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『繋ぐ指、結ぶ指 』
花見月 レギja9841)&大狗 のとうja3056


 覚えているのは降りしきる白い雪、そして見慣れた橙色。
 まだ昼間のはずなのに、玄関いっぱいに差し込む夕日の色。
 ――何か言っている。
 ちょっと待って、良く聞こえない、んだ……。


 重い瞼を無理やり押し開け、花見月 レギは数回瞬きを繰り返した。
 ぼやけた世界が次第に輪郭を取り戻し、やがて見慣れた自室の天井が認識できるようになる。
(一体……俺は……?)
 いつも通りの朝なのか? だが起き上がる気力がない。それどころか、腕を上げることすら億劫だ。
 レギはどんなに短い睡眠であろうと、起きるべき時には素早く目覚めるように訓練されている。これは本来ならあり得ない事態だ。
 そこで暫く考える。
 部屋は薄明るい。だが真っ暗でもない。カーテン越しの日光、という具合か。
 ならばやはり、起きているべき時間だ。
 それなのに頭は砂が詰まったように重く、耳が拾う音は水中のようにぼやけている。
 ――音?
 自分の部屋では自分が寝ている。いったい誰が音を立てているのだ。

 キッチンから響く水音は不意に止まり、足音が近づいてくる。それは間近で止まり、控え目なノックと共にドアが開いた。
 この間、レギが動かせたのは鈍い思考と、視線だけ。
「ああレオ、やっと目が覚めたのか。大丈夫かー?」
 自分をこの名前で呼ぶ存在。
 ドアから覗いた大狗 のとうの顔を見た瞬間、厚い雲間から眩しい日光が差すようにレギの意識ははっきりし始めた。
「俺、は……と、のと君、は……」
 余りにも自然に部屋に入って来るのとうを、レギも何故か当然のように受け入れている。そう、自分以外の誰かが部屋にいるとしたら、間違いなく君だ。
 のとうはいつもより随分と抑えた声で囁いた。
「驚いたのにゃー。君、会った途端にくにゃーっと倒れたんだぜ? 君が倒れるだなんて、珍しい事もあるもんだなぁ」
 額にあてられた、ひやりと冷たい指が心地よい。レギはふわふわした世界の中で、その感触をどこか楽しんでいる自分に気付く。
「多分風邪だ。まだ熱があるようだし、休んどくべきだな」
「風邪、か。自己管理、だけは……得意だった、のに」
「声もちょっと変だにゃ。お腹に何か入れて、ゆっくり寝るに限るな!」
 微笑むのとうの顔は、とても不思議な物に思えた。
 弱った身体には、笑顔から伝わるエネルギーがこんなにも暖かい。

 そう思いつつ、レギは踵を返したのとうを弱々しい声で呼びとめる。
「待って、のと君……買物、行ってなかった、んだ……何も、ない」
 完成品の食糧の話だ。
 するとのとうがくるりと振り向き、腕組みして顎をぐいと突き上げた。
「あのな、レオ。言っておくが、俺は料理はしないだけで、出来ないわけじゃねーぞ? ……いや、ほんとだし。信じろって」
 レギの顔には相当な不信感が張り付いていたのだろう。
「嘘なんかついてないんだぞ。今、俺史上最高に清らかな眼差ししてるから」
 レギを覗き込む黒曜石の瞳は、確かにキラキラ輝いている。
 それと見て思わずレギは小さく笑ってしまい、観念して布団の中から手を振った。


 レギは目を閉じる。
 最近少し無理をしていた事、不調を自覚しながらもとにかく用事を済まそうと外出しかけたこと、そしてドアを開けた時に見えたお日様の色に突然気が緩んだことを思い出す。
 ……そうか。風邪か。
 熱でぼんやりした頭とはまるで反対に、耳が微かな音を拾い集める。
 流れる水の音、何かが煮える鍋の音、立ち上がる蒸気の音などが、柔らかく部屋に満ちていた。
 誰かが家に居て、眠っている自分の為に食事を作ってくれる。こんなことは初めてだ。
 ……そういえば、のとうは玄関で倒れた自分をここまで運んだのか。
 つまり、無防備な寝顔を晒した訳だ。
 誰かにそんな姿を見せたのは、随分久しぶりのことではないだろうか。
 避けていた? 誰かがそこまで近づくのを?
 ……いや。避けることすらしていなかった。唯、必要だと思わなかっただけだ。
 それをのとうが見たこと。
 恥ずかしいとかみっともないという感覚は無いが、ただ不思議だった。
 ……ああ、柄にもなく弱っている。
 自覚はある。けれど不快ではなかった。


 キッチンではのとうが時計を睨み、そっと土鍋の蓋を開ける。
「よし。できたっと!」
 白いお粥が程良く炊きあがり、独特の甘い匂いを漂わせていた。
 のとうは自分で言った通り、一応料理はできる。米を炊くことだってできるのだ。
 ただ自分の為となるとつい億劫で、後回しになるだけだ。
「しっかしちゃんと土鍋があるなんて、レオは本当にマメな性格してるのな!」
 食器棚も綺麗に使っているので、ちょっと捜索すれば初めてでも目的の物がすぐに見つかるという具合である。
 なのでお鍋に土鍋、お盆、お椀、そしてマグカップに匙と目的の物を見つけて、のとうは準備を整えた。

 お盆を手に、軽くノック。のとうは細く開けたドアの隙間から覗き込み、そっと声を掛けた。
「レオ、ちょっと起きられるか? 食べられたらこれ、食べるといい」
 レギの鼻孔を、食べ物の匂いが優しくくすぐる。
 半身を起し、手渡されたお椀を受け取った。立ち上る湯気が心地よい。
「食べられそうか?」
「うん。……ああ、丁度いい塩加減だ、ね。美味しいよ。安心、した」
「いや俺にだってこれくらいできるし!」
 匙を口に運ぶ度に、暖かさが身体の中心に広がってゆく。
「あと、こっちも行っとくか」
 マグカップに入った薄黄色い物を、レギはおずおずと覗き込む。アルコールの匂いがぷんと立ち上った。
「卵酒だにゃ。風邪の時はこれ飲んで寝るのが一番だぜ!」
 恐る恐る口をつけると、思いの外柔らかな口当たりだ。飲み干すと、身体の芯からカッと熱が沸き上がる。
「随分、温まる、ね」
「だろ? あとはゆっくり寝てれば大丈夫なのな」
 レギは再びゆっくりと寝床につく。のとうは上掛けを直して、静かにその場を離れようとした。
 そこで足を止める。
「レオ……?」
 レギの指が、自分の服の裾をしっかりと掴んでいるのに気づいたのだ。
「……どうやって……」
「ん?」
「俺を、運んだん、だろうって……」
 半ば目を閉じたままで、夢のようにレギが呟く。
「ああ。担いだ」
「……君らしい、ね」
 レギは楽しそうに微笑みながら、眠りに落ちて行った。


 のとうは果たしてどうしたものかと、暫く考えてみた。
 指で服の裾を掴んだままで、レギは安らかな寝息を立てている。
「おーい、レオ?」
 そっと呼んでみた。だが聞こえてくるのはやっぱり静かな寝息だけ。
「俺が今日、なんでここに来たか知ってるか?」
 額をつけるように囁いてみるが、レギはうんともううんとも答えない。
 のとうはしゃがみこみ、足元に置いていた鞄から小さな包みを取り出した。
「去年の約束だ。忘れた頃にお返しするって言っただろ? ……メリー・クリスマス」
 のとうはベッドの枕元に、リボンのかかった包みを置く。そして別の包みを開き、中身を取り出した。
「そんな風に服を掴まれてたら、俺はトイレにもいけないのな。だからこっちをプレゼントだ」
 優しく離した指を捉え、繊細な細工の指輪をはめる。
 ずっと一緒に居ることはできなくても、この指輪はずっとレオンの傍に居る。
 だから安心して……
「おやすみ、レオン。元気になったらまた、楽しいこといっぱいしような!」
 穏やかな寝顔にかかる艶やかな黒髪をそっと分けてやりながら、のとうは優しい笑顔を向ける。
 きっとのとう自身は気付いていないのかもしれない。
 自分の笑顔が、誰かの胸に暖かい光を灯し続けていることに……。


 目が覚めたとき、指に輝くリングに気付いたレギがどれだけ驚いただろう。
 じっと見つめていると、熱の引いた身体にあって、その指にだけ不思議な暖さが残っているようだ。
 心の一番近くに居る、かけがえのない心友、のとう。
 他人に触れられることに慣れていないレギが違和感を抱かない程、いつも自然に傍にいる。驚くほど容赦なく近付き、けれど何故か受け入れてしまう相手。

 指輪という贈り物は、なんだか如何にものとうらしくも思えた。
 いつの間にか身につけていることを忘れているのに、ふとした拍子にそこにあると気付く特別な装飾品だ。そして気づけば贈り主のことを思い出さずにはいられない。
 ……もしかしたら、のとうも同じように感じているのだろうか?
 レギは先に指輪を渡したのが自分であることに気付いて、思わず我に帰る。
(もしかしたら俺は、大変な物を自分は贈ってしまったのではないか……?)
 そこで枕もとの別の包みに気が付く。
 それは、指輪をセットすると優しい音楽が流れ出すオルゴールだった。
『そうだぞ、レオ。大変な物だったんだぞ!』
 音楽と共に、のとうのそんな言葉も聞こえるような気がする。
 レギは小さな笑い声を漏らした。
(ごめん、よ。参った。降参だ、のと君)
 きっと自分はこの指輪を見る度に、こんな風に笑ってしまうのだろうと思いながら……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 枕元の太陽】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 28 / 指は語りき】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、冬のちょっと特別なエピソードのお届けです。
今回のご依頼でも素敵なメッセージを有難うございました。
これまでとちょっと趣の違うシチュエーションに、大変興味深く執筆致しました。
去年の出来事が続いていること、私自身がとても嬉しかったです。
いつもご依頼いただきまして、本当に有難うございます!
snowCパーティノベル -
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エリュシオン
2015年02月25日

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