して二人は別れ、それぞれの帰路に着く。

 ――ミハイルとグロリア、異なり、けれど似ている二人。唯のビジネスパートナーから、一歩進み出たということには間違いなく。それがどのような情の形に築き上げられるのかは、まだ誰も知らない。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 30歳 / インフィルトレイター】
【jb0588 / グロリア・グレイス / 女 / 25歳 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 相沢です、今回はご依頼有難う御座いました。 また、納品の方大変遅れまして申し訳御座いません。今後はこの様なことが無いよう努めますので、また機会がありましたらどうぞ宜しくお願い致します。
 イメージはずばり、ザ・大人の恋愛。触れるか触れないか、告げるか告げないか。一歩進めば大きく変わるだろうというギリギリのラインで揺れる関係。この先お二人がどの様な関係になるのか、想像しながら楽しく書かせて頂きました。
 それでは、ご依頼本当に有難う御座いました。今後ともどうぞ宜しくお願い致します!
snowCパーティノベル -
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エリュシオン
2015年02月25日

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