▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『〜北の大地で〜 』
来生・十四郎0883)&来生・一義(3179)


 錆びついた階段を、一気に駆け上がる音がした。
 この第一日景荘は誰が見てもボロボロのアパートだった。
 住民は比較的、注意しながら今にも壊れそうな階段を昇っているのだが、このけたたましい足音は間違いなく、弟の来生十四郎(きすぎ・としろう)だ。
 兄の来生一義(きすぎ・かずよし)が洗濯物をたたむ手を止めて、玄関口を振り返ったとき、ちょうど十四郎が部屋の中に飛び込んでくる光景が目に入った。
「おかえり。仕事はどうしたんだ?」
「それどころじゃねえ!」
 めずらしくあわてふためいて、十四郎が襖の破れた押し入れに直行する。
 ごちゃごちゃといろいろなものが入った押し入れから、古ぼけたバッグを引っぱり出し、一義がたたんだばかりの洗濯物をいくつか引っつかむと、手荒にバッグに突っ込んだ。
「どこかに行くのか?」
「北海道の小父さんの通夜と葬式に出るんだよ! だから、仕事は3日くらい休みもらった。俺がいない間、兄貴、留守頼むぜ!」
「飛行機は? 予約したのか?」
「ああ、今から行ってギリギリだ。ま、足りねえものがあったら、あっちで調達すりゃいいしな」
 自分にとって必要なものは入れ終わったのか、そのまま荷物を手にまた飛び出して行こうとする十四郎の肩を、むんずとつかまえて一義は言った。
「その小父さんに一言お礼が言いたい。私も連れて行け」
「はあっ?!」
 すっとんきょうな声を出し、十四郎が振り返った。
「無理に決まってんだろ! 親類一家も兄貴が死んだことは知ってるし、2人で飛行機で往復する予算はねえよ! 兄貴のワガママ聞いてる時間はねえ! 離せ!」
 ワガママとは心外だと一義は一瞬眉根を寄せる。
 だが、すぐに何かを思いついたのか、十四郎をまっすぐに見つめた。
「それなら…」
 一義はおもむろに指輪をはずし、十四郎に差し出した。
 何の気なしにそれを受け取った途端、一義の姿が透明になり、十四郎の身体に軽い痺れが走った。
「な、何しやがった!」
『いったん幽霊に戻ってお前の身体に乗り移っただけだ』
「乗り移っただと?!」
『これなら費用は一人分で済むし、能力者か同じ幽霊でもない限り、私の姿は見えないから問題ないだろう』
 冷静に言う一義に、十四郎はあいた口がふさがらない。
 そんな十四郎を急かすように、一義は『さっさと行かないと、飛行機に乗り遅れるぞ』と付け加えた。
「チッ!」
 舌打ちして、施錠もそこそこに家を走り出る十四郎を少し後方上空から見下ろしながら、一義は昔聞いた「小父さん」についての話を思い起こした。
 その小父は母方の親類で、家は北海道釧路郡釧路町昆布森にある。
 一義自身は面識がなかったが、十四郎が連絡を取り合っているため、親類がいること自体は知っていた。
 小父の一家は昔から昆布漁や漁業を営んでおり、自宅から徒歩3分ほどのところに漁港があるほど、海に近い場所だった。
 十四郎は大阪の親類の家を2ヶ月ほどで出た後、高校を卒業するまで1年くらいそこで世話になっていた。
 高校に通う傍ら、漁の手伝いもしていたようで、十四郎はたまに、その頃の話をしてくれることがあった。
 そのときの十四郎の表情は総じて明るく、楽しげだったことを覚えている。
 飛行機の中では、十四郎は一切、一義に話しかけて来なかった。
 まあ、他の誰かがいる場所で、いきなりひとり言めいたことを話し出したら、周りからおかしいやつだと思われかねない。
 十四郎は雲のない空をじっと見つめたまま、固い表情を崩さなかった。
 釧路空港に到着すると、3日間の契約でレンタカーを借りた。
 このあたりでは、車がなければ移動はままならない。
 無論、予算の関係上、一番安い車だ。
 そのまま一路、親戚宅へ向かう。
「何年ぶりだろうな…」
 ぽつりと十四郎がつぶやいた。
 窓を流れる景色はその当時のものとあまり変わらないのか、十四郎の目が懐かしげに細められる。
 心の中にあふれた思いはとても温かいもので、その感情が直接、一義にも伝わって来た。
 どうやら十四郎は、この街にはいい思い出がたくさんあるようだ。
 少なからずほっとして、一義は次に流れ込んで来た感情に表情を曇らせた。
 それは悲しみ――小父を喪ったことへの、とても大きな悲嘆の感情だった。
 十四郎は時折視線を外に投げる以外は、相変わらず、無言を貫いている。
 一義もあえて言葉をかけなかった。
 そうして、小一時間ほど車を走らせた後、親類宅に到着した。
 北海道にありがちな平家建ての大きな家を少し遠くから見つめ、周囲を見回してから十四郎はまたつぶやいた。
「変わってねぇな」
 その台詞には悲しみや懐かしさ、戻って来たという安心感など、いろいろな感情が込められていた。
 バッグを肩にかけ、服喪中の装いが施された家の玄関に、意を決したように一歩を踏み出す十四郎。
 一義もまた、何か思うところがあるような顔で、その後ろからついて行った。
 
 
  〜END〜
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 
 久々に来生兄弟のお話を見ることが出来て、
 本当にうれしいです!
 北の地で、十四郎さんと一義さんは、
 どんな経験をするのでしょうか。
 続きをとても楽しみにしています!
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.