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『月光小話 』
朱殷ka1359)&琥珀姫ka0610

●いつもと変わらぬ夜に

 大きな月は天空に君臨し、冴えた光で辺りを照らす。
 風は無く、月の光に遮られた星は静かに鳴りをひそめ、ただ忍び寄るような冷気だけが岩場を伝う。
 木々に囲まれた広場は夜だというのに、物の影がはっきり見極められる程に明るい。
 小高い岩の上に座を占める朱殷の大きな影も、くっきりと濃く岩場に落ちる。
 影が酒器瓢箪を傾けると、甘い香りと共にとろりとした酒が流れ落ち、月光を受けて煌めきながら杯を満たしていった。
 揺れる水面を輝く月が覗きこみ、写したその姿ごと飲み込むように朱殷は杯を煽る。
 普段気に入っている酒はあるのだが安定して確保するのは難しく、今宵は甘い果実酒を月見の供に。尤も、それが酒でありさえすれば朱殷に不満は無い。
 静かな夜、静かな時間、喉を潤す程良い熱。
「悪くない夜よの」
 満足げに呟いて目を細める。

 が。

 心地よい静寂はあっさりと破られた。
 さっきから何かが近付く気配は感じていた。
 ゆるりと寛ぐ見た目こそ変わらないが、朱殷はそちらに注意を向けている。危険な兆候は見受けられないので、暫く様子を見ていたのだ。
 ふらふらと誘われるように近付いてきたのは、ひとりの小柄な少女。
 突然、鋭い声が高く響く。
「朱殷! こんな所でまたさけを……!」
 ――やかましいのが来た。
 朱殷は苦笑いしつつ、腰に手を当ててこちらをじっと見ている琥珀姫を横目で見遣る。
「いつもいつも飲んでばかり! それもこんな寒い外で! からだに毒ですわ!!」
 煩いと言いたげな表情を隠そうともせず、朱殷はこれ見よがしに杯に酒を注いだ。夜気にふわりと甘い香りが流れ出す。
 ふと気付くと、琥珀姫の視線が杯に吸い寄せられるように動いていた。
「飲むか」
 杯をそちらへ差し出し、珍しいこともあるものだと朱殷は僅かに首を傾げる。
 だが琥珀姫はハッと我に返り、まくしたてた。
「わたくしを懐柔しようとしてもそうはいきませんわ! よい香りがしたのでこちらへ来ただけです。そして香りの正体は分かりましたわ!!」
 琥珀姫はそう言って、朱殷のすぐ傍の木を指さした。
「成程」
 細く天へ向かって伸びる枝いっぱいに咲いた小さな花が、その控え目な姿からは想像もつかない程に強く甘い香りを漂わせていたのだ。
 確かに、果実酒の香りに少し似ている。
「だいたいこんな寒いところで何をしていますの? 風邪をひきますわよ」
 琥珀姫は相変わらず元気に小言を続けている。
 突然、朱殷は口元を緩めた。
「主は変わらぬな」
「なんですの?」
 琥珀姫は朱殷の言葉に、ひとまず言葉をひっこめた。
「覚えておらぬか。主と最初にまみえたも、この花が咲いておる寒い夜だった」
 朱殷が目を細めて、月を見上げる。


●見知らぬ同士

 長く離れていた割に、辺りの景色は驚くほどに変わっていない。
 酒器瓢箪をぶら下げて、朱殷は月明かりに静かに眠る集落を暫く眺めていた。
 何も告げずにふらりと出てゆき、便りのひとつも送らないまま幾星霜。失ったのは自前の片足、得たものは戦いの記憶とある筈のない痛み。
 それでも朱殷はまるで朝出かけて夜帰って来たかのように、何の気負いもなくふらりと戻ってきた。
(見知った者はさて、幾人かはいようか)
 そんなことを思いながら集落の入口に差し掛かったところで、前に立ち塞がる小さな影に気が付く。
 小さな娘だ。愛くるしい顔をしているが、こちらをじっと睨みつけている金の瞳には、強い意志が感じられる。
 見上げる程に体格差のある朱殷を前に、全く怯えるそぶりを見せない。

「おまえはなにものですか! ここにかってに立ち入るぶれいはゆるしませんよ!!」
 朱殷は呆気に取られ、暫くその無礼な小娘をじっと見ていた。
「こたえなさい! こんな夜ふけに、なんの用なのですか!」
 相変わらず躾のなっていない仔犬のように、きゃんきゃんと喚き散らしている。
 朱殷は面倒くさくなってきて、にゅっと大きな手を突き出し、小娘の襟首を捉えて持ち上げた。
「なにをしますの!! わたくしを誰だと思っているのですか!? ぶれいもの!! ふしんしゃ!!」
 小娘はそれでも泣きもせず、じたばたと暴れながら尚も喚き続ける。
 その気の強さには流石の朱殷も感心してしまった。だが面倒くさくて仕方がない。
「知らぬな、主こそ私を知らぬであろうよ。それより皆は何処だ」
 朱殷は小娘をつまみ上げたまま、歩きだした。
「わたくしは琥珀姫。ぞくちょうの、いいなずけですわ!」
 族長。許嫁。その言葉に、朱殷はしげしげと目の前にぶら下げた小娘を覗き込んだ。
「なんと、これはまた恐ろしく気の長い話よの。お主が年頃になる頃には、族長は一体幾つになっていようか……」

 ここでようやく、騒ぎを聞きつけて集落の者が集まってきた。
 琥珀姫は自分を持ち上げている大男に、何人かが親しげに話しかけるのに気付く。
「……あら? おまえ、みなを知っていますの……?」
 朱殷の方も、集落の者が小娘を大事そうに彼の手から受け取るのを見て、どうやら小娘が特別な存在だと気付いた。
「主も一族だったか」
 外の世界を知らない琥珀姫と、今の集落を知らない朱殷。
 それが最初の出会いだった。


●変わらぬことの意味

 朱殷が小さく笑って、改めて杯を傾ける。
「やはり主は、あの頃と全く変わらぬ」
 琥珀姫はキッと朱殷を睨みつけ、憤然と抗議した。
「しつれいな! そんなことはありませんわ! 背もずいぶんと伸びましたし、あなたとちがって毎日修練も欠かしていませんもの!!」
「そういうことではない」
 朱殷の声が思いの外静かで、琥珀姫は様子を窺うように言葉を止めた。

 むしろ変わらないのは、この男の方だと思う。
 後に聞いたのは、武者修行と称してふらりと出て行き、ふらりと戻ってきた風来坊だという話。
 彼があの日戻って来たことを、皆が喜んでいた。けれど皆の「お帰り」の声に籠る熱と、応える男の静けさは対照的で、琥珀姫は不思議な違和感を覚えたものだ。
 ――どれだけ皆が暖かく迎えようと、この男はふらりとまた出て行ってしまうかもしれない。
 あのとき胸によぎったのは、直感としか説明できない感覚だった。
 それでも今、朱殷はまだ一族のもとに居る。
 相変わらず無礼で、不遜で、勝手気ままで大酒飲みで。それでもここに居ることが当たり前の、大事な一族だ。
 琥珀姫は、朱殷の言葉の意味を考える。
(わたくしの中の、変わらない部分……?)
 族長の許嫁で、この集落と一族がとても大切で、皆が幸せであって欲しいと願っている。それはきっとこれからも変わることは無いだろう。
 勿論、皆の中には朱殷も入っている。だからこんな風に気になるのだ。
 けれどどこ吹く風という風情で、赤毛の大男は相変わらず杯を煽っているではないか。
「……とにかく! 大酒飲みは身体に毒なのですわ! 禁酒は無理でもせめて節酒なさい!!」
「主も人の話を聞いておらぬな」
 朱殷は琥珀姫の心を知ってか知らずか、小さく笑った。


 月は少し天頂を過ぎつつあった。
 朝になればあの月は姿を消し、見えなくなるだろう。
 けれど月が消えたわけではない。見えないだけで月はずっと空にある。
 見た目を変え、現れる時間を変え、気の遠くなるような昔から月は月なのだ。
 恐らくは、人の在り様もまた――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1359 / 朱殷 / 男 / 38 / 人間(クリムゾンウェスト) / 霊闘士 / 月を呑む者】
【ka0610 / 琥珀姫 / 女 / 12 / 人間(クリムゾンウェスト) / 霊闘士 / 光を宿す者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、寒月夜の一幕のお届けです。
言葉にしなくても通じる事、言葉にしても伝わらない事。
人と人の関わりは不思議で面白いものだと思います。
過去話ということでしたが、多少膨らませた部分についてご依頼のイメージを大きく損ねていなければ幸いです。
この度のご依頼、まことに有難うございました。
snowCパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年02月25日

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